灰の傭兵と光の園 Ⅰ 〈RF各機、メカイラストあり〉 作:青羽 イオ
白帯外縁B3区画――渓谷の上に、元・高速道路の高架が一本だけ残っていた。
崩れた斜面の上へ無理に架け直した継ぎ足しで、橋脚の根元は灰に埋もれ、落石避けの鋼材が角度の狂ったまま溶接されている。下は見えない。灰霧が渓谷の空気を塞ぎ、底の気配だけが風に混じって上がってくる。
その高架の中央に、導光ライン――白帯の線が走っていた。
白は、直線に見える。だが近づけば、補修の継ぎ目ごとに点滅の間がわずかに乱れている。線は「道」ではなく、落ちないための規則だった。
アキヒトは、その白の外側で待っていた。
ここはカルディア社の資源都市へ続く幹線《白帯》の一部だ。鉱石と燃料と、避難民を運ぶ。北と南を繋ぐ橋。
橋が切れれば、迂回は効かない。渓谷の縁を回り込む旧道は沈み、仮設橋は灰で折れている。残っているのは、この高架だけだった。
高架の北端、路肩に寄せて、陸上戦艦グレイランスが止まっていた。装甲の側面ハッチが開き、金属のスロープが一本、橋面へ渡されている。艦の陰と欄干の隙間を、灰混じりの横風が抜けた。風は渓谷に吸われ、音だけが下へ落ちていく。
アキヒトのストレイ・カスタムは、白帯のすぐ外側、欄干に近い車線で片膝をついていた。
胸を外へ向け、背中を白へ向ける。受けた破片を、白の上に落とさないための姿勢だ。自分が盾になる形を、最初から組み込んでいる。ストレイ・カスタムは近中距離の万能機で、刃と杭と実弾で「面」を作るのが役目だ。
視界の中央に、導光ラインが淡く明滅している。白の内側では、カルディアのラインガードが隊列を組んでいた。
バッファローとスケルトンが、歩兵ラインガードと歩調を揃えて進む。橋幅いっぱいに塞ぐのではなく、白の内と外に間隔を空け、杭灯の明かりと足元の線を確かめながら列を運ぶ。
その中心を、避難民がゆっくり進む。荷物を背負った男女、手を繋いだ家族。子どもの頭だけが肩の間から覗き、線から外れないように寄り合って歩いていた。
高架区間は十五キロ。そこへカルディアのRFが二十機ほど散っている。主力はリミネタイ。全高十メートル級の量産機で、ライフルとナイフ、胸部固定の機銃を持つ。
全部がここに集まっているわけじゃない。橋の上を数キロ単位に割り、詰まりやすい曲がりと継ぎ目、避難民が疲れて止まりやすい地点に寄せている。B3のこの端にも、見える範囲に二、三機はいる。距離にして二、三キロ。橋面の揺れ方で、どこに重い機体が立っているかだけが伝わってくる。
〈ブリッジ〉『白帯外縁B3区画、敵性反応はカルディア社警備RFとグラウバッハ社契約部隊の交戦。白帯はまだ無傷』
〈ブリッジ〉『VOLKは白の内側防衛に専念。外での企業案件には関与しない』
ジルの声が、抑揚を抑えたままコクピットに落ちた。命令というより、線引きだ。
アキヒトは横のモニターへ視線を移し、白帯の外側を映す画面を見た。
渓谷の斜面――高架の下、灰に埋もれた旧市街の残骸のあたりで、砲撃の光がいくつも交差している。カルディアの紺色の装甲と、グラウバッハの角ばった砂色の装甲が、施設跡を挟んで撃ち合っていた。
灰が舞うたびに輪郭が荒れ、距離が詰まって見える。高架の上からは、落ちる場所がないぶん、ズレが怖い。
(この状態で、白帯の内へ一発でも入れたら終わる)
渓谷内の小競り合いは、今も続いている。施設の権利、輸送枠、燃料。理由はいくらでも作れる。
だが、上で守るものは一つだ。白帯が折れないこと。列が広がらないこと。
渓谷の底で企業が撃ち合うほど、上の線は細くなる。
〈アキヒト〉「白の外でいくら撃ち合おうが、企業同士の喧嘩だ。こっちが気にするのは、この白帯だけだ」
白帯の上では、誘導員がスピーカー越しに声を張っている。
「走らなくていい。そのまま前を見て、一歩ずつだ」
「列を崩すな。子どもを真ん中に、大人はそのまわりを守って歩け」
同じ注意が、リミネタイの側面スピーカーからも流れていた。
――走らない。離れない。線から外れない。
アキヒトにとって白帯は、企業の設備ではない。誰かの領土でもない。
戻るための道だ。次へ進むための道だ。
それ以上の理屈を挟むと、手順が遅れる。
視界の右下で、HUDが警告を出している。
〈HUD〉《主電三十八パーセント/危険度高》
連日の出撃で、予備を回せていない。分かっているのに、数字が薄いと気分が悪い。残りが少ないのは、自分の時間が削れているのと同じだ。
別回線が割り込む。カルディア側の連絡員だ。
〈カルディア〉『――傭兵部隊VOLK、B3端部の抑止を継続せよ。白帯の通行を最優先。損耗は契約に含む』
言い方が綺麗だった。意味は汚い。肉壁。捨て駒。
アキヒトは返事を返さない。返したところで、何も変わらない。
橋脚の下を、灰を巻き上げた風が抜けた。遠くで炸裂音が重なり、遅れて橋が震える。道路だった頃の舗装はひび割れ、補修材が点々と盛られている。そこへ導光ラインだけが、まっすぐ伸びている。
こんな継ぎ接ぎ一本に、北側からの避難も輸送も全部が乗っている。
アキヒトは操縦桿を握り直し、ストレイ・カスタムを白の縁へ向けた。欄干と白帯の間を塞ぐ角度、膝を微調整して踏み込み線を定める。受けるなら外へ。落ちるなら自側へ。
〈ヒロ〉「VOLK6より全機。白内側優先。外周は派手にやらせろ」
〈リュウ〉「了解。B3外縁、監視継続」
視界の端で、ヒロのヴァルケンストームが高架カーブへ沿って一歩前へ出る。白の縁へ寄り、指揮の位置よりも線の管理を優先した配置。この端の、外からの最初の壁は今、二機だけだ。
アキヒトは送話キーを一度弾いた。それだけで返した。
別回線が遅れて重なる。距離があり、少し音が薄い。
〈ゴーシュ〉「VOLK2、B2盾列維持。下方接近、渓谷吹き上げ変化」
〈ガンモ〉「VOLK4、橋脚影動く。斜面歩兵離すな」
〈ポチ〉「VOLK-5、高所固定。射線確保、白上落とすな」
〈ヒロ〉「触るな。穴は塞ぐ。各員持ち場で止めろ」
返答は増えない。切り替え音だけが続き、遠い四人の存在が線の外側に置かれていく。白帯の上では避難民が息を詰めて進み、その下では企業の砲火が行き交っている。アキヒトは数字と光だけを見た。危険度高の表示が、まだ消えない。
――一発も撃たずに終われば、それがいい。
風が強まり、灰霧が橋面を這った。白の線が薄れる。
起きないとは限らない。