「さて、俺がやりたいことは以上だ。文句があるやつはいるか?」
俺の作戦を伝えると、突き刺すような視線が向けられる。
ガゼル王は溜息を吐いて、俺の顔を真っすぐ睨みつけた。
「エミルスよ、この重大な情報を何故今まで言わなかった」
「……そうだな。ガゼル王にはバレちまってたかもしれねぇ」
言い淀んで、辺りを見渡す。
俺を信じる真っ直ぐな目に囲まれている。ゴブタは命懸けで守ってくれたし、俺に生命すら託したシオンは、最後の最期まで俺と仲間を想ってくれた。ランガも、ハクロウも、シュナも、ソウエイも、ベニマルも、トレイニーも……名前を挙げればキリがない。
——この世界ときっぱり別れるなんて、本当に出来るか分からない。
そんなこと、ずっと前から……リムルの近くで歩み始めたあの時から分かってたはずだった。それなのに、俺は。
「……俺はずっと、お前達と距離を取っていた。俺の目的の為に、利用して利用されるだけの関係でなければならないと思っていた。……ハッ、結果はこのザマだ。クレイマンさえも利用しようとしてたのに、道化になってたのは俺自身ってわけだ」
「そんなことありません!」
「そうなんだよ!……この事実を受け入れなきゃ、胸張ってお前らの事を家族だって言えねぇ。俺自身が許さない」
俺を庇おうとしてくれたシュナを否定する。悪いな、その優しさに甘えてたら俺は『父親』になんてなれない。お前達を庇護する存在になると決めたなら、自分自身の甘さと決別しなければならない。
上っ面のプライドだけを抱えて生きていくのは、この世で最も惨めな存在に成り下がるのと同義だからだ。
「……話が逸れたな。つまり、俺はお前達のことを心から信用していなかったし、信用させる努力も怠っていた軟弱者だ。だが、先の一件で俺は自分の弱さを自覚し、醜い
——今まで、すまなかった。
頭を下げる。表情は見えなかったが、誰かが息を飲む気配がした。暫く重たい空気が流れた後、エラルドが口を開いた。
「顔を上げてください、エミルス殿。私は貴殿と何の関わりも無い第三者であり、だからこそこう申し上げたい。……信用は中々取り戻せないものです、行動で示していくしかないでしょう」
「あぁ、分かっている」
甘んじてそれを受け入れよう。全ては俺の責任だ。
静観していたフューズが、コホンと咳をした後こちらを真っすぐ見つめてくる。
「エミルス殿。率直に申し上げますが、貴方が今まで積み重ねてきた信用はこの程度で揺らぐのですかな?」
少なくとも、俺は貴殿のことを信じましたけどね、と誤魔化すような一言を付け加えて。
周りを見れば、仲間はもちろんエレン達やヨウムもこくりと頷いて同意を示した。
獣王国の三獣士は、異様なほど冷静に俺を鋭く射抜いている。
「……俺はアンタに命を救われた身だ。何も文句はねぇ」
別にお前を率先して救いにいったわけじゃねぇけどな。
スフィアとアルビスは暫く考えこんだ後、「あ゛ー!」とガシガシ髪を掻いてスフィアが唸った。
「難しい事考えるのはやめだ。エミルス殿、お前のことは信じる。オレの勘は外れねぇからな」
「……私も、これ以上は不毛なのでやめておきますわ。少なくとも、初めてお会いした時のアレは嘘だとは思えませんもの」
本当は言ってやりたいことは山ほどあったはずなのに、それぞれのやり方で己を納得させ、俺と向き合おうとする。
こいつらは俺よりよっぽど強い。無意識に拳を握る力が強くなる。
エラルドは周りの反応を見て、満足げに笑みを浮かべる。
「私は何も知らない第三者ですが、私が信頼している娘が貴方のことを信用している。それだけで充分信用に足る人物であると思っていますよ」
「……そうか」
各々が信用を示してくれたことに、感謝しかない。
少し前の俺ならこの慈悲すら気味悪がって切り捨てていたかもしれないな。
一通りの答えを受け取った後、切っ掛けを作ったガゼル王は長い溜息を吐いて俺を睨みつけた。
「フン、甘い奴らめ。——エミルスよ、俺は許すつもりはない。せいぜい、俺からの信用を勝ち取る為に励むのだな」
