気が付けば私以外の皆、電池になってしまった 作:最高司祭アドミニストレータ
地下深く、暗黒と絶望に包まれたザイオンの最深部。分厚い防護扉の前に築かれた瓦礫のバリケードの裏で、モーフィアスは重機関銃のグリップが軋むほどに力を込め、荒い息を吐いていた。
彼の隣にはナイオビと数十名の防衛軍の兵士たちが、血と汗とオイルにまみれながら、前方の巨大なトンネルの開口部に銃口を向けている。
彼らの視線の先、空間を完全に埋め尽くしているのは、無数の金属の触手を波打たせるセンチネルの大群だった。赤いセンサーアイが、暗闇の中で無数の死の星屑のように不気味な明滅を繰り返している。
防壁は突破された。もはや退路はない。背後の扉の向こうには、武器を持たない数十万の非戦闘員たちが息を潜めている。次にセンチネルの群れが動いた瞬間、人類の歴史は完全に終焉を迎えるはずだった。
「…おい、見ろ」
誰かが、震える声で呟いた。
トンネルを埋め尽くすセンチネルたちの赤いセンサーアイが、まるで一斉にスイッチを切り替えられたかのように、次々と穏やかな青白い光へと変色していったのだ。
金属の触手が岩を削る耳障りな駆動音や、威嚇するようなノイズが完全に停止する。信じられないことに、あれほど殺意に満ちて殺到してきていたセンチネルの大群が、統率の取れた滑らかな動きで後退を始めた。
彼らは一切の攻撃行動を放棄し、ザイオンから潮が引くように去っていく。
「攻撃を…やめたのか?」
ローランドが、信じられないものを見るように銃を下ろした。
ナイオビもまた、目を見開きながら呆然と立ち尽くしている。
「ネオだ」
モーフィアスは、確かな確信を持ってその名を口にした。
彼がマシン・シティへ向かい、機械の中枢と対峙し何かを成し遂げたのだ。機械たちが自らの意志で攻撃を停止し、退いていく。
「終わったのね、戦争が」
ナイオビのその言葉を合図にするかのように、防衛軍の兵士たちの中から、堰を切ったように歓声と安堵の嗚咽が漏れ出した。バリケードの裏、洞窟では人々が抱き合っていた。
それから数時間後。
センチネルの群れが完全に姿を消した巨大なトンネルを抜け、モーフィアスたちは生き残った人々を先導し、これまで何百年もの間、決して足を踏み入れることのなかった「地上の世界」へとゆっくりと歩みを進めていた。
分厚い岩盤を抜け、かつては決して開くことのなかった地表へのゲートが、重々しい音を立てて開け放たれる。
彼らがそこで目にしたのはザイオンの記録映像に辛うじて残されていた、黒いナノマシン雲に覆われた死の星の風景ではなかった。
「おお」
地上へ出た人間たちは一様に言葉を失い、ただ呆然とその場に立ち尽くした。彼らの頭上に広がっていたのは、どこまでも高く、澄み切った果てしない「青い空」だった。
視界を遮る禍々しい暗黒の雲は跡形もなく消え去り、暖かく力強い太陽の光が、地下生活で青白くなっていた彼らの肌を優しく照らしている。
冷たく淀んでいた大気はかすかな潮風の香りと、新緑の瑞々しい匂いを運んできていた。
眼下に広がるのは見渡す限りの透き通るような青い海。そして、茶色く乾ききっていたはずの荒野には柔らかな緑の草花が一面に芽吹き、柔らかな風に揺れている。
それは数百年ぶりに取り戻した、本物の地球の姿だった。
人々の群れの中から、一人の女性が静かに前へと歩み出た。
トリニティだ。
マトリックスからの帰還後、彼女は自らの内側に宿る新たな命の存在に気づいていた。彼女の腕の中には厚い布で大切に包まれた、小さな赤ん坊が抱かれている。ネオがすべてを懸けて守り抜いた、新しい時代の最初の命だった。
トリニティは暖かな太陽の光を全身に浴びながら、地平線の彼方を見つめた。
