リリカル!黄金十字! ──What a beautiful nostalgia── 作:るべおら
「フェイトが男を連れてくるらしい」
休暇でまったりとくつろいでいたリンディ、クロノ、エイミィ、アルフはその情報で一転、一種のパニックに陥った。
まぁ、それはそうだろう。
今までフェイトの浮いた話など皆無に等しかったのだ。
それこそ「このまま行くとなのはと結婚するのでは?」などと邪推される位に。
─────まあ、ミッドでは同性婚はそう珍しい事では無いのだけれど。
そんなことで、フェイトが男を連れてくるという話を聞いたハラオウン家は騒然となったのだ。
まぁ慌てているのはクロノとアルフとリンディで、エイミィは「フェイトちゃんにもようやく春が来たのねー」と少しノンビリではあるが。
─────そういえばアルフが先日からずっと「なんだか落ち着かない」と言っていたけど、それはフェイトちゃんとの精神リンクのせいだったっぽいなー、なんて。
エイミィだけ冷静に分析を始めている。
「結婚など、フェイトにはまだ早いっ!」
エイミィが考え事をしているうちに、いつの間にかクロノが暴走していた。
「落ち着いてよシスコンお兄ちゃん。結婚と決まったわけでは無いでしょう?」
「誰がシスコンだっ!!」
クロノの喝が響き渡る。
それに辟易としたエイミィはリンディに助けを求めようとした。が…
ニコニコ
そう、やたらニコニコしているのだ。
「あ、娘の春を歓迎しているんだな」…などと思うエイミィではない。
クロノやアルフはわかりやす過ぎるが、リンディも立派な親バカ…
その心境は計り知れないものである。
とにかく、この空気には耐えられない…
いち早くフェイトの帰宅を望むエイミィであった。
* * * *
「実は少し用事が残ってるんだ」
そう言っていたなのはとはやてはまだ艦に残るらしい。
必然的に、今から地球に帰るのはフェイトとハルトのみとなる。
それは……
─────その…困る。
間が。
非常に。
「あの…その箱は?」
地球へ転送するゲートの前で、フェイトは無言に耐え切れずハルトの持っている箱を指摘した。
その箱から、なにやら香ばしい香りが漂ってくる。
「なに…手ぶらというのも心苦しくてな。ハラオウン家への粗品だよ」
そう言って箱を掲げる。
───やっぱり、いい匂い。
「いつの間に買ったんですか?」
次元航行艦の中にお店は無いし、買ってきたとしたら何処かに転送してもらったって事?もしくは送ってもらったとか…
どちらにしても、そんな時間あったかな…?
「作った」
─────衝撃発言だ!
「つ、作った!?」
その言葉に驚く私。
無理もないと思う。
「あぁ…時間が無くて簡単なものになってしまったが」
…びっくりした。
ハルトさん、料理も出来るんだ…
…なんだか、不思議な感じ。
そういえば身近で料理を出来るような男の人はいない。
それが、新鮮。
なんだか…
ドキドキする。
それに、身長も高い。
なのはのお父さんの士郎さんも高いし、ザフィーラも高いけれど…
ハルトさんは、群を抜いて高い。
私も身長は女子の中では高い方だけど、それでもハルトさんの肩位だ…
…それが、やっぱりなんだかドキドキする。
それ以外も、その雰囲気や態度、言葉遣い…
全てが、嬉しい。
この人と暮らせたら楽しいかな?…なんて。
父さんと呼べたら嬉しいかな?…
なんて。
そのためにも、まず…
ハラオウン家に行かないと。
フェイトは隣のハルトをコッソリと見上げつつ…人知れず決意を固めるのだった。
* * * *
ピンポーン
少しだけ間抜けなチャイムの音が鳴る。
(…フェイトが帰ってきたのかしら)
休暇で家にいる「見た目」年若い女性…
この家の家主であるリンディ・ハラオウンは待ち兼ねたように鳴るチャイムに耳を傾けた。
そして、感知する。
家の外から感じる気配は二つ。
一つは、養娘であるフェイトの慣れ親しんだもの。
そしてもう一つが…
(…?…これは………っ!?)
