リリカル!黄金十字! ──What a beautiful nostalgia──   作:るべおら

14 / 14
初めに一言言わせて下さい。申し訳ありませんでしたっ!
あまりにも筆が進まないのと、急展開ぶりが気に入らなかったので数話削除しました。
この話も一部修正でお送りします


第十一話 輝きを愛する者

 

 

 

「よし…2人とも、その踏み込みを忘れるなよ」

 

「「はいっ!!」」

 

3月に入り海鳴の肌を刺す様な寒さも少しだけ和らいだが、いくら和らごうと寒いのに変わりはない。コートが無ければ雪男よろしく凍えてしまう。

 

そんな寒さの中、ローゼンクロイツ邸では快活な声が響いていた。

 

その広い庭にいるのは。

何時も通り、黒いズボンに赤いワイシャツを着たハルト。

動きやすい服装に身を包んだシグナム。

 

そして─────

 

 

何故か学校指定の体操着を着たフェイト。

 

 

ハルトを戦技の目標と定めたシグナムが、フェイトと共にハルトに師事したのはもう何日も前のことだ。

以来、3人はこうして屋敷の庭で訓練をするのが日課となっている。

…まあ、シグナムも訓練を受ける事になった旨をフェイトに伝えた時は、ハルトが焦るほど娘に拗ねられてしまった訳だが。

頰を膨らませるフェイトも可愛らしかったが、流石にあれ程拗ねられるとはハルトも想定していなかった。

…実際、フェイトはシグナムが訓練を受けるのに拗ねた訳ではない。

過度な優しさを持つフェイトが独占欲を曝け出す事などあるはずが無い。

ただ、その時ハルトが「美人に慕われるのは良いことだ」などと余計な事を言ったためにフェイトが拗ねてしまっただけで。

 

シグナムは確かに美人だけど…

 

とはフェイト談。

 

「…ふぅ…」

 

ため息をこぼし、疲れ切った身体を労うように座り込んだフェイト。

 

その首筋を伝う、汗。

 

髪の毛が暑いのか、長い金糸を煩わしそうにバサリと払う。

その仕草は14にしては妙に色気に溢れていて。

もしここに男性局員がいたのなら、そんなフェイトを見て感動のあまりむせび泣く事だろう…

 

そも、フェイトのバリアジャケット姿(勿論露出度高め)の写真は、局で高値で取引されているのだ。

その写真を拝みつつ

「俺、生きててよかった…」と涙ぐむ奴までいるぐらいで。

そんな自慢の娘を見てハルトは

 

「流石は私の娘だ」

 

と1人満足気に頷いて。

その視線は体操着を着ているフェイトの姿に完全に固定され、一切の揺るぎもない。

 

…これに下心が無いなど誰が信じられるだろう…

 

「しかし、ハルト殿は何処でこれ程の剣術を?」

 

あの模擬戦以来、何故か妙にハルトに懐いてしまったシグナムは感じていた疑問をハルトに尋ねる。

 

「なに、伊達に年を食ってはいない…悠久の時をかけて実戦で培ったモノだ」

 

「では自己流で?」

 

「そうなるな。『剣術』の師は私にはいない」

 

その一言に、またもやキラキラと瞳を輝かせるシグナム。

その瞳に気を良くしたハルトは、ならば、とシグナムの剣技を褒め称えた。

 

「なに、剣技自体はシグナムの方が上だ。その技術はいや、素晴らしい。美しくも凛々しさを讃えている…シグナムは正しく敬意を払うべき騎士だ」

 

「え…あ…ありがとうございます…」

 

少しばかり赤くしたシグナムに、更に気を良くするハルト。

更にシグナムを褒め称えようとして…

 

…ハルトのシャツを誰かが引いている様な感触に気付いた。

後ろを見ると…

そこにいたのはフェイトで。

そして、いかにもボソリといった風に

 

「…あんまり褒めちゃ、ヤダ」

 

上目遣い気味に呟いたそれは、容易にハルトの理性を決壊ギリギリまで砕いた。

脇目も振らず頭をかいぐりしたくなる衝動に駆られるが、そこはそれ。

シグナムの前だからと鋼の精神で耐え抜く。

 

