遊☆戯☆王 Xeno-N   作:駄蛇

35 / 47
今回から数話分の話を文字数的にちょうどいい区切りで分けようとしていたら再編集になるという見切り発車具合に……

リアルの方ではデュエルをしなくなって久しいですがユベルの新カードが来るのでテンションが上っています
やっぱり沼るきっかけになったキャラやカードが新規で来ると嬉しいですね


他者を想うが故に

「………………………………」

「………………………………」

 夕焼けに照らされた街並みを、黒髪を短く揃えた女子生徒が無言で歩いていく。

 正確にはその少女の歩みに合わせ、ガラの悪い男がそれ相応な私服に身を包み適度な距離を保ちながら後を受けていた。ある程度詳しい人が見れば、それは明らかに尾行している不審者であり、下手をすればセキュリティを呼ばれてもおかしくなかった。

「そのセキュリティが俺だってんだから、世の中何があるかわかんねぇよな」

 そう自虐気味に呟くのはレアカード窃盗集団として教科書にも載るほど歴史のある『グールズ』の構成員でありながら、現在は行方不明となった相棒である篠原の捜索を手助けしてもらう代わりに大神のサポートをするという理由でセキュリティに籍を置くという珍しい経歴を持つ男、神崎零司であった。

 葵の入院を機にボレアスの襲撃に備えた護衛の増員が認められ早1週間。星の守護者(セイクリッド)、特に葵、リリア、早乙女の三人に関しては登下校時には一人付きっきりの護衛。それ以外でも街の警備を強めるという取り決めになっていた。

 そんな中、未だに神崎は早乙女との距離を計りかねていた。

 ただでさえ性格的に2人はそりが合わないのに加えて始業式の一件で修復不可能なレベルの溝を作ってしまっているのだ。

 また神埼は知る由もないが、数日前に黄昏とデュエルを行って以来彼女はいつも以上に何か思い悩むようにうつむいていた。

 もはやこの組み合わせはどちらにとってもメリットのない最悪なものであると言える。

 それでも護衛しないわけにはいかず、考えに考え抜いた結果の苦肉の策がこの尾行紛いの護衛だった。しかし人通りが少ない道になれば逆に目立つため、今度は逆に肩を並べて歩くことになる。

 お互いに無言の気まずい空気が流れるが、あと10分程度の我慢だ。そう自分に言い聞かせ、神崎は早乙女の隣を歩く。

「ったく、大神のおっさんも急すぎんだよな」

 護衛対象はしっかりと視界に収めながらも、早乙女にはもちろん周りを歩く人に聞こえない程度の声量で悪態をつく神崎。

 護衛が増員されて以降はマスコミ対策も兼ねて、有名人である葵が入院している病院には近づかないように指示されており、早乙女の護衛も先程の理由から基本的に担当していない。しかし今回は大神を含めた人員の多くがボレアスのアジト捜索の方で動いているため、代打として神崎が請け負うこととなってしまったのだ。

 ……というのは大神の建前で、ここ最近神崎が篠原の捜索に根を詰めすぎているため、小休止を入れさせようとした手を打った結果だったりする。

 ニュートを捕まえれば篠原の行方もわかるかも、と黄昏がエヴァとの会話から得た情報を頼りに行動していた神埼だが、あの中性的な見た目の少年を探すのは思った以上に難易度が高い条件だった。

 もとよりボレアスはここ最近身を潜めており、下っ端を見つけることすらできていない状況。加えて標的は変身と言っても差し支えないぐらい変装が得意な人間であるため、闇雲に探すだけではまず見つからないだろう。

 しかし本人は自覚してないが頭に血が上っていて冷静な判断ができていない。

「……あの」

「あ? ……っと、すまん」

 その証拠に現在の彼には精神的な余裕がなく、不意に投げかけられた言葉に荒っぽく返してしまった。それだけでビクビクと震える少女に、男は苦い表情を浮かべながら謝罪をして少女から顔を背ける。だが時すでに遅く、一度話の腰を折ってしまったことで早乙女は再び黙り込んでしまった。

