遊☆戯☆王 Xeno-N   作:駄蛇

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この次の話にあるデュエルの微調整をしていたら、いつのまにかまたかなりの時間が空いてしまいました。


この次の次あたりのデュエルも調整中なのでまた時間はかかるかもしれませんが、ゆっくりと更新していきます。


差し出された力

「──とまーこんな感じで、相手が使ったのは《ヘル・テンペスト》と《ネクロフェイス》、それに必要な補助カード数枚のみ。残念ながら相手を特定できる何かはなかったわけだ」

 リリアの説明を折り込みながらのデュエルログ鑑賞を終えて黄昏が軽く総括すると、タイミングを見計らったように朝のHRの予鈴が校舎に響き渡った。

 今後の作戦会議をする余裕はもちろんないが、注意喚起だけだとしても言葉を選んで短くまとめる必要がある。

「とりあえずはこういう相手もいるって警戒を僕らがしないといけないってことだね。特殊勝利系だからニュートっていう山羊座の星の守護者(セイクリッド)の可能性はあるけど」

「俺も一瞬よぎったけどたぶん違うだろうな。確かにあいつが昨日使ったのはデッキ破壊だったけど、それで俺に負けてる。あいつの性格からして今は別の特殊勝利系で調整しているはずだ。

 ……それに、さすがに一度戦ったリリアなら雰囲気でわかると思うけどな」

 言いながらベッドで上体を起こしている少女に視線を向けてみると、彼女も首を縦に振っていた。それに彼には特技なのか能力なのか不明だが、骨格から変わるレベルの変装ができるのだ。わざわざローブのような『いかにも』な服装を身につける必要はないだろう。

「ひ、ひとまず教室に戻りましょうか?」

「そうですね。そろそろ保健室の先生も戻ってくると思いますし。リリア、このデュエルログのデータ貰ってもいい? 私の方で他にも何かわかるかもしれないから」

 皆が各々教室を出る準備を整える中、リリアの許可をとりつつデータのコピーを行う葵。

「それじゃあ、あたしは気ままにこの街を散歩してるわ。

 連絡取りたいならあの熊みたいなセキュリティに言えば繋いでくれるはずよ。まあ気が向いたら出てあげる」

「………………」

 自然な動きで距離を詰め、黄昏の顔を下から覗き込む。それに対して視線すら向けなかったにも関わらず、女性は満足そうに微笑むと、柔軟な動きで窓から外へ出ていった。

「なんだか遊糸に懐いちゃってるね?」

「無害ならどうでもいい。それより遊形も不法侵入バレる前にさっさと帰れ」

「あはは、たしかに。それじゃあみんなもあんまり単独行動しないようにね」

「その言葉そっくりそのまま返す」

 

 そうして保健室にリリアを残して各々の教室で朝礼に参加すると、その後は何事もなく授業が進んで今は昼休み。

 生徒たちが我先にとデュエル場へと向かう流れに逆らうように黄昏が保健室へ様子を見に行くと、すでに来ていた葵がリリアと昼食をとっていた。

 教員の方は昼休憩で席を外しているらしい。ベッドで休んでいる生徒が友人とはいえその看病を任せられるとは、まだ編入してきて日も浅いのに葵は随分と信頼されているのだろう。

