灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

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第14話 白帯B3/崩落ライン

 灰霧の向こうから来るものは、数字より先に音で分かった。

 

 渓谷の空気が低く押され、そのあとで、砂利をこすったような振動が高架の床から上がってきた。さっきまでの砲声とは違う。何かが、谷の底をまっすぐ抜けてくる音だった。

 

 ノルンの合成音声が、すぐに告げる。

 

〔新規反応、三。方位〇一五。速度二〇〇超。推進補助を確認〕

 

 地図に赤い三角が三つ増えた。

 

 それは渓谷の底を滑るように近づいてくる。縁を回っているのではない。谷の形を利用して、最短の線だけを通っていた。

 

 次の瞬間、灰霧の奥に濃緑の影が見えた。

 

 RF-21H〈ヘル・ファルコン〉。

 

 ヘルマーチの改修機だ。深緑と黒の塗装。赤い斜線のマーキング。灰霧の中でも、その色は消えない。

 

 動きが軽すぎる。

 

 安全を削って、反応速度だけを買った機体だと、俺の目は先に理解していた。

 

 渓谷内では、まだカルディアとグラウバッハが撃ち合っている。

 

 ヘル・ファルコンの三機は、その撃ち合いの中心を通ってきた。

 

 止まらない。

 

 どちらの味方にも見えない速度のまま、交戦している機体の間へ割り込む。

 

 砂色の列の端に、鈍い巨体がいた。RF-08G〈エレファント〉だ。

 

 ヘル・ファルコンの先頭機が、減速しないまま腕を一度だけ振った。刃を大きく構えたわけではない。見えたのは、ほんの短い動きだけだった。

 

 次に見えた時、エレファントの脚は膝の下から切れていた。

 

 巨体が崩れる。

 

 だがヘル・ファルコンは、その残骸を踏まなかった。踏めば速度が死ぬ。横へ滑り、渓谷を抜ける風の筋に乗るように進路を変えた。

 

 橋上と渓谷の各所から、カルディア側の迎撃が始まる。

 

 ライフルと機銃の弾幕が、灰霧に白い筋を残した。弾は高架の欄干をかすめ、橋桁の影へ刺さり、跳ねた火花が上へ散る。

 

 白帯の上にいたバッファローとスケルトンが、いっせいに外側へ向きを変えた。

 

 リミネタイの隊列も揺れる。カルディアの量産機が橋面の左右で膝を落とし、渓谷へ向けて撃ち下ろしを始めた。

 

 そのうち一機へ、ヘル・ファルコンが真正面から突っ込んだ。

 

 タックル。

 

 受けた瞬間、リミネタイの胸部装甲がへこむ。だがヘル・ファルコンは、そのまま押し倒さなかった。リミネタイを前へ出したまま、盾にした。

 

 弾幕がリミネタイへ吸われる。

 

 装甲が叩かれ、塗装が剥がれ、火花が散った。濃緑の機体は、自分の傷を増やさないまま橋へ近づいてくる。

 

 橋上の別のリミネタイが、バズーカを肩へ上げた。

 

 発射。

 

 灰霧が膨らみ、尾を引く弾が一直線に飛ぶ。

 

 ヘル・ファルコンは、盾にしていたリミネタイを捨てた。同時に機体を横へ回す。回転した胴体の脇を弾が抜け、欄干の外で爆ぜて、破片が渓谷へ落ちていった。

 

 ラインガードの怒鳴り声が回線に混じる。

 

『撃ち漏らすな! 橋脚側、押さえろ!』

 

 声が上ずっていた。

 

 弾は増える。だが、ヘル・ファルコンの三機は弾幕の中で速度を落とさない。

 

 邪魔な機体だけを刃で落とし、残りは無視して通る。長く戦う気はない。短い時間で目的だけを済ませる動きだ。

 

 距離が詰まる。

 

 ヘル・ファルコンの背に載っていた長物が、右腕へ回った。

 

 三機とも同じ動きだ。背部のバズーカを持ち替え、肩と腰の向きが同時にそろう。

 

