灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

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第0話 世界

 最初に降ったのは雪じゃない。灰だ。

 冷たさのない粉が肺に砂を詰め込み、その日から北の地は白く塗りつぶされた。

 夜の地面に灯が並び、「ここから先は渡さない。帰る人はこの白帯を通る」と刻まれた。

 灰の後に現れたのは、名のない『群れ』だった。緑灰色の皮膚は金属を噛み、関節を腐らせる。あとから骸蛾やキーテラと呼ばれ、その名が増えるたびに街は一つずつ消えた。

 人はまず、瓦礫をどかすための機械を集めた。壊れた橋を渡す重機に装甲と火薬を盛り、人型巨大兵器RFとした。最初の任務は戦うことではなく、白帯を延ばし、避難民たちの『壁』になることだった。


【挿絵表示】



第一章 白帯を歩く子どもたち
第1話 前衛、起動(機体イラスト有)


世界設定&メカ資料(クイックガイド)

https://kakuyomu.jp/works/822139840184157585

 

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 白帯E‐7区画の南、四キロ地点。

 

 地面を這う灰霧の向こうで、三機のRFが出撃の合図を待っていた。

 

 装甲には薄く灰が積もっている。全長十三メートルの機体が並び、頭部カメラだけが灰に沈む地平線を向いていた。

 

 コクピットが小さく震え、起動確認の音が重なる。

 

 主電は九割台。冷却系も問題なし。

 

 アキヒトは操縦桿を握り、首のうしろへ伸びるLSLケーブルを確かめた。ずれはない。フロントモニタの向こうには、薄灰の地表が広がっている。

 

〔前方六キロ。熱源多数。数は約八〇〇〕

 

 ノルンの声は、いつも通り平坦だった。

 

 古い戦術AIだ。判断は速くない。だが、その遅さが逆に扱いやすい。勝手に決めすぎない分、現場で人間が割り込める。

 

 アキヒトには、それで十分だった。

 

〔操縦者状態確認。心拍九二。反応時間正常。体調を申告せよ〕

 

「問題ない」

 

〔気分の自己評価〕

 

「いつも通りだ。やることは同じだ」

 

 LSLポートにコネクタが固定される。短い電子音のあと、視界と機体感覚が重なった。

 

 自分の重心が、そのままRF-17SC《ストレイ・カスタム》へ通る。機体の足裏が地面を踏み、関節の重さが体の内側に沈んできた。

 

 モニタの奥に、白帯が細い線で走っている。

 

 画面の隅には避難列。外側を大人が固め、中央に子どもたちの影が寄っていた。避難路を示す杭灯が規則正しく明滅し、その列の上だけを照らしている。

 

 アキヒトは一度だけそれを確認し、視線を前方へ戻した。

 

 守る場所は見えた。

 

 あとは、あそこへ届く前に止める。

 

〔VOLK隊、配置完了。アキヒト、前衛。リュウ、右翼高地で狙撃支援。ゴーシュ、中央正面で砲撃担当〕

 

 前に出るのはアキヒトのストレイ・カスタム。

 

 右翼の高地には、リュウの狙撃機。

 

 中央正面では、ゴーシュの重装機が百四十ミリキャノンを抱えている。

 

 白帯の内側には、ラインガードのRFが等間隔で並んでいた。白帯の縁を押さえるのがラインガード。外側で群れの厚みを削るのがVOLK。

 

 今日のE‐7区画で、白帯の外を任されているのはこの三機だけだ。

 

 アキヒトはHUDの隅で残弾を確認する。

 

 アサルトライフルは満載。予備マガジン三本。ゴーシュの榴弾は十二発。リュウの狙撃弾は二十発。

 

 削り切れるかどうかは、地雷帯がどれだけ持っていくかにかかっている。

 

 ラインガード中隊から通信が入った。

 

『こちら第六ラインガード中隊。敵集団は白帯E‐7前面の地雷帯へ進行中。VOLK隊は外縁で削りに専念してください。白帯直前はこちらで受けます』

 

「了解。外で削る」

 

 張りつかれる前に数を落とす。

 

 アキヒトはペダルを浅く踏み、ストレイ・カスタムの重心を低くした。灰の向こうでうごめく黒い影へ、ゆっくり前へ出る。

 

 *

 

〔前方に蜘蛛型キーテラ。約八〇〇。進路は白帯方向〕

 

 モニタのコントラストが強まり、灰の影から細長い脚が何本も現れた。甲殻が擦れる硬い音が、通信の奥に混じり始める。

 

 その直後、景色がずれた。

 

 地面を這っていた灰霧が止まり、次の瞬間、足元へ引き戻される。

 

 風向きが変わったのではない。空気の層そのものが入れ替わったように、流れだけが反転した。

 

 遠くの輪郭が薄く二重にずれる。白帯の杭灯の点滅も、半拍遅れて見えた。

 

〔環境異常。灰流反転。視界の層ずれを確認〕

 

 HUDの数値が跳ねる。距離表示が前後し、方位線が細かく揺れた。熱源マーカーが、一度だけ横へ滑る。

 

〔測距不安定。補正を繰り返します〕

 

 短いノイズが割り込んだ。

 

 普通の電波障害とは違う。耳ではなく、感覚に引っかかる音だった。

 

 アキヒトはLSLの表示を見た。異常はない。なら、今は気にしない。

 

 ラインガードの観測員が、通信で告げた。

 

『リフロー発生。各機、計器と目視の両方を信じすぎないでください。射撃は短く刻んで』

 