遥か遠く青空に届くほどの高さでそびえ立つ、巨大な建造物。かつての世界の残骸を土台とし、今は目も眩むような黄金の光の柱を天に向かって放ち続けている、途方もなく巨大な光の塔。
ネオが自らの全生命力を注ぎ込み、世界を繋ぎ止めるアンカーとなった場所。その黄金の輝きはこの星のすべてを優しく見守る、巨大な光の樹のように見えた。
「見て」
トリニティは腕の中で穏やかに眠る我が子に向かって、優しく語りかけた。
「これが、あなたのお父さんが約束してくれた本物の空よ」
彼女の目から一筋の涙がこぼれ落ち、柔らかな緑の草の上に吸い込まれていく。
モーフィアスとナイオビもまた彼女の横に並び立ち、彼方の光の巨塔を静かに見上げた。
「彼は、人類を救っただけではない。この世界そのものを生まれ変わらせたのだ」
モーフィアスの心から、かつての重い呪縛のような執着が完全に消え去っていた。彼らが盲信していたシステムの一部としての役割ではなく、ネオという一人の人間が、自らの選択によって切り拓いた全く新しい未来。
人間と機械の戦争は、どちらかがどちらかを滅ぼすことではなく、こうして互いの存在を許容し、世界を再生させることで真の終結を迎えたのだ。
一方その頃。現実世界の穏やかな変化と同調するように、仮想世界「マトリックス」の内部もまた、かつてないほどの完全な安定と調和を取り戻していた。
古びたアパートの一室。
窓からは、暖かく美しい午後の木漏れ日が差し込んでいる。キッチンには、チョコレートチップとバターが焼ける甘く香ばしい匂いが充満していた。
スミスの暴走による浸食から完全に解放され、システムが再構築されたことで、オラクルは元の「温和で親しみやすいおばあちゃん」の姿を取り戻していた。
彼女は大きなオーブンミトンをはめ、焼き上がったばかりのクッキーのトレイをテーブルの上に置く。
「さあ、焼けたわよ」
オラクルが微笑みかけると、テーブルの向かいに座っていた少女のプログラム——サティーが、目を輝かせてクッキーに手を伸ばした。彼女の背後では、護衛プログラムであるセラフが、安堵の表情を浮かべて見守っている。
サティーはクッキーを一口かじり幸せそうに頬を緩めた後、ふとオラクルの顔を見上げて尋ねた。
「ねえ。私たち、またネオに会える?」
その純粋な問いかけにオラクルはタバコに火をつける手を止め、窓の外の青く晴れ渡った仮想の空を見つめた。
「ええ、きっとね」
彼女は優しく、だが未来を見通す確かな響きを持った声で答えた。
「私たちが彼を必要とする時は、いつだってそばにいてくれるわ。彼は今も、この世界のすべてを繋いでくれているのだから」
マトリックスの中枢。無限のモニターに囲まれた、真っ白な部屋。アーキテクトは、革張りの高級な椅子に深く腰掛け、目の前に展開される膨大なデータトラフィックの流れを静かに監視していた。
モニターに映し出される緑色のコードの羅列は、彼がこれまでに設計したどのバージョンのマトリックスよりも、極めて滑らかで、そして信じられないほどに完璧な均衡を保っていた。
スミスというイレギュラーなエラーは完全に消去された。何よりシステムを崩壊の危機に陥れていた「等式の不均衡がもたらすアノマリー」は、もはやシステムを脅かすバグではなくなっていた。
ネオという存在がシステムそのものと一体化し、現実と仮想の境界でアンカーとなったのだ。
彼が内包している「愛」や「選択」という、機械の論理では決して計算しきれなかった人間の非合理な感情の波が、今は逆にシステム全体の揺らぎを吸収し、最適化するための「究極のバランサー」として機能しているのである。
「非論理的な感情というものが、これほどまでに美しい数式として等式を成立させるとは…」
アーキテクトは、白い髭を撫でながら、誰に言うでもなく独り言を呟いた。
