灰の傭兵と光の園 Ⅰ 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

15 / 22
第15話 抑止線、崩壊

 音が遅れて来た。

 弾は高架の腹へ吸い込まれ、白い閃光が橋の下面で膨らむ。衝撃は上へ抜けず、構造の内側で暴れる。成形炸薬弾の嫌な効き方だ。

 

〈ヒロ〉『二発目、止める』

 声が短く切れる。

 

 後衛の一機が、少し遅れて同じ動きをしていた。

 ヒロとアキヒトは、そちらへ回る。

 

 ヒロのトンファが振られる。

 横へ避けられる。避けたというより、重心がそこへ滑っている。

 

 次の瞬間、アキヒトが踏み込む。

 脚が――ヘルマーチのリズムをなぞるように、勝手に前へ出る。

 

(真似してるんじゃない。――もとから、俺の脚だ)

 

 刃で一度だけ外装を削り、パイルを突き出す。

 杭は、刺されば終わる。

 

 アキヒトの右脚がペダルを踏んでいた。

 視界の端でストレイ・カスタムの姿勢マーカーが、相手の動きにぴたりと重なる。

 

 ――先に動いているのは、どっちだ?

 

〈ノルン〉『警告。自機LSL制御パターンが敵RF行動パターンと同期傾向。ズレ、許容値以下』

(……勝手に噛み合うな!)

 心の中で吐き捨てても、体は止まらない。

 

 ヘル・ファルコンは、パイルを避けない。

 撫でるように旋回し、杭の進路の横をすり抜け、回転する。バレルロール。

 杭の先が空を貫き、機体の姿勢だけが崩れた。

 

 後衛の砲口が、静かに上がる。

 狙いは橋。白帯の線より奥、補修の継ぎ目。

 

〈アキヒト〉「撃つ」

 言った瞬間には遅い。

 

 発射。

 弾着。

 

 直後頭上で何かが断ち切られる感覚が走った。

 高架が、音を立てずにまず沈んだ。

 

 次に、折れた。

 

 橋面の中央から、白帯の導光ラインが一瞬だけ強く光り、そこで途切れる。光が消えるより先に、人と機体が傾く。逃げ場はない。欄干の外は渓谷だ。

 

 カルディアのリミネタイが踏ん張ろうとして、床ごと抜けた。避難民の列は、端からではなく中心から崩れた。荷車が倒れ、肩がぶつかり、手が離れる。

 声が上がった。灰霧が厚くなり、落ちるものが見えなくなる。見えないまま、音だけが下へ吸われていく。

 

 アキヒトは高架の縁を見上げた。

 そこにあったはずの「道」が、ない。

〈ラインガード〉『橋上、落ちる! 退け! 退け!』

 叫びがかき消える。指示は届かない。届いたとしても、足場が残っていない。

 

 視界の中で世界がゆっくりと傾いていく。ストレイ・カスタムの上、橋の中央部が大きくたわみそのまま沈み込みながら崩れ落ちた。

 導光ラインの白が裂けた橋桁の裏側から一瞬だけ姿を見せ直後に路面ごと暗い空洞へ呑まれていく。

 

〈LG〉『——っ、区画落下! 中央部、崩落!』

 

 警告の声が飛び交い無線がノイズでかき消される。杭灯が何本も根元から引きちぎられるように折れていく。

 

 白い標識ポールが大きくしなりそのまま空へ跳ね上がった。その向こうでさっきまで北と南に振り分けようとしていた避難列の一部が崩れた路面ごと闇の中へ引き込まれていく。

 誘導員の腕章と荷物を背負った黒い背中がちぎれた橋桁の縁からまとめて消えた。

 

 アキヒトには誰の顔も見えなかった。

 ただ頭上をかすめて落ちていく導光ラインの白い光と荷物を背負った黒い背中の塊が視界の端でどんどん小さくなっていくのが見えた。

 

(止められなかった)

 