「…そういえば、お前は今日管理局に行くんじゃないのか」

 

あくまでも冷静を装って促す。

ここまで来れば腹芸も褒められるべきだろう…

 

いやまあ、実際に慌ててなどいないのだけど。

 

「あ!そうだっ!支度しないとっ!」

 

そう言って屋敷に慌てて駆け込むフェイト。

 

「待て、私も同行する。管理局に用があってな」

 

「本当にっ!?」

 

珍しいハルトからの誘いに、フェイトが喜ばない筈はない。

こうしてはいられないと言わんばかりにシャワーを浴びに行ったフェイトの後ろ姿を、微笑ましく見守るハルト。

 

どこの家庭でもあるような…

確かな「家族のひと時」がそこにはあって。

 

 

「今日も黒、か…」

 

 

─────最低だった。

 

 

 

* * * *

 

 

「じゃあ、行こう!」

 

支度の終わったフェイトがハルトの腕を引く…その顔には喜色が浮かび、なんとも嬉しそうな雰囲気だ。

…実際は、これからミッドに行って今携わっている怪奇事件の調査なのだが。

 

「ん。…あぁ、下着も変えたのか」

 

さらり、と。

 

本当にサラリと発言するこの男。

 

「…えっ?」

 

何を言われたのかわからない、という風に素っ頓狂な声を上げたフェイト。

それはそうだろう。

いきなり下着の話を父親にされたのだ。思春期女子なら引っ叩いても何の文句も無い。

 

「…っ!?なんでそんなことわかるのっ!?」

 

真っ赤になって自分の体を掻き抱く仕草をする。

変質者を相手にしているような反応に少し傷付いたハルトだが、勿論文句など無い。

というかやってることは変質者と変わりがない。

しかし、困ったのはハルト。

「私の能力だ。お前の下着の柄など一目でわかる」なんて正直に話すのも気がひける。

 

「ん…それは、あれだ」

 

その間もフェイトは「うぅ〜…」と唸りながらハルトを睨みつけ、よく見ると耳まで真っ赤になっていた。

 

「愛しいお前の事ならば、私にわからない事はない」

 

…言うことはカッコイイが、状況が状況。

その発言も今ではただの変態である。

 

だが

 

「えっ…あっ…その…えへへ…」

 

その言葉を聞いた途端照れたように頰など掻いているところを見るに、どうやら返答がお気に召したらしい。

 

 

その後、ハルトはこう語ったという…

 

「単純で愛おしい」

 

失礼極りない発言である。

…まぁ、それの全面肯定は否めないが。

 

 

 

* * * *

 

 

 

─────何が起こってるの?

 

その数刻後、ミッドチルダの時空管理局本部に着いたフェイトを待ち受けていたのは、あまりに異様な光景で。

 

…まぁ、より正確に言うならば

「この人達は何してるの?」

となるが。

 

フェイトの目の前にいる男、それは誰であろうフェイトの父親たるハルトで。

それはいいのだ。だが…

そんなハルトに、地面に頭を擦り付けんばかりに頭を下げている科学者達の姿がそこにあった。

 

「ねぇ、父さん。この人た「Dr.ローゼンクロイツ!!是非とも私どもの研究室に!!!」…うぅ…」

 

フェイトの発言に被せるように、1人の科学者が喉を裂かんと言わんばかりに声を張り上げる。

 

「父さん…この人達は?」

 

「本局の研究班だ」

 

「…?」

 

「この間少し…な。実験に少々助言をしたんだが…」

 

その一言で理解した。

なるほど、つまり父さんは本局の研究班に勧誘を受けているということかな…?

 

すごい!流石父さん!

