灰の傭兵と光の園 Ⅰ 〈RF各機、メカイラストあり〉 作:青羽 イオ
グレイランス艦内、避難区画。乗艦から一夜明け、灰霧の薄い朝だった。
〈艦内〉『避難区画にいる方へ。順番に下船のご案内をします。係員の指示に従ってください』
子どもたちは寝ぼけた目をこすって起き、名札を確かめて上着を留める。サキは襟を直し、靴紐を結び直しながら声をかけた。
「今日は列車に乗って移動するよ。押さないで、順番ね」
点呼を終え十人を連れて通路へ出ると、側面ハッチへ続く廊下はすでに列になっていた。荷物を抱えた家族、包帯を巻いた男、疲れ切った顔の老人が、前だけを見て少しずつ進んでいく。
本来なら、この先の乗り継ぎ拠点でカルディア企業都市行きの輸送列車へ乗り継ぐはずだった。院長が窓口に通って取ってくれた席で、切符一枚に「これから」が詰まっている。
地上との接続ゲートで、港湾局の職員らしい男がタブレットを構えた。
「次。家族単位で」
順番が来て、サキは子どもたちを前へ出す。ゲート脇のノズルから除灰用の霧が短く噴かれ、衣類の表面がしっとりした。袖をつかむ子に歩幅を合わせ、列を崩さないよう進める。
「こちら、孤児院『光の園』からの避難です。子ども十人と付き添い一名。行き先は、カルディア企業都市に……」
「名簿確認します」
職員が画面をなぞり、昨日の乗艦リストと輸送計画を重ねていく。
「光の園……自治体委託の臨時保護ユニット。カルディア行きの企業列車に乗せる予定だったグループですね」
指先が止まった。
「あれ? カルディアの受け入れ、全部止まってる」
サキの手が子どもの肩で止まる。
「路線も運行停止。昨日、列車が襲われた線です」
同僚の小声が追い打ちをかけた。決まりかけていた行き先が音もなく消える。
「それと、このユニット、送り主が……」
「院長さんは?」
「重傷で搬送。連絡不能。サインも未処理ですね」
サキは子どもたちの手を握り直した。
「すみません、このグループだけ、一度列から外れてもらえますか」
職員がぎこちなく笑う。
「カルディア行きの便がなくなりました。向こうの都市も、今は新しい孤児の受け入れを止めています」
「でも、院長先生が……この子たちの分を払って……」
言いかけて、そこで自分でも分かった。――あの人はいない。
「料金の問題だけじゃないんです」
職員はタブレットをサキへ傾ける。
「自治体側の登録が仮のままで、送り主も連絡不能。カルディア都市側は『責任の所在がはっきりしないグループは今は受け入れられない』って」
子どもたちが不安そうに見上げ、列の後ろで「また宙ぶらりんが出たな」という声が落ちる。
「でしたら私が代わりに。この子たちの保護者としてサインを――」
「それがですね」
職員がスクロールし、サキの身分証データの下で赤い警告が点滅した。
[旧識別記録との照合エラー]
「過去の医療データとの紐付けでエラーが出てまして。照合が終わるまで、正式な保護者として登録できないんです」
言葉がそこで詰まる。
「だからといって追い返すわけにもいきませんから」
別の職員が割って入った。
「このユニットは一旦、グレイランス艦内臨時保護扱いのまま待機。UDFに回して、行き先を決めます。下船列からは外れてください」
サキは十人の顔を見渡し、ゆっくりうなずいた。
「……わかりました。この子たちと一緒に待機します」
「付き添いの方だけ別に降りることもできますが」
「いいえ。この十人と離れるわけにはいきません」
それだけは最初から揺れなかった。職員は肩をすくめ、短く頷く。
「承知しました。グレイランス側の避難区画に戻ってお待ちください」
列から外れた瞬間、人の流れが波のように追い越していく。カルディア行きの線路はもうつながっていない。
*
避難区画へ戻されてから時間が空いた。子どもたちは床に座り、入口を見たまま黙っている。いつもなら誰かが「おなかすいた」と言い出す頃なのに、声が上がらない。
「せんせい、れっしゃは?」
「今日はお休みになっちゃったみたい」
サキは笑顔を作って毛布を直した。指先が微かに震える。
「でも大丈夫。ここは安全だよ。ちゃんと、ごはんも出るしね」
確信は持てないまま、それでも言葉を置く。
水を配り終えた頃、ドアが軽くノックされた。
「光の園の保育士さん」
昨日甲板で見かけた若い兵士が、ヘルメットを小脇に抱えて顔を出す。
「ブリッジからの呼び出しです。艦長代理がお話をしたいと」
「……はい」
サキは子どもたちを見回し、釘を刺す。
「ちょっとだけ行ってくるね。ここから出ないで、名札は外さないこと。いい?」
十人がうなずく。服の端を握る指に一度触れてから、サキは通路へ出た。
昨夜ほどの混雑はなく、片付けを終えたカートが行き交い、整備士が工具箱を引いていく。艦はいつもの仕事へ戻ろうとしていた。
ブリッジ手前の小さな会議スペースに通される。モニタの光を背に、ジルがいた。肩章には〈グレイランス管制〉のマーク。疲労はあるが、目はぶれていない。
「光の園のサキさんでいいのかな」
「はい。サキ……です」
名乗りかけて、旧姓と今の名が頭で引っかかり、軽く頭を下げて飲み込む。
ジルはタブレットを払った。
「港湾局とUDFから正式に話が来た。あなた方の行き先が、今のところ"どこにもない"ってことになってる」