ここでおさらいをしておこう。
リンディ・ハラオウンは歴戦の艦長である。
その魔導師ランクはSSに相当し、管理局にも数える程しかいない実力の持ち主。
だが…
─────わからない。
それが、リンディの感知した感想である。
そう、よくわからないのだ。
まるで掴み所のない雲のようで。
手を伸ばしても届かない虹のようで。
…何故か、眩しくて目の眩む錯覚を覚える。
そのドア向こうの気配は…大きな陽だまりのように心地よいもの。
まるで、大きく…
とても大きく暖かい光のような。
(成る程。フェイトが墜とされるのも無理ないわね…)
まだ相手の顔も見ていないが、気配のみでそう判断するリンディ。
……ちなみにフェイトは墜とされてなどいないけれど。
気が早いの一言に尽きるが、それを突っ込んでくれるクロノも隣で険しい顔をしている。リンディ程ではなくとも、その気配を感じとったのだろう。
今の今まで
「どんな奴だろうと殴りかかってやるぜ!」
と言わんばかりに血の気バリバリだったアルフも、その気配にたじろいでいる。
それだけ、この気配の主は異常だった。
「あ、コーヒーの用意しなきゃ」
なにやら深刻な表情をするハラオウン一家。
唯一、エイミィだけはマトモな対応を取っていた…
* * * *
「…ただいま」
そう言って帰ってきたのは予想通り、フェイトだった。
ただいつもと違い、その顔は僅かに赤い。
正直言って、超、可愛いですね。
頬を染めた顔はしかし、少し緊張しているようにも見える…
そう、その顔はまるで…
婚約者を家族に紹介する時のような。
その様子にリンディはニコニコと、クロノは不機嫌な顔をし、アルフも何故か顔を赤くしている(精神リンクのせいだと思われる)。
フェイトの態度はエイミィにとって割と予想通りだったため、そこまで動揺しなかったが…
「急な詰問申し訳ない、レディ・ハラオウン」
隣にいる男性には、流石に少し驚いた。
クロノ君とは比べるべくもない身長(クロノ君ごめん)。
裕に190はあるだろうその背丈。
フェイトちゃんよりもさらに鮮やかな金髪。
そして…
紅い瞳。
その赤い瞳はやや曇っているようだが、それでも暖かさと優しさを讃える不思議な光を纏っているように感じる。
……あくまで、なんとなくだけど。
ずっと無表情なその人、機嫌は……よさそう?
…フェイトちゃん、すごい人を捕まえたなぁ…
エイミィの感想といったら、それ。
実はこっそりクロノと付き合っているエイミィはそんな感想しかなかったが、独り身の女性には堪らないであろう整った容姿なのは明らか。
いや、相手のいる女性にも放っておかれないだろう。
…エイミィはこう見えて一途なのだ。
浮気などしないタイプである。おのれクロノ。
「立ち話ではなんですので、どうぞお入りください」
「失礼」
固まっているリンディやクロノに変わって、エイミィがもてなす役目を請け負った。
…家主は何も言ってないけど、別にいいよね?
* * * *
ハラオウン家のリビングに、六人が腰掛け向かい合う。
来客である男の隣にフェイト、テーブルを挟んで向かい側に左からクロノ、リンディ、エイミィ…アルフはエイミィの膝の上に鎮座している。
テーブルの上にはエイミィの淹れたコーヒー、そして男が作ったというレープクーヘンが並んでいる。
「極東に来たのは久しぶりだ。私の知っている文明とそう大した差は無いようで安心した」
そう言ったのは、来客であるハルト。
何故かものすごく偉そうにソファに踏ん反り返っており、家主であるリンディより3倍は態度がデカかった。知らぬ者から見れば「あ、あなたが家主なんですか?」と勘違いしてもおかしくはない。
「いや、そんなことは今はいい。今日は話があってきたのだ、レディ」
リンディ目の前に座るハルトが、落ち着いた声でそう告げる。
発される、低い声音。
最初こそ固まっていたリンディだが、いつまでもそうしていた訳ではない。
今はもうすっかり仕事モードの顔に切り替えている。
艦長という役職上、腹芸は基本である。
この態度から察するに、この男性はかなり不遜な性格だろう…とリンディは結論付けた。
いや、それはもう疑いようがない。
エイミィの淹れたコーヒーを飲み「まあまあだな」などと大変失礼なことを言っているのだ、不遜に過ぎることは明白だった。