 その言葉だけが頭の内側で同じ形のまま反響する。

 

 切断された橋の断面から粉じんの柱が立ち上る。そして遅れて地面の底から突き上げるような低い衝撃音が空気を震わせた。

 

 足元の基礎コンクリートには放射状のひび割れが広がっていた。灰をかぶった破片が縁から少しずつ崩れ落ちていく。

 

 見上げれば頭上の白帯は途中で途切れその先に導光ラインの白だけがちぎれた橋桁の裏側から宙に向かって伸びている。

 向こう側の高架はまだ空中にかかっていたがそのあいだの路面はまるごと灰に沈んでいた。

 

〈ノルン〉『警告。白帯B3区間:路面崩落/通行不能』

〈ノルン〉『白帯内死傷反応:多数検知(避難民/ラインガード含む)』

〈ノルン〉『クレイヴアクト運用記録更新。本任務における白帯破壊案件:初発』

 

 HUDの左下で文字列が淡々と並ぶ。作戦評価値のバーが一気に底まで落ちた。

 

〈LG〉『白帯内……被弾記録。損傷大……抑止線、崩壊』

 

 誰かの声が震えながらそう告げる。その言葉に訂正も慰めも重ならなかった。

 アキヒトは内側が空洞になったような感覚を抱えながらそれでも目を逸らさない。

 

 切り取られた橋の縁から白帯の「先」が消えている。導光ラインはこちら側と向こう側で別々の世界のもののように途切れていた。

 

 ヘルマーチは任務を果たした。白帯は割れた。

 

 *

 

 アキヒトの視界では粉じんがまだ落ちきらずに漂っている。抜け落ちた高架の断面が白くかすみちぎれた路面片と杭灯の残骸が暗い空洞の縁に引っかかったままだ。

 

 崩れた橋の真下、ストレイ・カスタムとヘル・ファルコンの機体が向かい合っていた。背後の橋脚の陰ではヒロのヴァルケンストームが姿勢を低くしたまま動かない。

 

 ヘル・ファルコンは落ちた路面を背に立ち頭だけをゆっくりこちらへ向ける一方で機体の正面は白帯の"先"が伸びていた方角へ据えたまま——そしてその方角に白の道はもうない。

 

 アキヒトはストレイ・カスタムの姿勢をわずかに落とし足裏で灰を噛んだ。

 

〈ブリッジ〉『白帯B3区間、路面崩落。通行不能を確認。ラインガードは救助を最優先』

〈ヒロ〉『VOLK6より全機。白の上はラインガードに任せる。残りのヘルマーチは——』

 

 灰霧の向こうでヘル・ファルコンの機体が身を翻し崩れた橋桁から距離を取りながら滑るように退いていく。

 同時にノルンが外部通信を拾い雑音混じりの声が無線へ割り込んだ。

 

〈HM‐1〉『全機離脱。予定どおりBルートを使い撤退する』

 

 照準枠の隅を遠ざかるヘル・ファルコンの背中が横切る。アキヒトは引き金から静かに指を外した。

 

〈ノルン〉『追撃ルート、崩落区間を通過。白帯と重なります』

〈アキヒト〉『追わない。……B3を見ろ』

 

 少し遅れて高架全体を一度だけ揺らすような震えが来てすっと消えた。

 

 白帯はそこで寸断されている。崩れ落ちた高架の断面には鉄筋とちぎれた導光ケーブルがむき出しで白いラインは途中で途切れ先だけが宙に取り残されて向こう側へ届かない。

 

 崩落を免れた区間ではラインガードが動いていた。ちぎれた白帯の終わりから数メートル手前、高架の上でスケルトンが杭灯を抱え「ここまでが道だ」と示す。その背中を頼りに避難民の列がゆっくり後方へ下がっていく。走らないように転ばないように。誰も振り返らない。

 

〈LG〉『B3、白帯後方の避難列、退避完了。前方、行方不明……多数』

 

 報告はそこで短く途切れた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。