灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉 作:青羽 イオ
再び乗り込んだコクピットは、さっきと同じ狭さだった。
それでも、空気は少し違っていた。後ろにはサキがいて、その膝の上でユウタが眠っている。酸素マスクの内側が白く曇り、ゆっくり消える。モニターの数字も、今は落ち着いていた。
アキヒトはそれを一度だけ確認し、操縦桿を握った。
「出るぞ。ストレイ・カスタム、発進」
係留が外れ、機体の足裏に力が戻る。ストレイ・カスタムは都市側のプラットフォームを離れ、ゲートへ向かった。
頭上にはフィルター塔が並んでいる。灰を吸い込み、青白い排気を外へ吐き出す、この街の肺だ。
アキヒトは一瞬だけ見上げ、すぐ前へ視線を戻した。
ゲートを抜けると、空気はまた灰に変わった。
白帯の光が、灰霧の中を細く伸びている。
その先に、二機のRFがいた。
紺と白の細身の機体。アストレイア社の標準塗装だ。片方はライフルを持ち、もう片方は盾と短い砲を構えている。護衛というには距離が近く、進路を開ける気もなさそうだった。
「……見送りにしては、ずいぶん前に出てるな」
アキヒトは速度を落とさない。
企業側の通信が入った。
「こちらアストレイア第七防衛都市、第23警備大隊。先ほど搬入された少年の状態を再確認する。都市側へ戻れ」
「診断も薬も受け取った。これ以上は医療案件じゃない」
左右の機体が、じりじりと進路へ寄ってくる。
後ろでサキが息を飲んだ。
「ユウタのためって、また……」
「聞くな」
アキヒトは短く言った。
「今のは、子どものための声じゃない」
外部スピーカーを開く。
「アストレイア社警備部隊に告ぐ。ここで止めるなら、俺は最初の一発をそっちのフィルター塔に向ける」
後ろで、サキの動きが止まった。
アキヒトは照準だけを上へ振った。壁の上にあるフィルター塔。その基部に、照準線を重ねる。
引き金には触れない。
だが、都市側からもその線は見えているはずだった。
「正気か。白帯護衛中の傭兵が、都市設備を狙うのか」
「先に白帯護衛中の機体を止めたのはそっちだ。しかも中には、灰災孤児が乗っている。全部ログに残ってる」
アキヒトの声は平らだった。
「撃ち合いにするなら、都市側が白帯輸送を妨害した記録として残る。ついでに、フィルター塔を巻き込んだ交戦としてな」
通信が数秒途切れた。
だが、右側の企業RFが先に動いた。盾を前に出し、ストレイ・カスタムの進路へ割り込んでくる。
「これ以上の前進は、医療保安規定違反と見なす。脚を撃つ」
「やってみろ」
アキヒトは機体を半歩引き、相手の盾が流れたところへ肩を入れた。
装甲がぶつかり、硬い音がコクピットまで響く。企業RFの盾がわずかに浮き、その分だけ進路が開いた。
サキが後ろで小さく声を上げる。
「アキヒトさん……!」
「ユウタを押さえてろ」
左の企業RFが砲口を下げた。
次の瞬間、足元の灰が弾ける。
警告射撃だった。弾はストレイ・カスタムの脚の横に落ち、黒い土と灰を白帯の縁まで飛ばした。
アキヒトの目が細くなる。
「撃ったな」
企業RFの声が荒くなった。
「次は脚だ。従え。傭兵の機体なら、替えはあるだろう」
アキヒトは一度だけ息を吐いた。
「そういう数え方で、人間を切るな」
照準線をもう一度、フィルター塔へ乗せる。今度は塔の基部と、企業RFの頭上をかすめる角度だった。
撃てば、ただでは済まない。
その意味だけは、相手にも分かる。
「今の発砲も記録済みだ。白帯の縁を抉った弾着もな。次に撃てば、“白帯護衛中の孤児輸送機への武力行使”として外部へ送る」
「脅しで――」
「お前らが先に撃った。ログが証人だ」
沈黙が落ちた。
押し合っていた企業RFの力が、少し抜けた。もう一機も砲口を下げる。
別の回線が入った。さっきより若い声だった。
「23-02、やめておけ。ここは白帯のそばだ」
「命令は戻せ、だ」
「治療は終わってる。外へ出たあとの移送は保護者の責任。それ以上を強制しろとは書いてない」
短いやり取りのあと、企業側の声が戻った。
「……第23警備大隊より通告。ここから先の安全は保証しない」
「十分だ」
「進路を開ける。行け、傭兵」
二機のRFが壁側へ退いた。
アキヒトはフィルター塔から照準を外し、兵装の安全装置を戻した。
「行く」
ストレイ・カスタムは前へ出る。
右肩の装甲には、押し合いでついた擦り傷が残っていた。だが、動くには問題ない。
白帯の光が足元を流れ、灰霧が機体を包む。
後ろでサキが、やっと息を吐いた。
「今の……本気で撃つつもりだったんですか」
「さあな」
「さあな、じゃないです」
「撃たずに済んだ。それでいい」
サキは何か言いかけて、やめた。
フィルター塔は遠ざかっていく。ストレイ・カスタムは一発も撃たなかった。けれど、企業RFは引き、道は開いた。
白帯の先に、グレイランスがいる。
アキヒトは推力を少しだけ上げ、灰の中へ機体を進めた。