「…成る程。ですが、先に名乗られては如何ですか?礼儀を失する方と話す事などありません」
…隣に座っていたエイミィは驚いた様な顔でリンディを見た。
その反対に座っていたクロノも少々驚いた顔をしている。
常に冷静で、どんな相手にも物腰の柔らかいリンディにしては、かなりキツイ言い方だったためだろう。
不機嫌。
一言でいえば、今のリンディはこれだろう。
頬を膨らませかねない拗ねっぷりであるが、それを指摘するものは幸いにしていなかった。
クロノだけでなくフェイトまで相手を見つけたのかと、内心憤然としているのだ。
まあ、デカイ態度に少々腹を立てたというのもあるかもしれないが。
「……失礼。礼儀などに無縁だった武辺者故に不快な思いをさせた。私の名前はハルスタッド・ローゼンクロイツ。長い名前故、知己にはハルトと呼ばれているが好きに呼んでもらって構わない」
と、男──ハルトは謝罪を述べ、頭を下げた。
──ほんの5mm程。
不遜すぎる態度のせいで、僅かにリンディの顔に青筋がたっている。
─────いや、多分それよりも…
リンディの機嫌が悪いのは……「何故か」ハルトの隣に座っているフェイトが、彼の裾を握っているのが原因だと思われる。
「こちらこそ失礼しました。私はリンディ・ハラオウン…フェイトさんの「母親」です、『ローゼンクロイツ』さん」
これにはハルトも苦笑を禁じ得ない…
が、フェイトは嬉しいような…
少し困った様な顔を見せた。
「では…ローゼンクロイツさん、当家にはどういったご用件で?」
『フェイトを貰いにきた』
…などと抜かしたら、即その首掻っ切るってやると子犬状態のアルフは思っていたが、そこまで過激ではないにせよリンディもクロノも同じような心境だったろう。
故に、ハルトの発した言葉に少し肩透かしを食らった。
「感謝を伝えに」
───まず3人が思ったのは、礼とは何かということ。
ハルトとはリンディ、クロノは勿論アルフも初対面の筈であり、礼み言われる用なことはしていない。
まさか───
(((フェイトを産んでくれてありがとう、などと言うのでは?)))
もう夫気分なのか!
と三人は憤慨したが、そもそもリンディが腹を痛めたのではない。
完全に的外れであり、気が早すぎる。
親バカ、シスコン、過保護…
と、三人の内心がわかるエイミィは呆れていたが…
「礼を。君たちの話は高町なのは、八神はやてから聞いている」
そういうとハルトは…
─────頭を下げた。
さっきのような不遜なものではない…
騎士のように、手を胸に当てて。
顔が見えない位。
深々と。
「ミセス・ハラオウン…フェイトを育ててくれてありがとう。君のおかげでこれはとても優しく育ってくれた。
ミスター・クロノ。これの兄になり、手を差し伸べてくれてありがとう。君のような優しい男が家族で良かった。
ミス・リミエッタ。これを見守ってくれてありがとう。君の人柄は先程からの態度でもわかる───
使い魔アルフ…これを支えてくれてありがとう。心壊れたプレシアからも、君はフェイトを守ってくれた。感謝と共に謝罪する」
その言葉に驚いたのは…
フェイトも含めて、全員だった。
まず、不遜と思われたハルトが深く頭を下げたのにも驚いたが。
「君たちには、感謝してもしきれない…」
そう言って、ずっと頭を下げている。
隣のフェイトはアワアワとしているが、幸いというか誰もフェイトに気を回す事は出来なかった。
「貴方は…」
そう呟いたリンディの言葉を…
「一体何者なんだいっ!?何故あの鬼婆ぁの事!?」
アルフが引き継ぐ。
鬼婆ぁって…アルフひどい…
とフェイトが少し涙目になっているが、これも周りには無視された。
「…」
「答えなっ!」
そう声を荒げるアルフ。
しかし、ハルトは頭を下げるのみ。
「…フェイト、彼は君のなんなんだ?」
クロノがフェイトに促す。
しかしこの判断は正しく、クロノが冷静である証拠だった。
ハルトは不遜で頑固な男だと感じた故に、フェイトに矛先を向けたのだ。
性格上フェイトは口を閉ざすことはないだろう、と。
「えっと…」
そう言って、迷ったように口を開けば、ハルトの顔を伺うように見上げる。
しかし、ハルトは首を横に振るだけ。
「少しいいかしら?」
するとリンディは閉ざしていた目を開いてハルトを見据える。
それはまさしく…
母親の光そのものこ瞳で。
