灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉 作:青羽 イオ
音は、少し遅れて来た。
弾は高架の下面へ吸い込まれ、次の瞬間、白い閃光が橋の下で膨らんだ。爆発は外へ広がるのではなく、橋桁の中に入り込むように走った。
成形炸薬弾だ。
ヒロの声が短く切れる。
『二発目を止めろ!』
後衛の一機が、少し遅れて同じ動きをしていた。
背部のバズーカを右腕へ回し、肩と腰をそろえる。砲口がまた高架へ向いた。
俺とヒロは、そちらへ回る。
ヒロのトンファが振られた。
ヘル・ファルコンは横へ逃げる。避けたというより、最初からそこへ重心を滑らせていた。トンファの先が空を切り、放電だけが灰霧に散る。
次の瞬間、俺が踏み込んでいた。
ペダルを踏んだ感覚より先に、ストレイ・カスタムの脚が前へ出る。
ヘルマーチのリズムをなぞっている。
そう気づいた瞬間、右足がペダルを踏み込みすぎ、姿勢マーカーがわずかに跳ねた。
真似しているんじゃない。
もとから、俺の脚だ。
俺は刃を一度だけ合わせ、ヘル・ファルコンの外装を削った。そのまま左腕を突き出す。外付けパイルの杭が、相手の胴を狙って走る。
刺されば止まる。
止められれば、二発目は撃たせない。
右足がペダルを踏み込んでいた。
視界の端で、ストレイ・カスタムの姿勢マーカーが相手の動きに重なる。こちらが先に動いているのか、向こうの動きに合わせているのか、一瞬分からなくなった。
ノルンが警告を出す。
〔警告。自機LSL制御パターンが、敵RF行動パターンと同期傾向。ずれ、許容値以下〕
勝手に噛み合うな。
そう思っても、体は止まらなかった。
ヘル・ファルコンは、パイルを大きく避けなかった。
機体をなでるように回し、杭の進路の横をすり抜ける。そのまま横回転。杭の先が空を貫き、こちらの姿勢だけが崩れた。
後衛機の砲口が、静かに上がる。
狙いは橋だ。
「撃つ!」
俺が言った時には、もう遅かった。
発射。
弾着。
頭上で、何かが断ち切られる感覚が走った。
高架は、まず音を立てずに沈んだ。
次に、折れた。
橋面の中央で、白帯の導光ラインが一瞬だけ強く光った。そこで光が途切れる。
消えるより先に、人と機体が傾いた。
逃げ場はない。
欄干の外は渓谷だ。
カルディアのリミネタイが踏ん張ろうとして、床ごと抜けた。避難民の列は端から崩れたのではなく、中心から割れた。荷車が倒れ、肩がぶつかり、つないでいた手が離れる。
声が上がった。
灰霧が厚くなり、落ちていくものが見えなくなる。見えないまま、音だけが下へ吸われていった。
俺は高架の縁を見上げた。
そこにあったはずの道が、なかった。
ラインガードの叫びが回線に入る。
『橋上、落ちる! 退け! 退け!』
指示はかき消された。
届いたとしても、足場がもう残っていない。
視界の中で、世界がゆっくり傾いていく。ストレイ・カスタムの頭上で橋の中央部が大きくたわみ、そのまま沈み込みながら崩れ落ちた。
裂けた橋桁の裏側から、導光ラインの白が一瞬だけ見えた。直後に、路面ごと暗い空洞へ呑まれていく。
『B3区画、中央部崩落!』
『杭灯、根元から折れています!』
『避難列、中央で分断!』
警告の声が重なり、無線はノイズで荒れた。
白い標識ポールが大きくしなり、そのまま空へ跳ねるように折れた。その向こうで、さっきまで北と南に振り分けようとしていた避難列の一部が、崩れた路面ごと闇の中へ引き込まれていく。
誘導員の腕章が見えた。
荷物を背負った黒い背中が見えた。
顔は見えなかった。
