灰の傭兵と光の園 Ⅰ 〈RF各機、メカイラストあり〉 作:青羽 イオ
灰霧の向こうの速度が、数で見える前に音で来た。
渓谷の空気が一段だけ押し潰れ、遅れて砂利のような振動が高架の床から上がってくる。撃ち合いの砲声とは違う。一直線に抜けていく熱の痕だ。
〈ノルン〉『新規反応、三。方位〇一五。速度二〇〇超。推進補助、確認』
地図の赤い三角が、渓谷の底を滑るように寄ってくる。縁をなぞるのではない。谷の形を利用して、最短だけを通っている。
次の瞬間、濃緑の影が見えた。
RF‐21Hヘル・ファルコン――ヘルマーチの改修機。深緑と黒の塗装、赤い斜線のマーキングは、灰霧の中でも消えない。
動きが軽い。安全を削って反応だけを買った機体だと、アキヒトの目は先に理解した。
渓谷内では、まだカルディアとグラウバッハが撃ち合っている。
ヘル・ファルコンの三機は、その線の中心を通ってきた。
止まらない。言い訳の余地を作らない速度のまま、交戦の間へ割り込む。
砂色の列の端に、鈍い巨体がいた。RF‐08Gエレファント。
ヘル・ファルコンの先頭が減速しないまま、腕を一度だけ振った。刃が閃いたわけでも、構えたわけでもない。
エレファントの脚が切れて、次に見えたときには膝から崩れている。ヘル・ファルコンはその残骸を踏まない。踏めば速度が死ぬ。横へ滑って、渓谷の風の筋に乗る。
橋上と渓谷の各所から、カルディアの迎撃が始まった。
ライフルと機銃の弾幕が、灰霧に白い筋を残す。曳かれた線は高架の欄干を舐め、橋桁の影へ刺さり、跳ねた火花が上へ散った。
白帯の上で動いていたバッファローとスケルトンが、いっせいに外側へ角度を変える。RF‐07Kリミネタイの隊列も揺れた。約十二メートルの量産機が、橋面の左右で膝を落とし、撃ち下ろしを始める。
ヘル・ファルコンの一機が、リミネタイへ真正面から突っ込んだ。
タックル。受けた瞬間に、リミネタイの胸部がへこむ。だがヘル・ファルコンは押し倒さない。抱え込む。
盾にするためだ。
弾幕が、そのリミネタイへ吸われた。装甲が叩かれ、塗装が剥がれ、火花が散る。濃緑の機体は傷を増やさないまま、橋へ近づいていく。
橋上の別のリミネタイが、バズーカを肩へ上げた。
発射。
灰霧が膨らみ、尾を引く弾が一直線に来る。
ヘル・ファルコンは盾のリミネタイを捨てた。
投げない。離すだけで重さが落ち、機体が空へ一段軽くなる。
同時に回転――バレルロール。弾は脇を抜け、欄干の外で爆ぜ、渓谷へ落ちていった。
〈LG〉『撃ち漏らすな! 橋脚側、押さえろ!』
怒鳴り声が上ずる。弾は増える。だがヘル・ファルコンの三機は、弾幕の中で速度の芯だけを保っている。
邪魔な機体だけを刃で落とし、残りは無視して通る。短い決着で終わらせる――その運用そのものが、ここで露骨になる。
距離が詰まった。
ヘル・ファルコンの背に載っていた長物が、右腕へ回る。三機とも同じ動きだ。背部のバズーカを持ち替え、肩と腰の軸が同時に揃う。
装填は成形炸薬弾。橋を「折る」ための弾だ。
〈アキヒト〉「あいつら、高架を落とす気だ」
〈LG〉『高架を? ここが落ちたら、北が止まる――』
〈ヒロ〉『ラインガード、B3区間を即時封鎖。北端と南端で列を止めろ。橋の上の人間を端から下げる。中央に残すな』
〈LG〉『了解。B3白帯、橋上封鎖に移行! 誘導員、列を二手に分けろ。北行きは北側ランプへ、南行きはその場から引き返せ!』
白帯の上で誘導員が一斉に動く。
北端では、まだ上がりきっていない列が押し返され、坂を下って後方ハブへ戻されていく。
南側では、資源都市へ向かっていた人々が、出口へ向けて向きを変えさせられた。
だが中央付近まで来ている荷車と親子連れは、すぐには反転できない。狭い橋面で人と荷物がもつれ、列が詰まり始める。
〈ブリッジ〉『依頼元はカルディアじゃないってことだ。アストレイアか、どこかの頭のいい連中さ』
ジルの声が、かすかに笑いを含んだ。
その笑いが本心ではないことは、アキヒトにも分かった。
〈ブリッジ〉『ヘルマーチの白帯接近を阻止。高架中央部への射線を切れ!』
アキヒトは高架の縁で姿勢を変えた。
ヒロのヴァルケンストームも、同時に一歩前へ出る。トンファを構え、白帯と平行に角度を取る。トンファは打撃と放電で硬直を取る武器だ。
アキヒトの左腕にはパイルがある。射撃で削いで、刃で捌き、杭で決める――その三点だけが今の手順になる。
〈ヒロ〉『降りる。白の上は撃たせない。外で止める』
〈アキヒト〉『了解』
それ以上は要らない。
二機は高架から降りた。
落下ではない。短い噴射で高さを殺し、橋脚の影へ滑り込む。渓谷の風は下ほど強い。灰霧が薄く裂け、ヘル・ファルコンの三機の輪郭が一瞬だけはっきり出た。
〈ノルン〉『未知RF群。反応の遅れが平均から逸脱。操縦挙動、人間の反応と一致せず』
HUDの隅で数字が流れる。
アキヒトにはその意味が直感で分かった。
(……中身は人間だ。それでも反応は無人機以上。薬で限界を潰してる。痛みと恐怖を削って、機械に寄せてる)
前衛の二機へ、近接を仕掛ける。
ヒロが先に入る。トンファの斜打。横打。落下打。硬直を取る連撃だ。
だがヘル・ファルコンは、そこにいない。
避けるのではなく、先に軸をずらしている。トンファの先が空を切り、放電の火花だけが灰霧に散った。
昔の匂いが、ふっと鼻の奥に戻ってくる。
消毒液と汗、それに古い機械油。
鋼鉄の床。冷えた鉄板を踏みしめた感触が、足裏の奥でじわりと戻ってきた。
『止まるな。踏みとどまっていいのは――死ぬ時だけだ』
『二度踏み込め。踏み込みの勢いを抑えろ。それができないやつから順番に死ぬ』
アキヒトが刃を合わせる。
白と灰が一瞬、視界を塗り潰す。
LSLのフィードバックが、背中を駆け上がった。
――昔の戦場の風景が、見えるわけじゃない。
ヘルマーチの作る戦場のリズムが頭より先に体のほうにある。
(……俺はもう、あっち側じゃない)
ヘル・ファルコンは足を止めない。二度踏み込みの癖が、別物の速度で返ってくる。こちらの間合いが届く瞬間だけを、薄く外へ逃がす。
その隙に、前衛の一機が狙いを固めた。
バズーカの砲口が持ち上がる。橋桁の中央へ、角度がつく。
発射。