…通常ならば、フェイトは我が事のように誇らしく、そしてこう手放しに喜んだ事だろう。

しかし今回に限っては何故か顔を俯かせて黙りこくっているだけ。

 

その理由は単純に、ハルトが本局付けになったら一緒にいる時間が減ってしまうからである。

つまり、フェイト的には喜び難いことだった。

 

「ローゼンクロイツさん!是非私の研究室にっ!!」

 

「あなたが来てくだされば、変換資質のみならず非殺傷設定も一新できるかもしれません!」

 

「ハルトさんっ!この論文を読んで頂けませんか!?」

 

「てめっ!抜け駆けか!?ローゼンクロイツさんっ!俺の論文もお願いしますっ!」

 

などなど。

その光景を傍目に眺めつつ、フェイトはこっそりとため息をつく。

 

そんなフェイトの心情などいざ知らず、ハルトは研究者達に断りをいれている最中で。

…ちゃっかり論文は貰っているけれど。

 

でも…と、フェイトは考える。

ハルトのことを考える。

そう、自分の父は…「科学者だった」と考える。

 

正直に言って、一ヶ月強共に暮らしていたけれど、フェイトはその間にハルトを科学者だと思った事が無かった…いや、ハルトの姿と科学者が重ならなかったというのが正解か。

 

自分にとっての科学者は、母の…プレシアの様な人のことだという思い込みがあったのだ。

プレシアなどは研究に忙しそうで、滅多な事では顔さえ見る事が出来なかった。

その点、ハルトは全く違ったのだ。

いつも居間のソファーに深く腰掛け、フェイトの淹れたコーヒーを飲みながら新聞やら論文やら小説などを読んでいる。

此方が話しかければそれにしっかり返事してくれる。

 

だから、フェイトはハルトを科学者だと思った事が無かった。

しかし、こうしてみると…

やっぱりハルトは科学者で。

しかも本局の研究員が欲しがるほど優秀な様で。

 

─────ズキリ、と少し胸が痛んだ。

 

何てことはない…

それはフェイトのトラウマ。

科学者であった母の言葉。

 

『大嫌いだったのよ!!』

 

─────っ!!

 

反射で思わず胸を抑えてしまう。

 

科学者…

科学…

実験…

人造…

 

─────プロジェクトF。

 

それを考えるたびに怖くて堪らなくなるのだ。

…自分は、人間ではない。造られた生命体。

実験の末に産まれた…アリシアの偽物。

 

でも、本当に怖いのは…

 

かつての母のように、父に捨てられること。

 

怖い…怖い。

ハルトが自分の事をどう思っているのか、聞くのが怖い。

それによって否定されたら、今度こそ私は壊れてしまう…

 

さらに、強く胸を抑える。

これ以上痛まぬ様に。この苦しみを漏れ出さないように。

決して、この痛みをハルトに気付かれては…いけないから。

 

 

 

* * * *

 

 

ハルトはフェイトと数分前に別れ、今は本局の廊下を1人で歩いていた。

コツリ、コツリというまるで時計のように正確な靴音が廊下に鳴り響く。

 

 

『うん…目撃者は犯人のことを「影」としか言ってくれなくて…ちょっとだけ事件が行き詰まってるんだ』

 

本当はナイショにしなきゃだめなんだからね?

 

なんて、少し頰を掻きながら言っていたフェイトを思い出す。

本局の捜査チームが「紫影事件」と名付けたこの事件。

 

影。

 

実はと言うと、ハルトはその影と呼ばれる犯人に心当たりがあった。

 

影。

すなわち、混沌。

すなわち、災厄。

すなわち、鱗。

 

禍々しきは赤き月の王。

猛き岩の王。

 

かつて輝光王たるハルトが挑み、そして敗れた怪異。

 

─────もし、本当に鱗が今回の事件に関わっているのならば。

…自分は戦わなければならない。

…今度こそ討たねばならない。

 

遥か遠い世界では『抑止力』とも呼ばれるそれに。

遥か遠い世界では『秩序の力』とも呼ばれるそれに。

あの、恐るべき力を持つ…

 

 

─────巌窟王─────

 

 

奴に。

 

2度も輝きを奪われてなるものか。

…ハルトは思考する。

 

彼とて普通の人間などではない。

彼こそは支配を嗤う青空の下僕。

 

愛の黄金薔薇。

嘆きし黄金十字。

科学を従え、お伽の中に生きる者。

 

─────静かに拳を握る。

 

この拳で、影を今度こそ光に掻き消すと、不屈の心に誓いながら…

 

 

 

 

 

 