 話のテンポが合わず居心地の悪い時間が続くなか、不意にワイワイと賑やかな声が響いてきた。

 幼い子ども達のものであろうその声は早乙女たちの歩みに比例するように大きくなり、すぐ目の前の小さな公園からであることがわかった。

 小さな公園の方から溢れてくる無邪気な声につられたのか、暗い表情のままだった早乙女はその頬を僅かながら緩ませる。……その内容が理解できる直前までは。

「こっち来んな化け物!」

「化け物が人間の真似してんじゃねーよ!!」

「────っ」

 公園の入り口に差し掛かり、会話の内容がわかると同時に少女は絶句する。聞くに堪えないその罵詈雑言は空耳なのではないかと信じたいほどだ。

 小さいながらも子供が遊ぶには十分すぎる敷地の中心には少年少女が複数人。その内の一人がうずくまり、その少年を寄ってたかって複数人の少年たちが暴言を吐き、ある者は石を投げてまた笑う。

 残念ながら、その場に悪意を持つものは存在しない。あるのは敵意。ただうずくまる少年の『何か』が他の子と違うが故に、集団から排除しようとする生物としての当然の反応のみ。

「ったく、しょうがねぇクソガキどもだな」

 目の前の光景に絶句して思考停止していた早乙女とは対象的に、神埼は苛立ちながらそう言葉を漏らした。

「おらガキども! やって良いことと悪いことの区別がつかねぇなら俺が教えてやろうか!?」

 普段から荒っぽい口調をさらに意図的に乱暴にして公園の敷地に踏み入れる。

 1人の少年に対して数を揃えることで精神的な優位に立っていた子供たちは、『大人』という存在が介入したことでパワーバランスが崩壊。蜘蛛の子を散らすように反対側の門から逃げていった。

 残された少年はうずくまったまま首だけを動かして神埼の方を見る。その目は近寄るすべてを攻撃するような冷たく、寂しい色に染まり切っていた。1日2日でこうはならない。今日は偶然神埼たちが通りかかったため中断されたが、このようなことが日常的に行われているのだろう。

 その証拠に、ふらふらと覚束ない様子で立ち上がると懐からデュエルディスクを取り出し、左腕に取り付けた。今にも泣きそうな顔で1枚のカードを取り出し、怒りに任せてそのカードを──

「──それはやめとけ。傷害沙汰はフォローできねぇんだよ」

 デュエルディスクに叩きつける直前で神崎が少年の腕を掴んでカードを取り上げた。カードそのものは何の変哲もないデュエルモンスターズのカード。それをデュエルディスクにセットしたところでソリッドビジョンが起動するだけだ。

 何故少年がそんな行動をとったのか、答えは容易に想像できた。

 しかし、少年はその答えを突きつけられるのを拒絶するように掴まれた腕を振りほどき、カードを取り返すと先ほどの少年たちとは逆方向、つまり神埼たちが入ってきた出入り口を通って逃げてしまった。

 その途中で早乙女の隣も通り過ぎるが、追ったところで何もできない少女はその寂しい背中と神崎とを交互に見た後、小走りで神崎のもとへ駆け寄った。

「い、今の子って、サイコデュエリトだったんでしょうか?」

「たぶんな。それを理由にさっきのガキどもに虐められてんだろ」

 サイコデュエリストはその存在が明らかになって以降恐れられてきた存在だが、それを放置するほど人の世の中は非情ではない。

 一部の科学者の尽力により専用のデュエルディスクが開発されるなど、その特異性を抑え込みやすくなったことで無条件で犯罪者のような扱いを受けることはなくなっていた。……17年前までは。

「グレムリン・ダウンでモンスターがルールに逸脱した行動を取るっつうことは、サイコデュエリストのモンスターが意図せず猛威を振るう可能性もあるからな」

「で、でも、それはまだ確認されていないはずです!」

「されてないんじゃなくて、しないんだよ」

 言いながら、小さく首を横に振る神崎。

「まず現象そのものがわかんねぇことだらけなんだ。実験しようにも、被験者がただ物理的に傷つく以外にも影響が出ないかどうかもわからねぇ。

 それにあの毒舌巫女がプレート魔法(制御方法)を確立しちまったから、なおさら今から危険な実験をする必要性がないんだよ。……世間体的にな。

 そのせいで、サイコデュエリストへの恐怖心だけが残ることになっちまったわけだが」

 グレムリン・ダウンによってデュエルそのものの安全性が危ぶまれた当時、日を追うごとにサイコデュエリトへの風評被害が雪だるま式に大きくなっていく様を神崎は幼いながらも目の当たりにしている。

 ただし今の学生たち……言い換えれば物心がついた頃にはすでに世間体が変わってしまった環境で育った人間には、その当時の世界中でピリ付いていた空気は想像しづらいかもしれない。だからといってその当時の惨状を伝えるべきかどうかを考えていると、早乙女のほうが思いつめたように口を開いた。