「それは中々骨が折れるな。100年経っても勝ち取れなさそうだ」
「100年で終わると思うか?」
「手厳しいな」
軽口を叩きながら、俺とガゼル王は目で意図を汲み合う。
ともかく、俺の信用問題についての話題は終わったと言えるだろう。
今まで黙っていたリムルが、俺に対して問いかける。
「……で、問題はここからだ。本当にその作戦で行けるのか?」
「行けるって言ってるだろ」
ラファエルセンセイとも散々話したじゃねぇか。
クレイマンが真なる魔王じゃないなら、十分勝機はある。どうやら俺の
「言っといてなんだが、これは文句を言われようとやるからな。俺なりのケジメだと思ってくれ」
そう言えば、周りは沈黙する。
肯定と受け取り、話はそこで終わった。
ゲストが諸々の理由で部屋から居なくなった後、リムルは長い溜息を吐いてスライムの姿に戻った。俺も脱力すれば、ダビッドとカブが後ろで俺の身体を支えてきた。
……そういや専属の配下が出来たんだったな。何故か前から突き刺すような黒い視線を感じるが、気の所為という事にしておこう。
リムルはワルプルギスに参加する旨を話し、シオンとランガを連れていくことにした。ヴェルドラが意気揚々と乗り込もうとしていたが、リムルが上手く諌めていた。
「ていうか、エミちゃんは私の配下としてワルプルギスに参加すればいいんじゃない?」
「例え嘘であってもお前の配下にはなりたくない」
「ひどっ!私が優しく提案してるのに」
「余計なお世話だよガキ魔王」
「リムルと同じ顔して冷たすぎるよー!」
同顔なのは関係ねぇよ。
適当にラミリスをあしらいながら、俺はふとある作戦を思いついた。まぁ、コイツらがどのくらい使えるかどうか知らねぇけど、試してみる価値はあるか。
ダビッドとカブに依頼を提示すれば、快く引き受けてくれた。悪魔を足蹴にするようなもんだが本当にいいのか?喜んでるようだから気にするだけ無駄か。
「
全員が大きく頷く。
戦いは明日。俺達はそれぞれの場所で未来を掴み取る戦いに身を投じる。英気を養うため、ほどなくして解散となった。
クレイマンはテンペストを敵に回した。
何より、リムルという台風の目に睨みつけられたからには、悲惨な末路を辿るのが目に見えている。
クレイマンの性格を知っているからこそ、ミリムをどう扱っているか容易に想像がつく。クレイマンはどうでもいいが、ミリムの状態を確認するためにもヘマしないようにしねぇとな。ミリムに怪我でもさせたらワルプルギスの前にクレイマンをぶっ飛ばしかねない、俺が。
もし作戦が成功したなら、俺はリムルと
俺達の余りあるやる気は明日の俺達に託された。
おっと、その前にアイツに連絡しねぇと。
◇
早朝、俺達は
メンバーは俺、エミルス、トレイニー、ラミリス。護衛にゼギオンとアピトだ。トライアさん達も入口から合流して、新鮮なメンバーに会話が弾む。
「今思えば、トレントの森に定期的に通ってたのはトレイニーさんとあの時談合してたからなんだよな?」
「あぁ、おかげで不自由な思いをさせちまってた」
「ふふふ、新鮮で退屈しなかったのでお気になさらないでください」
「そーよ、過去のことを気にしてもしょうがないんだから!」
と、魔王に堕ちた精霊女王が言っている。
ゼギオンとアピトは見ない間に中々デカくなっていた。このままだと、もしかしたらランガ並になってしまうのではないだろうか。ムシキングを通った俺としては、ワクワクするものがある。デカくて強いのは男のロマンなのだ。
アピトから貰った蜂蜜を食べると、疲れきった身体が癒される。さすがは万病の特効薬である。
「二人とも、護衛ありがとうな」
「……ねぇねぇエミちゃん、あの二匹って」
「気にするだけ無駄だ。ラミリスもそろそろスルースキルを覚えておけ」
何やらコソコソ話をされている気がするが気にしない。
ここに来たのはトレイニーさんの制約を解除するためだ。
なので、ドライアドが宿るドリュアスの樹を少し削り取る。人の形を形作った。そこからベレッタの聖魔核を参考にして作った宝珠にトレイニーさんが宿り、その宝珠をドリュアスの人形に組み込む。
