ブザーが鳴り止むと同時に、鎖や周囲に生えていた十字架も霧散。原理は不明だが闇のデュエル中は光源がなくとも周囲の風景を視認できるものの、今はそれも無くなったため月明かりだけが頼りだった。
いつの間にか《リヴァイエリア》から《水霊使いエリア》へと戻っていた葵の精霊が念の為周囲を索敵しているが、その構成員も撤退を始めているらしい。
この状況で襲われるとは考えにくかったが、念の為にデュエルパッドのライト機能で明かりを確保しつつ三人は気を失った甘音共々一箇所に集まっていた。
「よう神崎、こっちは一段落ついたけどそっちはどうだ? まさか取り逃がしてるなんてことはねーよな?」
『ああ、おかげで連れ戻すことができたよ。ありがとうな』
少し煽り気味で尋ねたにも関わらず、肩の荷が降りたと言わんばかりに穏やかな声で感謝の言葉を返された。
「なんか気持ち悪いな」
『てめ、人が素直に礼を言った返しがそれか!? ……まぁいい、そっちには別のセキュリティが今向かってる。念の為大通りで合流してくれ』
「あいよ」
通話を終え、デュエルパット画面に落とされていた黄昏の視線は後ろにいるへと向けられる。スピーカーモードで会話していたから状況は彼女たちにも伝わっているはずだ。
「ってわけだ。とりあえず二人は大通りに出てセキュリティと一緒にいたほうがいい」
「え、じゃあ遊糸も一緒に……」
「気失った人間と一緒にいたら悪目立ちするだろ。俺は
最悪、襲われたら一人で逃げればいいしな」
じんわりとにじむ汗を拭いながら、黄昏は自分の足元で倒れたままの女性を顎で指し提案を却下する。
リリアからは見えない位置にいる葵が何かを察したようで眉をひそめたが、それに対して少年はごく自然な動きで、目的の人間にのみ伝わるように人差し指を自分の口の前で立てる。
「……リリア、黄昏君の言う通り人気の少ないここで固まってるよりは分散した方が良さそうだよ。」
行こう、と促され渋々ながら立ち上がったリリアたちはこの場を後にする。
「セキュリティと合流したらすぐに黄昏君のところへ行ってもらうようにするから」
「ああ頼んだ」
その背中を見送った黄昏は周囲に敵がいないことを念入りに確認した後──我慢の限界と言わんばかりに地面にうずくまり吐血した。
「はは……流石にワンキルクラスの一撃だと俺へのフィードバックも予想以上だな……」
闇のデュエルのダメージはカードの精霊が防ぐことができるのは確認済み。しかし、あくまで黄昏の持つカードの精霊は《スクラップ・ゴブリン》であり、《スクラップ・ヘルサーペント》は《スクラップ・ドラゴン》が変質した原因となる存在を彼がその不可思議な力で実体化させてるだけに過ぎない。
防ぐことは可能だが、その場合は彼自身がダメージを受け止める形になるようだ。
『アニキ、やっぱりオイラが防いだほうが良かったんじゃ……』
「けどあれだけの火力だったらたぶん《ゴブリン》じゃ防ぎきれなかっただろ。ダメージ云々じゃなくて衝撃の方が」
結果論ではあるが《ヘルサーペント》でさえ数秒踏ん張るのがやっとの衝撃だったのだ。あの巨体で一時的でも風よけをしなければ、甘音の身体は黄昏ともども壁に叩きつけられたことだろう。
だが結果はこのざまだ。気を張っていなければ気絶してしまいそうな痛みに脂汗をにじませる黄昏は、自分の姿に自嘲気味に笑いながら、気を紛らわせるために物思いに耽る。
考えるのはジンが目論んだ
あの時もデュエルディスクのシステムにより勝敗が付いたからよいものの、下手をするとこれを遥かに超える致死レベルのダメージを相手に与えていたかもしれないのだ。
リリアを守ろうとするデッキの意志なのだろうが、この先デュエルが激化すれば相手はもちろんリリアにもその火力が牙をむく可能性は十分にある。