「……ローゼンクロイツさん、あなたの容姿はフェイトに似ていますね。…そして今の言葉。それから察するに、貴方はフェイトさんの身内。…違いますか?」
その言葉に驚いたのはエイミィ。
クロノは予想していたのかさほど驚いていないように見える。
一番反応を見せたのはアルフだろう。目を見開いて全身の毛を驚愕のためか逆立てている。
その言葉にハルトは
「…ハァ…」
少し、震えるように息を吐いた。
「ミセス、貴方の光を認めた。まさしく君はフェイトの母親だ。よって、私も偽りなく答えよう」
一息つき、言い切った。
「私はフェイトの父だ」
* * * *
父だ。
ハルトさんは、そう言った。
向かいに座っている皆も、驚きに目を見開いている。
流石に、私のお父さんだとは想像していなかったんだろう…
「父…フェイトの、父親だと!」
クロノが叫ぶように問い返せば、ハルトさんはつぶやくように言った。
「…父とは言った。確かにこれの遺伝子学上の父は私であるが故。…だが、私は親ではない。…これの、フェイトの家族でもない」
…これは、次元航行艦でも聞いたこと。
────でも、これを聞くたびに胸が締め付けられるように痛くなる。
「家族では…無いだとっ!!紛れもなく、フェイトと血が通っているのにかっ!?」
クロノが激昂する。
その言葉には冷静さなど微塵もない。
ただ、感情の赴くままに声を荒げていた。
「…」
「よくそんなことがフェイトの目の前で言えるなっ!!」
「…クロノ…」
クロノが怒っている。
それも、今まで見たことも無いような剣幕で。
リンディ母さんもハルトさんを見据えて…
あのエイミィさえも怒っているみたいだ。
アルフは…
信じられないような顔で、ハルトさんをやっぱり、見てる。
…隣のハルトさんを見てみると…
─────口元に淡い笑みが刻まれていた。
…でも決してクロノをバカにしたような笑みじゃない…
何処か安心したような、そんな笑み。
「クロノ、落ち着きなさい」
そこに響く、リンディの言葉。
凛とした静止。
「しかしっ!」
「クロノ」
「くっ…」
唇を噛み締め、クロノは椅子に腰を下ろした。
「ローゼンクロイツさん…理由を聞いても?」
「理由とは?」
「父親では…家族では無いと、そう言った理由です。返答次第では…」
私は貴方を許すことは出来ません。
そう言い放ったリンディ母さんの雰囲気に、席に着いているハルトさんを除いた全員が息を飲んだ。
「母だな」
「はい?」
「君は母だ」
「…何を?」
言っているのかしら?
…リンディ母さんの言いたいことはわかる。私も、ハルトさんが何を言いたいのかわからない。
それでも、ハルトさんは無表情に言葉を紡ぐ。
「…君は母だ。クロノ・ハラオウンは兄。ならば…私は、何だ?」
自問。
問い。
例題。
「何だ…って…」
「私はなんだ?血が繋がっているからフェイト父親か?…いや違う…それだけでは親の資格はない。それで親に足り得る訳では無い。護ると誓ったプレシアとアリシアを死なせた…そして2人を死なせてしまった事を悔い、私はフェイトに目を向けず牢獄の中で嘆くばかりだった……そんな私が、どうしてフェイトの家族だと言える」
それは、まるで懺悔のような言葉に感じて…実際に、そうだったんだと思う。
「…でもっ!」
「それに…フェイトにはもう、君達の様な家族がいる。この子に幸せを与えてくれる、君たちが。今更私などが出て何とする。罪に塗れた私が」
そう言って、ハルトさんはコーヒーを口に運ぶ。
私は…その言葉を聞いて。
─────ただ、俯く事しか出来なかった…
そんな時に
─────バシッ!!
部屋に、乾いた音が響いた。
* * * *
あたしは、何も言えなかった。
支えてくれてありがとう。
何故、そんな事をこいつが言うんだと思った。
父親じゃない、家族じゃない…
そう言ったこいつに、怒りを覚えない訳じゃなかった。
でも、それ以上に悲しかった。
悲しくて何も言えなかったんだ。
今までに感じた事のない感情が、あたしを襲ってきたからだ。
それは、あの鬼婆ぁの時の様な戸惑いや絶望とは違う…
ただただ、純粋な哀しさ。
戸惑いもなく
是非もない、そんな哀しさ。
それが、フェイトから伝わってきて。
…あたしは、それで何も言えなかった。
「哀しい」が…
こんなに痛いことだと思わなかったんだ。
でも…そんな時に…
─────バシッ!!