 自身の膝を机代わりにして手作りの弁当を開けている葵に対し、リリアは葵が買ってきたと思われる惣菜パンを口いっぱいに頬張ってまるでリスのようになっていた。

 葵の方はこちらに気づいて軽く手を振るが、リリアの方はこちらを一瞥するとすぐに目の前の惣菜パンに視線を戻した。

 少々食い意地を張り過ぎな気もするが、それだけ食べられる元気があるほど体調は問題ないということなのだろう。

「その様子だと後遺症とかもなさそうだな」

「みたいだよ。一応先生には貧血って伝えてあるから口裏合わせよろしくね」

「それが無難だろうな。ところでリリア、デッキ見せてもらってもいいか?」

「え? ……あ、うん。はい遊糸」

 椅子を移動させて葵とベッドを挟んで反対側に腰掛けると、徐にリリアの前に手を差し出した。

 流石にいきなり過ぎたので一瞬驚かれたが、すぐに彼女はデッキを差し出した。……と思いきや首をひねって怪訝そうにしている。

「そんな心配しなくても変なことはしねーよ。デッキの中にリリアが入れなさそうなカードや、逆に消えてるカード確認するだけだ」

「そういえば、星の守護者(セイクリッド)同士が闇のデュエルをしたらその象徴のカードが吸収されるんだったね」

「一度リリアに負けてるニュートがまだ持ってたから、お互いがその加護が付与されたデッキを使った場合に限るんだろうけどな。

 ……けど、昨日は誰もリリアのデッキ確認してないとはいえ《ゴールデンフリース》も見当たらないってことは、デッキに入っている象徴のカードは本人のカードでなくともまとめて吸収されるのかもな」

 器用にデッキ全部を扇状に広げてザッと見た感想を口にする遊糸。リリアが入れなさそうなカードは見当たらなかったらしい。

 その後は中身を一枚一枚確認していく。今までの傾向から《Ol-セイクリッド》は元になったカードの効果やその使い方に準ずる効果を保有している可能性が高いと考えていい。

 せめて敵対した時のために、なくなったモンスターの効果から予測しようと思っていたのだが……

「よく考えてみたら、俺たちてんびん座の象徴のカードがなんだったのか知らないんだよな」

 そもそも『天秤』という、モンスターとは言いづらいものが象徴の星の守護者(セイクリッド)なのだ。

 梓にでも聞けば即答で返ってきそうなものだが、あいにく午前中は連絡が取れなかった。

 唯一護衛もなくフリーで動ける黄昏が放課後に向かうことにはなっているのだが、こうして何人かで集まり情報共有ができる時にわかるならそれに越したことはない。

 彼女のデッキはその作成方法も独特だが、そのほとんどは1枚づつしか投入されていないというのも特徴だった。

 複数積みの方がよさそうな装備魔法でさえそうなっているのだが、それであれだけ回るのだからやはりすごいの一言に尽きる。

 だから、ある程度彼女のデッキの内容を知る人間が見れば、どのカードがなくなっているのかわかるはず。

「と思ったんだが、どのモンスターもちゃんと入ってるみたいだな」

「あ、もしかしたらモンスターじゃないかもー……」

 返ってきた言葉にそちらを向くと、昼食を食べ終えたリリアが少し悲しそうに目を伏せていた。

「甘音さんのあのモンスターってたぶん《羊トークン》が変化したんだろうけど、それって《スケープ・ゴート》とかで召喚されるモンスターでしょー?

 じゃあ、魔法カードとかもあの怖いモンスターになる可能性はあるんじゃないかなーって」

「確かにその可能性もあるけど、何か心当たりでもあるのか?」

「《士気高揚》のカードがね、見当たらないんだー……」

 リリアが口にしたのは彼女のお気に入りである永続魔法。加えて不思議なことに、サーチ手段もないのに彼女のデュエルでは必ずと言っていいほど手札に加わっているカードであった。

 改めてデッキを見ると、たしかに《士気高揚》のカードが見当たらない。

「……心配しなくても、私たちで必ず取り返すから」

 うつむくリリアの背中を葵が撫でて慰める。

 レアカードでもなければ彼女自身も複数枚所有しているカードだが、それでも自分のカードを1枚失うというのはデュエリストには精神的ダメージが大きい。

 返す言葉が見つからない黄昏はせめて不用意な言葉を投げかけないように口を閉じて視線をそらした。

(それにしても《士気高揚》が変質してるとすると、カードの装備によってライフが増減する効果、か……

 バーン系の効果になるかもしれないな)

 無言のまま効果を予測していると、黄昏のデュエルパッドがメールを受信した通知を鳴らす。

 その中身を確認した黄昏は表情を変えることはなかったが、葵には何かを感づかれたらしい。

 ジトーッとこちらの動きを牽制するような眼差しを向ける葵に対し、両手を上げて降参のポーズをとった黄昏はメールの内容を白状する。

「巫から返事が返ってきたんだよ。午後からは時間作れるから放課後にでも来いって」

「なんだそういうこと。じゃあ私達も──」

 弁当箱を片付けながら僅かに表情が和らいだ葵の言葉を黄昏は静止させる。

「いや、こっちは俺だけで大丈夫だ。それより、放課後からでいいから遊形に連絡をとってもらってもいいか?」

「日盛君に?」

「巫のメールに、遊形がD・ホイールを走らせてたって書いてあってな。あいつ朝は徒歩でパトロールしてたんだろ?