そうすると、トレイニーさんは
一段と美しさを増したトレイニーさんは、俺に向かって深々とお辞儀する。
「ありがとうございます、リムル様。これで何の懸念もなく、ラミリス様にお供することができます」
「やったね、トレイニーちゃん!」
ラミリスは嬉しそうにトレイニーさんの周りを飛び回る。
エミルスも表情にこそ出さないが、満足そうに頷いている。
「さて、そろそろ行くか」
「そうだな」
俺とエミルスはそのまま整備されていない広場に移動した。
実は不眠不休でユーラザニアの住民達をテンペストへ転送していたというのに、身体は至って健康だ。人間だったらこうは行かないから、スライムで良かったなぁと思う。エミルスも文句を言いながら手伝ってくれたから、夜明け前までには終わらせることができた。
確認に奔走していたリグルドとリグルからの報告を受け取る。
ベニマル率いる
グリーンと双璧を成すゲルド達
ガビル率いる
最後に、死亡から蘇生したシオン率いる〝
ちなみにこれはテンペストの常備戦力というだけで、今回は獣人の戦士団も参戦している。合わせて二万。中々に圧巻だ。
ヨミガエリの皆はテンペストを守る為に残るので参戦しないが、それにしたって恐ろしい。そういえば、俺の親衛隊がいるんだからエミルスの親衛隊も作りたいんだよな。志願者は沢山いるし。
エミルスが拒否するから作っていないだけで、こっそり作ろうかな。命名するなら——〝
「全員揃いました、準備完了です」
ベニマルの整然とした声が響く。軍全体を預かる身として、随分逞しくなったものだ。
ハクロウ、ゴブタ、ガビル、ゲルド、そしてアルビス達三獣士。表情に憂いはない。
避難民を事前にテンペストへ転送できたおかげで、こちらの不安要素は払拭された。囮役を用意し、罠を張って勝機を窺う。場所はジュラの大森林の西側。
エミルスの配下であるダビッドとカブもベニマルに同行するようだ。きっと何か策があるんだろうが……恐らく、アレに関係することだろう。
まったく抜け目がないな、俺は心の中で敵に同情した。
「じゃあ、サクッと転送することにしよう」
魔法を展開させようとしたところで、「リムル様」とアルビスが呼び止める。
「ご厚意、決して忘れませんわ」
「これで何の心配もなく、クレイマンの手下どもをぶちのめせるってわけだ。クレイマンはリムル様に譲るので、俺達の恨みもぶつけてください」
獣人がお辞儀する。二人の思いは、獣人達全員に共通する思いであるようだ。
ならば、叶えてやらねばならない。むしろ、頼まれなくたってそうするつもりだ。
俺はクレイマンを、必ず打ち倒す。
仲間を傷つけた報いを受けてもらう。
「情け容赦はいりませんよ、ベニマル!」
「クフフフフ。ゴミは早めに片付けないと、臭ってきますからね」
シオンとディアブロがベニマルを激励する。
激励、とはちょっと違う気もするが、まぁいい。
二人とも参加したがっていたが、二人とも違う役目を担っている。本当に戦うのが好きな奴等だ。
「ベニマル、わかっているな?」
「勿論ですよ、二度と逆らえないよう地獄を見せるとしましょう」
素晴らしい笑顔で応じてくれた。
容赦する気なんて微塵も無さそうだ。気持ちは分かるけど。
俺の隣にエミルスがやってくる。
炎の色か、血の色か。戦いの色を宿したもう一人の王は、軍全体を見渡す。
互いに顔を見合わせて、それぞれの言葉を仲間達へ投げかけた。
「テメェ等、俺達の許しなく死ぬんじゃねぇぞ!」
「俺達の国に全員で勝利を持ち帰ってこい!」
「「「ははっ! 勝利を御身にッ!!」」」
俺達を見つめる数多の視線を、赤と金の瞳が一身に受け止める。
リムルは深呼吸を行った後、彼等の足元に魔法陣を展開し始める。
二万の軍勢それぞれに防護の魔法陣、その上から転送の魔法陣が積層のように重なった。
描かれた正方形の内側で、俺では解読不能の幾何学模様が積み上がる。
かなりの集中力と魔力が必要になるが、問題ない。
俺とエミルス、そしてヴェルドから供給される魔素を合わせれば——この程度、なんてことなかった。