頬を打つ乾いた音を聞いた。
顔を上げて見てみると…
リンディが、振り上げた手を下ろす所だった。
* * * *
「ローゼンクロイツさん。貴方は、何もわかっていません」
静かに…リンディが語る。
その瞳には…
怒り。
燃えるような怒りがあった。
沈む様な憤怒があった。
「確かに、血が繋がっているだけで親になれる訳ではないでしょう。ですが…それを決めるのは大人ではなく、子供です。貴方が決めるのではありません。それはフェイトが決めることです」
「ミセス…だが」
ハルトは口を開こうとするが、それさえリンディは許さない。
「だが、じゃないわ。貴方のやっていることは、親の責任を放棄した事と同じ。それはフェイトを…娘を捨てたのと同じことよ」
「…」
その言葉に、ハルトは沈黙をせざるを得ない。
─────いや、正直に言うと戸惑っていた。
ハルトは、とうの昔にフェイトを捨ててしまったつもりだったのだ。あの、時間牢獄にいた時に、自分はフェイトの存在に気付かずに嘆いてばかりだった。その外で、フェイトがどんな辛い目にあっているかも知らずに。
─────それは、娘を捨てたのと同じことではないかとハルトは思っていたのだ。
だが、それが間違いだとリンディは指摘している。
「貴方の隣を見なさい。フェイトの顔を…赤の他人の貴方が、彼女にそんな顔をさせられる訳がないでしょう?」
フェイトの顔にあるのは…
寂しさと、哀しみ。
「羨ましいわ。…私では、そんな顔をフェイトさんにさせられないもの。わかるでしょう?あなたがどれだけ否定しようと、フェイトが貴方を思う限り、貴方はフェイトにとってたった一人の父親だということ」
その言葉を最後に、リンディは口を閉ざした。
ハルトも、クロノも、エイミィも、アルフも、誰一人口を開かない…
─────そう、たった一人を除いては。
「ハルトさん」
フェイトは、紡ぐ。
語るように。
唄うように。
「もう一度、言わせてください」
金の糸が、踊るように。
* * * *
「リンディ母さんは、私の家族です。クロノも…エイミィも…もちろん、アルフも。でも…貴方は…ハルトさんは、私の…血の繋がった、この世でたった一人の…家族です」
光る瞳。
映るのは、涙。
そして、フェイトは手を伸ばした。
─────その白く小さな手を……
─────輝きへ……
「ハルトさん…貴方の苦しみは私にはわかりません。私が貴方の側にいることは……貴方をさらに苦しめるだけかもしれません」
優しい、言葉だった。
フェイトの紡いだ言葉は、相手の身を案じた温かい言葉だった。
─────けれど、今回はそれだけではない。
「……それでも…! 私は…貴方と共にいたいです」
フェイトは、手を伸ばすと決めていた。
それは自分の我儘に過ぎないのかもしれない。
それは、自分の願望に過ぎないのかもしれない。
それは、自分の我欲だったのかもしれない。
けれど。けれど。けれど。フェイトは。
─────あの時、母であるプレシアに届かなかった手を
「これは私のワガママだというのはわかっています。でも…
私は貴方に抱きしめてもらいたい。
私は貴方に頭を撫でてもらいたい」
今度は…
「私が貴方の娘だからじゃない…貴方が…私の『父さん』だから」
父であるハルスタッドに。
だから…
私と
─────暮らそう?
* * * *
痛かった。
そして…
眩しかった。
目が眩む程だった。閃光のような輝きだった。
それだけ母たるリンディと…
フェイトは輝かしい存在だった。
─────罪に塗れた私にとって。
─────断罪を請う私にとって。
少女の涙を見る度、心が割れる程に痛かった。
少女の笑顔を見る度、心が揺れる程に痛かった。
抱きしめたい、と思う。
この子の、父親になりたいと思う。
この子の、側にいてやりたいと思う。
それを…
─────この子も、フェイトも望んでくれている。
けれど。
けれど。
─────それでも。
「出来ない。それは、出来ない」
私は、それを否定する。
「…君が側にいると苦しい?……そんな事は無い。ある筈がない…」
そう、辛いはずがない。ただ、眩しいだけだ。
君は、優しい心を持っているから。
「君の頭を撫でたい。抱きしめたい。だが、私は自分をそれでも許すことは出来ない。幸せ……輝きなんだ、君の存在は私にとって。その幸せの享受を…私は許せない。私に許されるのは…断罪のみだ」
そう、それが…私の罰。
「…それでも」
フェイトは、それでも私の瞳を見る。