─────いや、それはさておき。

 

「……ふむ」

 

本局の廊下のど真ん中で立ち止まるハルト。

不遜な呟きを1つ、頷いて。

 

─────迷った。

 

そう、迷ったのだ。この男は。

わからないことなどあまり無い、と大言壮語するこの男は。

全てに達観したこの男は。

世界、あるいは闇の社会から「青空王」と畏怖されるこの男は。

 

ミゼット・クローベル統幕議長。

─────いや、ハルトのコネはそれだけではない。

三提督の残り2人、ラルゴともレオーネ共とも面識のあるハルトは、事件の情報など集めることは比較的たやすい。

だが……その強力な情報源も、会えなければ意味などない。

 

50年前ならば管理局にも顔パスで案内されたハルトだが、今ではただの「すごく偉そうな一般人」に過ぎない。

だめ押しに、この数十年で本局は改装をされたのだろう、ハルトの記憶と構造が違う。

 

─────どうしたものか。

 

何時迄もこんな所にいるわけにはいかないが…

 

「困った」

 

…全然困ってるようには聞こえない声音だった。

 

と、そこで。

 

「あの、もしかして迷われたのですか?」

 

突然、凛とした涼やかな声が廊下に響く。

ハルトが振り向くと、そこにいたのは…

修道服に身を包んだ麗人。

金に輝く長い髪が美しい女性。

 

─────ほう、なかなかの美人だな…勿論フェイトには劣るが。

 

ハルトは内心で大変失礼な結論を下しつつ、目の前の女性に返答をする。

 

「あぁ、恥ずかしながら」

 

そう言うとその女性は…

 

「何処に向かわれようとしていたのでしょう?よろしければ案内しますよ」

 

「それは助かる」

 

優しく微笑むこの女性は、その笑みの通り優しい女性の様だった。

 

輝く髪。

慈悲は微笑みを讃え。

それは、ハルトの愛する「輝きを有した女性」で。

 

 

…ちなみに。

その女性に、ミゼットの所へ行きたいという旨を伝えたら「何者ですかっ!?」と驚かれたのはどうでもいい余談だ。

普通、ミゼット・クローベル程の人物に一般人など早々会えるものでは無いのである。

…その時、大声を出してしまったからか顔を赤くした女性。それが何故か妙にハルトの記憶に残った。

 

 

* * * *

 

 

…何者でしょうか、この殿方は。

 

「成る程、君は聖王教会のシスターか。道理でその修道服に見覚えがある訳だ」

 

「ええ。騎士として局員も務めていますが」

 

「レディ、君は…」

 

「カリム。カリム・グラシアです」

 

「ハルスタッド・ローゼンクロイツだ。長い名前故、ハルトで構わん」

 

「では、私のこともカリム、でいいですよ」

 

低めの声音。

落ち着く音だと思った。不思議な人だと思った。

何より、眩しいと思った。

本当は声をかけるつもりなんて無かったのに…気付けば声をかけていた。

 

不思議。

自分でもよく、わからなくて。

ただわかっていることが1つある。

それは…この人が。

 

とても、不自然な存在だということ…

 

と、そんなことを考えてたら突然…

 

「…なるほど、カリム。君は良い」

 

─────はい?

 

「ぇ…っと……はい?」

 

なに。何を言っているのでしょう…この殿方は。いきなり。

 

「君は、稀有な女性だ。条件さえ満たせば、その左目に黄金を見るときも来よう」

 

左目?黄金?

本当に、彼が何を言っているのかわかりません。

 

「…ぁ…」

 

落ち着きなさい、カリム。こんなことで動じる私ではないでしょう?

 

「…」

 

…う、うぅ…なんでこの人、私を見てるの?

 

その、不思議な光を持つ赫い瞳で。

 

見つめられたら…なんだか……

は、恥ずかしい…?

