灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

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第20話 「いらないもの」の外側で

 灰の色が、少し変わった気がした。

 

 最初は、霧の濃さが変わっただけかと思った。けれど、モニターの向こうに縦長の影が見えてくる。山ではない。近づくほど、まっすぐな線と平らな面がはっきりしていった。

 

 壁だった。

 

 アストレイアの企業都市を囲む、高い遮蔽壁。

 

 その上には塔がいくつも並んでいる。塔の口から青白い煙が吐き出され、灰色の空へ細く流れていた。煙というより、冷たい息のようだった。外へ出されたそれはすぐに広がらず、しばらく筋のまま落ちていく。

 

 落ちた先の地面は、黒く焼けたように見えた。

 

「……あれ、何ですか」

 

 私が聞くと、アキヒトは前を向いたまま答えた。

 

「都市のフィルターだ。灰を吸い込んで、使える成分だけ抜く。燃料や材料になるものは中へ送る。残りは、工業区の排気と一緒に外へ出す」

 

「外へ……」

 

「この壁の外にな」

 

 アキヒトの声は淡々としていた。

 

 怒っているのか、そうでないのか、背中だけでは分からない。

 

 モニターの端に、目標まで二千メートルという表示が出た。ストレイ・カスタムの速度が落ちる。白帯の光は壁の手前でいったん折れ、専用のゲートへ続いていた。灰の中で唯一はっきり見える線が、そのまま都市の内側へ吸い込まれていく。

 

「あれが、アストレイアの街」

 

 壁が近づくにつれて、大型のゲートが見えてきた。人が通るための小さな出入口、車両用のスロープ、RF用らしい広い停止枠。どれも重いシャッターで閉じられている。

 

 壁の上にはカメラと砲塔が並んでいた。

 

 こちらに気づいていないはずがない。カメラの黒い目が、ストレイ・カスタムを追っている。砲塔も少しずつ角度を変えていた。

 

 機内に外部通信の着信音が鳴った。

 

 アキヒトが回線を開く。

 

『アストレイア社第七防衛都市、ゲートC。接近中のRFは識別信号を照合中。足を止めろ』

 

 抑揚の少ない声だった。男か女かも分かりにくい。

 

 アキヒトは、壁から三百メートルほど手前で機体を止めた。

 

 その瞬間、サーチライトが灰霧を割って伸びてきた。光が装甲をなぞる。肩、胸、腕、脚。関節の隙間や武装の取り付け部分まで、何度も往復した。

 

「こちらクレイヴ・アクト所属、VOLK-1、ストレイ・カスタム」

 

 アキヒトの声は落ち着いていた。

 

「白帯護衛中の緊急医療搬送だ。患者は七歳男児。灰膜反応性の気道疾患が疑われる。医務ログを送る」

 

 アキヒトが送信すると、ゲート側はしばらく沈黙した。

 

 サーチライトがストレイ・カスタムの装甲をなぞる。肩、腕、脚、武装の取り付け部。砲塔もこちらを向いたままだった。

 

「歓迎されてる感じじゃないですね」

 

「歓迎される用件じゃない。向こうから見れば、俺たちは灰の外から来た厄介者だ」

 

 サキは膝の上のユウタを見た。マスクの内側が白く曇り、すぐに消える。

 

 やがて管制の声が戻った。医療班は受け入れ可能。ただし、傭兵RFの都市内進入は不可。機体はゲート外に留置。同行できるのは患者、付き添い一名、搬送パイロット一名まで。

 

「付き添いは彼女だ。俺はパイロットとして同行する」

 

 アキヒトは即答した。

 

 少し間があったあと、許可が下りた。

 

 続けて警備側から、武装解除と発射系統の停止を求められる。ストレイ・カスタムの安全ログを送れ、偽装があれば条約違反として処理する、と淡々と告げられた。

 

「了解。発射系の電源を切る。ログを送るから確認しろ」

 

 待機を命じられ、ストレイ・カスタムは灰の中で足を止めた。

 

