灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

16 / 56
第15話 抑止線、崩壊

 音は、少し遅れて来た。

 

 弾は高架の下面へ吸い込まれ、次の瞬間、白い閃光が橋の下で膨らんだ。爆発は外へ広がるのではなく、橋桁の中に入り込むように走った。

 

 成形炸薬弾だ。

 

 ヒロの声が短く切れる。

 

『二発目を止めろ!』

 

 後衛の一機が、少し遅れて同じ動きをしていた。

 

 背部のバズーカを右腕へ回し、肩と腰をそろえる。砲口がまた高架へ向いた。

 

 俺とヒロは、そちらへ回る。

 

 ヒロのトンファが振られた。

 

 ヘル・ファルコンは横へ逃げる。避けたというより、最初からそこへ重心を滑らせていた。トンファの先が空を切り、放電だけが灰霧に散る。

 

 次の瞬間、俺が踏み込んでいた。

 

 ペダルを踏んだ感覚より先に、ストレイ・カスタムの脚が前へ出る。

 

 ヘルマーチのリズムをなぞっている。

 

 そう気づいた瞬間、右足がペダルを踏み込みすぎ、姿勢マーカーがわずかに跳ねた。

 

 真似しているんじゃない。

 

 もとから、俺の脚だ。

 

 俺は刃を一度だけ合わせ、ヘル・ファルコンの外装を削った。そのまま左腕を突き出す。外付けパイルの杭が、相手の胴を狙って走る。

 

 刺されば止まる。

 

 止められれば、二発目は撃たせない。

 

 右足がペダルを踏み込んでいた。

 

 視界の端で、ストレイ・カスタムの姿勢マーカーが相手の動きに重なる。こちらが先に動いているのか、向こうの動きに合わせているのか、一瞬分からなくなった。

 

 ノルンが警告を出す。

 

〔警告。自機LSL制御パターンが、敵RF行動パターンと同期傾向。ずれ、許容値以下〕

 

 勝手に噛み合うな。

 

 そう思っても、体は止まらなかった。

 

 ヘル・ファルコンは、パイルを大きく避けなかった。

 

 機体をなでるように回し、杭の進路の横をすり抜ける。そのまま横回転。杭の先が空を貫き、こちらの姿勢だけが崩れた。

 

 後衛機の砲口が、静かに上がる。

 

 狙いは橋だ。

 

「撃つ!」

 

 俺が言った時には、もう遅かった。

 

 発射。

 

 弾着。

 

 頭上で、何かが断ち切られる感覚が走った。

 

 高架は、まず音を立てずに沈んだ。

 

 次に、折れた。

 

 橋面の中央で、白帯の導光ラインが一瞬だけ強く光った。そこで光が途切れる。

 

 消えるより先に、人と機体が傾いた。

 

 逃げ場はない。

 

 欄干の外は渓谷だ。

 

 カルディアのリミネタイが踏ん張ろうとして、床ごと抜けた。避難民の列は端から崩れたのではなく、中心から割れた。荷車が倒れ、肩がぶつかり、つないでいた手が離れる。

 

 声が上がった。

 

 灰霧が厚くなり、落ちていくものが見えなくなる。見えないまま、音だけが下へ吸われていった。

 

 俺は高架の縁を見上げた。

 

 そこにあったはずの道が、なかった。

 

 ラインガードの叫びが回線に入る。

 

『橋上、落ちる! 退け! 退け!』

 

 指示はかき消された。

 

 届いたとしても、足場がもう残っていない。

 

 視界の中で、世界がゆっくり傾いていく。ストレイ・カスタムの頭上で橋の中央部が大きくたわみ、そのまま沈み込みながら崩れ落ちた。

 

 裂けた橋桁の裏側から、導光ラインの白が一瞬だけ見えた。直後に、路面ごと暗い空洞へ呑まれていく。

 

『B3区画、中央部崩落!』

 

『杭灯、根元から折れています!』

 

『避難列、中央で分断!』

 

 警告の声が重なり、無線はノイズで荒れた。

 

 白い標識ポールが大きくしなり、そのまま空へ跳ねるように折れた。その向こうで、さっきまで北と南に振り分けようとしていた避難列の一部が、崩れた路面ごと闇の中へ引き込まれていく。

 

 誘導員の腕章が見えた。

 

 荷物を背負った黒い背中が見えた。

 

 顔は見えなかった。

 