天高く伸びていく魔法陣が、まるで柱のように。
魔素の光が収束して、眩い閃光が一瞬にして迸った。
目がくらむような閃光によって、軍勢は送り出された。
転送完了。無事に送り届けられたみたいだ。
「お見事ですリムル様。素晴らしい魔法でした!」
「本当に。見蕩れてしまいました」
シュナとディアブロが俺の魔法を見て称賛の言葉を送る。
ディアブロは魔法が大好きみたいだな。そういやネクロとの戦いも魔法しか興味無かったみたいだし。
俺の知らない魔法を知っているかもしれないな。
皆が出発してから、暇そうだったヴェルドラがふらりと近づいてくる。
そして、馬鹿な事を言い出した。
「リムルよ、我が行って蹴散らしてこようか?」
「だから、お前のことは
「おぉそうであったな、うっかりしておったぞ」
「うっかりじゃねぇよ! いいな?絶対に余計なことはすんなよ」
本当に困ったオッサンである。
大量に用意した漫画本を渡したが、本当にこれでおとなしくしてくれるだろうか。
「さて、エミルス。そろそろ出発するんだろ?」
「話は終わったか? もうちょっとでさっさと出発してたところだぞ」
「やめてくれよ、ちゃんと見送らせてくれ」
すでにエミルスの下に魔法陣が展開されている。
さっきの言葉は本気だったようで冷や汗が出た。わりとせっかちなところがあるよな、エミルスって。
ていうか、胆力がありすぎるだろ。
「エミルスの旦那、ぶちかましてきてくれ」
「無事に帰ったら、美味しいお料理を用意してますね」
「私の期待を軽々と超えてください、エミルス様」
「エミルスさん、また冒険しようね!」
「クァーッハッハッハ! 我等がズッ友の絆は誰一人引き裂くことは出来ん!」
各々がエミルスに抱いた気持ちをぶつける。
それを受け止めつつ、エミルスはシオンに面と向かいあった。
「エミルス、必ず戻ってきてくださいね」
「……分かってる、お前が繋げてくれた命をみすみす手放すつもりはねぇよ」
シオンが教えてくれた。
エミルスと子供を庇って、命を落とした。その重さを背負わせてしまったことを悔やんでいると。
目の前で消えていく命の灯火を見て、エミルスは何を思ったのだろうか。
前も今も置いて行く側だったから、気持ちを真に理解することはできない。だけど、仲間を失う辛さは知ってる。
正直、目の前で家族を奪われる気持ちなんて最後まで知らないほうがいい。
知ってしまったら、
「何変な顔してんだ、リムル」
「——あぁ、すまん。見送りなのに悪かったな」
「ハッ、さっきまでの威勢はどこいったよ」
「言わないでくれよ」
煽るような笑みを浮かべ、エミルスは自身の首飾りに手を伸ばす。
昨日、会議の後にエミルスが耳飾りをヴェルドラに贈っていた。本人……本竜?はめちゃくちゃ喜んでいた。見ていて羨ましかったとかなんとか。
俺の壊れた耳飾りも新しいものをカイジンとクロベエに頼んで作ってもらったらしい。二人の厚意に感謝しかない。俺が我儘で二人の時間を奪ってしまって申し訳なかった。
つまり、このアクセサリーを持っているのはエミルス、俺、ヴェルドラ。そしてミリムになる。
エミルスが考えた作戦というのは、そういうことである。
万全を期した俺とは違い、孤立無援の状態での戦い。エミルスが成し遂げたいというなら、出来る限りのサポートをする。
エミルスが俺を信用しているように、俺もエミルスを信頼しているからだ。
だから、最後に出来るのはやっぱり信じることだけだ。
俺は拳を突き出して、最初の仲間に告げた。
「絶対にお前も来いよ、エミルス!」
エミルスは僅かに目を開いた後、笑って拳を突き返した。
「あぁ、無理やりにでも行ってやるよ。リムル」
赤い魔法陣が俺達の言葉に呼応して反応する。
時間のようだ。
エミルスはニヤリと笑い、見送る俺達に対して宣言する。
「先陣は俺が切らせてもらう。……行ってくる」
その言葉を最後に、エミルスの姿が消えた。
戦場へ行ってしまった。後は俺のやるべきことをするだけだ。
俺とエミルスは、必ずあの場所に行く。
——今晩、