 

「─────っ!!ここ!ミゼットさんの部屋はこの廊下を曲がってすぐに左の扉ですから!」

 

耐えきれなくて、私はミゼット統幕議長の部屋を指してから直ぐに駆け出す。

…こんなに取り乱したのは、久しぶりで。

 

「では、私はこれでっ」

 

できるだけ彼の方を見ないようにしてその場を離れる…

 

「─────また会おう」

 

後ろの方から、そんな声が聞こえた。

酷く、優しい声音で。

 

─────何故か、その声は私の中に強く響いた。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

カリムと別れ、ミゼットの部屋に一直線で向かう途中。

…ハルトは、どうしようもない感情に苛まれた。

 

─────ハルトは、聖王教会というのが苦手だった。

別に彼らの信仰を否定するでも、軽んじるわけでもない。

…ただ、傷むだけだ。

心が。

身体が。

 

聖王。ゆりかご。

 

「…オリヴィエ・ゼーゲブリヒト」

 

人知れず、呟く。

 

かつて、笑顔の咲き誇っていた少女。

輝きを持っていた少女。

戦うしかなかった王。

…ハルトが、守らなければならなかった少女。

 

戦時中で無かったなら、あれは幸せな家庭を築いていただろう…

 

それくらいの子だった。

幸せの似合う少女で、幸せにならなければいけない少女。

 

かつてハルトは、彼女の敵に回ることしか出来なかった…

 

悔やまれる。

何時迄も。

手を伸ばせば…ハルトが手を伸ばせば、あの少女は救えていた筈なのだ。

…彼女の運命を覇王に託したのを間違いだったとは思わないけれど。

けれど

けれど

それでも。

ハルトは悔やみ、悲しむ。

そして、それが吹き抜けていくのだ。

 

─────朽ちた心を、風のように。

 

彼は、それをいつまでも覚えている。

 

それが、千年以上も前のことであっても決して忘れることはない。

忘れることなど許されない。

 

聖王家。

それは…ハルトの…

 

 

─────ハルトの─────

 

 

 

* * * *

 

 

「残念ながら、私もこの事件の詳細はわかってないわ。多分、レオーネやラルゴも」

 

コーヒーのカップに視線を落としたまま、ミゼットが事件の現状を短く告げる。

シルバーを手に取り、コーヒーをかき混ぜること一回、二回。

 

「…そうか。あぁ、そうか」

 

上等のソファに深く腰掛け、ハルトもコーヒーを一口啜る。

 

三提督も知らないとなれば、いよいよ持ってこの事件は「闇」だ。

 

「影…ハルト先輩は気になるの?」

 

「…まあな。おそらく私の顕現では無いだろう、流石に。そんな事はしない筈だ…ともなれば、影はすなわち「鱗」…」

 

そう、流石にこの事件の犯人だという「影」はハルトの顕現の類ではないだろう。

顕現。

それは、ハルトの分身。

ハルトの空蝉。

ハルトと同じであり、そして違う個体でもある存在。

 

 

「…鱗。40年前の…?」

 

察したようにミゼットが訊ねる。

 

「おそらくな。だとすれば奴の狙いは…私だろう」

 

「…」

 

目を数回瞬かせ、ミゼットは音を立てないようにカップを置く。

そして一言…

 

「私のせい…かしら」

 

それは、何処か悔いるような声音で。

 

「…何故?」

 

ハルトとしては、そう聞くしかない。何がミゼットのせいなのか、全く見当もつかないからだ。

 

「私が、あの子を…フェイトちゃんを利用して貴方を呼び戻したから…」

 

俯きつつ語るミゼット。

 

対してハルトは「なんだそのことか…」と少し肩透かしを食らったようにため息を零した。

 

確かに、断罪を求めていたハルトはあの時間牢獄から出ようとは思っていなかった。

それを見透かしたミゼットは、わざとフェイトをあの作戦に参加させ危険にさらし、これまたわざとあの時間牢獄にフェイトを囚われさせることでハルトとの接触を図った。

その結果は、この通り。

まんまとハルトはこの世界に戻ってきたというわけだ。全て、ミゼットの考えていた通りに。

 

「だとしても、お前のせいでは無いだろう?」

 

「…そう…かしら…」

 

それでも、ミゼットは瞳をうつむかせるしかなかった。そもそも、ハルトをこの世界に呼び戻したかったのは自分のエゴだ。いや、ただ単に自分のためだった。

 

