恥知らずと忘却の彼方のほうは現在書き溜めしております
前編ではまだ生成AIとは戦いません
──読者諸君は、『シンギュラリティ』という言葉をご存知だろうか?
そうだな、端的に言えば『技術的特異点』
『
今のままのスピードで人工知能が進化すれば『2045年』にはシンギュラリティに到達するというのだ。
近い将来、人間は役割を終えるだろう。人間を全てにおいて超え、なおかつ人間に忠実な機械がいるのだから。
…… といっても、この岸辺露伴は例外だがね。
***
「ナァナァナァナァ 泉くん、今のそれ、ジョークか何かか?
きみにはジョークの才能はないようだがね。 このぼくの『ピンクダーク』をOpenAI社に売り渡そうったってそうはいかないぜ」
「露伴先生ェ ですから、『売り渡す』なんて言ってません!
『生成する権利』を渡す契約ですッ! あと『OpenAI』じゃあなくて……」
「わかったわかった。つまりこうだ。その『クモノイト』とかいうAI開発会社が、集英社IPを『自由に生成する権利』を欲しがってるんだろ?
クモノイト社からすりゃあ集英社のIPなんて金のなる木だ。だからクモノイトの方から、ぼくやほかのマンガ家に使用許可を貰いに行ってると。
フッ いつから君は、ジャンプの編集部員からクモノイトの使いっ走りになったんだい?」
鼻につく担当編集め。いつからそんな話が集英社、ひいては編集部に来ていたんだ。いきなり『許可をよこせ』なんて言われて、聞き入れるマンガ家がいるか?
少なくとも聞き入れるマンガ家がいれば、ぼくは軽蔑するね。
「もういい、この話は終わりだ。帰って読み切り短編45ページを来週までに書き上げなくちゃあいけない。
それから言っとくがぼくはッ! ぼくの大切な『ピンクダーク』を生成する『権利』なんて売る気はないからなッ!!
その生成AIとやらが『ピンクダーク』に近いモノを生成したら賠償金ブンどってやるッッ!」
「えっ……あッ! ちょ 露伴先生ェ!」
担当編集の金切り声をいやいや聞きながら、ぼくは帰路についた。
まだかぐわしい香りをただよわせていたアールグレイを楽しめずにグイッと飲み干したのは心残りだが、あの癪に触る『泉京香』から1秒でも早く離れるためだと自分のなかで『納得』した。
***
思うに生成AIとは、『楽』を追い求める現代社会の極致なのだと思う。今の時代わざわざマンガなんて描かなくたって、『Gemini』やら『ChatGPT』とかに命令すりゃあ数秒でマンガが出てくる。
なんとも寂しさを覚えるが、まぁ『楽』なのはいいことだろうし、このぼくとしては興味もある。
あの時クモノイトからの依頼を即決で断らず、取材を依頼してもよかったかもしれないな。
1ヶ月後、クモノイトは集英社との正式な契約を結んだことを発表した。
『ONE PIECE』『ヒロアカ』『呪術廻戦』といったマンガに詳しくない人間でも知ってるような錚々たるマンガがクモノイトのAIでは生成できるという。
なかよしのマンガ家たちに連絡を入れてみたところ、荒木飛呂彦先生は今回の依頼を断り、こせきこうじ先生にはそもそも連絡が来なかったらしい。
ぼくはスマホを手に取り、グーグル検索で『クモノイト』と入力した。数秒もしないうちに検索結果がスマホ画面いっぱいに表示される。
こういうのはテクノロジー進歩の『いい点』だろう。
今の時代スマホが1台ないと社会生活すらまともに成り立たないし、ぼくだって背景画はデジタルで描くことが多い。
「クモノイト…… 数年前にAI開発市場に乗り出し、今アジア圏で最も勢いがあるスタートアップ企業の一つか。
チャットAIはもちろん、画像生成AIにも最近力を入れていて、今回集英社と契約を結んだのは画像生成AI『Todder』で集英社のキャラクターを生成する『権利』……」
なるほどな。以前ウォルト・ディズニー社がOpenAIの『Sora』と同じような契約を結んだとニュースで見た記憶がある。
集英社IPなんて世界各地にファンがいるし、アジア圏では大手とは言え、世界的にはまだまだなクモノイトにとっては世界規模に会社を拡大するチャンスというわけだ。
「といっても、このぼくのマンガは生成できないがなッ。『Todder』とやらでぼくのマンガを生成しようとしたファンには気の毒だが、ぼくのマンガが見たいなら少年ジャンプを買うか単行本買えばいい話だ」
あの『泉京香』は今頃どうしているだろうか。
ぼくの『ピンクダークの少年』は世界1億2000万部の売上を誇る大ヒットシリーズだ、ぼくの絵やマンガを生成したいヤツはこの世に五万といるだろう。