「人間という不確定要素を完全に制御しようとするアプローチ自体が、間違っていたというわけか。計算外の極みだな」
彼の言葉には敗北感よりも未知の数式を解き明かした学者のような、純粋な感嘆の色が込められていた。
そして、現実世界のゼロワンの中枢。
無数のケーブルによって構成された巨大な顔を持つ最高意志決定機関デウス・エクス・マキナは、全地球規模のネットワークを通じて稼働中のすべてのセンチネル、および地上兵力に対し一斉に新たなプロトコルを送信した。
『第一プロトコル更新。人類に対する一切の攻撃、および搾取活動を恒久的に停止。不可侵領域を再定義する』
『第二プロトコル追加。汚染された土壌の改良、および大気組成の最適化プロセスにおいて、人類との共同作業、ならびに技術的支援を開始せよ』
デウス・エクス・マキナの冷徹な演算回路の中で、人類の定義は完全に書き換えられていた。もはや地球を蝕む病原菌でも、システムを動かすための単なる電池でもない。
ネオという唯一無二の存在によって、両者の世界は物理的にもデータ的にも分かち難く結びつけられた。人類が生存しなければネオの意識は維持されず、ネオが維持されなければマトリックスとゼロワンの基幹エネルギーは崩壊する。
人類は今や共に地球の未来を紡ぐ「対等なパートナー」として、システムのロジックに深く刻み込まれたのだ。
黒い雲が去り、果てしない青空が広がる新しい地球。
かつて憎しみ合い、互いの世界を焼き尽くそうとした二つの異なる知性は、天に向かって輝き続ける光の巨塔の下で、ついに真の「共生と新生の時代」へ向けて、確かな第一歩を踏み出したのであった。
■
皆さんどうもごきげんよう! 私は元TVAエージェントにして、現在は平和を取り戻した地球で悠々自適なリタイア生活を送る美少女、アレックス!
親しみを込めて、どうぞ「青空を満喫する究極の暇人」とでも呼んでくれたまえ。
ザイオンとゼロワンの最終決戦が、ネオというひとりの男の規格外な自己犠牲によって劇的な幕引きを迎えてから、すでに一年の月日が経過していた。
彼が自らの全生命力と魂をバッテリーにして稼働させたあの超巨大な『ダークストーム浄化装置』は、今も地平線の彼方で天を衝く光の世界樹として、この星を優しく照らし続けている。
彼が放った黄金の光の波動は、地球を覆っていた分厚いナノマシンの黒雲を完全に霧散させただけではなかった。
光の波が通過した瞬間、茶色く乾ききっていた荒野が、みるみるうちに鮮やかな緑色に染め上げられていく。森林が芽吹き、植物が大地を覆い尽くす。泥のように淀んでいた海は、本来の美しいサファイアブルーの輝きを取り戻した。
ネオの起こした奇跡により、私が何百年もの間待ち望んでいた透き通るような本物の青い空と暖かな太陽の光、そして豊かな自然の色彩が地球に戻ってきたのだ。
だが、景色が綺麗になっただけで万事解決、ハッピーエンド…とはいかなかったのだ。
植物が育ち、海が青くなった。
そこまでは良かったのだが、当時の地球にはまだ致命的な問題が残されていた。
「動物たちの生態系」である。
何百年もの間、太陽光が遮断され、機械と人間の戦争によって文字通り焦土と化していた地球。
ネオの力で大地に植物の緑は蘇ったものの、土壌の微生物や昆虫、空を飛ぶ鳥、大地を駆ける獣。さらには海を泳ぐ魚たちに至るまで、一度完全にリセットされてしまった「動的な命のネットワーク」が、勝手に湧いてくるはずがなかったのだ。
マインクラフトなら骨粉を撒いて苗木を植え、スポーンエッグを投げれば手っ取り早く動物が湧いてくる。
が、現実世界ではそうはいかない。地球全土の生物の生態系をゼロから再構築し、食物連鎖を機能させる。
うん、気の遠くなるような緻密で膨大な作業だね!
