灰の傭兵と光の園 Ⅰ 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

14 / 22
第14話 白帯B3/崩落ライン

 灰霧の向こうの速度が、数で見える前に音で来た。

 渓谷の空気が一段だけ押し潰れ、遅れて砂利のような振動が高架の床から上がってくる。撃ち合いの砲声とは違う。一直線に抜けていく熱の痕だ。

 

〈ノルン〉『新規反応、三。方位〇一五。速度二〇〇超。推進補助、確認』

 

 地図の赤い三角が、渓谷の底を滑るように寄ってくる。縁をなぞるのではない。谷の形を利用して、最短だけを通っている。

 

 次の瞬間、濃緑の影が見えた。

 RF‐21Hヘル・ファルコン――ヘルマーチの改修機。深緑と黒の塗装、赤い斜線のマーキングは、灰霧の中でも消えない。

 動きが軽い。安全を削って反応だけを買った機体だと、アキヒトの目は先に理解した。

 

 渓谷内では、まだカルディアとグラウバッハが撃ち合っている。

 ヘル・ファルコンの三機は、その線の中心を通ってきた。

 止まらない。言い訳の余地を作らない速度のまま、交戦の間へ割り込む。

 

 砂色の列の端に、鈍い巨体がいた。RF‐08Gエレファント。

 ヘル・ファルコンの先頭が減速しないまま、腕を一度だけ振った。刃が閃いたわけでも、構えたわけでもない。

 

 エレファントの脚が切れて、次に見えたときには膝から崩れている。ヘル・ファルコンはその残骸を踏まない。踏めば速度が死ぬ。横へ滑って、渓谷の風の筋に乗る。

 

 橋上と渓谷の各所から、カルディアの迎撃が始まった。

 ライフルと機銃の弾幕が、灰霧に白い筋を残す。曳かれた線は高架の欄干を舐め、橋桁の影へ刺さり、跳ねた火花が上へ散った。

 

 白帯の上で動いていたバッファローとスケルトンが、いっせいに外側へ角度を変える。RF‐07Kリミネタイの隊列も揺れた。約十二メートルの量産機が、橋面の左右で膝を落とし、撃ち下ろしを始める。

 

 ヘル・ファルコンの一機が、リミネタイへ真正面から突っ込んだ。

 タックル。受けた瞬間に、リミネタイの胸部がへこむ。だがヘル・ファルコンは押し倒さない。抱え込む。

 盾にするためだ。

 

 弾幕が、そのリミネタイへ吸われた。装甲が叩かれ、塗装が剥がれ、火花が散る。濃緑の機体は傷を増やさないまま、橋へ近づいていく。

 

 橋上の別のリミネタイが、バズーカを肩へ上げた。

 発射。

 灰霧が膨らみ、尾を引く弾が一直線に来る。

 

 ヘル・ファルコンは盾のリミネタイを捨てた。

 投げない。離すだけで重さが落ち、機体が空へ一段軽くなる。

 同時に回転――バレルロール。弾は脇を抜け、欄干の外で爆ぜ、渓谷へ落ちていった。

 

〈LG〉『撃ち漏らすな! 橋脚側、押さえろ!』

 

 怒鳴り声が上ずる。弾は増える。だがヘル・ファルコンの三機は、弾幕の中で速度の芯だけを保っている。

 

 邪魔な機体だけを刃で落とし、残りは無視して通る。短い決着で終わらせる――その運用そのものが、ここで露骨になる。

 

 距離が詰まった。

 ヘル・ファルコンの背に載っていた長物が、右腕へ回る。三機とも同じ動きだ。背部のバズーカを持ち替え、肩と腰の軸が同時に揃う。

 装填は成形炸薬弾。橋を「折る」ための弾だ。

 

〈アキヒト〉「あいつら、高架を落とす気だ」

〈LG〉『高架を? ここが落ちたら、北が止まる――』

〈ヒロ〉『ラインガード、B3区間を即時封鎖。北端と南端で列を止めろ。橋の上の人間を端から下げる。中央に残すな』

〈LG〉『了解。B3白帯、橋上封鎖に移行! 誘導員、列を二手に分けろ。北行きは北側ランプへ、南行きはその場から引き返せ!』

 

 白帯の上で誘導員が一斉に動く。

 北端では、まだ上がりきっていない列が押し返され、坂を下って後方ハブへ戻されていく。

 南側では、資源都市へ向かっていた人々が、出口へ向けて向きを変えさせられた。

 

 だが中央付近まで来ている荷車と親子連れは、すぐには反転できない。狭い橋面で人と荷物がもつれ、列が詰まり始める。

 

〈ブリッジ〉『依頼元はカルディアじゃないってことだ。アストレイアか、どこかの頭のいい連中さ』

 

 ジルの声が、かすかに笑いを含んだ。

 その笑いが本心ではないことは、アキヒトにも分かった。

 

〈ブリッジ〉『ヘルマーチの白帯接近を阻止。高架中央部への射線を切れ!』

 

 アキヒトは高架の縁で姿勢を変えた。

 ヒロのヴァルケンストームも、同時に一歩前へ出る。トンファを構え、白帯と平行に角度を取る。トンファは打撃と放電で硬直を取る武器だ。

 

 アキヒトの左腕にはパイルがある。射撃で削いで、刃で捌き、杭で決める――その三点だけが今の手順になる。

 

〈ヒロ〉『降りる。白の上は撃たせない。外で止める』

〈アキヒト〉『了解』

 

 それ以上は要らない。

 

 二機は高架から降りた。

 落下ではない。短い噴射で高さを殺し、橋脚の影へ滑り込む。渓谷の風は下ほど強い。灰霧が薄く裂け、ヘル・ファルコンの三機の輪郭が一瞬だけはっきり出た。

 

〈ノルン〉『未知RF群。反応の遅れが平均から逸脱。操縦挙動、人間の反応と一致せず』

 

 HUDの隅で数字が流れる。

 アキヒトにはその意味が直感で分かった。

 

(……中身は人間だ。それでも反応は無人機以上。薬で限界を潰してる。痛みと恐怖を削って、機械に寄せてる)

 

 前衛の二機へ、近接を仕掛ける。

 ヒロが先に入る。トンファの斜打。横打。落下打。硬直を取る連撃だ。

 だがヘル・ファルコンは、そこにいない。

 

 避けるのではなく、先に軸をずらしている。トンファの先が空を切り、放電の火花だけが灰霧に散った。

 

 昔の匂いが、ふっと鼻の奥に戻ってくる。

 消毒液と汗、それに古い機械油。

 鋼鉄の床。冷えた鉄板を踏みしめた感触が、足裏の奥でじわりと戻ってきた。

 

『止まるな。踏みとどまっていいのは――死ぬ時だけだ』

『二度踏み込め。踏み込みの勢いを抑えろ。それができないやつから順番に死ぬ』

 

 アキヒトが刃を合わせる。

 白と灰が一瞬、視界を塗り潰す。

 LSLのフィードバックが、背中を駆け上がった。

 ――昔の戦場の風景が、見えるわけじゃない。

 ヘルマーチの作る戦場のリズムが頭より先に体のほうにある。

 

(……俺はもう、あっち側じゃない)

 

 ヘル・ファルコンは足を止めない。二度踏み込みの癖が、別物の速度で返ってくる。こちらの間合いが届く瞬間だけを、薄く外へ逃がす。

 

 その隙に、前衛の一機が狙いを固めた。

 バズーカの砲口が持ち上がる。橋桁の中央へ、角度がつく。

 発射。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。