淡々としているのに、言葉の端に引っかかりがある。
「カルディア行きの列車は当面止まり、都市側も受け入れ休止。元の自治体は灰の向こうで状況不明。院長さんは重傷で搬送。書類の上では、あなた方は『送り主不在・受け先未定のユニット』だ」
サキは膝の上で手を握った。爪が指に食い込む。
「UDFの要請はこれだ」
ジルは読み上げるというより、事実を並べる。
「『当面、グレイランス艦内臨時保護ユニットとして子ども十名の保護を継続してほしい。費用精算と受け入れ先の確定は後日協議』」
「――要するに、今はうちで面倒を見ろ。金と責任の話はそのうち、だ」
ジルは一度だけサキを見た。
「正直、この艦は白帯の防衛で手一杯だ。人員も食糧も余裕があるとは言えない。昨日みたいな日が重なれば、避難区画はすぐ満杯になる」
「はい」
「本来なら地上施設に任せたい。子どもたちは艦より地面の上のほうがいい。でも、どこも『今は受け取れない』と言ってる。ここから追い出すわけにもいかない」
サキは息を殺し、言葉を整える。
「ここに……置いていただくことは可能でしょうか」
「それを決めるための話だよ」
ジルの口調が少しだけ柔らかくなる。
「ひとつ確認したい。――あなたは、どうしたい?」
「どう、というのは」
「子どもたちだけ別の施設へ預けて、自分は別の行き先を探すこともできる。次の乗り継ぎ拠点まで一緒に行って、そこで行政と交渉することもできる」
机の上で指を組む。
「それでも『グレイランスに残りたい』と言うなら、理由を聞いておきたい」
サキは視線を落とし、床の継ぎ目を見た。白帯みたいに、ただ一直線に伸びている。
「――この子たちは、ここでいったん"守られた"からです」
声が揺れそうになり、言い切って押さえる。
「白帯の途中で拾ってもらって、ミュータントの群れからも守ってもらった。行き先が決まらないなら、せめて『守られた場所』にいる時間を積み重ねてあげたい。昨日だけじゃなくて、今日も、明日も。そういう場所があるって、あとで支えになると思うんです」
ジルは黙って聞き、タブレットの端を爪で軽く叩く。
カツ、カツ、カツ。
「それに私は、この十人と離れたくありません。この子たちの名前を呼べるのは、今は私だけだから」
ジルの指が止まる。
「名前、ね」
「はい」
サキは自分の手元を見つめたまま続ける。
「ずっと番号で呼ばれていた子もいます。この中に。私も……そうでした」
その一言を出すのに、少し時間がかかった。
「番号で管理されて、生きているのかどうかも、自分で分からなくなる時期があって」
ジルは踏み込まず、短く息を吐いた。
「わかった」
背にもたれ、天井を一度だけ見上げてから、姿勢を正す。
「少なくとも、今ここにある選択肢の中でいちばんマシなのは『グレイランスで保護を続ける』だ。私もそう思う。ただし、条件がある」
「条件」
「この艦に乗っているあいだ、あなたは『ただの避難民』じゃなくなる。艦内臨時保護ユニット『光の園』担当の"スタッフ"として扱う」
ジルの口元がわずかに緩む。
「ようするに、うちのクルーと同じくらい働いてもらう」
サキは一瞬きょとんとしてから、小さく笑った。
「それくらいなら、いくらでも。子どもの世話はもちろん、食事の手伝いも掃除も……できることなら何でもします」
「医療区画と食堂にはしばらく余裕がある。はるゑって調理担当がいるから、そこに顔を出してくれ。避難区画の子ども全体の世話も、手が回っていない」
ジルは淡々と項目を示す。
「その代わり、艦のルールには従ってもらう。非常時の待機場所、アラート時の行動、外には絶対に出ないこと」
「はい。守ります」
「子どもたちもだ。名札は必ず付けさせておく。避難訓練があれば最優先で参加してもらう」
一通り言い切ると、ジルはタブレットにサインを入れた。
「これで光の園ユニットはグレイランス艦内保護リスト入りだ。名義上はUDF、運用はうち。――面倒を見切れるかどうかは、こっちの腕次第」
「ありがとうございます」
サキは深く頭を下げた。ようやく「ここにいていい」と言われた気がして、膝の力が少し抜ける。
「礼を言うなら、白帯を維持してる連中とVOLKのやつらに言ってくれ」
ジルは居心地悪そうに視線を逸らす。
「この艦は通り道だ。本来は、みんなを"次"に送るための場所だ。君たちの"次"が見つかるまでは、ここが仮の家になる」
「はい」
サキはその言葉を頭の中で転がした。――仮でも、家。
部屋を出ようとしたところで、ジルが呼び止める。
「さっきの話。番号で呼ばれていたってやつ」
「……はい」
「今度、余裕があるときに詳しく聞かせてくれ。この艦にいるあいだは、少なくとも私は君と子どもたちを"番号"では扱わない。そのために、知っておきたい」
サキは少し迷ってから、うなずく。
「いつか、話せるようになったら」
「それでいい」
ジルは短く笑った。
「じゃあ――ようこそ、グレイランスへ。サキ」
名前で呼ばれた瞬間、サキの呼吸が一拍止まる。
「よろしくお願いします」
ドアの向こうには、十人の子どもたちが待っている。白帯の途中で拾われた小さな"次の行き先"が、ようやくグレイランスという艦と、そこで生きる人たちへつながり始めていた。