ただ、頭上をかすめて落ちていく白い導光の光と、人の背中の塊が、視界の端で小さくなっていくのが見えた。
止められなかった。
その言葉だけが、頭の内側で同じ形のまま残った。
切断された橋の断面から、粉じんの柱が立ち上る。遅れて、地面の底から突き上げるような低い衝撃音が空気を震わせた。
足元の基礎コンクリートには、放射状のひびが広がっている。灰をかぶった破片が、縁から少しずつ崩れ落ちていった。
見上げると、頭上の白帯は途中で途切れていた。
導光ラインの白は、ちぎれた橋桁の裏側から宙へ伸びたまま、向こう側へ届いていない。向こうの高架はまだ空中に残っている。だが、その間の路面はまるごと灰の中へ落ちていた。
ノルンが淡々と報告を並べる。
『警告。白帯B3区間、路面崩落。通行不能』
『白帯内死傷反応、多数検知。避難民、ラインガードを含みます』
『クレイヴ・アクト運用記録更新。本任務における白帯破壊案件、初発』
HUDの左下に文字列が並ぶ。
作戦評価値のバーが、一気に底まで落ちた。
ラインガード側の声が震えていた。
『白帯内、被弾記録。損傷大……抑止線、崩壊』
誰も訂正しなかった。
誰も慰めなかった。
俺は、胸の内側だけが空になったような感覚を抱えたまま、それでも目を逸らさなかった。
切り取られた橋の縁から、白帯の先が消えている。
導光ラインは、こちら側と向こう側で別々のものになっていた。
ヘルマーチは任務を果たした。
白帯は割れた。
*
粉じんは、まだ落ちきっていなかった。
抜け落ちた高架の断面が白くかすみ、ちぎれた路面片と杭灯の残骸が、暗い空洞の縁に引っかかっている。
崩れた橋の下で、俺のストレイ・カスタムとヘル・ファルコンが向かい合っていた。背後の橋脚の陰では、ヒロのヴァルケンストームが姿勢を低くしたまま動かない。
ヘル・ファルコンは、落ちた路面を背に立っていた。
頭部だけを、ゆっくりこちらへ向ける。だが機体の正面は、白帯の先が伸びていた方角へ向いたままだ。
もう、そこに白い道はない。
俺はストレイ・カスタムの姿勢を少し落とし、足裏で崩れた路面を踏み直した。
ブリッジからの報告が入る。
『白帯B3区間、路面崩落。通行不能を確認。ラインガードは救助を最優先』
ヒロが部隊回線に入る。
『VOLK6より全機。白の上はラインガードに任せる。残りのヘルマーチは――』
その言葉の途中で、灰霧の向こうのヘル・ファルコンが身を翻した。
崩れた橋桁から距離を取りながら、滑るように退いていく。
同時にノルンが外部通信を拾い、雑音混じりの声が無線へ割り込んだ。
『全機離脱。予定どおりBルートを使い撤退する』
照準枠の隅を、遠ざかるヘル・ファルコンの背中が横切った。
俺は、引き金から静かに指を外した。
ノルンが確認を出す。
『追撃ルート、崩落区間を通過。白帯と重なります』
「追わない。……B3を見ろ」
少し遅れて、高架全体を一度だけ揺らすような震えが来て、すぐに消えた。
白帯は、そこで寸断されている。
崩れ落ちた高架の断面には、鉄筋とちぎれた導光ケーブルがむき出しになっていた。白いラインは途中で途切れ、その先だけが宙に取り残されて、向こう側へ届いていない。
崩落を免れた区間では、ラインガードが動いていた。
ちぎれた白帯の終わりから数メートル手前で、スケルトンが杭灯を抱えて立っている。ここまでが道だと示すためだ。
その背中を頼りに、避難民の列がゆっくり後方へ下がっていく。
ラインガードの報告が入る。
『B3、白帯後方の避難列、退避完了。前方、行方不明……多数』
報告はそこで短く途切れた。
俺は返事をしなかった。
できなかった。