ブレード・ストレンジャー・アンド・レッドブラック   作:pugcode

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2話

 ホムレス・ヴィレッヂに滞在する事、数週間。

 

「キミ、治るの速くない?」

 

 忍者(シノハ)の傷は程々に癒えていた。多少の肉体労働程度であれば十分に、万全に戦える程に回復しているかと言われれば嘘であるが、三下の極道を相手する程度なら訳は無いだろう。

 

「ええと、鍛えてるからッス」

 

 答えにならない答えだが、アザマはそれ以上詮索しない。

 必要以上に秘密を探るのは良くない事、数週間の滞在で分かったこの場所の暗黙の了解だ。

 アザマは返答の代わりにぼさぼさの頭を掻いて半笑いを返していた。

 

 この数週間、忍者(シノハ)はリハビリも兼ねて集落の中を歩き回り状況を把握していた。

 その結果、ここは自分が知らない場所である事、日本のようで日本ではない場所にいることを確信した。

 ネオサイタマ、マグロツェッペリン、暗黒メガコーポ、クローンヤクザその他諸々。

 元の世界では決して使われないような珍妙な語彙の数々に冗談ではないかと疑うが、現実問題としてこの場に存在しており、忍者(シノハ)自身もそこにいる。

 つまりは所謂異世界転移というヤツだろう。

 

 そして自分は生きているし、ここに生活している人たちがいる。

 ならば恩には恩で返す。

 仲間もべしゃりガラスもいない全くの手探り、慣れない異郷の地での活動ではあるが、何もしないでいられるほどシノハは恩知らずではない。

 自分を拾ってくれた集落の皆に、治療してくれたアザマ=サンに報いるために、自分がやれることを探そう。

 そのついでに、他の仲間(忍者)を探したり、元の場所に戻る手段を探せればいい。

 

「ここまで速く治ったのはアザマ=サンのおかげッスよ」

 

「イヤイヤ、私は何もしてないようなもんサ。包帯巻いてただけ」

 

「そんなことないッスよ。できるなら恩返しがしたい位だし」

 

「当たり前の事をしただけ。タスケアイが大事だから、ね」

 

 敢えてそれを口にしたのが気恥ずかしいのか、彼は少し顔を背けて言った。

 それは心からの言葉であり、彼は間違いなく善人であった。

 故に忍者(シノハ)の事も慮って警告も欠かさない。

 

「でも、外に出かけるなら気を付けてね」

 

「? なんかあったんスか?」

 

「ああ、その、ね……人が死んだんだよ」

 

 人が死んだ。

 その言い方は哀しみだけでなく、深い怒りと悔しさのようなものが根底にあるように感じる。

 

「ホームレスの仲間がね、殺されたの。バッサリ、辻斬りに遭ったみたいにさ」

 

 殺人事件。やはりこちらの世界にもあるのか。

 警察の仕事の範疇であろうが犯人が捕まっていないのならば確かに出歩くのは危険だ。

 ただの高校生(コウボー)であればの話だが。

 しかしアザマの表情の暗さはより暗くなっていく。

 

「現場はまるでツキジみたいに血まみれ、ネギトロみたいにになった人もいた。でも私たちはホムレス。死んでも誰も気にしない。警察だって動いちゃくれない」

 

 築地? ネギトロ?

 表現は奇妙だが文脈から想像するに多くのホームレスが惨殺された事件であり、警察が動いてはくれないという厳しい現実がある事は理解できた。

 

 弱者を狙う凶悪犯。弱者のために動かない腐敗した警察。

 忍者として、許せねェ。

 

 義憤に駆られた忍者(シノハ)は考えるよりも先に体が動いた。

 

「それ、俺が調べてもイイっスか?」

 

 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をするアザマ。

 彼の立場からすれば、病み上がり直前の学生にそんなことを言われるとは思ってもみなかったのだろう。

 

「ダメダメ、子供がそんなアブナイことしたら」

 

 すぐに真剣な表情で否定される。まぁ、当然の反応だ。

 しかしある程度動けるようになった今、少しでも早くこの世界に慣れておきたい。調べておきたい。そんな逸る気持ちが忍者(シノハ)を突き動かした。

 

「何か役に立ちたいんスよ」

 

 熱意に満ちた目でアザマの目を真っ直ぐに見つめる。

 困った顔で目を泳がせること数秒、自分が折れるしかないのかと納得させたのか、溜息をついて仕方なさそうに、呟くように言った。

 