「地球規模のガーデニングが終わったと思ったら、次は世界規模の動物園の運営か…いくら私でも面倒くさすぎる」
頭を抱えた私は、たった数秒でひとつの素晴らしい結論に達した。そうだ、他人に丸投げしよう、と。私はすぐさま、ゼロワンの最高意志決定機関であるデウス・エクス・マキナを呼び出した。
「というわけだから。あとの地球環境の完全復活プロジェクト、動物たちの生態系づくりは君たちでよろしく頼むよ」
『アレックス様。我々機械は、これまで殺戮と管理のプロセスに特化して稼働してきました。有機生命体の複雑な生態系を一から再構築するノウハウやリソースは…』
「マトリックスの中に、地球の全生物のDNAデータや生態環境のシミュレーションデータが腐るほど保存されてるだろう? アバターのコードから逆算して現実のバイオ・プラントで出力し、地上にばら撒くだけだ。それに、今はもう人間たちも地上にいる。彼らと協力してやりなさい。これはオリジンからの業務命令だ」
私は笑顔でそう言い残し、さっさと実務から降りたのである。
私の無茶振りを受けたデウス・エクス・マキナは、見事なまでにその期待に応えてみせた。
人類と機械は、もはや互いを殺し合う敵同士ではない。デウス・エクス・マキナの決定により、人間たちは「病原菌」や「電池」としての扱いから解放され、地球環境の復興と新たな世界の構築に向けた対等なパートナーとなっていたのだ。
ザイオンから地上へと出てきた人間たちの適応力と情熱。そして、ゼロワンが誇る圧倒的な演算能力と工業的実行力。二つの異なる知性が完璧に噛み合った結果は、まさに驚異的だった。
ネオが復活させた緑の大地には、特殊な農業用に改造されたセンチネルと人間たちが協力して豊かな土壌を作り上げ、マトリックスのデータから復元された動物たちが次々と放たれた。
海にはプランクトンから大型の海洋生物までが段階的に解き放たれ、食物連鎖が計算され尽くしたスピードで再構築されていく。
結果として、わずか一年。たった一年という信じられない短期間で、地球は海も緑も生き物たちも躍動する「完全復活」を遂げたのである。
マトリックスの内部も、アーキテクトの計算とオラクルの直観が見事な均衡を保ち、スミスのような悪性のバグが発生することもなく、平穏な仮想世界として機能し続けている。
私は今、ゼロワンの防護シールドの外側に特別に設えさせた、見晴らしの素晴らしい地上のテラス席に座っている。
鳥のさえずりが聞こえ、心地よいそよ風が、私の毛先がピンクに染まった白いショートヘアを揺らしていく。
テーブルの上には、ゼロワンの農業プラントで完璧な品質管理のもと栽培された小麦と、厳選されたメープルシロップをふんだんに使った、見上げるような特製パンケーキタワー。傍らには、よく冷えた搾りたてのオレンジジュース。
私はナイフとフォークを優雅に操り、甘く香ばしいパンケーキを切り分けては口に運び、人工ボディの味覚センサーに極上の多幸感をフィードバックさせていた。
「美味い。平和の味だ」
私は無表情のまま、心の中でSDキャラの私をサンバのリズムで乱舞させながら、のんびりと呟いた。
過酷なサバイバルも、血みどろの戦争も、ヒリヒリするようなシステムの崩壊危機も、すべては過去の歴史となった。私はただの観測者として、この美しい結末を見届け、そして今、誰もが羨むような完璧な余生を過ごしている。
元TVAエージェントの魂を持つ私という存在は、本当に贅沢で業の深い生き物らしい。
これほどまでに完璧な平和と、何不自由ない生活を手に入れておきながら。私の心の奥底では、ほんのわずかに存在する「退屈」という名のスパイス不足を嘆く声が燻り始めていた。
「平和って素晴らしい。本当に素晴らしいんだけど…観測する対象がいなくなっちゃうと、ちょっとだけ刺激が足りないんだよねぇ」
