ネオサイタマへと飛ばされてしまった
光り輝く巨大な拳。
すべてを消し去る程のエネルギー。
破壊の理想形。理屈ではなく、本能でそれを理解させられる。
避けることはできない。
だが、冗談じゃねぇ。
このままくたばってたまるか。
111000111000000110010111111000111000000110101110111000111000000110101111111000111000000110101111111000111000000110011011111000111000000110001011111000111000000110000100111000111000001010010010111000111000001010001111111000111000000110011111111000111000001010001011
全身が痛む。打撲どころか骨折もしている。血は足りているが思考にモヤがかかっている様な気がした。
だがそれよりも大きな問題があった。
「何処だよ此処……?」
粗雑な造りのトタン小屋の中。清潔とは程遠い皺だらけのシーツ。浮浪者の住処めいた場所に、
雑とは言っても最低限治療に必要な要点を押さえたものであり、場所を考えれば十分すぎるぐらいの処置かもしれない。
痛みに耐えながら上体を起こして思考を巡らせる。
まずは状況を整理しよう。
オレは闘っていた。
誰と?
極道と。
確か……
浄水場の
じゃあこの傷は?
医者が放つ黒い風に切り裂かれたもの。特に右腕の傷は深い。
それ以上に酷いのは手足の骨折だ。
そうだ。思い出した。
忍殺番長、
ボロボロの身体でアイツと遭遇し、暗刃かまして一発かまされた。
あの”力”そのものを具現化したような拳を受けて――。
頭痛。
「ダメだ、これ以上思い出せねェ」
覚えているのはあの拳が最後、それ以降の記憶は消し飛ばされたかのように途切れている。
「ン、お目覚めかな」
「ッ!!!」
反射的に声の主に向けて構えようとするが激痛でよろけてしまう。
「ンン〜元気は良いけど身体はマダマダ、そんなカンジ?」
薄汚れた白衣、ぼさぼさの長髪に割れた丸メガネの男はにこやかに入口らしき暖簾を潜って近寄ってくる。
良く見れば聴診器らしきものを首にかけており、なんとなくだが医者のように見えた。
「アンタが……やってくれたのか?」
「ン、ご明察。ここじゃこの程度しか出来ないけどね。それでもキミ、頑丈でタフだね。そんな傷じゃ普通は起き上がれないよ」
「ああ、まぁ、鍛えてるからっス」
咄嗟にはぐらかす。身体に染み付いた忍者の性だ。一般人に忍者であることは知られてはならないのだから。
納得したようなしてないような表情で、その男はボサボサの頭をボリボリと掻く。そして何かを思いついたようにポン、と手をたたいた。
「そうだ、自己紹介。私はアザマ・クロー、この村で医者みたいな事をやってる」
そう言って彼、アザマは丁寧にオジギした。
忍者もまた若干の痛みを堪えながらオジギを返す。
服装やこの場所の粗末さに比べて、やけに礼儀正しい所が滑稽に感じた。
「オレ、多仲…忍者《たなかしのは》っス」
「
今までに対面した事の無い丁寧が過ぎる空気感に
しかしそれはそれとして、現状を把握しなければ。
「助けてくれて、
「ン?知らない?じゃ、キミ、ホムレスじゃない?」
「いやオレは……一応
どう答えるか一瞬迷うが、嘘は言っていない。表の身分は
「ン、学生サン?それがナンデ?こんな重症で?ココへ?」
「いやオレも分かんねぇーっス。何かにぶっ飛ばされて、気が付いたら此処で目覚めて理由
が分かんねぇって言うか」
全て事実だ。普通の感性ではその何かが厄災級の極道の拳とは決して思うまい。
嘘の中に真実を入れると説得力が増すとはよく言うが、この場合は逆に真実が嘘に思えてしまうだろうから伏せて話した。
「フーン」
何かを考える素振り。
「……ニンジャ」
「ッ!?」
忍者。たしかにそう聞こえた。
アザマは既にこちらの正体を知っているのか?