「……あの、ボレアスの行っていることは、本当に間違っているんでしょうか?」

「あ?」

 突然そんなことを口走るものだから、神崎は思わず鋭い目つきで少女の方を睨んでしまう。

 その目に怯えはするものの、早乙女は自身の口にした言葉を撤回する様子はない。

「だ、だって、どう見ても被害者はサイコデュエリストの方ですよね? 確かに世界滅亡を企てていることは問題ではありますが、彼らが行為へ及んだ理由には正当性が──」

「主語がでけぇぞ」

 ばっさりと、容赦なく、神埼の言葉が彼女の主張を切り捨てる。

「まあ言いたいことはわかるけどな。殴ったやつより殴り返したやつのほうが罰を受けるなんてのはクソ喰らえだ。

 けどそれとこれは話が別だ。今騒ぎ起こしてんのはどいつだ?」

「ぼ、ボレアスです……」

「そうボレアス。サイコデュエリトじゃなくてボレアスだ」

「で、でもボレアスはサイコデュエリストで構成されていますよね?」

「だからボレアスは加害者じゃなくて被害者だってか? そりゃ話が飛びすぎだな。

 百歩譲って被害者が加害者へやり返すならまだしも、同じカテゴリに属してるってだけのやつが全く関係ない連中に危害を加えるならそれはただの犯罪だろうが。

 もしその理論が通るなら、サイコデュエリストは強盗や殺害を犯しても許されるってことになるんだからな」

「それは……」

 言葉をつまらせる早乙女。しかし先程までのビクビク怯えて自分の発言を押し殺す様子はない。それほどまでにこの問題には彼女なりに譲れない部分があるらしい。

 ……別に彼女も、本気でボレアスに罪はないと思っているわけではないだろう。先程の虐めを目の当たりにして、心の片隅にあった小さな疑問が無視できなくなった、といったところか。

「さっきも言ったが、今のお前の考えは主語がでかすぎる。少ないとは言えこの街に住む『サイコデュエリスト』だけでも両手で数えられるような規模じゃねえからな。

 それぞれ生まれも育ちも、それこそ虐められてた側か虐めていた側かだったかすらバラバラ。同じ人生を送ったやつなんざ一人もいねぇんだ。それを1つのカテゴリにまとめて評価するなんざ土台無理な話ってわけよ」

 まあでも、とさらに言葉を続けようとして、神崎はその口を閉じた。何事かとこちらを観察する早乙女の視線から逃れるように顔を背ける神崎は一言「なんでもない」とだけ告げてぷらぷらと手を振る。

 ……復讐心を宿す人間は多くいても、そこから明らかな復讐に踏み出せる人間はそこまで多くない。よくてお互いに取り返しがつく小さなやり返しが関の山。もしくは、一時の感情に任せて一線を越えてしまうかだ。しかしボレアスの動きは直情的なものではなく非常に計画的に感じられる。

 仮にボレアスを立ち上げたのが平坂ジンだとすれば、ここまで大規模で計画的な復讐を行うに至った『何か』が彼にはあるはずだ。そう考えると、彼は早乙女の言う『被害者』に相当するのかもしれない。

 そんな考えが浮かんでしまったが、ただの憶測だ。

 今の彼女にこの考えを伝えてしまったら、『ならジンが立ち上げたボレアスは被害者の集まりなのでは』という考えに至る可能性が大いにある。それこそ彼女を混乱させてしまうだけだろう。

 頭がいい彼女ならいずれその考えに至って悩む日が来るかもしれないが、今この場で悩ませる必要はないのだ。

「ボレアスの中にお前の言う被害者がいるのは確かだろうな。その被害者に対して何かしてやりたいと思うのなら、見極める力を先につけろ。頭ごなしな庇護は被害者加害者どっちに対しても迷惑だ」

「……はい」

 だから今は釘を刺すだけに留めてこの話題を打ち切った。

 これが後々どう響くのか、神埼には想像がつかない。住む世界が違いすぎる彼には、隣を歩くこの少女がいつか下す自分の決断を後悔しないよう見守ることしかできないのだから。

 

 