─────昔、慕っていた男性を暗闇から解放したかった。

 

そんな歳でもないのにねぇ…

 

人知れず、ミゼットは内心で肩を竦めた。

 

「そんなことより、だ。」

 

言葉を切り、今度はハルトが訊ねる。

 

「ミゼット…お前たち三提督に一切気付かれずに、闇に関わることが可能な人物はいるか?」

 

「…一切?」

 

闇に関わっている管理局員は…哀しいことにごまんといる。

が、自分達に全く勘付かれることなく闇と接触をすることなど…

 

 

「だとしたら…そんなの…」

 

と、そこで。

 

ピッ…ピッ…

 

部屋に鳴り響いたコール音。

それはミゼットの端末からで。

 

「…?」

 

どうやら、それはメールのようであった。

しかも、その相手が…

 

「…ハルト先輩」

 

メールの差出人を見たミゼットが、驚いたように声を上げた。

 

「ん?」

 

コーヒーを啜っていたハルトは、思わずミゼットの声に振り返った。

 

「ビンゴ、みたいよ」

 

そう言って、端末をハルトに見せるように傾ける。

 

そこに書いてあった差出人の名前は…

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

闇。

あたり一帯が、漆黒に包まれた一つの部屋。

そこには意思があった。

動かない意思。

管理局の闇。

人はそれを…『最高評議会』と呼ぶ。

 

 

『久しいですな、輝光王閣下』

 

空気を震えさせる、機械音声。

 

『貴方に再び会えるとは、光栄です』

 

その声には温度も無く。

 

『ロード・ユスタッド。偉大なりし大碩学』

 

その声には感情もない。

…いや、そもそもこれは「声」ではない。

こんな温度の無い音、こんな意味のない音、こんな感情も無い音を「声」と認めてなるものか。

 

「ははは」

 

声。

男の声。

「音」ではない「声」。感情を孕んで辺りに響く、少しばかりの低音。

いや─────それは嘲笑。

 

「笑わせてくれる。心にも無いことを平然と宣うとは…道化としては及第点だな」

 

『…成る程、貴方は変わらない』

 

『支配を否定せし黄金十字』

 

『貴方が死亡したと報告された時、我々がどれ程嘆いた事か』

 

「──くだらん」

 

一言の下、男…ハルトは吐き捨てる。

その声に含まれる怒り…その一言に込められた力。

もしも評議会が身体を失ってなどいなかったら、もしかしたら姿勢を正すくらいの事はしたかもしれない。

だが幸か不幸か、彼らには既に身体など無い。

 

嘆いた?笑わせてくれる。

ハルトの死亡に、何より狂喜したのは他の誰であろう評議会だろうに。

 

「…私を呼び出したのだ。それ相応の要件があるのだろう?」

 

そう、ミゼットの端末を介してハルトを呼び出したのは、この評議会だった。

 

『…では、要件を』

 

一呼吸

 

『貴方には、この事件に関わらないで頂きたい』

 

『薔薇の出る幕ではない』

 

『ふるきものたる貴方に居場所はない』

 

「…言ってくれる」

 

笑う。

嗤う。

そんな評議会を、光が嗤う。

 

『…何か?』

 

「…何時から貴様らは私に指図出来るほど偉くなったのだ?」

 

『…不敵』

 

「面白い冗談を言える様になったじゃないか」

 

嗤うことを、辞めない。

 

何時もの、穏やかな光を纏うハルトではない。

そこにいるのは…

 

支配を嗤う黄金の薔薇。

 

『…何時迄嗤う、光の王』

 

『愚かなる異形の薔薇』

 

『我らを嗤うのか、青空の薔薇』

 

「嗤うとも。貴様らを。他の誰でもない貴様らを。わかるか?貴様らに」

 

不遜に見下す、赫の瞳。

闇に光る、赫の輝き。

 

『…』

 

「愛を忘れた貴様らに、最早価値など無いも等しい。貴様らの音では私は動かん」

 

『…貴方は、本当に変わらない』

 

『その、不遜』

 

『愛を尊ぶ黄金の薔薇。支配を嘲笑する青空の薔薇』

 

