灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉 作:青羽 イオ
第13話 白帯B3:危険度 高
夜明け前。
白帯外縁B3区画に、元は高速道路だった高架が伸びていた。
灰に覆われた平原の上を、南北へまっすぐ貫いている。崩れかけた側壁と、補修痕だらけの橋桁。もとの形は残っているが、道路というより、どうにか落ちずに保たせている細い足場に近かった。
その中央に、導光ラインが走っている。
白帯を示す白い線だ。
俺は、その外側で待っていた。
ここはカルディア社の資源都市へ続く幹線白帯の一部だった。鉱石と燃料を運び、避難民も通す。北と南をつなぐ橋でもある。
その橋を守るように、グレイランスが高架へ寄せて停止していた。側面ハッチからは、金属のスロープが一本、高架へ渡されている。艦の装甲と橋の欄干のあいだを、灰混じりの風が低く吹き抜けていた。
俺のストレイ・カスタムは、白帯のすぐ外側、欄干に近い車線で片膝をついている。
機体の胸は高架の外側へ向け、背中は白帯へ向けていた。外から飛んでくる破片や弾を、まず自分の装甲で受けるための姿勢だ。受けたものを白帯の上に落とさない。最初から、そのつもりで位置を取っている。
視界の中央では、橋の舗装に埋め込まれた導光ラインが淡く明滅していた。
ブリッジからジルの声が入る。
『白帯外縁B3区画。敵性反応は、カルディア社警備RFとグラウバッハ社契約部隊の交戦。白帯はまだ無傷』
少し間を置いて、続く。
『VOLKは白帯内側の防衛に専念。外での企業案件には関与しない』
俺は横のモニターへ視線を移し、白帯の外側を映す画面を見た。
高架橋の真下から少し離れた平原で、砲撃の光がいくつも交差している。カルディアの紺色装甲の機体と、グラウバッハの角ばった砂色の機体が、灰に埋もれていた施設跡を挟んで撃ち合っていた。
灰が薄く舞うたび、外側モニターの輪郭が荒れる。光学映像が一瞬だけ砂嵐になり、遠いはずの砲火が近く見えた。
ここ最近、灰の厚みが変わり、古い施設跡がいくつも地表に出てきている。旧世界の変換炉、通信の基幹設備、メム関連の実験機器。そういうものが、そのまま埋まっている可能性があるらしい。
あるいは、まだ誰も見たことのない兵器かもしれない。
何が残っているか分からない。それでも、一社が押さえれば、エネルギーや情報の流れを握れるかもしれない場所だ。だからカルディアもグラウバッハも手を引かない。
砲撃の光は、まだ白帯の外で止まっていた。
「白の外でいくら撃ち合おうが、企業同士の喧嘩だ」
俺は回線を開いた。
「こっちが見るのは、この白帯だけでいい」
前方へ視線を戻す。
白帯の上では、ラインガードのRF-06〈バッファロー〉とST-09〈スケルトン〉が歩調をそろえて進んでいた。
バッファローは半身盾を構え、白帯の外側から飛んでくる破片を受ける位置につく。スケルトンは小さく、装甲も薄いが、数で白帯の隙間を埋めている。橋の幅いっぱいに横一列で並ぶのではなく、導光ラインの内側と外側へ間隔を空け、杭灯の明かりを確かめながら進んでいた。
その足元を、避難民の列がゆっくり動いていく。
橋の上の誘導員が、スピーカー越しに声を張る。
「走らなくていい。そのまま前を見て、一歩ずつだ」
「列を崩すな。子どもを真ん中に。大人はそのまわりを歩け」
スケルトンが白帯のラインに沿って進み、側面のスピーカーからも同じ注意を流していた。
ここはたしかにカルディアの設備だ。だが、俺にとって白帯はカルディアだけのものではない。
戻るための道だ。
次へ進むための道だ。
それ以外の理屈を挟むと、手順が遅れる。
俺は視界の右下に目を落とした。
主電三十八パーセント。
危険度高。
ノルンの合成音声が、同じ警告を読み上げる。
〔危険度、高〕
始まる前からこれか。
主電が心もとないのは、連日の出撃で予備バッテリーを回せていないせいだ。分かっていても、数字が薄いと気分が悪い。残り時間を数字で見せられているみたいだった。
ブリッジが、カルディアとグラウバッハの両方へ通告を流す。
『白の外で済ませろ。白帯の中に一発でも入れた瞬間、こちらは護衛任務として双方を撃つ』
ジルの声は淡々としていた。
だが、それが本気で撃つという合図だとは分かった。
企業同士の小競り合いは、この数日ずっと続いている。レゾナンス由来の施設の権利だの、資源都市からの輸送枠だの、理由はいくらでもあるらしい。
だが、グレイランスにとって重要なのは一つだけだ。
白帯を無傷のままつなぎ止めること。
橋脚の下を、灰を巻き上げた風が強く吹き抜けた。
遠くで炸裂音が重なり、遅れて揺れが橋を伝ってくる。道路だった頃の舗装はひび割れ、そこへ後から敷かれた導光ラインだけがまっすぐ伸びていた。
この区間が落ちれば、カルディアの北側は止まる。
こんな継ぎ接ぎの高架一本に、北側からの避難も輸送も全部かかっている。
俺は操縦桿を握り直した。
ストレイ・カスタムの両脚をわずかに動かし、橋の柵と白帯とのあいだをふさぐように位置を取った。
部隊回線に、ヒロの声が入る。
『VOLK6より全機。白の内側優先だ。外でどれだけ派手にやろうが、こっちは線を守るだけだ』
リュウがすぐに返す。
『了解。B3外縁、監視継続。派手なのは下の連中に任せる』
短い交信が流れた。
俺は返事代わりに、送話キーを一度だけ軽く弾いた。
視界の端で、ヒロのヴァルケンストームが一歩前に出る。橋のカーブに合わせ、外側から来るものを受けやすい位置についた。
俺は、今の配置を頭の中で並べる。
この高架を直接ふさげるのは、ヒロと俺の二機だけだ。ガンモのバッド・バンカーとゴーシュのブルロアーは、一つ手前のB2区画で盾列を張り、避難列の先頭を支えている。リュウのレイヴン・アイとポチのブレイン・モールは、白帯外縁の高所に陣取り、別方向から近づく小さな敵群や危険な動きを遠くから見る役目だ。
白帯の上では避難民の列が息を詰めて進み、外では企業の砲火が飛び交っていた。
その境目で、俺は数字と光を見つめる。
まだ何も起きていないはずなのに、HUDの危険度高だけが消えず、操縦桿を握る手に汗がにじんだ。
一発も撃たずに終われば、それがいい。
そう思っても、頭の奥では別の答えが出ていた。
ヘルマーチにいた頃、白帯が無傷で終わる戦いなど、ほとんどなかった。
橋の上で線が途切れる瞬間を、俺は何度も見ている。
同じことが、この橋でも起きるかもしれない。