職業病としての防衛反応が働き、ごく僅かに殺気立ってしまう。
「ン?どうした?」
「いや、今、忍者って言ったんで」
「ああ、それは、おとぎ話のニンジャなら出来そうかなって。ま、ニンジャなんていないよ、ハハハ」
照れたようにアザマは答える。隠し事があるから誤魔化したようにも思えるが、今は深く詮索しないことにした。
「ココの説明は一旦置いといて、軽く傷の具合を見せて貰うよ」
「あ……ドモっス」
先ずは折れていない方の腕を差し出し、アザマは手慣れた手つきで包帯を外していく。
こうやって治療してもらうと虎兄の顔を思い出す。アザマは虎兄とは似ても似つかず医療の腕前も大きな差があるが、その行為への真摯さ、真っ直ぐさはまさしく本物だ。
単純に包帯を外していくだけでも、患者の苦痛を察知し最小限に留めようとする確かな技がある。姿形や持っている技が違っていても変わらぬ人の暖かさをそこに感じた。
「ここはね、ホムレスが集まってるホムレス・ヴィレッヂなんだ」
手当が半分ほど進んだ所でアザマは淡々と語り始める。
「私もココに流れ着いて3年ぐらいかな。カイシャをクビになって、カネに困って、飢え死にしそうな中でココの人たちに拾われた」
アザマは一瞬手が止まり、かつての生活を懐かしむ遠い目をした。どこか陰りのようなものを匂わせて。
「バイオメディカルテックのカイシャだったから、医療知識はそこそこあった。だから助けて貰った恩を返すために医者みたいな事をやって、今日に至るって感じ」
斗女たんのハイテク技術と虎兄の医療技術の合わせ技が使えるということだろうか。忍者は深く突っ込めるだけの知識が無かったため、ただ適当に相槌を返した。
アザマは静かに道具をしまい、持ってきていたもう一つの荷物から安っぽい丼と水筒、そして二つのコップを取り出す。
水筒からコップに注がれたのは緑色の液体。そこからシノハの鼻腔は青々しい香ばしさと僅かにツンとする化学的な異臭を感じ取った。
「ドーゾ」
「あ、どうもっス」
恐らくこれはお茶なのだろう。痛む手で受け取り恐る恐るすすってみる。
お茶特有の苦みと予想外に主張するケミカルな味に戸惑うが、厚意で出してくれたものだからと表情には出さなかった。
「こんなマッポーの世でもね、タスケアイが大事。キミみたいにボロボロの人を見つけたら助けてあげるのが私たちのやり方」
続いて丼の蓋が開かれる。橙色の小さな球状物体の群れが白米の上に載っていた。
これは、イクラ丼か?
「ドーゾ。特売のバイオイクラ・ドンブリ。余りものだけど」
「あ、ど、どうもっス」
ホームレスなのにイクラ? こんな高級品を?
不自然な組み合わせに疑問を覚えるが差し出された厚意は素直に受け取ろう。
シノハは黙ってイクラ丼を口に運ぶ。
イクラは想像以上の弾力で、ゴムの様に咀嚼に抵抗して弾ける。またもケミカルな魚卵の味と安っぽい醤油の味が組み合わさり、何か騙されたような気分になる味だ。これはイクラの見た目をした別の何かだ。
一口食べて手が止まったシノハに対し、アザマは心配そうな表情をする。
食欲が無い訳ではない。見た目とは違う味に面食らってしまっただけだ。
そのまま二口目を口にしたのを見て、アザマは安心したように柔和な表情になった。
「ともかく、治るまでキミはここにいていいよ。すぐ出ていきたいって事なら止めはしないけど、その状態で外に出るのはオススメしない」
「何か、ヤバいんスか?」
「ヨタモノ、ヤクザ、サイバーツジギリ、そんなヤツ等が潜んでてこの辺りは治安が悪いからね。そんなんじゃ逃げるに逃げられないでしょ」
「ああ、それはそうっスね」
聞き覚えのある様で無い単語の羅列。この場所だけが変なのかと思っていたが、外もなにかおかしい。
極道が暴動を起こしただとかそういった範疇には収まらない、理解の枠を超えた出来事でもあったのかもしれない。
他の仲間は、虎兄は、龍兄は、斗女たんは、長はどうなった?
浄水場は、東京はどうなった?
不意に沸き上がった言いようの無い不安感と焦燥感に思わず力が入り、レンゲにひびが入った。
重金属酸性雨がメガロシティに降り注ぐ。
ここネオサイタマにおいては特段珍しい光景ではないが、この日は特に激しい雨に思えた。
ホームレスたちは既に立ち退いて久しい工場めいた建物を今日の宿として、無慈悲に肌を濡らす雨をやり過ごそうとしていた。
上昇することのない底辺の生活。それでも彼らは必死に生きて来た。
この厄災が目の前に現れるまでは。
SLASH!
「アイエエエ!」
おお、ナムサン!
追い立てられるウサギめいて逃げ惑うホームレスたち。
一体彼らは何から逃げているのか?
カツン、カツンとわざとらしく足音を立てる者が1人。それは恐怖を掻き立てる死神めいた音だった。
素肌に黒いレザーコート。開かれた胸元には縦に両断された”断”の文字とハンニャのタトゥーが威圧的に覗き、オールバックとサングラスの厳つい容貌はどこかヤクザめいていた。
しかしこの者はヤクザなのか?
否!
