にわか雨に降られてトレーナー宅を訪ね、風呂に入って飯を食べるステイゴールド。

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あんたの作った味噌汁を飲ませてくれないか?

 ある休日の夕間暮れ。

 自宅のチャイムが鳴り、ドアスコープを覗き込んだトレーナーは客人が誰かを確認して鍵を開けた。

 入ってきたのは担当バのステイゴールド。

 非常に小柄ながら老成した雰囲気を漂わせる、夕闇を溶かした瞳のウマ娘である。

 いつも愛用しているカーキ色の勝負服が全身びしょ濡れ。

 黒から黄金がかった髪の毛の先端からも、ポタリポタリと水が滴り落ちている。

「すまんすまんトレーナー。悪いが風呂を貸してくれないか?寮よりあんたの家が近かったからさ。」

「おいおいステゴ、濡れネズミならぬ濡れウマじゃないか。ちょっと待ってろ、ビニール袋ビニール袋、っと。」

 トレーナーは大きめのビニール袋を取り出して広げ、玄関に置く。

 そして数枚のタオルと、代わりの適当な衣服も。

「濡れたものは全部袋に入れろよ、洗濯するから。それで着替えだが、これでも着ていてくれ。」

 トレーナーが置いたのは、アメリカ海軍の青いデジタル迷彩服。

 左胸に『U.S NAVY』の刺繍が施されたその服は、海に転落した時分かりにくい、海軍独自のユニフォームはコストがかさむ、などの理由で既に廃止されている。

 少し丈が長めでとても丈夫なそれは、トレーナーお気に入りの一着。

「そのままでは風邪を引く、とにかく風呂に入ってくれ。」

「悪いな、恩に着るよ。」

 ステイゴールドが風呂を使っている間、急いで濡れた服とタオルを洗濯する。

 さすがにすぐは乾かないが、乾けば再び着られるだろう。 

 いつぞやのように泥まみれにはなっていないので。

 「ああ、さっぱりした。助かったよトレーナー。」

 ステイゴールドはけろりとした顔つきで風呂から出て来た。

 貸した服の丈は彼女の膝下ギリギリあるかないかぐらい。

 ウマ耳は機嫌良く揺れており、服からはみ出たウマ尻尾もサラサラしている。

 濡れ羽色の洗い髪から、ふわりと香るシャンプーの香り。

 いつも自分が普段使いしている香りとはいえ、担当バから香って来ると少し落ち着かない。

 ウマ娘用ズボンなどないので、貸したのは上着だけだが、何せアメリカンサイズなので小柄なステイゴールドには大きすぎる。

 膝が隠れるかどうかという丈ではやや心もとないが、ウマ尻尾まで隠れそうな長めの丈の服はそれしかない。

 ぶかぶかの服を着たステイゴールドは、余った袖を折り返していた。

「ああ、やっと人心地がついた。助かったよ、トレーナー。…安心すると腹が減ったな。」

「本当に現金な奴だ。ちょっと待ってろ、夕飯を作ろうとしていたところだから。しかし簡単なものしかできないぞ?」

「そういうのがいいんだよ。」

「じゃ、茶碗はこっち、炊飯器はあっちな、俺の分も残しておいてくれ。味噌汁をすぐ作るから。」

 いつも使っているテーブルの横にもう一つ椅子を出し、座るように言う。

 ステイゴールド自身にご飯をよそうよう指示すると、鍋に顆粒出汁を入れ、冷蔵庫にあったものを適当に入れて味噌汁を作り始めた。

 乾燥わかめ、ウインナー、油あげなど。

 味噌汁の実に肉類を入れるのは邪道かもしれないが、腹持ちが良くなるのでトレーナー的には有りだった。

 実が煮えてきたタイミングで火を止め、味噌を味噌漉しの中で溶かす。

 すり味噌だと味噌漉しはいらないように思えるが、溶かし損ねた味噌が鍋の底に溜まっているのが嫌で必ず使っている。

 もう一度火を入れて、沸騰する寸前で火を止めて出来上がり。

 おたまですくい、ステイゴールドの前に椀を置いた。

 一般的な茶色の味噌汁と違い、汁の色は黄土色を呈している。

「早いな、もうできたのか。」

「顆粒出汁があるととても便利だぞ、昔はいりこの頭と内臓をとって、一晩水につけて出汁をとっていたから。」

 馥郁たる味噌の香り、香ばしい麦の香りが室内に漂って食欲を刺激する。

「それじゃ、いただきます。…ん?甘い⁈」

「ああ、麦味噌だからな。おふくろが西日本出身だったから、味噌汁は必ずこれだったんだ。」

 瀬戸内沿岸から九州地方にかけてポピュラーな麦味噌は、大麦の生育条件に合致しているところから広く生産されている。

 米味噌より麹が多く含まれており、発酵による過程で糖分が多く生成される。

 米味噌より発酵期間も短く、アルコール発酵される糖分も少ないため甘口の味噌になる。

 色合いが茶色な普通の味噌に比べて黄土色なのも、発酵過程で黒色の物質が生産されるメイラード反応が浅いためである。

「ちょっと驚いたけど、うまい。疲れている時にはとてもいいな。」

「遠慮せず、好きなだけ食べてくれよ。」

「助かる。」

 他愛もないことを喋りながら一緒に食事していると、トレーナーはふと考える。

 『嫁さんがいるってこんな感じなのかな』と。

 しかし自分はそれなりに歳を重ねてきたし、ステイゴールドはいくら大人びていてもまだ10代。

 彼女を伴侶に見立てた自分が愚かしく思えてきた、そんな時に。

「…なあ。」

「何だ?」

 口を開いたステイゴールドにそう問いかけると、少し考えてから真剣な表情でトレーナーに問いかける。

「私が学園を卒業したら、あんたの作った味噌汁を飲ませてくれないか?」

 その言葉に首をかしげて訝しむトレーナー。

「…ん?そりゃ、構わないが。しかしステゴ、味噌汁ぐらい自分で作れるだろう?」

 自分が言った言葉の意味を理解できていないとわかったステイゴールドは、眉根を寄せて困惑しながら呟いた。

「私はそういう意味で言ったのではないんだがな…。」

「どうかしたか?」

「いや、いいさ。だけど約束だぞ、私が言ったことは必ず覚えておいてくれ。」

「わかったよ。」

 食後片付けを終え、ステイゴールドは洗濯した衣類を持って行く。

「このまま帰るのか?」

「もう暗くなったから、学園まで走るさ。今日はごちそうさん。」

 そう言ってステイゴールドは去っていった。

 なんとなく嬉しいような、寂しいような気持ちになるトレーナーだった。

 ステイゴールドの言葉の意味をトレーナーが知るのは有マ記念の後。 

 約束が果たされるのは、旅の空で再会した更にその後のこととなる。

 

 




ステゴに麦味噌の味噌汁飲ませたい

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