 リフロー。

 

 灰が逆に流れ、景色が歪む現象。原因は分からない。出ている間は、照準も距離も信用しすぎると外す。

 

 厄介だ。

 

『目標集団、白帯から十キロ。地雷帯接触までカウント。十――』

 

 声が一度切れた。

 

『九、八』

 

 地図表示の円と線が重なり、点滅する。

 

 第一地雷帯は、白帯から離れた外側に弧を描いている。VOLKの三機はその内側、白帯寄りで待っていた。

 

 カウントが終わる。

 

 地雷帯の地面が、一瞬で白く光った。

 

 砂地がまとめて爆ぜる。白い閃光が帯になって走り、爆圧が砂と灰を巻き上げた。低い火柱が次々と上がる。

 

 だが、舞い上がった灰の落ち方が揃わない。熱風まで折り返し、破片の飛ぶ方向が読みづらい。

 

 爆炎の奥で、まだ動いている影が残っていた。

 

 観測員の声が入る。

 

『地雷帯作動確認。先頭列の約二割を破壊。残りは約六四〇』

 

 二割。

 

 少ない。

 

 煙の奥から、形を保った個体がまた前へ出てくる。先頭が消えた分、後ろの塊がそのまま押し寄せていた。

 

〔敵速度、想定より高い。到達予測を更新〕

 

 HUDに新しい線が引かれる。

 

 このままでは、白帯直前に数が残りすぎる。

 

 アキヒトは照準の考え方を変えた。

 

 当てるのではなく、ずれる前提で撃つ。短く刻んで削る。距離を食われる前に数を減らす。

 

「リュウ、予定より手前で指揮個体を落とせ。ゴーシュ、撃ち始めを一キロ前倒しだ。距離を詰められる前に削る」

 

 高地のリュウがすぐ返す。

 

『了解。上から頭を抜く』

 

 中央のゴーシュも、いつもの軽さで続いた。

 

『了解。前でまとめて吹き飛ばす』

 

 三機のマーカーが前へ出る。

 

 だが、その瞬間、表示がまた飛んだ。視界の端で灰の流れが反転する。

 

「LSL、SYNC‐2。初動だけ合わせる」

 

 電子音が二回鳴った。

 

〔同期確立。LSL/SYNC‐2、有効〕

 

 HUDの縁が一瞬だけ二重になり、すぐ戻る。

 

 リフローの中で同期を組む以上、揺れは出る。そこは織り込むしかない。

 

 三機が同じタイミングで重心を落とした。

 

 リュウは狙撃の間を作る。ゴーシュは反動を受け止める姿勢を取る。アキヒトは踏み込みの初動を合わせた。

 

 直後、足裏の反力が半拍遅れた。

 

 歩幅がわずかにずれる。狙撃の間が崩れ、ゴーシュの砲身が数ミリ揺れた。

 

〔同期揺れ。補正します〕

 

 アキヒトは機体の出し方を微調整した。揃わないなら、揃え続けるしかない。

 

 先に撃ったのはリュウだった。

 

 高台から細い閃光が走る。途中でわずかに折れて見えた。弾が曲がったわけではない。リフローが見え方を歪めている。

 

 リュウはすぐに補正し、同じ個体へもう一発撃ち込んだ。

 

 前列の奥で、大きく動いていた個体がいる。腹部の噴出孔を開閉させ、群れの流れを作っていた。

 

 そこへ光が吸い込まれた。

 

 噴出孔の縁が砕け、指揮個体が脚を折って沈む。

 

 群れの動きが一瞬だけ乱れた。前へ詰める流れが崩れ、後列の一部が遅れる。

 

 リュウが報告する。

 

『指揮個体、沈黙。次は腹の孔から順番に潰す。弾数、残り十八』

 

 中央では、ゴーシュが百四十ミリキャノンを構えていた。

 

 両腕で銃身を抱え、腰を落とす。黒い塊の中心へ狙いを固定した。

 

 榴弾が飛ぶ。

 

 着弾。

 

 爆炎が上がり、衝撃音が半拍遅れて届いた。前列がまとめて吹き飛び、砕けた殻の上を後続が踏み潰して進んでくる。

 

 ただ、爆炎の位置が少し右へ寄っていた。

 

 数メートル。

 

 小さい。だが、この数では無視できない。

 

 ゴーシュが言った。

 

『今ので十は飛んだ。榴弾、残り十一』

 

「もう一列削れ。次は左に二メートル寄せろ。リフローでずれてる」

 

『了解。弾代の請求はあとでまとめてやる』

 

 軽口の向こうで、距離だけが詰まっていく。

 

〔到達時刻を再計算。現在の削減率では、白帯直前で約四〇〇体が残存〕

 

 四百。

 

 多すぎる。

 

 灰の地面が震え、蜘蛛型が脚を広げたまま白帯へ進む。灰はまだ逆に流れていた。景色は歪んだまま、数だけが迫ってくる。

 

 アキヒトは自機の残弾へ視線を走らせる。

 

 アサルトライフルは満載。予備マガジン三本。

 

 遠距離では、リフローのずれで命中率が落ちすぎる。

 

 近接に出るしかない。

 

 間合いを詰める。ずれる前提で引き金を刻む。外した分は、次の一歩で詰める。

 

 判断は終わった。

 

 あとは動かすだけだ。

 




世界設定&メカ資料(クイックガイド)一部メカイラストあり
https://kakuyomu.jp/works/822139840184157585

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