「何か対策考えないと、いつかあいつ自身がデッキの殺意に殺されかねないな。いっそのこと……いや、それは早計か」
未だ立ち上がるのは難しいが、仰向けに寝返り夜空を見上げながらセキュリティの到着を待っていると、傍らで身じろぐ気配を感じた。
「っ!?」
「警戒せず貴方も休んでいて大丈夫です。心配しなくとも、私も動けませんから」
痛む身体にムチを打って上体を起こすと、先程まで気を失っていた甘音が首だけをこちらへ向けていた。
満身創痍な黄昏の姿を見て彼女は微笑み、優しく声をかける。これが彼女の本当の性格なのだろうことは容易に想像できた。
「こうして倒れているっていうことは、私は負けてしまったんですね」
「その言い分だと、記憶がないみたいだな」
「そうですね。《ウラメノトリア》を引いた辺りからは朧気な記憶しかありません」
「あの《ウラメノトリア》ってカードは一体何なんだ? 《Ol-セイクリッド》に関する効果があるってことは、あんたらが作ったものなんだろ?」
警戒する必要もないと思うが、念の為上体は起こしたまま黄昏は気になっていたことを問いかける。しかし、彼女はただ首を横に振るだけだった。
「わかりません。このデッキはアジトに保管されていたものをニュート君に無理言って譲ってもらっただけですから。
そもそも私はサイコデュエリストではなく、ただ一矢に罪滅ぼしをするためだけにボレアスに身をおいていただけですし」
「罪滅ぼし?」
「私と一矢はボレアスに身を置く前、とある研究所に在籍していました。……研究者と被験者という関係ですが。
聞いたことはありませんか? サイコデュエリストの能力を分析し、無力化もしくは新たなデュエルシステムとして用いる研究が行われていることを」
「……話くらいは」
サイコデュエリストの力は危険ではあるが、その未知の力に興味を持つ学者も少なくはない。
さらにサイコデュエリストはその体質故に身寄りがない子供であることが多いため、孤児院でも引き取られない子たちを保護という形で研究所に引き取られることが稀にあるのだ。
それが何を意味するのか、察しのいい人なら想像するのは難しくない。しかしそれを言及する人はほとんどいない。想像力が豊かでない者の発言では世論は動かず、想像力が豊かだとしても何の権力も持たない者は研究所から開放されたとして身寄りのないサイコデュエリストに待ち受ける末路まで予測してしまい発言ができない。
……どちらも持ち合わせた者も少なからずいるだろうが、研究によってもたらされる利益に目をくらみ隠蔽するもの、もしくは何かしらの圧力に牽制されて動けないのだろう。
「その結果、研究所に引き取られたサイコデュエリストは倫理観が欠けた研究員の実験に巻き込まれるんです。
私は実験で子たちの心が壊れないようにサポートをするカウンセラーでした。被験者は一矢を含めて十数人。思い出すのもおぞましい実験が、強化ガラスの向こう側で毎日行われていました」
「それが今ボレアスにいるっつーことは、連れ出したのか?」
「いいえ、私にそんな勇気はありませんでした。きっかけは一矢が
元々サイコパワーが抜きん出ていた子でしたが、
行っていた実験が実験だったので、研究所の責任者はただの設備事故として処理したようですが」
「で、その混乱に乗じて逃げ出せたと」
「元々私はその場で死ぬつもりでした」
力なく笑う女性は黄昏の言葉に即答で本音を漏らした。
「子どもたちが日に日に衰弱していくのをただ見ていることしかしてこなかったんですよ? 恨まれて殺されても文句は言えません。
けれどあの子は私に手を差し伸べてくれたんです。あの子にどんな意図があったのか喋ってはくれませんでしたが、その場で殺すことより私を連れ出すことを選んでくれました。
だから、せめてもの罪滅ぼしで私はあの子のためになんでもすることを決めたんです。なのに……っ!!」