 建設にセキュリティも関わっている、いわゆる警察病院の中の一角。フロアの間取りの関係でほとんど人通りのない個室のベッドでは一人の少女が暇そうに端末を弄っていた。

「最近の私ってなんか入院しすぎだよね? 2、3ヶ月の間に別の理由で2回も入院するとか……」

「葵は血の気が多いのでそういう星の下に生まれた可能性は否定できないでございますね、っと」

 投げられた枕を難なくキャッチしてクスクスと笑うのは巫女装束の少女。減らず口を止めるのに失敗して不機嫌そうにむくれる葵は、そんな自分の姿を見てさらに微笑ましそうにする少女にため息をついた。

「しかし、運よく身体に傷が残らなかったからよかったものの、身体が資本のアイドルなのですから、下手をすれば今後の活動に支障が出ますよ?」

「それはわかってるけど……」

 意識が戻ってから耳がタコになるほど聞かされた言葉だが、ごもっともな正論故に葵は今日まで一度も言い返すことができていなかった。唯一の抵抗としてバツが悪そうに顔を逸らし、反対側のテレビに視線を向ける。

『──このように、今回のデュエルレーンの崩壊はそれを目的としたテロ行為とは考えにくく、モンスターの実体化が可能な人物による副産物である可能性が高いですね。例えば、サイコデュエリストのような。

 セキュリティからは明確な回答はありませんでしたが、私はそう睨んでいます』

 つい数分前まで有名スイーツ店の紹介等を行っていたバラエティ番組が、いつのまにかゲストと専門家が討論を繰り広げるコーナーへと切り替わっていた。

 自信満々に語るその男性は、肩書きから有名なジャーナリストなのだろう。実際、彼が憶測で語った部分はほぼ正解であり、さらにその情報は現在公にされていないものだった。

 ボレアスはサイコデュエリストが構成員とはいえ、サイコデュエリスト全員がボレアスに加担しているわけではない。

 しかし、サイコデュエリストはその体質ゆえに虐げられやすい。この状況でボレアス及びサイコデュエリストが犯人であるという情報が流れれば、無関係のサイコデュエリストが被害に遭うのは目に見えており、それによる負の連鎖が加速する可能性もあった。

 ゆえに、この事件はセキュリティが必ず解決するという誓約書や慰謝料、その他諸々の根回しによって箝口令が敷かれている。

 ただし、前回のアカデミアへの襲撃は建物に被害はなく、大怪我を負ったのはシャルロッテと刻魅のみ。さらに梓や大神の交渉により二人やその親族が黙秘に協力してくれたからこそ隠し通せたのだ。

 今回のように、デュエルレーンの崩壊という隠しようもない事態が発生してしまってはどうしようもなかった。

 現在はテロの可能性もあるという情報で誤魔化しているが、ボレアスの名が公になるのは時間の問題だろう。

「………………」

 同じ業界にいる葵は、番組内の芸能人たちが吐く悪意のこもったセリフのほとんどが台本であるということは知っている。それでも、特定のカテゴリでまとめて無関係な人もいることから目を背けて叩く光景にいい印象を持つことはできなかった。

「自分と違うってだけで、その人を排除していい理由にはならないのにね」

 チクリとこめかみが痛み、目を細める葵。直後、甲高い音が病室内に響いて思考が寸断された。

「未知は恐怖。誰しもわからないものには恐怖し、時に排除して安心を得ようとするものです。

 これは生物の性。幼児だろうが大人だろうが大差ありませんので、相手をするだけ労力の無駄というものでございますよ、葵」

 合掌するように両手を重ねながら語る梓。どうやら先程のは彼女が手を叩いた音のようだ。さらに流れるようにリモコンを操作し、いつの間にかディスプレイにはのんびりとした雰囲気の旅番組が映し出されていた。

 いつもは周りに敵を作りかねない立ち振る舞いをする癖に、こういうときの気配りは流石の一言に尽きる。

「普段からそうしてたら可愛げあるのに」

「あら嬉しいことを言ってくれますね。普段から葵には猫被らずに素で対応しているのでございますが?」

「私としては多少は猫被っておいてくれると助かるかなー!」

「にゃー」

「喧嘩売ってるよね、それ!? っ、いたたたた……」

 周囲の病室に患者がいないのをいいことに毎度似たような小競り合いが発生しているが、まだ葵は怪我人だ。普通に動く分には問題ないが激しい動きをしようとすれば痛みが残っている。