今頃『許可』を取れなかったから編集長にこっぴどく叱られてるかもしれないな。
「フフッ……あははっ アッハッハッーッ! いやぁ、考えるだけで笑えてくるねェ。 あの『泉京香』がッ! 叱られて部屋の隅でいじける『犬』みたいな感じでシュンとしてるところをッ!!」
我ながら性格悪いよ、ホント。
以前、彼女が『別荘』の関係でヤバいことに巻き込まれたときは助けてあげたが、それはそれとしてアイツは大キライだ。『自分が一番っ』って感じの人間は苦手でね。
「トゥールルルンルルルン」
悪趣味な笑いを浮かべていたぼくのスマホの画面がきり替わり、『電話画面』になった。宛先は……『クモノイト』
その名前を見た瞬間、ぼくは『着信』のボタンを押した。
「もしもし、マンガ家の岸辺露伴先生でしょうか?」
電話に出たのは少し鼻声の声が高い男だった。丁寧な口調かつ声色も心優しそう、だが若干緊張しているようだ。
「はい、マンガ家の岸辺露伴です。ご要件は?」
相手方が丁寧に接してきたら同じように返すのは社会人として当然。ぼくはなるべく敬意を払いながら、相手の目的を探ろうとしていた。
しかしクモノイトはなんでまたぼくに連絡してきたんだ?
ぼくが泉京香に『Todder』での『ピンクダークの少年』に類似したキャラクターや絵の生成はお断りだと言っておいたじゃあないか。まさかとは思うがあの女、まだ連絡してないのか?
「ところで……ぼくは編集に『ピンクダークの少年』のキャラクターの『生成は禁止』と伝えましたよ? まさかあなたたち、連絡取ってないんですかァ?」
「ああ……いえ。その点は担当編集さんから連絡されています。今回お電話差し上げたのは……『著作権侵害』の話です」
『著作権侵害』?
バカな、いまクモノイトの担当者本人も『生成は禁止』ということを認識していた。それなのになぜ『著作権侵害』の話がクモノイトから出てくるんだ?
そういえば生成AIは、製作者が『学習』させた物事からしか何かを作ることができないとどこかのWEBサイトで見た。
『Todder』の制作段階に、ぼくの『ピンクダークの少年』の絵や構図などが『学習』させられていたのか?
いや、そんなわけがない。そもそも『Todder』はぼくが『生成の権利』は渡さないといった時点ではまだ開発中だったはず。
つまり『ピンクダークの少年』が『学習』させられることはありえない。ならばなぜ、この担当者はこのぼくに『著作権侵害』の話をしてきたのか?
「……『著作権侵害』とは、具体的にどういうものなんだ? ぼくの『ピンクダークの少年』の絵や構図がパクられたのか? それとも『ストーリー』か?」
「そもそも、AIは『学習』させたことからしか、モノを作ることはできないんじゃあなかったのか?」
「まさかアンタたち、このぼくがどう返答しようと、『ピンクダークの少年』を学習させるつもりだったんじゃあないのか!?」
「おッ……落ち着いてッ!? 露伴先生、あなたのマンガをボクたちが『学習』させるわけがないじゃあありませんか。
ボクも開発チームのみんなも、『ピンクダークの少年』を始めとしたジャンプマンガには『勇気』を与えていてもらったんです」
「ボクを信じてもらえるとは思いません!! ただ、ボクたちはホントに……」
「あーもう、わかったわかった。 キミがどれだけジャンプ好きなのかはわかったから。
そんなことより『著作権侵害』の詳細な内容を教えてくれたまえよッ 言っとくけどぼくはこういうのうるさいんだぜ?」
この岸辺露伴、決してクモノイトを信用したわけじゃあないが、コイツが言ってることがもし『真実』だったとすれば。
『学習』させていないぼくの『ピンクダークの少年』にソックリな漫画をAIが生成したというなかなか面白いネタを手に入れることができるんじゃあないかと思った。
「はいっ! というのもですね、まだサービス開始から数週間しか経っちゃあいないのに、うちの『Todder』はたくさんのお客様にご利用いただいておりッ! その過程で当然『AI生成作品』をインターネット上に投稿するユーザーも存在しますっ!」
「あっ……も……申し遅れました。ボ……わっわたしは『
『AI生成作品』か、そういやXとかでもよく見るようになったな。最近『AI生成マーク』なんてのが付くようになったぐらいだ。
まだAIが流通する前から、ぼくの作品のファンアートを描いていた同人作家の絵に『AI生成マーク』が付いたときは少し苛付いたがな。
「それで…… その『Todder』を使用した『AI生成作品』にぼくのマンガそっくりなキャラが出てきたと……?」
