提督が退役しました。これより年金生活に入ります 作:デモステネス
帰投中に戦闘詳報の作成は済ませてある。便利な時代になったよね、と川内はあらためて思った。昔は決まった様式すらなかった。主計が聞き取りしながら手書きしていた書類が今では自動的に記録されたログから主だったものを取捨選択するだけで書類の体裁が整って全部署で閲覧できる。
手書きの時代は読みながら誤字脱字を探しているうちに辻褄の合わないのを探すのが上官の仕事で、上官を退屈させないようにするのが主計の腕の見せどころだった。今では詳細な報告を欲しがる上官には文字どおり何年何月何日何時何分何秒に何をやったか即時に提出できる。情報の取捨選択をしない分、その方が報告する方も楽なのだが、今の提督は生データを欲しがるので求める物を与えてやっている。ま、せいぜい頑張れば。納得するまで資料を読み込む姿勢は嫌いじゃない。無知が感覚で通達振り回すよりよほど好感が持てる。
提督への報告は専ら鳥海に任せ、隣で適当に頷いたり相槌を打って終わらせた。提督室から下がると神威を探し始めた。
「あ、いたいた。おーい、神威!」
呼び付けられたと思った大井がこちらを向いたので詫びを言い、補給艦娘に駆け寄る。「ちょっと付き合ってよ。」
「えっ?」
間もなく夕方であった。川内さん帰投したばかりなのに、それも私?
「あの、私ですか?」
「そう」
「私、補給艦ですよ」
「神威じゃなきゃ駄目なんだ。」
「えーっ!」
なぜ補給艦の私が夜戦に!?混乱する神威をいいからいいから、こっちこっち、と川内が引き摺って行く。
「あらあら大変。神通さん、呼ばなくっちゃ~。」
そばにいた荒潮が姉妹通信を飛ばす。”大変よ~ 神威さんがね~川内さんに拉致されました~。みんなー神通さん探してー」
そしてつかず離れず川内の後をつけ始める。
「朝潮です。神通さんは仮想演習中。すぐ伝えます。」
果敢なる肉薄雷撃により小艦も能く敵戦艦を屠る。
日露戦争では正しかった。第一次世界大戦では潜水艦が補給線を絶ち切り、太平洋戦争では空母が制海権を掌握していて敵兵の顔が見えるどころか敵艦も見えないところで勝敗が決まった。
夜間高速近距離射法という夜のチキンレースを戦争で実行するために殉職者が一人二人で済まない猛訓練が行われ、その過程で神通の艦長は文字どおり詰め腹を切ったが、いざ戦争が始まれば夜の海にはレーダーを備えた敵艦が待ち構えており、奇襲を受けて打ちのめされるのはこちらの方だった。訓練に耐えた己を信じるしかなかったが、ベテランが戦死すればそれも失われた。
二水戦旗艦をもっとも長く務めた神通は、夜間接近戦特化の可能性と限界を最もよく知る軽巡洋艦である。艦娘となって再び戦場に立つと同時に実艦時代の悩みに直面した彼女に提督は孫子を引用していった。
「『彼を知り己を知れば百戦殆ふからず。彼を知らずして己を知れば一勝一負す。』
神通は己のことはよく知っているんだから、足りていないのは敵を知ることだね。」
そして海戦ゲームをやらせた。潜水艦となって通商破壊戦。空母となって敵艦隊を攻撃、等々、水雷戦隊の敵役をやらせた。
最初はもちろん神通のボロ負けだった。性能も運用も何もかもが違う艦を操るのだし、AIの水雷戦隊は他ならぬ二水戦がモデルで練度が高く統率がとれていた。
しかし、慣れてくれば話は逆である。自分がモデルなのだ。何をしてくるかは手に取るようにわかる。神通がAI水雷戦隊に楽勝しはじめると提督はゲームを艦娘同志の対戦方式に変えた。こんなプログラミング、そんな簡単に組めるわけないでしょう!と明石と夕張が早々に投げだしたのが主な理由で、従としては艦娘自身が役柄変えることの面白さと有用さに気付いたからである。6対6の筐体を並べ対戦する絵面はどう見ても某機動戦士の戦場の絆であった。
潜水艦役が魚雷を命中させるたびにフタエノキワミー!と騒いで周りがLeise!と叱るのがお約束になっている。前任の夕張が始めたことだが、なぜドイツ語なのかは今となってはわからない。