「入院期間が伸びた理由はマスコミ対策とはいえ、まだ完治したわけではないのでございますよ?」

「動いた原因はそっちにあるからね……」

「ええ、存じておりますとも」

 恨めしそうに睨むがそれすら笑みを浮かべて受け流されてはもう完敗だった。

 枕を返され大人しくベッドで横になる。まるで子供をあやすように頭を撫でられるのをむず痒そうに身をよじって逃げてみせると、梓は素直に手を引いて腰を下ろした。

「……やはり、誰か別の人に加護を託す方が良いのでは?」

 以前、葵の父である将生が提案した際には却下した梓だが、やはり彼女も葵にはこの争いには関わってほしくないらしい。

 というより、あの時却下したのは葵の意志を尊重した結果というのが正しいか。

 戦力外通告にも等しいこの言葉に対し葵の性格ならキレてもおかしくないだろうが、唇を噛み締めた梓の言葉が思いつきでこぼれたものではないことは葵にも十分理解できた。 

 おそらくこのやりとりは入院する以前から、何度も行われてきたのだろう。もはや『まだ心は折れていないか?』という意思確認の手段になっているのかもしれない。

「それは嫌。明確に足手まといっていうのなら考えるけど、まだなんとか喰らいつけてるし。それに、私が逃げたせいで誰かが犠牲になるっていうのは耐えられないから」

 それ故に葵も強くは言わず、心配する理解者をただ真っ直ぐ見据えて答える。それを梓は嬉しそうな、どこか悲しそうな表情で聞き届けると、それを受け止めるのに時間がかかったのかいつもより長めに間が空いた。

「ええ、本当に……

 白馬の王子様を夢見てるあの葵が……」

「そっ、それ今は関係ないでしょ!?」

「否定しないということはまだ夢見ているわけでございますね」

「う、ぐ……悪い?」

 布団で顔を隠しながらジトーと睨む。その顔に威圧感はなく、顔を真赤にしたその姿はまさしく『乙女』だった。

「ふふふ、いいえ?」

「とか言いながら笑ってるじゃん。って頭を撫でないでってば!」

 意思確認は終えたと言わんばかりにいつもの調子に戻る梓。まるで愛犬を撫で回すような扱いに病人の多少の抵抗など無意味に等しい。たっぷり数分間堪能されて解放される頃には、葵は悟りを開けそうなほど完全な無表情でされるがままになっていた。

「昔から葵はそういう絵本が大好きでしたものね。今も変わらずというのは微笑ましいでございますよ」

 彼女が『人魚姫』と呼ばれる所以は《水精麟》を使っているからだが、そのカテゴリを使うきっかけになったのは当時彼女が愛読していたのが『人魚姫』の絵本だったのが理由であったりする。