『バルドーラトテップ。存在するはずのない神性たる貴方は』

 

一方的に会話を切り、最早ハルトは踵を返して部屋を出る。

まるで、そこに居たくなど無いと言うように…

 

「…良き、青空を」

 

皮肉のように、そう残して。

 

 

 

* * * *

 

 

 

『─────奴は本当に変わらない』

 

『─────左様、あまりにもあの存在は危険すぎる』

 

『青空の薔薇』

 

魂喰らい(ソウルイーター)

 

『即刻排除すべき』

 

『異議なし』

 

『だが、あれを殺すなどまず不可能』

 

『然り。あれに勝てるものなど存在しまい』

 

『我々にとってでさえ脅威である《クリッター》と呼ばれる怪物でさえ、視線だけで殺すあの赫瞳』

 

『全ての生物、兵器、力が等しく奴の前では無力だ』

 

『奴に勝てる可能性があるとすれば、それは《這い寄る混沌》くらいのものだろう』

 

『─────だが』

 

『─────だが』

 

『─────だが』

 

『奴には一つ、弱点がある』

 

『そう、奴には致命的な弱点がある』

 

『輝き』

 

『そう、輝きだ』

 

『─────神々しき黄金十字』

 

『あれを─────』

 

『まずはあれを─────』

 

『殺す、こととしよう』

 

 

 

* * * *

 

 

 

「貴方は、何者ですか?」

 

廊下を歩いていたハルトは、突然後ろから声をかけられた。

そこにいたのは先程会ったカリム…

などではなく、これまた美しい金髪の女性。

先程もいた、評議会の秘書。

 

ハルトには…わかる。

彼女の、その正体。

 

 

「機関人形か」

 

「ッ!?」

 

ハルトの呟いた一言で、その声をかけてきた女性が大きく飛び退き距離を空けた。

 

「どうしてっ…それを…!?」

 

狼狽する女性に、ハルトは不遜に応える。

 

「私を誰だと思っている?私はハルスタッドだぞ、わからないことなど無い」

 

────本当に不遜に過ぎる発言であるが、幸か不幸か女性の方には腹をたてる余裕など無かった。

頭の中では、既に目の前の男をどう始末するかを考え始めている。

 

「…知ってしまったのなら…生きては返しませんわっ!!」

 

自分の正体を知っている以上、

その女性が飛びかかる、刹那。

 

「…ッ!」

 

眩い光が女性の網膜を焼く。

眩しい一瞬の閃光。

煌めき。

 

なんとか瞼を開くが…

既に、目の前からは男が消えていた。

 

「…血の気の多いことだ」

 

遥か後方、廊下の奥から響く男の声。

見下した声音。

 

ハルトが去った廊下で、その女性…

ドゥーエは人知れず戦慄する。

 

あれは…なんだ?

 

戦闘機人、ドゥーエは体感をした。

 

「ワカラナイ」というモノを。

 

遭遇したのだ…怪奇に。

 

それが作られた彼女にとって…未知との、初めての邂逅だった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「─────で、なんで貴方は当然のように我が家にいるのかしら」

 

「私はワインを嗜むがビールも好んで飲むんだ」

 

「…そんなこと聞いてないわよ」

 

─────夜。

地球のハラオウン家のマンションにて。

 

そこにリンディがいるのは勿論、アルフ、クロノ、エイミィが揃っていた。そんな彼女たちは夕食の準備の真っ最中。

─────そんな、家族の団欒の中で、1人。

 

準備も手伝わずソファでふんぞり返ってビールを煽っている男がいた。

……当然、ハルスタッドである。

 

「クロノ、お前もどうだ」

 

意外にも皿並べなどの準備を手伝っているクロノを酒に誘うハルト。

 

「……いや、遠慮しておきますよ。酒はあまり嗜みませんし」

 

「そう言うな、このビールはギルから失敬したドイツ産の一級品だぞ」

 

「失敬って……グレアム元提督の家から盗んできたんですか?」

 

「盗んだとは人聞きの悪い。頂戴しただけだ」

 