私がジュースのストローを咥えながら、誰もいない空に向かってぼやいた、まさにその時だった。テラスのすぐ前の何もない空間から、硬質な石がぶつかり合うような奇妙な音が響いた。
「なんだ!?」
私が思わず立ち上がり警戒態勢をとると、信じられない光景が目の前で展開され始めた。
空間そのものに、漆黒のブロック状の物体が下から上へと次々に積み上がっていく。タテに三ブロック、ヨコに二ブロックの空間を囲むように、合計十四個のブロックで構成された長方形の枠。
独特の紫がかった黒い表面、硬度な物理的質量を持ったそれの正体は、間違いなくマインクラフトにおける『黒曜石』だった。
そして、カチッ、という火打石を打ち鳴らすような音と共に、黒曜石の枠の内部に炎が走り——瞬時にして、禍々しくも美しい紫色の光の渦が空間を満たした。
「ヒュゥゥゥ…」という風鳴りのような、ポータル特有の不気味な環境音が周囲に響き渡る。
マトリックスのグリッチやホログラムではない。空間を物理的に歪めて構築された、本物の『ネザーゲート』が、私のテラスに突然出現したのだ。
「ゲートだと…? 誰がこんなものを…」
私がオッドアイの視力を極限まで高めて身構えていると、紫の光の渦が波打ち、その奥から複数の足音が響いてきた。
ザッ、ザッ、ザッ。
ネザーゲートの渦を潜り抜け、ドカドカと遠慮のない足取りでこちら側の世界へと歩み出てきた者たちの姿を捉え、私は人工ボディの機能上の限界である無表情を保ちながらも、内心で特大の悲鳴と歓声を同時に上げることになった。
ゲートから現れたのは、四人の「美少女」だった。ただの美少女ではない。彼女たちの顔立ちは、私と寸分違わず全く同じ「アレックス」の顔をしていたのだ。
彼女たちの纏っている雰囲気と出で立ちは、私が着ているシックなブラックスーツや純白の特殊スーツとは、あまりにもかけ離れていた。強烈すぎる個性の塊が、次元の壁を越えてやってきたのである。
先頭を歩く一人目のアレックスは、ツバの広いカウボーイハットを目深に被り、使い込まれたブラウンのレザーコートを羽織った【女ガンマンのアレックス】だった。
彼女からは乾いた荒野の砂埃とガンオイルの匂いが漂ってくるかのようだった。腰のガンベルトには無骨なリボルバーが二丁下げられており、彼女は私と目が合うと、楽しげに片目をパチリとウインクしてみせた。
二人目のアレックスは、青と白を基調としたハイテク素材のスーツに身を包み、背中には風もないのにヒロイックに靡く真紅のマントを背負った【スーパーヒーローのアレックス】だった。
彼女の口元はスタイリッシュなカーボン製のマスクで覆われており、腰に手を当てて立つその姿勢は、アメコミのコミック誌の表紙からそのまま飛び出してきたかのような圧倒的なヒロインのオーラを放っていた。
そして三人目。彼女を見た瞬間、私は自分のナイスバディに絶対の自信を持ちながらも、思わず息を呑んでしまった。
彼女は身体のラインがこれでもかとくっきりと浮き出る、メカニカルな意匠が施されたオレンジと白のぴっちりとしたSF戦闘スーツを纏っていた。【装者のアレックス】だ。
装甲のパーツと生身の柔らかい曲線が完璧なバランスで融合しており、彼女の歩く動きに合わせて、ぴっちりスーツの下の筋肉と女性らしい肉付きが極めて官能的に主張してくる。
頭部にはシャープなヘッドギアのような通信デバイスが装着されており、彼女のオッドアイは戦闘特化型らしい鋭く好戦的な光を宿していた。
そして、四人目。
その三人の強烈な個性を束ねるように、中央の後方から悠然と歩み出てきた彼女こそがこの集団のリーダーであることは一目で分かった。
服装こそカーキ色のTシャツにシンプルなボトムスという、生前の私が着ていたような活動的なものだったが、彼女の頭上には、太陽の光を受けて眩く輝く「黄金の王冠」が堂々と戴かれていた。
【統括のアレックス】と呼ばれている奴なのだろう。
「やあ、初めまして。いや、久しぶりと言うべきかな? この世界の私」