私の様に曇ってなどいない、純粋な光を讃える瞳を。
「私は貴方と暮らしたい。血の繋がった家族…それだけじゃない。私が貴方に思ったのは、それだけじゃないんだ」
次の一言は、私でさえ予想も出来なかったもの。
「貴方の作ったレープクーヘンが、いい匂いだったんだ」
* * * *
エイミィには、わかった。
フェイトちゃんの一言一言が、ローゼンクロイツさんの胸に響いているのが。
「料理、上手なんだね」
その言葉は優しく
「背も、高いよね」
鋭く
「隣に座ってて思ったんだ。座る時の姿勢がすごくいいんだって」
正確に
「カップを持つの、左手なんだね」
胸を、抉る───
「だから」
「貴方と」
「一緒に、暮らしたいんだ」
ハルトという、一人の人と。
* * * *
全員が口を閉ざす。
「…」
─────既に、テーブルのコーヒーは冷めてしまった。
「……ハァ…」
ため息を零したのは、ハルトだ。
「困った。…実に、困った」
その言葉は震えていて…
泣きそうで。
何時もの無表情なのに……何故か、それが涙を流しているように見えて。
「ハラオウンに感謝を述べて、フェイトの未来を頼んだ後…私は静かにこの運命、命を絶つつもりだったのだが」
「なっ!そんなのダメッ!!」
そう叫んだフェイトを、ハルトは目線で諌める。
「…どうやら、君の困るワガママはプレシア譲りらしい。しかし、なかなかどうして、私はそのワガママを断れない。何時だって、そうだった」
バッと、俯いていたフェイトとアルフが顔を上げる。
「それじゃあ…!」
「だが罪が消える訳ではない…だから、少しだ。フェイト、君が中学を卒業しミッドに移住するまでは…この地球に、私はいよう」
「…父さん」
フェイトは、俯く。
哀しみ、ではなく。
歓喜に。
「ミセス」
「…何かしら」
「…改めて、フェイトの事をありがとう。そして…一年と少し、フェイトを…愛しき娘を、私に任せてくれ」
その言葉に、リンディは…
「よろしく、お願いします」
笑顔と、少しの涙と共に…そう述べるのだった。
* * * *
…今父さんが言ったこと、嘘ではないのだろうか。
いや、そもそもこれは夢なのでは?
そう思って、少しだけ頬をつねってみる。
…うん、痛い。
ということは…
「父さん…?」
「なんだ?」
返事が、ある。
「私と…暮らしてくれるの…?」
そこに、いる。
「あぁ」
「私と…一緒にいてくれる?」
「1年と少し、だがな」
体が、震える。
「頭を…撫でてくれる?」
「当然」
心が…震える。
「…抱きしめて、くれる?」
…涙を、抑えられない。
「…おいで」
「…うっ…っ…」
「うあぁぁぁぁぁぁっ!!!父さんっ!!…父さんっ!!うっ…ぁ…」
ダメだ…
もう…何も考えられない。
父さんの胸に飛び込む。
父さんの腕の中で…
いつの間にか私は意識を手放していた。
* * * *
…フェイトが腕の中で眠り、少し経った。
「…そろそろ、君達も泣き止め」
そう言ってハルトはため息を吐く。
そこには…
「フェイトさん…っ…幸せにねっ…」
まるで今から娘を嫁に出すかのごとく涙を流すリンディ。
「僕は泣いてなどっ…っ…いない!」
強がるも、涙を隠し切れていないクロノ。
「良かったねっ…よがっだねぇぶぇいとぢゃん…ぅぇぇ…」
涙を隠そうともせず号泣するエイミィ。
「フェイト…うっ…っく…こんなに…嬉しいのっ…なのはの時以来だよっ…っ!」
子犬状態である癖に、涙をダラダラと流すアルフがいた。
「全く…」
ハルトは今日何度めかのため息を吐いたあと、腕の中で眠るフェイトに視線を向け…
少しだけ、微笑んだ。
その手は、しっかりフェイトに握りしめられている。
もちろん、ハルトも離すつもりなどない。
───そう。
かつて母であるプレシアに伸ばし、そして届かなかったその腕は…
しっかりと、父であるハルトに届いたのである。
その二人を泣きながら見ていた四人は思う。まるで…
まるで空白を感じさせない、ずっと暮らしてきた家族のようだと。
長い…なんて長いプロローグ…
ありがとう…ここまで読んでくれて…本当に…本当に…ありがとう…それしか、言う言葉が見つからない…
といことで、プロローグが終了しましたー!
長かった…長かったぞ…
延々とネガティブを垂れ流しまくる二人を書くのが、すごく辛い!
でも、これで一区切りですかね。
でも、やっと次から書きたかった日常編が始まります…っ!
お楽しみにっ!!
…次の投稿いつになるんだろ。