 ……彼女の過去を知る者であれば、その類の本に思いを馳せていた理由も理解できるのであろうが。

「それで、王子様()とはその後いかがでございましょう?」

「………………」

「なるほど進展なしでございますか」

「待って別に見つかったとも言ってな……っ、まさか『視』た!?」

「そこで反応する時点で『視』るまでもなく丸わかりでございますよ。葵はすぐ表情に出ますから。

 しかし、ああいうのがタイプというのは少し意外でございますが」

「別になんでもいいでしょ」

 喋っても喋らなくても向こうの思うツボだろう。そう判断した葵は少しでも早く傷を癒やすために目を閉じて眠る体勢に入った。

「……なんだか妬けてしまいますね」

「は?」

 しばらくお互いに無言が続き、少しずつ葵も眠気がさしてきたところで突然梓がそんなことを言うものだから、思わず目を開いて飛び起きた。

「私があの手この手で解決しようとしてた問題を、ポッとでの何処の馬の骨とも知らない存在にあっさりを解決させられては当然でございましょう?」

「何を言ってるのかよくわかんないんだけど……

 というか、そのあの手この手って私が10歳ぐらいの時にしでかした『アレ』とかじゃないでしょうね!?」

「葵のためを思っての行動です」

「そこは否定してほしかったかなー! というかその口ぶりだとまだ話してないことがありそうだよね? この際だから全部話してほしいんだけど!?」

「葵ったら、私の口からなんてことを言わせるつもりなのでございますか?」

「一体何をしでかしたのよ!!!」

  結局、本日何度目になるのかわからない小競り合いが発生。ところが流石に仏の顔も許してくれず、二人ともども看護師のお叱りを受けることとなってしまった。

 確実にこちらが悪いという状況で受ける注意以上に精神的に来るものはない。それが良くも悪くも真っ直ぐな葵なら余計にだろう。

 看護師が退室してから数分がたったというのに、大きくため息をついてしまうほど落ち込んでいた。

「私が原因なのですから私のせいにすればいいでしょうに」

「そんなこと私がすると思う?」

「あら嬉しい言葉でございますね。もっと可愛がりたくなります」

「だからって意図的にするようなら怒るからね?」

「……もちろん、わかっていますとも」

 表情はそのままだが妙な間があったことに関して問い詰めるべきだろうが、誤魔化され葵が再度キレるという流れになるのは今までのやりとりから想像するのに難しくない。

 それを考えると、このタイミングでの来訪はある意味ベストだったといえよう。

「あおいーん!」

 病室に入るや否やベッドで療養中の病人に飛び掛かる光景はもはや恒例行事。

 葵も最初こそ痛みもあってそこはかとなく牽制していたが、ここ最近は素直にそれを受け止めることが増えてきた。

「その感じだともう怪我の方は大丈夫なんだな」

「おかげさまでね。傷跡ももうほとんどわからなくなったよ」

「……冷静に考えてみると、デュエルレーン抉るぐらいの威力を受けてるのにその程度で済んでるのすごいな」

「私も最初は不思議に思ってたけど、サイコデュエリストのダメージはそういうものみたいだよ。

 本人の精神状態が影響してるから、攻撃対象が生物だと無意識にストッパーがかかるみたい」

「……そのわりに俺が弾いてた分は結構衝撃きてたんだが」

「あんな人間離れしたことされればストッパーかからないのかもね」

 笑顔のままわりと容赦ない言葉で殴られたような気もするが、黄昏も黄昏でそれなりに自覚しているからかその意見に反論はしなかった。

「あおいんは退院までまだかかりそう?」

「これに関しては私にはなんとも……

 梓、情報操作ってまだかかりそう?」

「そうですね……」

 崩落したデュエルレーンがいい隠れ蓑になってマスコミの目も離れ始めていますし、順当に行けば今週中には退院できるかと」

 袖口から取り出したデュエルパッドを手際よく操作しながらそう結論づけた梓。おそらくだが、彼女のデュエルパッドの画面上では彼女にしか知り得ないさまざまな情報が列挙されているのだろう。

「むー、じゃあ明日までにってわけにはいかないかー……」

「何かあるの?」

「文化祭の出し物決めるのが明日までなんだよー。あおいんとの初めての文化祭だから一緒に決めたいってクラスの子も言ってたし、もしかしたら間に合うかなーって」

 この件で誰が悪いかといえば、いろんな事情が複雑に絡み合っているため一概には言えない状況。リリアもそれは重々承知だから余計なことは口走らないものの、不満があるのは間違いない。葵の胸に頭をこすりつけるようにして甘えているのは一種の感情の発散なのだろう。

 それを理解してか葵も押し付けられる頭を退けようとはせず、むしろ受け止め慰めるように頭を撫でている。

 そんな2人だけの空間に気を遣ったのか梓は不自然にならない程度に身体を傾けてその空間から距離を空けようとする。ただしこの場にいた最後の1人はそんな気遣いをする思考を持ち合わせていなかった。

「初めて? 七波って後期から編入だし、アカデミアの文化祭って後期始まってすぐだったはずだろ?」

「んー、あおいんが転校してきたのって学校始まって少し経ってからだったから、ちょうど文化祭終わってたんだよねー」

「なるほどな」

 ただし相手もなかなかな天然。葵の胸にうずくまったままの格好で投げかけられた疑問に答えてみせた。

 それに対して黄昏も普通に納得しているものだから、葵や梓のほうが少々困惑した様子でお互いに顔を見合わせていた。

「まあでもアカデミア側はそれで助かったかもな」

「むー、遊糸まであおいんと同じこと言うー」

 実際問題、有名なアイドルデュエリストが編入してきたとなれば外部からの入場者も前例のない規模になっていたはずだ。となれば対応策も十分練られてない状態では混乱が起きるのは確実である。

 今年度の始業式もグールズが襲撃したうえ1週間の自宅待機というハプニングがあったからこそ機を逃したようなもので、本来であれば新入生が葵を一目見ようと殺到する等の騒ぎが起こっていたことだろう。