メンポだ。その口元にはメンポがある。
そしてその男から醸し出される圧倒的かつ支配的なアトモスフィア。
そう、彼はニンジャである。
「ムフッ、そうだ逃げろ、テメェらはここ
ニンジャは声を荒げてさらに威圧する。
「アイエエエ!」
狂乱するホームレスたち。その一人が恐怖のあまり足を躓かせて転倒する。起き上がろうともがくも気づいたときには直ぐ側にはニンジャがいた。
「アイエエエ!ナンデ、ニンジャナンデ!」
ホームレスは恐怖のあまり失禁!腰を抜かして動くことすらままならない!
「ムフッ、追い付いちまったなァ。しかも
ニンジャは腰のカタナに手をかける。
「そういう奴には」
極道技巧”
わずかに動いた手が白刃を覗かせ、チン、と冷たい音を立てて刃はまた隠れる。
ニンジャは踵を返して悠々とまた歩み始めた。
理解できないホームレスは恐怖と安堵が混じった複雑な表情を浮かべ、眼の前を通り過ぎた存在を目で追う。
何かの間違いか? それとも気まぐれか? あのニンジャは遠ざかっていく。
「アイエ……エ?助かっ……た?」
しかしホームレスの顔にご注目いただきたい!読者はお気付きだろうか?鼻を中心とした細い十字が顔に刻まれていることを!
ホームレスが言葉を発し、呼吸する度にその線は太く、赤く染まり、そして四つにズレて分かたれていく!
そう、ニンジャはそのニンジャ身体能力を以て我々が視認できない神速の斬撃を放ったのである。それも顔の十字と首を断ち切る3度の斬撃を!ワザマエ!
その首は四散し赤い花を開かせ、ホームレスは叫ぶ間も無く死んだ。
「アイエエエ!」
この光景を見た他のホームレスたちは叫んだ。恐慌が伝播し叫びが叫びを呼ぶ負のサイクル!
床に崩折れる死体を背後に、ニンジャは追い込みを続ける。
BANG!
「……ア?」
弾丸はニンジャの足元に着弾し、彼の注意を引く。
銃声の主はまだ恐怖に染まっていないホームレスだ。彼は勇敢なのか無謀なのか愚かなのか、隠し持っていた自衛のための拳銃の使い道をここで見出したのだ。
「ヤ……ヤメロ!また撃つぞ!」
それは虚勢でしかない。ニンジャ威圧感を直接受けて足は震えてへたり込みそうだ。それでも彼は両の足で立ち、銃口をニンジャへと向け続けた。
「ムフッ」
まさかホームレスが歯向かってくるとは思わなかった。骨のある奴がいた事に機嫌を良くしたのか、ニンジャはそのホームレスに向かって歩み始めた。
「く……来るな!」
今にも押しつぶされそうな重圧に銃口は震え、狙いが定まらない。素人でも当てられる程に接近しても当たる気がしない。ホームレスの本能が限界まで警鐘を鳴らす。
徐々に接近してその距離わずか1m!
手を伸ばせば手が届きそうな距離だが、それでも引き金は引けない。
「ほら、撃ってみろよ」
挑発めいた物言い。しかし挑発は戦える者同士が発するからこそ意味を成すのであって、ホームレスの様な弱者には高圧的な命令にしか聞こえない。
それでも撃とうとしない事に痺れを切らしたニンジャは怒りを込めて言い放つ。
「テメェの銃は飾りか?撃ってみろって言ってんだよォー!」
「アイエエエ!アイエエエ!」
BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
ひたすらにトリガーを引く。
BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
目は閉じられ狙ってすらいない。
BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
夢中になって弾を撃ちまくり……
CLICK、CLICK、CLICK、CLICK……
弾倉が空になった事を示す音が虚しく響いた。
恐る恐る目を開いたホームレスは驚愕した。
無傷。全くの無傷である。
ニンジャはまた小気味よい音と共にカタナを鞘に収め、メンポの下で口角を上げた。
「ナンデ……無傷ナンデ……?」
消え入るようなか細い声の問いかけがホームレスの口から漏れる。
「ムフ……!
興味を失ったニンジャは背を向ける。
「弾先ちィと斬っただけで軌道が逸れらあ」
おお、なんと言うことか!
このニンジャはあの至近距離で放たれた幾つもの弾丸を、神速の斬撃で斬ったのだ!
「「「アバババーッ!」」」
更に斬られた弾丸は大きく軌道を変えて他のホームレスの胸を、頭を貫いている!
弾丸の先端数ミリを削ることによって空気抵抗を意図的に狂わせ、他のホームレスに向かって軌道を逸らしたのだ!
何たる速度と精密動作か!ワザマエ!
「オマケに死んで手に入れたニンジャの力、あの忍者共も最早敵じゃァねェかもな〜〜〜!」
嗤うニンジャ。閃く白刃。細切れになるモータルだったものが血の華を咲かせる。
彼の名は、デッドブレード。
かつての名は、魔津田黒雨。
初投稿です。
5話ぐらいの短編です。