「……分かったよ、調べるだけ。何か分かったら報告する事。キケンそうだったらすぐ逃げる事。イイネ?」

 

 そうこうして彼らが悩んでいるホームレス襲撃事件を忍者(シノハ)は調べ始めた。

 

 

◆◆◆

 

 

 忍者としてのリハビリも兼ねてパルクールめいた動きで集落の周囲を歩き回り、ここが自分の知らない異世界であることを再確認する。

 青空の見えぬ黒雲が常に空を塞ぎ、廃ビルの間から遠くにギラギラ光る摩天楼が見える。

 使われる文字は日本語だが、どこかおかしい。

 そして更なる誤算が一つあった。

 

(人っ子一人いねぇ……)

 

 それもそのはず、ここはネオサイタマの経済競争の舞台としてシノギを削った企業が共倒れになった結果生じた空白地帯なのだ。アングラな住民はいてもクランごとの住み分けを徹底して軋轢を避け、この場所が誰にも気づかれないようにひっそり暮らしているのだ。

 

 そんなことを知る由もない忍者(シノハ)は、遠巻きにこちらを観察する気配を感じ取ってはいるもののどこかおびえた様子を察して不思議に思っていた。

 こちらは突然ここに現れた新人。だから警戒され、怖がられているのだとすればここの住人はかなり用心深い。これでは聞き込みなんて以ての外で道を聞くことすらできない。忍者としての身体能力を使えば接触はできるだろうが無駄に刺激するのもよくないだろう。なにせここは自分の知る東京とは違うのだから。

 

 そのまま小一時間彷徨ってホームレスの誰かにガイドを頼むべきだったかと思い始めたころ、一つの人影を見つけた。

 くたびれたトレンチコートとハンチング帽の男。特にこちらを気にしているような素振りも無く、淡々と歩みを進めていた。

 

「第一村人発見ってトコか」

 

 落ち着いて、しかしその歩みに追い付ける程度の速度で歩きを早める。せっかく見つけた人間だ、当たって砕けろの精神で接触しよう。考えるのは後だ。

 そうして2mほどの距離になったころ、その人物は立ち止まった。

 

「あの~~~スンマセン」

 

「何だ?」

 

 暗く、深く鋭い目。深い哀しみや怒りのような負の感情を凝縮した目。

 その奥には燃え上がる黒い炎のような何かがこちらを覗き込んでいる。

 振り返った男の目の何かに飲み込まれそうなった忍者は心底で畏怖った。

 

(なんだこの目!? それにちょっとやそっとの苦労じゃ絶対に身につかない立ち振る舞い、一体何者だ?)

 

 流れる冷や汗。あの破戒の八極道と相対した時よりも、遥かに超常(ヤバ)い何かを宿していると本能的に分かった。

 この男を観察して湧き上がった疑問と恐怖を一旦頭の隅に追いやり、忍者(シノハ)は臆せず本来の目的へと立ち返る。

 

「あー、最近この辺でヤベェ事件があったって聞いてるんスけど、何処か知ってたりしないスか?」

 

「それを聞いてどうする」

 

「オレの友人が、この辺で知り合いがいなくなったって言ってるんスよ。事件があったって噂も聞いてるんで何か関係あるんじゃねぇかなって」

 

「そうか」

 

 その男は一頻り思案したのち、

 

「オヌシのような子供が立ち入ってよい場所ではない。……帰れ」

 

 そう言って踵を返す。

 取り付く島もない。だが、この程度で諦める訳にもいかない。

 忍者(シノハ)はなるべく子供じみた動きを装ってその男の前に走って回り込み、行き先を塞いだ。

 

「いや、そういう訳にもいかないんスよ」

 

 男は何も答えない。鋭い目つきはそのままに、ただ眼光のみで不快感と警戒心を示した。

 こういう交渉事は慣れていない。だから自分の思いを愚直にぶつけるしかない。忍者ならどんなことでも自分を貫き通せ。

 

「オレ、ココに来たの最近なんスけど、大怪我してぶっ倒れてたトコをこの辺りに住んでる人たちに助けて貰ったんス。なんでそうなったのかは記憶がないんスけど、まずは助けてくれた事への恩返しがしたい。だから調べてるんス」

 

 至極真面目に、真正面からその瞳に向き合う。

 

 沈黙。

 

 シャッターストリートに吹き込む風が砂埃を舞わせ、男のコートが僅かに揺れる。

 

(これは、ダメか?)