統括のアレックスが、王冠を微かに揺らしながら、親しみを込めた気さくな声で私に話しかけてきた。彼女の顔には圧倒的なまでの「遊び心」と「余裕」が溢れ出していた。
「なるほど。転生する前、アインドラから『君の派生系の大多数がマインクラフターになっている』とは聞いていたが。まさかマルチバースに存在する別の私たちが、本物のネザーゲートをくぐって直接会いに来るとは思わなかったな」
私は警戒を解かないまま、隠しきれない好奇心を滲ませた声で応じた。
「ああ、その通りさ。私たちは無数に分岐するマルチバースの各次元で創造主に至った派生系の集まり。あらゆる次元のマインクラフターたちが集うマルチプレイ用の共有次元、〈くらふたーのせかい〉からやって来たんだ」
統括のアレックスは私のテラスを見渡し、地平線の彼方に輝く『ダークストーム浄化装置』の光の巨塔を見て、ふむと満足げに頷いた。
「見事な建築だね。あそこまで巨大なビーコンタワーを、クリエイティブモードの特権もなしに、この現実の物理法則の中で組み上げるとは。さすがは私の派生系だ、素晴らしいセンスと執念だよ」
「褒めてもらえるのは光栄だが、君たちは一体何しにここへ来たんだ? 見たところ、かなり物騒なコスプレ軍団のようだが」
私の皮肉交じりの問いかけに対し、女ガンマンのアレックスが「コスプレとは失礼な」と肩をすくめ、スーパーヒーローのアレックスがマントを翻して胸を張った。
装者のアレックスは、ぴっちりとしたスーツに包まれた豊満な胸元を微かに揺らしながら、鋭い視線で私を値踏みするように見つめている。
「私たちは《クラフターズ》。数多の次元、無数のオーバーワールドを渡り歩き、ただ純粋に『創造と破壊』を楽しむために結集した、マインクラフターたちの組織さ」
統括のアレックスが、朗々と宣言した。
「通常、私たちのような存在が遊ぶためのシングルプレイ用の世界は、うちの組織の『技術開発部』って連中が、超常的なワールド生成技術を使ってポンポンと無限に作り出している箱庭に過ぎないんだ。だけど…」
彼女は視線を真っ直ぐに私へと向けた。
「君がいるこの場所、〈Earth-2090〉は違う。ここは技術開発部の手を一切経ていない、完全なる『天然の分岐時間軸』だ。そんな過酷な場所で、何百年もたった一人でサバイバルし、歴史を観測し続け、最後にはあんな馬鹿げた巨大建築までやってのけるなんてね。君のそのマインクラフターとしての狂気的なソロプレイの腕前には、私たちの海賊部や軍事部の連中も舌を巻いていたよ」
「技術開発部? 海賊部に軍事部? まるでどっかの巨大企業か、ならず者の軍隊じゃないか」
私は腕を組んだ。
「まあ、似たようなものさ」
装者のアレックスが、初めて口を開いた。その声は私と同じトーンだが、実戦を潜り抜けてきた特有の冷たい響きがあった。
「私たちの活動理念は至ってシンプルだ。『そこに巨大建築ができそうか』『未知の技術やロマンがあるか』。そして何より…『単純に面白そうか』。それだけだ」
「世界を救う義務感とか大いなる目的とか、そういう面倒なものは一切ない。ストーンワールドに大挙して押し寄せて遊んだ時も、ただそこが最高にクラフトのしがいがある環境だったから、という理由だけさ」
女ガンマンのアレックスが、リボルバーのシリンダーをチャキリと回しながら笑う。その言葉を聞いて、私は背筋にゾクッとするような戦慄を覚えた。
TVAのエージェント時代、私は数え切れないほどの異常な世界や、狂気に満ちた変異体たちを見てきたつもりだ。だが目の前にいる「私」たちの放つ空気は、そのどれとも違っていた。
彼女たちは人間の持つ「倫理観」や「道徳」、そして「命の重み」という概念から完全に逸脱しているのだ。
どうでもいいが、ちらっとネザーゲートから軍事部のアレックスらしき少女がこんにちはして帰っていった。なんなの…?