 わざわざD・ホイールに乗ってるってのが気になってな。一人で突っ走ってないか釘を差しておいてほしいんだ。あいつ放っておくと何するかわからないから」

「黄昏君もだけどね」

「……じゃあ頼んだ」

「あ、こらっ!」

 思わぬカウンターに視線をそらす羽目になった黄昏は背後から投げかけられる言葉から逃げるように保健室を後にする。

「さて、と。今から行って授業に間に合うかね……ま、サボればいいか」

 もうすぐ昼休みが終わるのもあり、廊下を歩く生徒もまばらだ。ガシガシと頭をかきながら進む先は教室とは別の方向。

 葵たちには伝えてない、梓からの『もう一つ』の依頼。それを果たすべく、黄昏は人気の少なくなった廊下を歩いて行く。

 

 放課後、黄昏が一人訪れたのは巫神社。最初は応接間、次は本殿と毎回違う場所で集まっていたが、今回は本殿から回廊伝いで少し離れた場所にある小規模な社の中だった。

 小規模とはいえ10畳はある空間には仰々しく祭壇が作られ、そこに数枚のカードが祀られている。そのすべてが変質したセイクリッドのカードである《Ol-セイクリッド》たち。カードから発せられる異様な圧が空間に充満しているせいか、そこに座っている彼女も危険な存在と錯覚してしまいそうになる。

 顔をしかめながらも身構えてしまうのを耐え、少年はその空間に足を踏み入れた。

「おや、想定よりお早いお着きでございますね。亀にでも乗って来られたのですか?」

「D・ホイールの修理ができてねーんだよ。徒歩の割には早く来れた方……ってか、どうせ来る時間は分かってたろ」

「一応は。それでもあと30分は来ないものとは思っておりましたが」

「……じゃあやっぱり早く来れてるじゃねーか」

「最初からそう言っているでございましょう?」

 眉をひそめる黄昏を見て微笑むというよりはニヤニヤと言った様子で出迎えたのは彼をここへ呼んだ張本人。

 わざとらしい敬語で相手を煽るように話すが、その仕草の一つ一つはきちんと礼儀作法の則っているのだからたちが悪い。近くに来るように手招きをした際も客人を招くマナーとして立とうとするが、それは黄昏が静止させた。

()()()()()()だろ?」

「なんのことでございましょう?」

「血の匂いってのは敏感なやつにはバレるもんだぞ」

「っ!」

 首をかしげる梓に歩み寄った黄昏がその左腕を乱暴に掴むと、それまで崩さなかった微笑みの表情が一瞬だけしかめっ面になる。

 さらに掴まれた拍子に捲れた巫女服の袖から顕になった彼女の細い腕は、その色白さのせいで余計に際立つほど赤黒く、見るだけで痛々しく腫れていた。

「ただの内出血か。デュエルディスクで直撃は防いだとはいえ、あれだけの一撃を受けて打撲だけで済んだのは奇跡じゃねーの?」

「……あのデュエルログからたどり着くとは、さすがでございますね」

「デュエルログだけならただの候補の一人だったさ。けど、必ず一人でここに来い、なんてメールで指定されたら誰だって疑うだろ」

「それもそうでございますね」

 誤魔化しは効かないと観念したらしく、あっさりと認めた梓は脂汗をかきながらも再び彼女らしい凛々しい微笑みを浮かべて少年の方を見た。

 服に隠れて見えないだけで、今朝の一戦によって腕だけでなく全身ボロボロのはずだ。おそらく動かさなくても全身に激痛が走り、普通なら笑みなんて浮かべている余裕なんてないはず。

