灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉 作:青羽 イオ
第17話 燃え残りの軍隊
UDF白帯C18防衛線。
旧レゾナンス第3都市の近郊。灰に埋もれた幹線道路の外れに、その線はまだ残っていた。
白帯は細く、何度も補修されている。杭灯の間隔もそろっていない。導光ラインはところどころ弱く、灰に隠れかけていた。それでも、消えてはいない。
UDF第3補給中隊の隊長は、簡易指揮所の天幕から外を見た。
灰の向こうで、スケルトンが膝を落としている。
安く、早く、数をそろえるための人型兵器だ。前線では今も便利に使われているが、兵士たちはひそかに「動く棺桶」と呼ぶ。
隊長は、その言葉が嫌いだった。
嫌いだが、否定しきれないことも分かっている。
あの機体の外殻は補修跡だらけだった。動くたびに装甲がきしむ。胸と腿の装甲はところどころ剥ぎ取られ、別機種のプレートが溶接で貼りつけられている。
右前腕には〇六系のライフル。
左肩には、場つなぎの十二・七ミリ機銃。
どちらも正規の組み合わせではない。使えるものを外し、足りない場所へ固定しただけだ。前線では、そういう機体から先に回される。
スケルトンの操縦席で、兵長がモニターの数値だけを見ていた。
コア、九十一パーセント。
冷却遅延。
警告灯は赤く点滅し続けている。
余裕は薄い。
だが、下がる場所もない。
白帯の外縁、灰をかぶった路面の向こうから、黒い影がにじむように近づいてくる。
キーテラの小型個体だ。
数は多くない。
それでも、白い線に触れさせるわけにはいかなかった。
『前へ――あと少し。そこまでだ』
兵長の声が、簡易指揮所の受信機に入った。
スケルトンの左肩で、古い十二・七ミリ機銃が短く吠える。弾帯の残りが減っていく表示が、指揮所側の小さなモニターにも映っていた。
黒い影が砕け、灰の上に倒れる。
胴を撃ち抜かれても、白帯へ頭を向けたまま脚を痙攣させる個体がいる。撃ち漏らした数体も、導光ラインの明滅を追うように身をねじり、白い線へにじり寄った。
兵長の機体に、また警告が出る。
コア、八十九パーセント。
冷却遅延、継続。
推奨行動、後退。
『まだだ。ここで下がったら、白に食いつかれる』
兵長は吐き捨て、砲口を境界の直前に据え直した。
越えようとした影だけを、ひとつずつ撃ち抜く。撃ちすぎれば、次の波で弾が足りなくなる。だから最小限で止める。
それでも、この線だけは踏ませない。
隊長は、天幕の柱を握った。
UDFは、かろうじて残っている。
中央司令部はとうに灰になった。上から降ってくる命令も、昔のようには届かない。だが「白帯はUDFが見る」という名だけは、まだ手放せなかった。
丘の上には、灰色の巨体が腰を据えている。
陸上戦艦グレイランスだ。
白帯から少し外れた位置に停まり、側面ハッチから伸びたケーブルを、スケルトンの腰部バッテリーパックやトラックの燃料タンクへつないでいた。
艦内で精製した燃料。
水。
充電用の電力。
それらが、ポンプと変圧器のうなりに乗って流れ込んでいる。
補給線というには細い。
だが、今はそれが命綱だった。
「補給車、到着予定まで十二時間。こっちの弾は、あといくつだ」
隊長は紙の台帳をめくった。
タブレットはある。だが、通信網がやせ細りすぎて、まともに同期できない。最後に信用できるのは、紙と鉛筆だった。
補給担当の兵士が答える。
「機関銃弾、二箱。砲弾は、装填済みを含めて三十六発です」
「足りるか」
「足りません。次の波が大きければ、持ちません」
隊長は黙ってページを戻し、天幕の端に置かれた鍋を見た。