思い出す過程で感情が抑えきれなくなったらしく、動かない身体を震わせ、うわ言のように自分を責める。
「何もできなかった! あの子がセキュリティに捕まるときに守ることも、こうして敵討ちをすることも!!」
誰に言われたわけでもないだろうに、それが自分に課せられた役目だと言わんばかりに甘音は自戒する。
感情的になる彼女に対し、投げかける言葉が思いつかない黄昏は驚くほど冷静に相手を観察していた。出会って数分の相手だが、彼女が嘘をつけるような人間でないのはわかりきっている。
あとは今の彼女の認識が、本人の無意識によって歪められているかどうかなのだが……
(少なくとも、恨まれてないのは無意識にわかってるみたいだな。いや、
そこまでは読み取れたが、実際にあのサイコデュエリストの青年がどう思っているのかは流石に彼女から読み取るのは難しかった。
そのまま沈黙を貫いていると、横たわる女性は再び気を失い静かな呼吸音だけが漏れていた。
元々体力の限界だったのに感情の高ぶりで必要以上にエネルギーを消費したのだ。適度な興奮は意識を保つのに必要だが彼女の場合は限界に達したのだろう。
起きる気配がないことを確認し、黄昏は再び横たわり少しでも体力回復を図る。
「……まー、この場合は一旦別室にさせておくのが正解かね」
それからしばらくしてセキュリティが担架を担いで現れた。神埼と大神はいなかったが、それは彼ら以外にも
セキュリティとのやり取りを終え甘音を引き渡し、大通りへと向かうと律儀に葵たちは待っていた。
リリアはよほど疲れたらしく、葵に肩を借りた状態でうつらうつらとしているにも関わらずだ。
「別に先に帰っててもよかったんだけどな」
「流石にそんな薄情なことしないから。……大丈夫だった?」
「……ああ、なんとかな。ちゃんとセキュリティに引き渡せたし」
彼女の問いを意図的に誤って受け取り言葉を返す。リリアは良くも悪くも闇のデュエルを恐ろしさを知らないし、そこまで精神が強靭というわけでもない。
自分のデュエルで誰かが危険な目に合う、なんてこと知ってしまったら今までのように普通のデュエルが楽しめなくなるのは目に見えていた。故に二人はリリアには真実を伝えずその場を乗り切る。
「黄昏君もリリアも疲れてるだろうから、梓に迎え呼んでるからそれで帰る予定だけど、いいよね?」
「流石にそこまでやってもらうの悪くないか?」
「いいの。というか、こっちからある程度『これだけでいいから』って行動の制限させないとどこまでやるかわからないんだよ、あれ」
「な、なるほど……」
どこか遠くを眺めながらため息をつく少女の姿はこれまでに数え切れない苦労を経験しているのだと察するには十分で、黄昏もそれ以上の追求はしなかった。
迎えの車に乗り込むとリリアは限界を迎えて寝息を立て始める。その光景に小さく笑った二人は今日という一日を乗り越えれたことに心の底からホッと胸をなでおろした。
★
翌日、D・ホイールで登校していた葵は偶然歩道を歩く遊形と出くわした。
昨日の出来事のせいで一瞬偽物か警戒したが、昨日の今日で同じ変装はしないだろうと結論を出した少女は彼の近くにD・ホイールを寄せる。
少し早めに出たからまだ始業までには余裕がある。昨日の一件の共有も兼ねて会話するぐらいなら問題ないだろう。
突然D・ホイーラーが寄ってきたため身構える少年に苦笑いしつつ、変装を兼ねたバイザーを上げて素顔を見せる。
「ごめん私だよ。おはよう日盛君」
「ああ七波さん、おはよう。昨日は大丈夫だった?」
「もしかして黄昏君から聞いてる?」
「大雑把にはね。遊糸とリリアがそれぞれ向こうの
それで、と彼には珍しく少しソワソワした様子で葵に詰め寄る。
「二人共怪我とかしてない? リリアは疲弊してるけど大丈夫とは聞いたんだけど、遊糸は自分のこと全然言ってくれないから」