 それを身を以て体験している黄昏だからこそわかることだが、腕を引かれた一瞬しか表情を崩さないその痩せ我慢はもはや病気の域だ。

 物理的な耐久力には自信のある黄昏だが、精神的な忍耐力となると彼女の方に軍配が上がるかもしれない。

 それで、と腕を離してその場に座った黄昏はここに呼んだ理由を確認する。

「アカデミアの方ではあんたに言われた通りに手続きは進めてある。けど、それの報告のために一人で来るように言ったわけじゃねーだろ?」

「ええ、貴方に《Ol-セイクリッド》を授けようかと思いまして」

 まるで日常会話のような軽い雰囲気で切り出されたが、明らかにそんな雰囲気で話していい内容ではない。黄昏もさすがに聞き間違えたのかと戸惑い、反応が遅れてしまった。

「……正気か?」

「もちろんでございます。リリアさんから星の守護者(セイクリッド)の加護を奪ったのもそのためでございますから」

 言いながら懐から取り出したのは祭壇には祀られてなかった《Ol-セイクリッド》のカード。

 名は《Ol-セイクリッド・リブライト》。対応する正座が天秤座なのは見てすぐにわかった。

「……リリアが荒事に慣れてないとはいえ、勝率だけなら十分あると思うぞ」

「だからでございます。

 彼女にその意思がなくとも、デッキの方が敵を排除するべく回り出す。それほどまでに彼女はデッキに愛されている。いえ愛され過ぎています。

 今朝のデュエルでも《鉄の騎士ギア・フリード》ではなく《ビッグバンガール》で攻撃されていれば目論見は崩れていました。そうでなくとも《D・D・R》のコストで《執念の剣》を使わず《サンダー・ブレイク》のコストとして私のターンに使われていれば、デッキ切れで負けていたのは私の方でございました。

 このように、あのままではデッキが彼女を守ろうとすればするほど、その火力が彼女自身に牙を剥く可能性も十分にあり得ます。

 遅かれ早かれ、黄昏もこのような手段に出る予定だったのではございませんか?」

「…………」

 彼女の指摘に対する対応は無言。事実、黄昏は本当の最終手段としてリリアから加護を奪うことで危険から遠ざけようと考えていたのだ。

 ただ彼女の『眼』は本人曰く物事の本質を見通す力。嘘か本当かは読み取る力はあれど、相手の心を読むことまではできないはず。となれば、彼女の言葉はただのハッタリ。もしくは……

「あんた、一体何を焦ってんだ?」

「察しがいいのは結構ですが、言うべきタイミングを図る能力は伴わなかったようでなによりでございます」

 つまり図星ということか。戦力の補強か、それとも他の理由かはわからないが、この少女は早急に黄昏を星の守護者(セイクリッド)にしようとしているらしい。

 ただし彼女の言う通り言うべきタイミングを間違えた。顔には出さないが完全に警戒されてしまい、これ以上は何を言っても彼女から本音を聞き出すのは不可能だろう。

「心配しなくとも、私はこの世界が壊れてしまうようなことは望んでいませんので、きちんと星の守護者(セイクリッド)としての役目は果たします」

「……嘘を言ってねぇのはわかるんだけどな」

『嘘』は言っていないが『真実』を告げているわけではない。意図的に何かを隠しているのは明白だが、黄昏にはそれを確認する術がない。

「どちらにせよ、黄昏が葵たちの役に立とうと足掻いているのは分かっております。

 このカードがあれば、純粋な星の守護者(セイクリッド)ではなくともそれ同等の力は得られますし、デュエルで時間稼ぎをするだけではなく相手の戦力を削ぐことも可能でございます。

 この提案を拒否する理由はないと思いますが?」

 もはや隠す必要はない。いや黄昏はこの手に乗るのだと確信しているらしく、彼女は《Ol-セイクリッド・リブライト》のカードを彼の前に差し出している。

 現時点で力を失っていないボレアス側の星の守護者(セイクリッド)はセキュリティの監視下にあるエヴァを除けば、ジンとニュート、そして未だ正体を見せない双子座のセイクリッド──以前エヴァから共有された情報から、名前は暁アルラといったか──以上の3人になる。

 この争いの性質上、どれだけ戦力を削ろうが最後の一人が残っていた方がすべての《Ol-セイクリッド》を所有できることになる。

 ジンを打倒しうる誰かがいないとその時点で詰んでいると言ってもいい。

 くわえて、葵は始業式の時に一度ジンに敗北している。実力差がそのままとは思えないが、彼女にその責務を負わせるのも酷だろう。となれば遊形か早乙女が候補となるが、可能性は増やすに越したことはない、といったところだろうか。