 壁の上では、フィルター塔が青白い排気を吐き続けている。内側にはきれいな空気があり、外側には使い終わった灰が落ちてくる。

 

「ここには、息をしても胸が痛くならない空気があるんだよね」

 

 サキはユウタに言った。

 

「……いたくない?」

 

「うん。きっと、今より楽になる」

 

 そう言いながら、サキはモニターの中の排気を見ていた。

 

 きれいなものは壁の内側へ。いらないものは外へ。

 

 その外側で、自分たちは待っている。

 

「この街は、灰を食って生きてる」

 

 アキヒトが静かに言った。

 

「灰の中から使えるものだけ抜く。残りは外へ捨てる。俺たちも、その外側にいる」

 

 返す言葉はなかった。

 

 やがてゲートのロックが外れ、重い機械音が近づいてきた。管制から、ゲート前の黄色い枠まで進むよう指示が出る。

 

 アキヒトは白帯を横切らないように大きく回り込み、RF用の停止位置に機体を入れた。

 

「今から少し揺れる。ベルトを触るな」

 

「はい」

 

 足元から固定フックがせり上がり、ロックピンの音が続けて鳴る。ストレイ・カスタムがゲート外のラックに固定された。

 

 管制は、コクピットを開けろ、再起動は禁止、抵抗すれば鎮圧すると告げた。

 

 何度も念を押される。

 

 それだけ、こちらは信用されていない。

 

 アキヒトは操縦桿から手を離した。

 

「先に俺が降りる。そのあと、ユウタと一緒に来い。急がなくていい。酸素ボンベの管だけ気をつけろ」

 

「分かりました」

 

 ハッチが開いた。

 

 外気が流れ込む。まだ壁の外なのに、さっきまでとは匂いが違った。灰のざらつきは薄く、代わりに冷たい消毒液と金属の匂いが鼻を刺した。

 

 きれいな空気は、優しい匂いではなかった。

 

 アキヒトが先に降りる。

 

 ゲート前には、青い防護服の警備兵と、白衣の医療班が待っていた。誰もシールドを上げない。黒い面に、ストレイ・カスタムと私たちが小さく映っている。

 

 白衣の女性が一歩前に出た。

 

「患者はこちらへ。酸素マスクはそのままで」

 

 警備兵が何か言いかけたが、女性は端末を見たまま遮った。

 

「医療優先です。確認は搬送後にしてください」

 

 その一言で、警備兵は黙った。

 

 この人は、ユウタを患者として見ている。

 

 それだけで、少しだけ息がしやすくなった。

 

「降りるぞ」

 

 アキヒトが先に地面へ降り、酸素ボンベを受け取った。私はユウタを抱いたままハッチの縁に体を寄せる。

 

「足元、右。管を引っかけるな」

 

「分かってます」

 

 アキヒトに支えられて地面に降りると、すぐ横へストレッチャーが寄せられた。私はユウタを白いシートに寝かせる。医療班がマスクとチューブを確かめる手つきは速かった。

 

 ユウタの手が、私の袖をつかむ。

 

「……いっしょに、いる?」

 

「いるよ。ちゃんとそばにいる」

 

「アキヒトさんも?」

 

「いる。邪魔だと言われるまではな」

 

 ユウタの目元が、ほんの少し緩んだ。

 

 私は一度だけ振り返った。ストレイ・カスタムは外部ラックに固定され、壁の影で灰をかぶっている。カメラと砲塔が、その周りを見張っていた。

 

 すぐ戻るから。

 

 声には出さず、ストレッチャーのバーを握る。反対側をアキヒトが持った。

 

 ゲートのシャッターが開く。

 

 内側から流れてきた空気には、灰の味がなかった。消毒液と金属の匂いの奥に、人が暮らしている匂いが混じっている。

 

 壁一枚の向こうに、別の世界があった。

 

 灰を食って生きる街。

 

 その内側へ、私たちは入った。

 

 背後で、シャッターが重く閉まり始めた。

 

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