水で伸ばしたスープが、小さく沸いている。乾燥野菜と豆が浮いていた。配れる量は少ない。だが、何もないよりはましだ。
「弱い火でも、消さなければいい」
独り言に近かった。
天幕の中の誰も、否定しなかった。
丘の上で、グレイランスのハッチが開いている。
格納区では、VOLKのRFが膝を折っていた。白枠に脚を収めたまま、整備班が脚のシリンダーを伝う黒いオイルを拭い、弾倉と予備電源パックを抱えて走り回っている。
頭上のモノレールクレーンが、ラックごと弾薬とバッテリーを運んでいた。
次の発進に間に合わせるためだ。
隊長は天幕へ入ってきたジルに向き直った。
クレイヴ・アクト、グレイランス側の連絡士官。外套の袖口を整え、顔には疲れを出していない。
「白帯の外だけを対象にした請負案件だ。内容は聞いているか」
隊長が言うと、ジルは首を振った。
「概要だけです。詳しく伺えますか」
「南側の旧市街地に、濃い灰が出ているらしい。局所的に濃くなるやつだ。たいていは数日で消えるが、運が悪いとキーテラの巣になる」
隊長は紙束を指で叩き、要点だけを並べた。
「今のところ、白帯に直接乗ってくる動きじゃない。だが、補給車の迂回路にかかる可能性が高い。方面軍だけじゃ手が回らん。お前たちにも叩いてほしい」
ジルは少しだけ目を細めた。
「補給線の守りを、こちらにも肩代わりさせたいわけですね」
「そうだ」
隊長はごまかさなかった。
「報酬条件は」
「傭兵への支払いは、通常の六十パーセント。燃料と弾薬はお前たちの自腹だ。白帯から離れているから、白帯護衛の割増分もつけられん」
「条件としては、かなり渋いですね」
ジルの声は淡々としていた。
数字をそのまま受け取る声だ。
「ああ」
隊長は苦く笑った。
「それでも、この方面軍はまだ六割出せているだけましだ。他じゃ、もうタダ働きに近い条件でしか傭兵を呼べん」
ジルの視線が、天幕の鍋へ一瞬だけ滑った。
「こちらも、ずいぶんぎりぎりでやりくりしておられる」
「お互いさまだよ」
隊長は台帳を閉じた。
上から降ってきていた作戦命令は途絶えた。それでも、この線だけは守る。その惰性が、今は支えにもなっている。
「で、その請負に出るのは?」
「VOLKからは三機です。ガンモのバッド・バンカーを先頭に、ゴーシュのブルロアーと、リュウのレイヴン・アイを南へ回します」
ジルは、配置表を崩さずに続ける。
「ヒロ隊長機ヴァルケンストームと、アキヒトのストレイ・カスタム、それからポチのブレイン・モールはこちらに残します。グレイランス護衛と白帯側の露払い、帯域と地形の監視は、この三機で引き受けます」
「この少ない戦力で、白と補給線の両方を守るわけか」
「ええ。補給車が着くまでは、うちとUDFで持たせるしかありません」
ジルは肩を少しだけすくめた。
それから、最後だけ声を硬くする。
「白の外での処理は――任せてください」
軽い敬礼だった。
隊長も返礼する。
丘の上で、グレイランスの側面ハッチから、VOLKのRFがひときわ大きな駆動音を立てて起き上がった。
重盾機バッド・バンカーが最初に格納区を抜け、南へ向いた右舷カタパルトへ進む。重い盾を前へ抱えた機体の後ろに、ブルロアーが続いた。火力支援機らしく、肩と腕に積んだ武装の輪郭が大きい。
最後に、レイヴン・アイが滑るように出る。
狙撃機の細い機体は、他の二機より静かに見えた。だが、その頭部センサーはもう南の灰を見ている。
南へ向かう分隊は、白帯の見える範囲からじきに姿を消すだろう。
隊長は、その影を見送った。
小さな火を分け合って、今日もここに踏みとどまる。