「あー、うん。黄昏君らしいね。
リリアの方は黄昏君の言う通り、怪我はしてないよ。相手はサイコデュエリストじゃなかったし、ダメージは全部《エリア》が防いでくれたから。
黄昏君は……なんとも言えないかな」
葵は黄昏が路地裏で吐血したことは知らない。それでも
事の経緯を順を追って説明すると、遊形は表情を曇らせた。
「やっぱり無茶して……あ、だから遊糸、『リリアにこれ以上闇のデュエルをさせるな』って」
「黄昏君そんなこと言ってたの?」
「リリアが危険な相手と戦えば、その危険度に比例してデッキが戦おうとするからリリアか相手どちらかがただじゃ済まないだろう、ってね。
リリアにそんな酷な現実を見せないためにもデュエルは避けろって言われたんだ」
「……そっか」
昨日は何でもないように振る舞っていたが、やはり深刻なダメージを受けていたようだ。それに対しなんとも言えない苛立ちを覚えるが、残念ながらこの場にその少年はいない。ひとまずふつふつと煮えたぎる感情には蓋をし、今日アカデミアで会ったときにでも問い詰めようと静かに決意する。
「あ、そうだ。ところで気になってたんだけど、日盛君って学校は?」
話を聞く限り黄昏と彼は同い年だ。ならば彼もどこかの高校へ通っているはずなのだが、この辺りで徒歩通学できる高校はデュエルアカデミアのダイス校ぐらいしかない。
もちろん彼はダイス校の生徒ではない。というか、よく思い返してみれば彼の制服姿を今まで一度も見たことがなかった。
白昼堂々サボるような性格には見えないのだが、とマジマジと見られるのがこそばゆかったのか彼は困ったように笑いながら頬をかく。
「今は通信制なんだ。中学は定時制だったんだけど、高校に上がるあたりで巫さんと出会って、高校の学費を負担してくれるって条件でね。
その代わりってわけじゃないけど、こうして合間を見つけてパトロール紛いのことしてるんだ」
二人が以前から面識があるような雰囲気は感じていたが、どうやら数年前からの付き合いのようだ。
それよりも付き合いの長い葵が全く知らなかったわけだが、彼女の秘密主義は今に始まったことではないので半ば諦めている。
どうせ他にも重大な秘密があるだろうが、本人が話すまで問い詰めてもはぐらかすだけだろう。もしその秘密が葵の琴線に触れることなら、発覚したときに烈火のごとくブチ切れることは数年前から彼女に忠告しているので今は放っておくしかない。
「今思い返してみても、結構いきなりだったよ。
「あー、うん。まあ梓だからね」
おそらくあの巫女のことだ。自身の力で
「まあでも、結果的にはよかったよ。遊糸やリリアとも再会できたし。
リリアにはお別れ言う暇もなく転校することになったし、遊糸には色々迷惑かけちゃったからね。その分の償いができそうだから」
『償い』という言葉に引っかかり、それについて尋ねようとした直後、葵のデュエルパッドが着信音を激しく鳴らし始めた。
発信元は早乙女卯月。
表現しようもない胸騒ぎに震える手で通話を開始すると、向こうから聞こえてきたのは切羽詰まった早乙女の声。
『わ、私早乙女です。な、七波さんのお電話で間違いないですか!?』
登録した番号から発信しているのに律儀に確認を取る少女。されどそれに気が緩むことはない。
はい、と短く返答し、続く言葉を息を呑んで待つ。
『り、リリアさんが──!』
その言葉に、一瞬目の前が真っ白になった。
あの激闘を制した直後だったのだ。心のどこかで「しばらくは大丈夫」と油断していたのかもしれない。だが現実はそう甘くはなかった。
通話中の早乙女から詳細な情報を説明されているが、今の葵にはそれを聞き取る余裕はなかった。代わりに彼女の頭の中で反芻されるのは唯一つの事実のみ。
──今朝、リリアが再び闇のデュエルに巻き込まれた、と。