そう、この酒はかのギル・グレアムの家から(無断)で頂戴してきたものだった。

イギリスに住むギル・グレアムの家までどうやっていったのか、それは勿論空を飛んで行ったのだが……光の速度を誇るハルトにとって、日本からイギリスなど瞬きする間に着いてしまう。

─────あらゆる意味でぶっ飛んだ存在なのだ、ハルトは。

……無断で人の酒を盗んでくる厚かましさを含めて。

 

「今日はフェイトちゃんはどうしたんです?」

 

気を取り直して、場の雰囲気を変えるためかエイミィがハルトに訊ねる。

 

「あれは今日は遅いらしい。……全く、仕事とはいえ少女が深夜まで帰ってかないとは。世界の現状を嘆くばかりだ」

 

やれやれ、といった風に肩を竦めつつ答える。

「世界」などかなり大仰な事を言っているが、これがハルトの独特の言い回しだとエイミィ達はわかっているのでわざわざ目新しく反応したりなどしない。

 

「ということは、ハルトさんは今日1人?」

 

「でなかったら、ここで酒を煽ってなどいない」

 

「家ではお酒呑まないの?」

 

「呑むが、流石にこの時間からはな…あの子がいる時は食事の用意をしている」

 

それは、結構リンディにとって意外なことだったらしく、すかさずハルトに聞き返した。

 

「意外ね。てっきり食事の支度はフェイトがしているのかと思っていたけど」

 

「初めはやりたがっていたが、な。私が留めた。あの子に今必要な温もりは、できる限り私が用意してやりたい」

 

「─────優しいの、ね」

 

 

「……いや、どうかな」

単に私がやりたいだけだ、と呟くように続けるハルト。

あの、巡回医師の隣にいた……薄赤色の瞳をした少女も。

我が師である電気王(ニコラ・テスラ)の奥方も。

ハルトが料理を教わった女性達は、みんな声を揃えて言っていた。

 

『料理は、大切な人への愛情を好きなだけ注げる』

と。

 

─────ハルトは、その言葉を未だに覚えているのだ。

自分を忘れていたハルトに人間の温もりを思い出させてくれたのは、いつも誰かの料理だった。

 

だから。

だから。

 

─────ハルトが自ら料理をするのは、本当に大切な者にだけ─────

 

 

 

* * * *

 

 

 

「結構呑んでたけど大丈夫ですか?」

 

とハラオウン家の面々に心配されつつ(ちなみにアルフはかなり心配していた。おそらくフェイトにとってハルトが絶対に必要な存在だと感じているためだろう)家路を歩くハルト。

 

─────まあ、確かにハルトはそこまで酒に強いわけではないが、心配される程呑んでもいない。

永遠の命を持つ人外であっても酒に酔うとは、とハルトを知る者には随分と驚かれたものだ。

ほろ酔いか、少しばかり気分が高揚しているのをハルトは感じていた。

今は酔い覚ましのためかゆっくりと歩いて家に向かっていた。

 

少しだけ高い気分で思考する。

 

今の幸福。

愛すべき娘のこと。

その子の周り。

友人。

笑顔。

 

─────輝き─────

 

 

思い立ち、ハルトは空高くへ舞い上がった。

人の住む世界の、その上に飛ぶ。

見下ろせば、街、街、街……

 

誰もいない夜天。

 

ハルトを照らしているのは朧月のみ。

 

─────いや、輝いているのは果たして月なのか。

 

その夜天の中で腕を広げ、何時もは出さない大声を張り上げる。

 

まるで、誰かに届けと言わんばかりに。

まるで、誰かに宣告をするように。

 

 

 

 

 

 

「喝采せよ!喝采せよ!

 

ああ、ああ、素晴らしきかな。

我が愛しき輝きは、未だ褪せず満ちている。

遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!

世界の望んだその時だ。

闇を好く影よ、慄くがいい。

全てを許された幼子よ、輝くがいい。

我が愛、我が黄金がある限り、消え去ることのない最後の幻想!

この私がいる限り、この世に光は亡くならない。

 

 

─────忘れるな」

 

 




お久しぶりです。
あまり時間が取れなかったり筆が進まなかったりと全然更新できませんでした。
これからもゆっくりとですが更新していきたい所存です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。