 リリアの反応を見るにどうやら葵も同じ意見だったようだが、自分の行動が周囲にどんな影響を及ぼすのかを客観的に見た結果の結論なのだろう。

「けど状況は理解した。俺も後期は休学中だったからどんな文化祭になったのか知らないけど、七波も同じだったわけだ」

「それもそうなんだけど、私の場合はこれが人生初めての文化祭になるかな」

「仕事の関係でか?」

「まあそんな感じ。小学生の頃は文化祭はなかったし、中学は芸能人向けの学校に入ったけど全国飛び回っててほとんど登校してないからね。

 一応ゲストとして文化祭のイベントに参加させてもらったことはあるけど、それはお客さんとしてお邪魔しただけだから違うと想うし」

「ん? ダイス校の中等部にアイドル科ってなかったよな?」

 例えば『アイススケート』という競技が『スピードスケート』、『フィギュアスケート』、『アイスホッケー』に分類されるように、現在のデュエルモンスターにおいても様々なデュエルスタイルによって分類分けされている。

 その1つが『魅せる』ことに重きを置いたデュエルであり、葵のようなアイドルデュエリストとはその魅せる魅せるデュエルを中心に活動する者を指している。

 そしてこの魅せるデュエルでは勝利が最優先のデュエルとはまた違った戦術が必要であり、それに特化した指導を受けられるのがデュエルアカデミアのアイドル科なのだ。ただ、そうした分野に精通した講師がいてかつ専用の科が作られているデュエルアカデミアは全国を探してもまだまだ少ない。

 黄昏の記憶違いという可能性もあったが、彼の疑問に対し少女はその青い髪を揺らしながら首を横に振った。

「私の場合はお父さんがそういったデュエルの基礎も教えてくれたから、通っていたのはデュエリストも含めていろんな形で芸能界に関わってる中学生が通う学校だよ。

 まあ皆不規則なスケジュールで動くから、授業も通信制みたいな感じだったけどね」

「だから文化祭を経験したことがないってことか」

「あー、実質通信制みたいってだけで普通に全日制だったし、文化祭自体はあったよ?

 ……でも基本的に仕事で色んなところ回ってるからその手の行事に全然参加できてないんだよ」

「……ふーん」

 理由を説明する葵は大きなため息をついているが誇張した様子はなく、参加できなかったことに関しては本心から落胆しているのがよくわかる。

「準備期間はまだ先だし、退院してから十分に間に合うだろ?」

「やるなら最初から関わりたいじゃない?

 クラスの出し物とかをみんなで意見出し合って決めたり、段取り決めたり、夏休み中とかに準備したり、宿泊の申請して夜遅くまで準備しつつ皆で雑魚寝したり……

 仕事の打ち合わせも似たような部分はあるけど、やっぱり学生ならではの雰囲気とかあると思うし」」

 天井を仰ぎながら自分の思い描く学園祭の準備の光景を指折りで列挙していく少女。

 想像すればするほどそれが実現しなかったことを無念に感じるようで、指を1つ1つ折っていくごとにその表情は暗くなっていた。

 そしてもう一度大きくため息を1つ。

「いいなー……」

 そのままふて寝でもしかねないほど落ち込んだ葵はなかなか珍しいかもしれない。加えて、いつもならここでリリアが持ち前の明るさで慰めているのに何故か今回はそれがなかった。

 それどころかこちらに目もくれず、バッグを開けて何かを漁っている様子。

 一体何を探しているのかと黄昏が覗き込もうとしたその時、目的のものを見つけたのかその寝癖ヘアーな金髪をなびかせながら少女は勢いよく立ち上がった。

「ふっふっふ……こんなこともあろうかと、こういうの用意してみましたー!」

 自信満々にリリアが取り出したのは普段彼女が使っているデュエルパッド。当然それだけでこの少女の意図がつかめるわけもなく、彼女以外の3人は小首を傾げてしまっている。

 それも想定内と言わんばかりに悪戯な笑みを浮かべ、プロジェクター機能を使って病室の壁へとデカデカと映し出した画面に表示されていたのは1枚の画像。

 写っているのはおそらく教室の黒板。端から端までびっしりと文字が書かれているそれは、プロジェクターで大きく映し出されているにも関わらず詳細が読み取れず、リリアの操作で拡大されることでようやくその一端を把握することが出来た。