 ただ、頭上をかすめて落ちていく白い導光の光と、人の背中の塊が、視界の端で小さくなっていくのが見えた。

 

 止められなかった。

 

 その言葉だけが、頭の内側で同じ形のまま残った。

 

 切断された橋の断面から、粉じんの柱が立ち上る。遅れて、地面の底から突き上げるような低い衝撃音が空気を震わせた。

 

 足元の基礎コンクリートには、放射状のひびが広がっている。灰をかぶった破片が、縁から少しずつ崩れ落ちていった。

 

 見上げると、頭上の白帯は途中で途切れていた。

 

 導光ラインの白は、ちぎれた橋桁の裏側から宙へ伸びたまま、向こう側へ届いていない。向こうの高架はまだ空中に残っている。だが、その間の路面はまるごと灰の中へ落ちていた。

 

 ノルンが淡々と報告を並べる。

 

『警告。白帯B3区間、路面崩落。通行不能』

 

『白帯内死傷反応、多数検知。避難民、ラインガードを含みます』

 

『クレイヴ・アクト運用記録更新。本任務における白帯破壊案件、初発』

 

 HUDの左下に文字列が並ぶ。

 

 作戦評価値のバーが、一気に底まで落ちた。

 

 ラインガード側の声が震えていた。

 

『白帯内、被弾記録。損傷大……抑止線、崩壊』

 

 誰も訂正しなかった。

 

 誰も慰めなかった。

 

 俺は、胸の内側だけが空になったような感覚を抱えたまま、それでも目を逸らさなかった。

 

 切り取られた橋の縁から、白帯の先が消えている。

 

 導光ラインは、こちら側と向こう側で別々のものになっていた。

 

 ヘルマーチは任務を果たした。

 

 白帯は割れた。

 

 *

 

 粉じんは、まだ落ちきっていなかった。

 

 抜け落ちた高架の断面が白くかすみ、ちぎれた路面片と杭灯の残骸が、暗い空洞の縁に引っかかっている。

 

 崩れた橋の下で、俺のストレイ・カスタムとヘル・ファルコンが向かい合っていた。背後の橋脚の陰では、ヒロのヴァルケンストームが姿勢を低くしたまま動かない。

 

 ヘル・ファルコンは、落ちた路面を背に立っていた。

 

 頭部だけを、ゆっくりこちらへ向ける。だが機体の正面は、白帯の先が伸びていた方角へ向いたままだ。

 

 もう、そこに白い道はない。

 

 俺はストレイ・カスタムの姿勢を少し落とし、足裏で崩れた路面を踏み直した。

 

 ブリッジからの報告が入る。

 

『白帯B3区間、路面崩落。通行不能を確認。ラインガードは救助を最優先』

 

 ヒロが部隊回線に入る。

 

『VOLK6より全機。白の上はラインガードに任せる。残りのヘルマーチは――』

 

 その言葉の途中で、灰霧の向こうのヘル・ファルコンが身を翻した。

 

 崩れた橋桁から距離を取りながら、滑るように退いていく。

 

 同時にノルンが外部通信を拾い、雑音混じりの声が無線へ割り込んだ。

 

『全機離脱。予定どおりBルートを使い撤退する』

 

 照準枠の隅を、遠ざかるヘル・ファルコンの背中が横切った。

 

 俺は、引き金から静かに指を外した。

 

 ノルンが確認を出す。

 

『追撃ルート、崩落区間を通過。白帯と重なります』

 

「追わない。……B3を見ろ」

 

 少し遅れて、高架全体を一度だけ揺らすような震えが来て、すぐに消えた。

 

 白帯は、そこで寸断されている。

 

 崩れ落ちた高架の断面には、鉄筋とちぎれた導光ケーブルがむき出しになっていた。白いラインは途中で途切れ、その先だけが宙に取り残されて、向こう側へ届いていない。

 

 崩落を免れた区間では、ラインガードが動いていた。

 

 ちぎれた白帯の終わりから数メートル手前で、スケルトンが杭灯を抱えて立っている。ここまでが道だと示すためだ。

 

 その背中を頼りに、避難民の列がゆっくり後方へ下がっていく。

 

 ラインガードの報告が入る。

 

『B3、白帯後方の避難列、退避完了。前方、行方不明……多数』

 

 報告はそこで短く途切れた。

 

 俺は返事をしなかった。

 

 できなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。