灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

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第11話 生きて戻るための刃

 グレイランス艦内、格納庫。

 

 俺は戦闘明けのストレイ・カスタムのコックピットに残っていた。

 

 冷却の霧が、外装を流れていく。灰と焦げた油の匂いが、まだ薄く残っている。遠くで工具の音がしていた。叩く音。締める音。誰かが短く指示を出す声。

 

 戦闘が終わっても、機体はすぐには静かにならない。

 

「ナロア」

 

 整備台の向こうで、短髪の女が顔を上げた。

 

 ナロア。電装とチューニングの担当。判断が速い。こちらが言い切る前に、だいたい必要なところまで先に見ている。

 

「はいよ、エース。今日は何を増やす気?」

 

「左腕にパイルを足したい」

 

「また物騒なことを言い出した」

 

「斬るだけじゃ遅い場面がある。刺して止める武装がいる」

 

 ナロアは少しだけ目を細めた。

 

「了解。ただし、今日は話だけ。載せるのは次の整備枠だよ。まず外付けで感触を見て、それで駄目ならやめる。良ければ内蔵型へ移行」

 

「分かった」

 

「分かった、じゃない。左腕が重くなる。盾の扱いも変わる。ブレードの戻しも遅れる。そこは分かってる?」

 

「分かってる」

 

「ならいい」

 

 足場を上がる靴音が近づいた。

 

 端末を抱えた若い整備士が、コックピット脇に顔を出す。トキ・エンリ。細い体つきのわりに、端末を扱う手だけはやけに迷いがない。

 

「失礼します。パイルは左腕運用で進めていいですか?」

 

 俺は左前腕のマウントへ視線を落とした。

 

 昨日、白帯へ落ちかけた影がそこに重なる。あと数秒、あと数メートル。間に合わなかった時の線が、頭の中に残っていた。

 

「左でいい」

 

「了解です。じゃ、その前提で組みます。トラブったら即切り離し。二段目はLSLの予備側に回して、異常値が出たら自動で落ちるようにします」

 

「任せる」

 

「帰艦したらログを見ます。問題なければ内蔵型に換装。僕の方で準備を進めておきます」

 

 下で配線をまとめていたナロアが顔を上げる。

 

「部材と作業枠はこっちで押さえる。エース、サイン」

 

 俺は膝横のサブパネルを起こした。

 

 グローブ越しに、承認欄へ指先を滑らせる。短い電子音が鳴った。トキが端末を確認して、すぐに頷く。

 

「設定、送りました。後から変更もできますから、動かして違和感が出たら言ってください」

 

「ああ」

 

 ナロアは背を向けたまま、スパナを工具箱へ放り込んだ。

 

「あんまり無茶しないこと。装備を増やした分だけ、できることが増えた気になるからね」

 

「そのためじゃない」

 

「知ってるよ」

 

 ナロアの声は軽かった。

 

 けれど、そこで終わらせる気はないらしい。

 

「次も生きて戻りなさい。機体だけ戻ってきても、整備する気にならないから」

 

「戻る」

 

 俺は前方表示へ視線を戻した。

 

 無茶をするために足すわけじゃない。

 

 戻るためだ。

 

 *

 

 格納庫を出ると、通路の空気が少しだけ違っていた。

 

 油と灰の匂いが薄くなり、代わりに食堂の方から残ったスープの匂いが流れてくる。艦はまだ戦闘明けだったが、昨日の夜ほど張りつめてはいない。

 

 曲がり角の向こうから、歌が聞こえた。

 

 細い声がいくつも重なっている。音程は少しずれている。途中で誰かが笑って、すぐにまた戻る。艦の奥に反響して、歌はやわらかくほどけていた。

 

 窓の手前に、影が三つあった。

 

 ポチ。ガンモ。リュウ。

 

 三人とも、ただ黙って聞いていた。誰も中へ入らない。声もかけない。ただ、そこに立っている。

 

 俺に気づくと、ポチが先に目をそらした。

 

「……仕事、戻るわ」

 

 ガンモも鼻の頭をかく。

 

「俺も。いや、別に聞いてたわけじゃないぞ。通り道だ、通り道」

 

「通り道にしては長かったな」

 

 リュウが低く言うと、ガンモは肩をすくめて歩き出した。

 

 三人の足音が遠ざかる。

 

 俺は一人で、扉の小窓から中をのぞいた。

 

 避難用ベッドとコンテナが壁際へ寄せられ、空いたスペースで子どもたちが輪になっていた。手をつなぎ、歌に合わせて一歩ずつ進む。灯りの下で、影が丸く揺れる。

 

 中央でサキが手拍子を打っていた。

 

 目が離れなかった。

 

 昨日、白帯の上で何度も人数を数えていた手だ。子どもの背中を押し、スープの椀を支え、毛布を直していた手。その手が今は、歌の拍を取っている。

 