朝潮に肩を叩かれ、何も言われないうちから姉がまた何かやらかしたことを悟った翔鶴型空母神通は、直ちに離脱を宣言。旗艦を大和型戦艦清霜に移譲した。どのみち被弾箇所の応急対応と攻撃の回避に目一杯で攻撃には参加していなかったのだ。動揺する清霜に戦艦はな、どっしり構えておれ。私は水雷戦隊蹴散らしてくる、と阿賀野型軽巡洋艦武蔵が増速。夕雲型駆逐艦山城、扶桑に追従を命じた。
「姉さんはどこに?」
「間宮の前だそうです。神威さんと一緒に中に入った?」
「間宮に入った?」朝潮の言葉を神通はオウム返しした。
「はい。最初は無理矢理引っ張っていたそうですが、普通に並んで歩いておしゃべりしていたそうです。すみません。」
演習を中断させたことに朝潮は恐縮していたが、神通は、ご飯が楽しみですね、と生真面目な駆逐艦娘に微笑んで見せた。どうせですからお手伝いしに行きましょう。八駆の皆さんを集めてください。
「今回はなかなか凄いよ。」
「何かあったんですか?」
人に話したくてたまらない風の川内に神威は悟った。これは話すだけ話させないと放してくれませんね。それなら聞いてあげましょう。
「北海道沖で深海棲艦の潜水艦同士の通信らしい無電を傍受したからさ。念の為岸寄りの航路をとったんだ。そうやって警戒してたとこに夜になってから不審船が艦隊に接近してきたからさあ。何事、って思っちゃうよね。
それであたしが警戒位置について接近したんだけど」
「漁船だった、と。」
「そう。でも一応不審船だからさ。臨検しなきゃ駄目じゃん。
で、聞いてみたら艦隊がいるお陰で安心して操業できます。ありがとうございます、だって。ちゃっかりしてるよねー。」
「あははは」
「物々しく乗り込んでいったのも悪いかなあ、と思って世間話してたんだけど、向こうが元提督の柳佐理って知ってますかって聞いてきてさあ。」
「えっ?」
「聞いたら提督の中学校の同級生だったんだって、その漁師さん。
いや~、世の中って狭いよねー」
「ソーデスネー、HAHAHAHA!」
実態を悟った神威が乾いた笑い声をあげた。操業中の漁船のそばを艦隊が都合よく通過するわけがない。誰かに言われたのでもない限り。
「なんだアイツの部下だったのかい。ここで逢ったのも何かの縁。獲れたてのピチピチの魚。格安にするからもってけ、って商売始めるんだもん。逞しいよねえ。」
「それくらいタフじゃなければ今の時代、漁師なんがやってませんね。」
神威は大きく頷いた。安全をとって座して飢え死にするくらいなら危険を承知で海へ。漁師は昔もそうだった。
「一艘買いしてきた。手間かけてる時間もなかったからね。」
「一艘!」
デリックで後甲板に降ろした後、最低限の要員残して妖精さん総出でハンモックでバケツリレーと聞かされて神威は情景を思い浮かべた。よし、私もそれ訓練しなくちゃ。川内さんの妖精ができて私の妖精ができないのでは補給艦の名が廃ります。
「それにしてもよく収まりましたね。」
「干すの除けて、なんとか。赤城さんが便乗しててよかったよ。」
「川内さん、鮫ガレイの座布団鰈ですよ!」
両目に星を浮かべ、二尺はありそうなカレイを捧げ持った赤城がグイグイ近寄ってきて川内の眼前にカレイを見せつけた。
「あーっ、わかったからわかったから、赤城さん、それ下げて下げて。」
ぬめりがくっついちゃうよ。川内は仰け反った。
「私、一度鮫ガレイのお刺身を食べてみたかったんです!」
赤城くらい食道楽になるとある程度目利きも出来れば、魚の種類もなんの料理にするのかもわかっている。腕が平凡以下だから料理に手を出していないだけである。
「あたしが捌くから、仕分けお願い。」
サメガレイが長らく下魚扱いされていたのは、その凶悪な面魂もさることながら下拵えの手間である。きっちりぬめりを落とさないと臭いし、皮が鮫肌していて軍手をしていないと痛い。目ぼしい魚を見つける度に川内さん、川内さん、と赤城が目を輝かせながらやってくるもので指示出しに捌きに大忙しだった。駆逐艦たちは騒ぐだけで使い物にならず、三隈がいなかったらかなりの量が捌き損なって野〆になったのは間違いない。
