灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

24 / 56
第23話 フィルター塔に向けた照準

 再び乗り込んだコクピットは、さっきと同じ狭さだった。

 

 それでも、空気は少し違っていた。後ろにはサキがいて、その膝の上でユウタが眠っている。酸素マスクの内側が白く曇り、ゆっくり消える。モニターの数字も、今は落ち着いていた。

 

 アキヒトはそれを一度だけ確認し、操縦桿を握った。

 

「出るぞ。ストレイ・カスタム、発進」

 

 係留が外れ、機体の足裏に力が戻る。ストレイ・カスタムは都市側のプラットフォームを離れ、ゲートへ向かった。

 

 頭上にはフィルター塔が並んでいる。灰を吸い込み、青白い排気を外へ吐き出す、この街の肺だ。

 

 アキヒトは一瞬だけ見上げ、すぐ前へ視線を戻した。

 

 ゲートを抜けると、空気はまた灰に変わった。

 

 白帯の光が、灰霧の中を細く伸びている。

 

 その先に、二機のRFがいた。

 

 紺と白の細身の機体。アストレイア社の標準塗装だ。片方はライフルを持ち、もう片方は盾と短い砲を構えている。護衛というには距離が近く、進路を開ける気もなさそうだった。

 

「……見送りにしては、ずいぶん前に出てるな」

 

 アキヒトは速度を落とさない。

 

 企業側の通信が入った。

 

「こちらアストレイア第七防衛都市、第23警備大隊。先ほど搬入された少年の状態を再確認する。都市側へ戻れ」

 

「診断も薬も受け取った。これ以上は医療案件じゃない」

 

 左右の機体が、じりじりと進路へ寄ってくる。

 

 後ろでサキが息を飲んだ。

 

「ユウタのためって、また……」

 

「聞くな」

 

 アキヒトは短く言った。

 

「今のは、子どものための声じゃない」

 

 外部スピーカーを開く。

 

「アストレイア社警備部隊に告ぐ。ここで止めるなら、俺は最初の一発をそっちのフィルター塔に向ける」

 

 後ろで、サキの動きが止まった。

 

 アキヒトは照準だけを上へ振った。壁の上にあるフィルター塔。その基部に、照準線を重ねる。

 

 引き金には触れない。

 

 だが、都市側からもその線は見えているはずだった。

 

「正気か。白帯護衛中の傭兵が、都市設備を狙うのか」

 

「先に白帯護衛中の機体を止めたのはそっちだ。しかも中には、灰災孤児が乗っている。全部ログに残ってる」

 

 アキヒトの声は平らだった。

 

「撃ち合いにするなら、都市側が白帯輸送を妨害した記録として残る。ついでに、フィルター塔を巻き込んだ交戦としてな」

 

 通信が数秒途切れた。

 

 だが、右側の企業RFが先に動いた。盾を前に出し、ストレイ・カスタムの進路へ割り込んでくる。

 

「これ以上の前進は、医療保安規定違反と見なす。脚を撃つ」

 

「やってみろ」

 

 アキヒトは機体を半歩引き、相手の盾が流れたところへ肩を入れた。

 

 装甲がぶつかり、硬い音がコクピットまで響く。企業RFの盾がわずかに浮き、その分だけ進路が開いた。

 

 サキが後ろで小さく声を上げる。

 

「アキヒトさん……!」

 

「ユウタを押さえてろ」

 

 左の企業RFが砲口を下げた。

 

 次の瞬間、足元の灰が弾ける。

 

 警告射撃だった。弾はストレイ・カスタムの脚の横に落ち、黒い土と灰を白帯の縁まで飛ばした。

 

 アキヒトの目が細くなる。

 

「撃ったな」

 

 企業RFの声が荒くなった。

 

「次は脚だ。従え。傭兵の機体なら、替えはあるだろう」

 

 アキヒトは一度だけ息を吐いた。

 

「そういう数え方で、人間を切るな」

 

 照準線をもう一度、フィルター塔へ乗せる。今度は塔の基部と、企業RFの頭上をかすめる角度だった。

 

 撃てば、ただでは済まない。

 

 その意味だけは、相手にも分かる。

 

「今の発砲も記録済みだ。白帯の縁を抉った弾着もな。次に撃てば、“白帯護衛中の孤児輸送機への武力行使”として外部へ送る」

 

「脅しで――」

 

「お前らが先に撃った。ログが証人だ」

 

 沈黙が落ちた。

 

 押し合っていた企業RFの力が、少し抜けた。もう一機も砲口を下げる。

 

 別の回線が入った。さっきより若い声だった。

 

「23-02、やめておけ。ここは白帯のそばだ」

 

「命令は戻せ、だ」

 

「治療は終わってる。外へ出たあとの移送は保護者の責任。それ以上を強制しろとは書いてない」

 

 短いやり取りのあと、企業側の声が戻った。

 

「……第23警備大隊より通告。ここから先の安全は保証しない」

 

「十分だ」

 

「進路を開ける。行け、傭兵」

 

 二機のRFが壁側へ退いた。

 

 アキヒトはフィルター塔から照準を外し、兵装の安全装置を戻した。

 

「行く」

 

 ストレイ・カスタムは前へ出る。

 

 右肩の装甲には、押し合いでついた擦り傷が残っていた。だが、動くには問題ない。

 

 白帯の光が足元を流れ、灰霧が機体を包む。

 

 後ろでサキが、やっと息を吐いた。

 

「今の……本気で撃つつもりだったんですか」

 

「さあな」

 

「さあな、じゃないです」

 

「撃たずに済んだ。それでいい」

 

 サキは何か言いかけて、やめた。

 

 フィルター塔は遠ざかっていく。ストレイ・カスタムは一発も撃たなかった。けれど、企業RFは引き、道は開いた。

 

 白帯の先に、グレイランスがいる。

 

 アキヒトは推力を少しだけ上げ、灰の中へ機体を進めた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。