 背後から声が落ちた。

 

「下船列は、ほとんど片付いた」

 

 ヒロだった。

 

 俺は振り返らずに答える。

 

「子どもたちは残った」

 

「ああ」

 

 ヒロが隣に立つ。

 

 二人で、小窓の向こうを見た。しばらく、歌だけが続いた。

 

「艦の空気が変わったな」

 

「いい方にか」

 

「さあな。少なくとも、静かではなくなった」

 

 ヒロは手すりに軽く拳を置いた。

 

「アキヒト、覚えておけ。俺たちは傭兵だ」

 

 窓の向こうでは、子どもたちの輪が少し大きくなっていた。サキが手を上げると、子どもたちも真似をして手を上げる。

 

「稼がなきゃ食えない。守るには装備がいる。装備には金がいる。その金は、契約で取る」

 

「分かってる」

 

「分かっていても、人は削れる」

 

 ヒロの声は、いつもより少し低かった。

 

「金で部品を買う。弾を買う。修理の時間を買う。次に生きて戻る確率を、少しだけ買う。綺麗な話じゃない」

 

 俺は小窓の中を見たまま、答えなかった。

 

 輪の中で、子どもたちが同じ方向へ進んでいる。誰かが少し遅れ、隣の子が手を引く。サキがそれを見て、手拍子を少しだけゆっくりにした。

 

「忘れられないんだ」

 

 声が勝手に出た。

 

「見たものを」

 

「なら、忘れるな」

 

 ヒロは即答した。

 

「忘れなくていい。ただし、潰されるな」

 

「簡単に言うなよ」

 

「簡単じゃないから言ってる」

 

 ヒロは俺を見た。

 

「戻る場所を守るために稼ぐ。それでいい。正しいかどうかで迷って止まるな。子どもの声が聞こえる方に動け。そこで止まったら、俺がお前を殴る」

 

「殴られるのは遠慮したい」

 

「なら動け」

 

 冗談のように聞こえるが、冗談ではなかった。

 

 ヒロは続ける。

 

「左腕のパイル、申請したんだろ」

 

「早いな」

 

「ナロアが俺に確認を投げてきた。二段式にするなら、扱いを間違えるな」

 

「分かってる」

 

「本当にか?」

 

 俺は一度、言葉を止めた。

 

 小窓の向こうで、サキが笑っている。子どもたちも笑っている。そこへ、昨日の影が重なる。跳んだキーテラ。白帯の端。折れた脚。あと少しで届いていた距離。

 

「……生きて戻るために使う」

 

「それでいい」

 

 ヒロは手すりを軽く叩いた。

 

「撃つためじゃない。突っ込むためでもない。戻るために使え。守るってのは、死に場所を探すことじゃない」

 

「分かった」

 

「分かった、じゃなくて刻め」

 

 俺は黙って頷いた。

 

 生きて戻るためだけに使う。その条件を、頭の中で刻み直す。

 

「それでも行くんだ」

 

 ヒロが言った。

 

「行って、稼いで、戻って、また守る。それが俺たちの食い方だ。任務のたびに、少しずつ取り返せ」

 

「何をだ」

 

「子どもの明日だよ」

 

 ヒロは小窓の向こうを見る。

 

「俺たちがもらうのは、報酬と、次の一息ぶんの時間だけでいい」

 

 歌が終わった。

 

 輪がほどけ、子どもたちがばらばらにサキの方へ寄っていく。サキは最後まで手を振っていた。

 

「生きて戻る、か」

 

「そうだ、生きて戻れ」

 

 それだけ言って、ヒロは窓から離れた。

 

 俺も続く。通路には、二人分の靴音だけが静かに残った。

 

 次の契約まで、たぶんあまり時間はない。歩きながら、俺はさっきの窓の中を何度も思い返していた。

 

 輪の速さ。手の高さ。笑い声が重なった瞬間の空気。同じ場所に、別の映像も重なる。

 

 昼の外を走る影。爆煙の下に消えた脚。叩き落とされた頭部。砂が舞い、落ち着くまでの短い静寂。俺の視界は、そういうものを全部、同じ場所にしまってしまう。

 

 消したいものが消えない。

 

 残したいものも消えない。

 

 どちらかだけなら、まだ楽だった。

 

 忘れてしまいたいものと、忘れないと決めたものが同じ箱に落ちて、区別なく沈んでいく。拒んでも、手放したふりをしても、残る。

 

 俺は呼吸を整え、足音の間隔を崩さずに歩いた。

 

 歌の続きを探すように、もう一度だけ思い返す。

 

 輪の中で、子どもたちが同じ方向へ進んでいたこと。

 

 誰も止まらなかったこと。

 

 忘れられないなら、せめて順番だけは決める。

 

 先に残すものを決める。

 

 あとで撃つものを決める。

 

 そうしないと、どちらも同じ重さで、俺を削っていく。

 

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