「宗八とナメタは片っ端から吊るして干した。潮風に吹かれていい感じだよ。タカノハ何匹か混じってたから急いで締めて、 いやー、忙しかったあ。」
「イワモト商事が喜びそうですね。」
戦闘終了早々、砲雷撃戦の巻き添えをくった魚を回収。できる女、川内が帰投すると鎮守府の食事がちょっと豊かになる。そして喜びはみんなで分かちあわんとな、という前提督の意向で出入り業者のイワモト商事を通して各方面にお裾分けしている。
深海棲艦がいて漁師が出漁できない海域の魚を水揚げして、出入りのシップチャンセラーが仲買して浜値に毛が生えたような値段で各方面に卸していて誰も損はしていない。市価より安い新鮮な魚を手に入れて、あれこれ因縁つけてくる雑音はピタリと止んだ。
「どれだけ卸せるか間宮さんに見積もってもらわないとね。
それとは別に神威にも見て欲しいものがあってさ。」
「間宮さんじゃなくて私ですか。」
「そう。他の誰より神威。」
見てからのお楽しみ、と笑って間宮に向った。開口一番、艤装展開、妖精さん定員充足率100%で願います、と川内に言われて間宮は相好を崩した。
「伊良子ちゃん、あとお願い。」
間宮は急いで支度すると連れ立って川内の実艦に向かった。道中、魚の種類と大雑把な量を聞いて呆れると同時に頭を高速回転させる。今日は臨時休業ですね。鳳翔さんと龍驤さん呼ばなくては。
実艦に着き、先頭に立ってラッタルを上がった川内に甲板長妖精が近寄ってきて神通さんと第八駆逐隊が食堂でお待ちです、と言った。できる妹を持つと話が早い。
「や、神通」
「お手伝いに来ました。」
「助かるよ。人手は多いに越したことないからさ。間宮さん手伝ってくれるかな。」
「おお、まるでカレイのデパートじゃないですか!」
冷蔵庫の中身をみた大潮が歓声を上げていた。
「こっちはマガレイ。こっちは石持ち。こっちは浅羽と赤ガレイですか。
マコガレイはないんですか?」
「北海道には函館湾にしかいないから無理。冷凍庫にも入ってるよ」と川内。
「砂ガレイに、銀ガレイに、うわ、でかっ。油ガレイ?」
右を向いたカレイを見て、荒潮が尋ねる。
「ねえ、どうしてヒラメを冷凍したのかしら。もったいない。」
「ああ、川ガレイです。右向いてますけど。」と間宮。「煮ても焼いても揚げてもおいしくないのですり身です。」
大車輪で魚を分別、格納する間宮にその場を任せ、川内は神威を手招きして言った。
「どうかな。」
「これは・・・」
「うん、響の寝込みを襲った変質者をぶっ飛ばしてやったんだ。」
驚く神威に斯く斯く然々、と掻い摘んで説明する。
「そうでしたか。それで脳味噌ぶん撒いてきましたか?はらわたぶっ散らばしてきましたか?」
「ええっ、アイヌって熊狩ったらお祭りするんじゃなかったの?」
「それは真っ当な熊の場合です。人を襲う熊は道を踏み外した極道者ですから。」
驚く川内に神威は大真面目に言った。
「寄り代にして復活してこないよう、毛皮も肉もバラバラに切り刻んで腐らせるのが定めです。」
そして毛皮に耳と鼻がついているのを確認して、これならよいでしょうと言った。
「そうなの?」
「これが真っ当なキムンカムイならお供えのお神酒の香りを嗅いでもらい、禰宜事を聞いてもらわなければいけませんからね。頭蓋骨に耳と鼻は残しておかなければならないんです。
でもこれは人を襲うような腐れ外道ですから、目も見えず、耳も聞こえず、鼻も利かないように現世に戻る手立てを封じるんですが、止めに水底に沈めたのはとてもよい仕事でした、川内さん。」
そして大きく溜息をつく。「海に深海棲艦、山にウエンカムイ。困ったものだわ」
「ウエンカムイ?」
「この毛皮。若干色が白っぽいでしょう。真っ当なキムンカムイでない証拠です。」
「ええっ?」
「魂のケガレは、毛並みに現れるものなんですよ。アイヌのマタギがいなくなってから、こんな外道が大手を振って出てくるようになったのね。
と、いうのがアイヌのしきたりですが科学的に言うとこうなります。
川内さん、北米大陸の灰色熊、グリズリーって知っていますか。」
「名前くらいなら」