「これ、私とリリアのクラスの出し物案?」

「大正解! あおいんが参加するからってみんな意見出しが白熱しちゃって、私達のクラスはまだ決まってないんだー。

 だから、あおいんにもどれがいいか選んでもらおうと思ってねー」

 いうが早く飛び込むように葵の横に腰掛けたリリアはデュエルパッドを2人で見えるように持ち、現在出ている案を説明し始めた。

 最初こそ予想外の提案に目を丸くしていた葵だが、数分も立たないうちにデュエルパッドの画面を食い入るように見つめ、案の一つ一つに対してリアクションを示している。

 そんな様子を見た梓は身体をずらすだけでなく立ち上がり、2人の邪魔をしないように黄昏の隣にまで椅子ごと移動してきた。流石の黄昏も今度は邪魔をしないように静観に徹している。

「ここ最近の葵は気丈に振る舞っているだけでしたので、あそこまで心底楽しんでいる姿は久々でございます」

「リリアって能天気なようで意外とフォローが上手いからな」

「羨ましい限りです。私にもそういった能力があればどれほどよかったことか」

「んー、タイプが違いすぎて噛み合わなそうだな」

「なにか根拠でも?」

 天井を眺めながらなんでも無いように語る黄昏の評価に梓の視線がわずかに鋭くなった。

 対する少年はそれに怯むどころか気づいているかすら怪しく、先程と同じくあくびでもしかねないほど気だるげに言葉を返す。

「だってあんた、必要とあればどんな手使おうとも最善手を揃えようとするタイプだろうし?

 今ある手段で最良手を考えるリリアとは思考がぜんぜん違うだろ」

「………………なるほど」

 長い間を使って返した言葉はたった一言。それ以降両者の間に会話はなく、年相応に楽しそうに意見を出し合っている少女2人の姿を眺めていた。

「はぁ、仕方ないでございますねぇ」

 時間にして10分ほど経っただろうか。不意にわざとらしくため息を付いて立ち上がる梓に全員の視線が注目する。

「梓、どうかした?」

「明日別室を使えないか確認してきます。仕事の合間でビデオ通話、という体なら退院せずともクラスの皆様と一緒に案を出し合えるでございましょう?」

「…………っ、いいの!?」

「ふふ、まったく。こんなことで今日一番の笑顔が拝めるとは思いませんでした。

 それから退院を少しでも早めるように手配をしてきます。そうすれば明日は無理でも明後日には間に合うでしょうから」

 お先に失礼します、と丁寧にお辞儀をしてから梓が病室を後にし、つかの間の静寂が空間を支配する。ただしそれは居心地の悪いものではなく、人生初の文化祭を楽しめる事実を噛み締めている少女を気遣ってのものだった。

「じゃあ楽しみは明日までとっておかないとねー」

「それもそうだね。あ、ちなみに黄昏君のクラスはなにやるの?」

「サボってて聞いてない」

「即答でそれなの黄昏君らしいね……」

 そこで文化祭の話は一度打ち切りとなるが、こと遊びに関する話題においてリリアのストックが尽きることはない。デュエルパッドを操作して黒板を撮影した画像を閉じたかと思えば、今度はアカデミア周辺の地図が表示される。

「じゃあ明後日はあおいんの退院祝いでどっか遊びにいこうよー!」

「まだ気が早いんじゃない?」

「ふっふっふー、明後日なんてすぐだよすぐ! 放課後から遊ぶのなら時間は有効に使わないとねー!」

 自慢気に語りつつ手慣れた様子でピックアップされていく遊び場の数々。ショッピングからデュエルまで様々な種類を列挙できるそのスキルは、D・ホイールの整備ができるほどシステムの技術に自信のある黄昏でも舌を巻くほどだ。

 しかしそんな遊びに全力投球な少女の大きな誤算といえば……

「けどリリア、明後日って進級試験のデュエル実技じゃなかったか?」

「うぐ……っ」

 先程までの手際の良さはどこへやら、油を差し忘れたブリキ人形の如きぎこちない動きで顔をそらして明後日の方向を眺める少女の表情は、黄昏や葵の位置からでは見えずともおおよそ想像がつく。

「ま、まだ明後日だし……」

「明後日なんてすぐ、なんだろ?」

 ただでさえ黄昏との論戦などリリアに勝ち目がないのだ。ダメ押しで自分の言葉を使ってこうも見事なカウンターを食らっては、時間稼ぎの抵抗手段すら彼女には残っていなかった。

 故にデュエルパッドを投げ出し、ささやかな現実逃避のために親友の胸へと飛び込んだ。

「うう、あおいんー……」

「はいはい、手伝ってあげるから」

 結局退院祝いの予定を立てることは叶わず、面会時間ギリギリまで3人はリリアのデッキ調整に付き合うこととなった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。