 

 こんな場所を堂々と歩く人間だからこそ何か知っていると期待していたが、よくよく考えれば見ず知らずの人間にいきなり情報提供を求められて答える義理などない。ましてや明らかに治安の悪い地域で突然遭遇した人間に対して警戒心を解く筈がない。

 忍者(シノハ)は物事を楽観視しすぎたと自省し始めた。

 

「……カマボコ工場」

 

「え?」

 

「ミネキタ自動車整備場、ピタダ倉庫、ダイケン病院。私が調べた限り、事件の現場はこれで全部だ」

 

 男は淡々と建物の名前を挙げていく。

 

「そしてそこには何も無かった。おびただしい血の跡以外は。だからオヌシが行ったところで無意味だ。それでもオヌシがここを離れられないというのなら……これを持っておけ」

 

「これは、お守りっスか?」

 

 男が差し出したのは、『ザゼン』と銘打たれた安っぽいお守り袋だった。

 

「気休めだ」

 

 何か特別な道具を貰えるのかと思いきやまさかの神頼み。この男なりの気遣いなのだろう。

 

「……有難(アザ)っス」

 

 素直に受け取って懐に収める。只者ではない、しかし何となく信頼できる。シノハはそう直感した。

 そういえば名乗っていないことに気付いた。少しでも情報共有してくれたのだ、それぐらいは礼儀としてすべきだろう。

 

「オレは多仲忍者(たなかしのは)っス。また会えたら情報共有してもいいっスか?」

 

「ドーモ、シノハ=サン。イチロー・モリタです。会えればまた会おう」

 

 それだけ言い残すと、イチロー・モリタと名乗った男は、静かに離れていった。

 

 

◆◆◆

 

 

 イチロー・モリタなる人物の情報は確かだった。

 無駄足だと言われても一目見ずに入られないと、忍者(シノハ)は教えられた場所を全て巡って凄惨な現場を確認した。

 血の海。ホムレスの惨殺死体。弔う者もいない彼らの遺体に手を合わせ、冥福を祈る。

 そして忍者としての義憤から、このような所業を行った人物を突き止めねばという想いに駆られた。

 

 最後に訪れたカマボコ工場を後にした忍者(シノハ)は帰路につき、この世界の異常性を改めて認識した。

 いくら極道の存在があるとは言え、極道との戦争が始まるまでにここまで治安が悪い場所は現代日本に存在しなかったし、法も何も無い空白地帯なんてものもお目にかかった事は無い。たくさんのホームレスが集落を成しているいる事も衝撃だった。

 

 別の側面ではサイバネが一般化していることも意外だった。ホームレスたちですら失った四肢の代替品として古いサイバネ義手・義足を使用しており、元の世界よりも技術が進んでいる事は間違いない。

 

「なんっつーか、マンガみたいな世界だな」

 

 所謂サイバーパンクのような世界。プリンセスシリーズには無かったため縁遠いジャンルであったが、知識としては少しだけ知っている。

 その内題材にされたりするのかなと思っていた最中、強烈な血の臭いを感じ取る。

 

 この臭いは、新しい。

 即座に反転、直行する。

 向かった先は商業ビル。低層階に一般向けのショッピングフロアがあるタイプだ。

 周囲を警戒しながら内部に侵入し、感じ取った臭いの元を探る。

 

 3階、フードコート。そこには新鮮な死体が散らばっていた。何れも苦悶と悲哀に満ちた表情で死んでいた。

 誰が何のために。こんなの、笑えねェ。

 

「ダレダテメェーッコラー!」

 

 背後から怒号。そこにいたのは3人の瓜三つな男たち。黒スーツにサングラス、コピー&ペーストしたかのように動作までもが一緒だ。

 彼らは一斉に忍者(シノハ)に向けて銃を向け、威圧する。

 

「ザッケンナコラー!」

 

 忍者(シノハ)は直感する。これは、コイツらの仕業だ。

 何処の鉄砲玉かは分からない。彼らの持つ銃器、そして明らかにカタギではない雰囲気は極道の同類だと断定するのに十分だった。

 

「てめぇらがいるとよォ~~~~」

 

 怒りでみなぎる力。癒え切らない傷など関係ない。決めたのならば、ブッ殺す。

 瞬時に高まった殺気を感じてか、クローンのようなヤクザ3人は忍者(シノハ)に向かって引き金を引こうとした。

 

「笑えねぇんだよ!」

 

 BLATTTTTTTTT!