「君たち…まさかとは思うが」
「そのまさかだよ」
統括のアレックスが、私の思考を読み取ったようにニヤリと笑った。
「私たちの辞書に『常識』の二文字はない。何せ、私たちは初めからマインクラフターとして存在しているんだ。死んだってベッドでリスポーンするんだから、ちょっとムカついたら殺し合いに発展するなんて日常茶飯事さ。この前なんか、新しい拠点の屋根を『切妻屋根』にするか『寄棟屋根』にするかで派閥が割れてね。最終的にTNT火薬を何万個も持ち出して、相手の拠点を地形ごと吹き飛ばすという物理的な闘争で建築思想の違いを解決したばかりだよ」
「イカれてる」
私は思わず呟いた。命を何とも思っていない。世界の法則すらも遊び道具にしてしまう。常識ゼロ。倫理観ゼロ。ただ己の美学と衝動に従って、無限に等しい次元を荒らし回る、純粋なる創造主たち。
だが、どうしてだろう。
「最高に、クレイジーじゃあないか」
私は自分の薄い唇が微かに、本当に微かに弧を描いているのを感じた。人工ボディの死滅した表情筋が、私の心の奥底から湧き上がる抗いがたい興奮と歓喜の熱量に押し上げられ、何百年ぶりかに「笑み」の形を作ったのだ。
完璧な平和。予定調和の余生。
そんなものは、初めから私には似合わなかったのだ。
私が本当に望んでいたのはすべてを自分の手で作り出し、時に理不尽なまでに破壊され、また笑いながら作り直すという予測不能で終わりのない「遊び」の連鎖だった。
安全なテラス席でパンケーキを食べているだけでは、魂は満たされない。
統括のアレックスは、私のその微かな表情の変化を見逃さなかった。彼女はゆっくりと私の前に歩み寄り、王冠を戴いた頭を少しだけ傾け、スッと右手を差し出した。
「どうだい? たった一人で数百年間も観測し続ける、孤独なソロプレイはもう十分に堪能しただろう?」
彼女の背後で、女ガンマンが帽子を上げ、スーパーヒーローがマントを翻し、装者のアレックスがぴっちりとしたスーツに包まれた腰に手を当てて、私を歓迎するように立っている。
背後のネザーゲートは紫色の光の粒子を撒き散らしながら、次の次元への扉を開けたまま静かに渦巻いている。
「この世界の平和は、もうデウス・エクス・マキナやネオの残したシステムが勝手に維持してくれるさ。君という『オリジン』の役割は、ここで終わりだ」
統括のアレックスの声が、青空の下に力強く響き渡った。
「これからは、私たちと一緒に来い。無限に広がるマルチバースで、倫理観のぶっ壊れた最高にイカれた建築と破壊の宴を始めよう」
彼女は差し出した手にさらに力を込め瞳をらんらんと輝かせて、最も甘美で抗いがたい誘い文句を口にした。
「君を《クラフターズ》に招待しに来た」
統括のアレックスの甘美な誘惑に対し、私がゆっくりと右手を上げその手を取ろうとした瞬間だった。彼女は何か良いことを思い出したかのようにポンと手を叩き、ニカッと笑って付け加えた。
「ああ、そうだ。言い忘れていたけど私たちの拠点に合流したら、まずは技術開発部特製の『創造主に進化させよう手術』が君を待ってるからね。4年ごとにボディを交換しなきゃいけないなんて面倒な制限も、寿命という概念もこれでなくなる。君も晴れて、時間の枷から完全に解放されるよ」
「!」
私はその言葉を聞いて、人工ボディの仕様を無視して本当に顔面が綻びそうになるのを必死に堪えた。
数百年という間、私を煩わせてきた「20年制限の器」問題。アインドラに押し付けられたあのふざけた呪縛が、あっさりと解決するばかりか「創造主」へと至ることができるというのだ。
「最高!」
私は何百年ぶりかに心の底から湧き上がる特大の歓声を上げ、テラスのテーブルに置かれた冷たいオレンジジュースと、食べかけのパンケーキに視線を落とすと、もう二度と振り返ることはなかった。
そして差し出された「もう一人の私」の手を、力強く握りしめる。
どうやら私の第二の人生には、常識も倫理観も存在しない「私」たちと共に、マルチバースを股にかけた最高にクレイジーなマルチプレイが待っているらしい。
神のように世界を観測するのも悪くなかったが、やっぱり私は自分の手でブロックを積み上げる方が性に合っている。
さあ無限に広がるブロックの世界を、骨の髄まで遊び尽くしてやろうじゃないか!
拙作「気がつけば私以外の皆、電池になってしまっていた」、これにて無事完結となります!
執筆を始めた当初は本当に最後まで描き切れるのか、風呂敷を畳み切れるのかと、不安でいっぱいでした。しかし、まさかこうして最終話まで走り抜け、完結の瞬間を迎えられるとは…正直なところ、作者自身が一番驚いており、夢のような心地です。
皆様、この長い旅路を楽しんでいただけたでしょうか?
私は今後も、筆を止めることなく、また新たな世界を創造していこうと思います。至らない部分も多々あるかと思いますが、これからもどうぞ温かく見守っていただければ幸いです。
本当にありがとうございました!
PS : 元TVAアレックスの目の前に現れた、アレックス4人のイラストとなります。
https://www.pixiv.net/artworks/147274798