「どちらにせよ、このカードは貴方に預けておきます。それからこちらも」

 言いながら懐から取り出したのはデュエルパッド。だが梓のものではなく、そのデュエルパッドには本来なら必要ない箇所にカードを1枚挿入できる細工が施されていた。

「……それって」

「牡羊座の星の守護者(セイクリッド)が持っていたものです。《Ol-セイクリッド》を持つならこちらもあったほうが便利でございましょう?」

「いやそうだけど……それ押収品くすねてきたってことだよな?」

「カモフラージュはしてますので問題はございません」

「そういう問題か? ってちょっと待て。この一式持ってたら俺がリリアを襲った犯人みたいに思われないか?」

 黄昏も最終手段として考えてなかったわけではないが、行動に移したわけではない。ただ誤解されて怒りの矛先が向けられるというのは、流石に納得がいかないというものだろう。

「リリアさんを戦いから遠ざけるため、と言えば納得してくれると思いますが?

 それに遊形さんが怒るところはあまり想像が付きませんし。まあ葵ならそれなりにキレそうでございますが」

「心配してるのはその七波のほうだよ」

「ふふふ、心配せずとも貴方が相手ならあの子も本気で怒ることはありませんよ。悪くてキツく詰め寄られる程度。周囲が凍るような覇気を放つまではいきませんからご心配なく」

「その言い分、さては何度か本気で怒らせたってことあるな? というか、言ってることと表情が合ってないんだが?」

「それはもちろん、そんなあの子も可愛いからでございますよ」

 黄昏の指摘通り、梓はブチギレた葵の怖さを語っているにもかかわらず、その表情はニコニコと……いやこれはもう、うっとりしていると表現するべきなレベルで緩んでいた。

 先程までの意地でも凛々しい微笑みを崩さなかった根性はどこへいったのか。

「……どう反応すればいいのかわかんねーぞ、これ」

「ええ、今の貴方ならそうでございましょう。けれどいつかわかるときが来ますよ。きっと」

 それより、と表情を再び引き締めて話を切り替える梓。彼女が懐から取り出したのはこの街の地図だった。

 その一箇所に赤い丸が記されている。

「ここに何かあるのか?」

「おそらくボレアスのアジトが。……複数ある内の一つだと思われますが」

 思ってもみなかった情報に反射的に顔を上げた黄昏と目があった梓は、バツが悪そうに視線をそらして情報の不十分さを付け加える。

 大神たちセキュリティとも関わりがある梓なら、巷ではテロリストとして認識されつつあるボレアスのアジトの場所ぐらいは仕入れていてもおかしくない。ただ、それを黄昏に伝える意図は掴めずにいた。

「……本当に遊形を探させるのが目的か?」

「当然、それ以外の目的もありますが?」

 意外にも、何かを隠していることを否定することはなかった。

「ただし、それを今の貴方に全て話す義理はありませんし、時間の余裕もありませんが。

 強いて言えることがあるとすれば、私の目指す『ゴール』がこれ以上遠のくことがないようにするには、貴方にこの場所へ向かってもらい遊形さんがいないか確認してもらう必要がある、ということでございます」

 この話に裏があることをここまで隠さないのは、一周回って清々しい。

 やや開き直ったような投げやり感があるのは、心理戦をやっている暇がないほど切迫していることの裏返しなのかもしれない。

「……もう一度確認するけど、ここで俺が動いたせいで状況が悪くなる可能性はないんだな?」

「もちろんでございます」

 この少女の秘密主義も困ったものだが、少なくとも彼女が『ゴール』と定めている何かに対して真剣に取り組んでいることだけは確かだ。

 今はこの真剣さを信じて動く他ないだろう。

「行くのはいいけど、地図のマークの場所まで結構距離あるぞ」

「その点はご心配なく。すでにタクシーは敷地の外に待機してもらっていますので」

「…………はぁ」

 梓のことになると葵が頭を抱える理由を理解するには、今日のやり取りは十分すぎた。

 わざとらしく大きくため息をつき、無理やりにでも意識を切り替えた少年はこの居心地の悪い部屋を後にする。

 

 

 残された梓は大部屋で一人、廊下を走る足音が遠ざかっていくのを聞きながら小さく呟いた。

「──彼のこと、よろしくお願いします」

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