「北米最強の動物、っていうことになっているんですけど、学術的に言えば北海道のヒグマの亜種です。子供も普通にできます。」
「へーえ」 よくわからないので相槌を打っておく。
「性格は凶暴で人間を恐れない。ヒグマは、慎重で人間と接触を避けるんですけどね。
アイヌは経験的に知っていたんです。色が白っぽくて、肩が筋肉で盛り上がった熊は危険。普通の熊と棲み分けできても、見かけが違う熊とは棲み分けできない、って。
だから見かけが違う熊は、悪霊が受肉した魔物だ、ってどこのアイヌも積極的に駆除していました。昔の習わしには、ちゃんと根拠があるんですよ。」
「へーえ」
感心しながらも話題を本筋に戻す。問われて神威は答えた。
「売り物になるのは胆だけですね。夏場の毛皮は、ヒグマに限らず三文の価値もありません。肉は、当たり外れがひどすぎるんです。普通の料理人なら、まず手を出さないでしょう。」
「そうなの?」
「餌で味が変わるでしょう、松坂牛とか。それが雑食の熊なんですからもっとひどくなります。秋口ならともかく、今時期なら草ばっかり食べていて脂が乗ってなくてぱっさぱさなはずです。干し肉にはいいですが。」
「そっかあ。熊の掌は」
「私にください。お願いします。」
神威は深々と頭を下げた。「ウレハル作らせてください。御馳走しますから。」
* * *
後日。宅配で大地寮に川内から段ボール箱が届いた。開いてみれば中身は熊のぬいぐるみと褐色のビニール袋。ぬいぐるみは、「くまー」「あぶぅ」「みっく」「くまのん」と名札を下げている。
ビニール袋は
品名 北海道ジャーキー
内容量 100g
納入年月 ○○年○月
製造者 鎮守府神威明石工廠
納入者 鎮守府食品株式会社
とある。
熊肉は、独特の癖があるからな。マズいとかそういうのではなくて、こちらが純粋に食べ慣れないせいなんだが。カレーにするのが無難な使い方なんだがジャーキーか。
手紙が入っていたので読んでみた。
「毛皮とお肉は、売り物にならなかったので裁縫が得意な子にぬいぐるみをつくってもらいました。ジャーキーは、神威さん特製です。どうぞご賞味ください。 川内より
ぬいぐるみは、刺激に反応します。お試しください。 Powered by 1号明石
「ふーん、どれどれ」
例にくまーの頭を撫でてみた。
『なでなでしないでほしいクマー。ぬいぐるみじゃないクマー。』
「いや、ぬいぐるみだから」
球磨型長女に思わず素で突っ込んでしまった。
じゃあみっくはどうだ。ぽっぺをむにむにしてみる。
『くまりんこ♪…あらやだ…』
脇腹をつまむと『いくら三隈でも、怒りますよ!』
芸が細かいな。感心しながらあぶぅの頭をわしわし撫でてみた。
『ふわぁぁ~っ! あんまり触らないでくださいよ、私の前髪崩れやすいんだから。』
「いや、君、前髪ないだろう。」
『えへへ、不思議ですね、てーとく』
微妙に会話が成り立っているな。ではくまのんは?
『この熊野に気安く触るなんて、何か勘違いされているのではなくって』
「えっ?」 明石の奴、まさかモニターしてるんじゃないだろうな。
「それはすまなかったな。 初雪、ちょいちょい」
「・・・何?」
初雪にくまのんを手渡し、自分はあぶぅを手にとって向かいあう。
「あ ぶぅ」柳があぶぅの右手でくまのんの頭をチョップしようとして
「む。くまのんジャンプ」
初雪はくまのんを持ち上げてチョップを避けた。『とぉぉ↑おう↓』
「くまのんキック」『一捻りで黙らせてやりますわ!』
「レッグスプリット!そんな大技が最初からきまるか。」
『わたくしに、このような格好をさせるとは……あ、ありえませんわ!』
ぬいぐるみの股裂きというのも絵面的にアレだな、と柳は思い直しくまのんから手を放した。「ロープに飛ばして、十六文キーック!」
「アックス・ボンバー!」
お互いに空振りに終わって向かいあう。
「この手が光って唸る! お前を倒せと輝き叫ぶ! シャイニングフィンガー!」
『ひゃぁあっ!』
なお「みっく」は、長ネギを持たせ、七色の声で歌うように夕張が魔改造しました。