「そのとおりです露伴先生ッ! ボクたちクモノイトは、露伴先生のように今回の契約を断ったマンガ家さんの作品は一切『Todder』に『学習』させていません。
現にXで『Todder ジョジョ』と入力しても『AI生成作品』は一つも出てこないはずです。それなのに『ピンクダークの少年』だけは、『学習』させていないのに生成してしまうんですよォ!」
ぼくは電話画面を一度閉じてXのアプリを開き、『Todder ジョジョ』と検索してみた。検索結果に出てくるのは、『Todderではジョジョが生成できない』と嘆くファンたちの声だけ。
もう一度検索画面に戻り、『Todder ピンクダークの少年』と検索してみる。検索結果には、ずらりとぼくの『ピンクダークの少年』ソックリなマンガや絵が並んでいた。
「バカなッ…… そんなッ 確かに……」
「はい…… クモノイトのみんなも取り乱してますし、集英社さんからも連絡が来ています…… ボクたちも原因究明に努めていますが、今のところは『原因不明』としか言えませんね……」
山懸とかいうこの担当者の慌てぶりと申し訳なさそうな感じからするに、おそらく本当に『原因不明』なのだろう。
彼らもまた被害者であり、ぼくのマンガに本気で『敬意』を持ってくれていると、ぼくはこの時感じた。
「……わかった、君たちをぼくは信じようじゃあないか。それで、その『不具合』なのかはたまた『人為的』なのかよくわからないモノを生成してるAIから、どうすれば『著作権侵害』を防げるか聞きたい」
「わかりました、このAIに『著作権侵害』をさせないようにする方法は主に『2つ』あります。
1つ目は『禁止事項』我が社では『Todder』に生成を禁止させているものがあります。 例えば余りにもグロテスクだったり、政治的なコンテンツは『禁止事項』なので『Todder』での生成が不可能です。
このシステムを利用して、『ピンクダークの少年』を『禁止事項』に入れれば生成は不可能になります」
「確かにそれは簡単だが、君の口ぶりからするにまだ『禁止事項』に入れていない、あるいは『禁止事項を無視』しているんじゃあないか? まだもう1つあるんだろ? 続けてくれ」
「流石露伴先生…… ご明察です。
実は『Todder』はここ最近『禁止事項を無視』してグロテスクなコンテンツや政治的なコンテンツを生成しているという報告が当社フィードバックに多く来ているんです……
おそらく仮に『ピンクダークの少年』を『禁止事項』に入れたとしても、それを無視される可能性のほうが高いでしょう」
「話を戻しましょう。もう1つの方法は『AI自体の運行停止』
つまりAIそのもののサービスを『停止』させ、原因がわかるまで無期限メンテナンスをいれるという方法です」
「なるほどね…… 『禁止事項』が無力化されてるんじゃあ『運行停止』以外の道はないんじゃないかい?」
「露伴先生…… お気持ちはわかります。けど、『運行停止』しちゃあボクたちの『成果』が台無しになっちゃうんですよォ。
わかります? 『Todder』が破壊されちゃあ、ボクたちクモノイトは大赤字だ。 クモノイト社員数百人が路頭に迷う可能性もあるんです」
コイツ…… いや、彼ら…少なくとも『彼』ではない。
彼は確かに、ぼくや少なくとも集英社のマンガには『敬意』を持ってくれている。
本当にぼくを『ナメてる』のはクモノイトの開発チームや上層部だろう。だがそれ以上に、ぼくにとって我慢できないことがあった。
ぼくにとっては『マンガ』こそがすべてッ!この岸辺露伴と……『読者』を、たかが『機械風情』に侮辱されたのだ。
少し声を荒げ、ぼくは山懸に自分の意見を伝えた。
「だからなんだ? この岸辺露伴のマンガをパクったんだ。その程度なら致し方ないんじゃあないか?」
「露伴先生ッ! そんなこと言われたって、ボクたちだって生活が……」
「うるさいッ!この岸辺露伴との『約束』を破ったのは君たちのほうじゃあないかッ。 『規定違反』で集英社に報告することだってできるし、なんなら賠償金ブンどってやってもいいんだぞ!」
彼らもあくまで被害者。キレるのは違うと分かっていても、ぼくはどうにも怒りを抑えられきれていなかった。
山懸にかわいそうなことをしてしまったと思ったが、そんなことは今はどうでもいい。彼らが『Todder』による『著作権侵害』を無視してサービスを続けるというなら、ぼくにも考えがある。
「なぁ山懸くん。クモノイト本社にはいつ行けるかい?」
後編は来週になりそうです