 砲口が橋へ向いた。

 

 橋を折るための弾だ。

 

「あいつら、高架を落とす気だ」

 

 俺が言うと、ラインガード側の回線が一瞬だけ乱れた。

 

『高架を? ここが落ちたら、北が止まる――』

 

 ヒロの声が割り込む。

 

『ラインガード、B3区間を今すぐ封鎖しろ。北端と南端で列を止める。橋の上の人間を端から下げろ。中央に残すな』

 

 ラインガードの返答は早かった。

 

『了解。B3白帯、橋上封鎖に移行! 誘導員、列を二手に分けろ。北行きは北側ランプへ、南行きはその場から引き返せ!』

 

 白帯の上で誘導員たちが一斉に動いた。

 

 北端では、まだ高架へ上がりきっていない列が押し返され、坂を下って後方ハブへ戻されていく。南側では、資源都市へ向かっていた人々が出口へ向けて向きを変えさせられた。

 

 だが中央付近まで来ていた荷車と親子連れは、すぐには反転できない。

 

 狭い橋面で人と荷物が引っかかり、列が詰まり始める。

 

 ブリッジからジルの声が入った。

 

『依頼元はカルディアじゃないってことだ。アストレイアか、どこかの頭の回る連中だろうね』

 

 声の端に、少しだけ笑いが混じっていた。

 

 けれど、それが本当に笑っている声ではないことは分かった。

 

『ヘルマーチの白帯接近を阻止。高架中央部への射線を切れ!』

 

 俺は高架の縁で姿勢を変えた。

 

 ヒロのヴァルケンストームも、同時に一歩前へ出る。トンファを構え、白帯と平行になる角度を取った。

 

 ヒロが言った。

 

「降りるぞ。白の上は撃たせない。外で止める」

 

「ああ」

 

 それ以上は要らなかった。

 

 俺とヒロの二機は、高架から降りた。

 

 短い噴射で高さを殺し、橋脚の影へ滑り込む。渓谷の風は下ほど強い。灰霧が薄く裂け、ヘル・ファルコン三機の輪郭が一瞬だけはっきり見えた。

 

 ノルンが告げる。

 

〔未知RF群。反応の遅れが平均から外れています。操縦挙動、人間の反応と一致しません〕

 

 HUDの隅で数字が流れる。

 

 意味は、すぐに分かった。

 

 中身は人間だ。

 

 それでも、反応は無人機に近い。薬か、神経処理か、どちらにしても普通じゃない。痛みと恐怖を削って、機械に近づけている。

 

 前衛の二機へ、近接を仕掛ける。

 

 ヒロが先に入った。

 

 だが、ヘル・ファルコンはそこにいなかった。打たれる前に、軸をずらしていた。

 

 トンファの先が空を切り、放電の火花だけが灰霧に散る。

 

 昔の匂いが、鼻の奥に戻ってきた。

 

 消毒液と汗。

 

 古い機械油。

 

 鋼鉄の床。

 

 冷えた鉄板を踏みしめた感触が、足裏の奥でじわりと戻ってくる。

 

 止まるな。

 

 踏みとどまっていいのは、死ぬ時だけだ。

 

 二度踏み込め。

 

 踏み込みの勢いを殺せないやつから、順番に死ぬ。

 

 昔の声が、頭の中で響いた。

 

 俺は刃を合わせる。

 

 白と灰が、一瞬だけ視界を塗り潰した。LSLの感覚が背中を駆け上がる。

 

 昔の戦場が見えているわけじゃない。

 

 ただ、ヘルマーチの作る戦場の速さを、体が先に知っている。

 

 俺はもう、あっち側じゃない。

 

 ヘル・ファルコンは足を止めない。

 

 二度踏み込みの癖が、別の速度で返ってくる。こちらの間合いに入る瞬間だけ、薄く外へ逃げる。刃が届いたと思った時には、もう軸がずれていた。

 

 その隙に、前衛の一機が狙いを固めた。

 

 バズーカの砲口が持ち上がる。

 

 角度は、橋桁の中央。

 

 発射。

 

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