 

 襲い来る銃弾の嵐。しかし、既に忍者(シノハ)の姿はない。

 一陣の風の如く、襲い来る弾丸の隙間をすり抜けて真正面から突っ込む忍者(シノハ)

 

「「「ナンダテメーッ、アバーッ!」」」

 

 その勢いのまま、特徴的に纏められた指先でヤクザの首を穿ち、3人同時に刎ね飛ばした。

 忍手”暗刃”、現代忍者の基本技にして、必殺の絶技。

 忍者(シノハ)は返り血を一滴も浴びる事無く、己の怒りを貫き通した。

 

「ブッ殺した!」

 

 残身を決める忍者(シノハ)の前にひらりと一枚の紙切れが舞い降りる。斃れたヤクザの手を離れたそれを人並外れた動体視力でそれを捉え、驚いて反射的に手に取る。

 身ぎれいな男性研究者の写真。

 それは何処からどう見ても、アザマの写真だった。

 

(コイツら、アザマさんを探してるのかよ!)

 

 嫌な予感が全身を駆け巡る。忍者(シノハ)は即座に駆け出した。

 

 

◆◆◆

 

 

「……ナムアミダブツ」

 くたびれたトレンチコートとハンチング帽の男は、新たに発見したホムレス惨殺の現場を前に手を合わせる。奇しくも場所は先程まで忍者(シノハ)がいたフードコート。しかし少年の姿はすでに無い。

 暗黒非合法探偵イチロー・モリタ改めフジキドは何かを直感したのか、先程邂逅した少年の事を思い返しながらもこの現場の異常なアトモスフィアを感じ取った。

 

 おお、見よ!無惨に切り刻まれたホムレスたちの遺体を。この滑らかな切断面はカタナによるもの。しかし、モータルの腕力ではここまでの切断を成し遂げることは不可能。そして何よりも、空間に残された邪悪なニンジャソウルの力の残滓!紛れもないニンジャの凶行であると、彼のニンジャ第六感が告げていた。

 

(((フジキドよ、なんたるウカツ! 獲物の尻尾を逃すとは、このノロマめが!)))

 

 ニューロンの奥底から、内なるナラクがフジキドを嘲笑う。

 

「黙れ、ナラク」

 

 フジキドは脳内の声を押さえつけ、残された遺体から調査の糸口を探す。

 やがて彼の目が捉えたのは、首を撥ねられ絶命したクローンヤクザの死体であった。フジキドの研ぎ澄まされたニンジャ観察力は、その死体の異常性を即座に見抜く。

 

(……切断面がおかしい。刃物でも無く、鈍器でもない。しかしカラテである事は確かだ)

 

 言いようの無い奇妙なアトモスフィア。フジキドは未知の出現に戸惑いを覚えた。

 

「これはどういうことだ」

 

(((どういうことだと? 貴様がただのノロマだということであろうが)))

 

「違う。このクローンヤクザの死体だ」

 

(((……ほう)))

 

 内なるナラクもまた、フジキドの視線の先にある死体の異変に気が付いたようだ。

 

(((確かにそうだ。この死体をやった者からは、ニンジャソウルの痕跡が一切感じられぬ。しかしモータルには到底成し得ぬタツジン級のカラテの痕跡……尋常ではない)))

 

(((見よ、フジキド! そこな足跡を!)))

 

 ナラクの指摘を受け、フジキドは床材を注視した。そこには小さなクレーター状のへこみがあった。足跡と形容するにはいささか大きく、まるで何かがそこを蹴ったような跡だ。

 

(((そこからもニンジャソウルの痕跡を感じられぬわ! もしやすれば、ニンジャを追うモータルかもしれん!)))

 

 ニンジャを追うモータル。協力者のナンシーやニンジャハンターのヤクザ天狗を思い出すが、こんな芸当ができるモータルをフジキドは知らない。

 

(((追え、フジキド! モータルに先を越されたとあっては笑えぬぞ!)))

 

「……言われるまでもない」

 

 フジキドはトレンチコートを翻し、その下の赤黒いニンジャ装束を露にする。そして忍殺のメンポを装着し、謎の足跡が向かった先――ホムレスたちの集落へと、赤黒い風となって飛び出した。

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