灰の傭兵と光の園 Ⅰ 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

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第25話 筋肉バカと脚部整備と艦長のため息

 ヴァイスはブリッジ脇の端末でシフト表を最後まで流し、当直の名前と交代時間、機関区の点検予定を確認して端末を閉じた。

 

「よし」

 

 低く言って椅子を立つ。背が高く肩幅もあるが、動きに無駄はない。灰の混じる短髪、きちんと留めた制服、表情は変えずに目だけで人の顔と手元を拾う――いつもの艦長だった。

 

「さて、見回りに行くか」

 

 帽子のつばを軽く押さえ、ブリッジを出て艦内通路へ出る。床下の振動は安定、エアダクトの風も一定で、機関も空調も問題なし。歩調に合わせて、頭の中で点検項目が静かに整っていく。

 

 *

 

 ジムの前で足を止めた。ドア越しに、戦闘時より元気な叫び声が飛んでくる。

 

「47!」「まだいけます、先輩! 潰れたら動画回しますから!」

 

 ――砲火の中よりうるさい。

 

 半分あきれたままドアを開けると、熱気と汗の匂いが一気に押し寄せた。

 

「よっし50ッ!! ラック戻せガンモォッ!」

 

 ジム中央で、タンクトップ姿のゴーシュがベンチに寝そべり、真っ赤な顔でバーベルを押し上げている。頭側にはガンモが立ち、バーに指を添えながら本人以上の声量で煽った。

 

「はい50! まだいける! 数字は裏切らねえぞ!」

「これ以上いったら肩が裏切るんだよッ!」

 

 ガシャン、とバーがラックに戻る。周囲のクルーが拍手と歓声を上げ、誰かが叫んだ。

 

「ゴーシュ50回達成!」

「よっ、白帯最厚の胸板!」

 

 ゴーシュが跳ね起きて両腕を突き上げる。肩と胸の筋肉がはっきり浮かび、古い傷や火傷の痕が照明に淡く浮いた。

 

「見たかお前ら! これが毎日シールド担いでる男の肩だ!」

 

「はいはい調子乗んな。次、俺な」

 

 ガンモがベンチに寝転がり、別のクルーがバーに手を添える。

 

「準備よし。いきまーす、いち、にー、さん!」

 

 数分後、ガンモも同じように50回をやりきり、バーベルを戻した。こちらも歓声。どっちも肩で息をしているのに、目だけはまだ戦う顔だ。

 

「よし、これで合計回数は」

「同じくらいだな」

「いや俺のほうが1回多い。お前さっき27回目をカウントしてない」

「そんなわけないだろ!」

 

 言い争いになった瞬間、クルーの一人が手を叩いた。

 

「はいはいストップ。回数はもういいだろ。最後は筋肉で決めようぜ」

 

 空気が一気に祭りになる。

 

「出た、筋肉判定」

「艦内最強マッチョ決定戦ですね!」

 

 ベンチがどかされ、中央にスペースが空く。ゴーシュとガンモが汗を拭き、向かい合った。

 

「ゴーシュ先輩、まず正面ポーズお願いしまーす」

「任せろ」

 

 胸を張り、腕を半分曲げる。盾持ちの肩、と誰かが囃し立てる。

 

「次、ガンモ!」

 

 ガンモが両腕をぐっと曲げ、上腕が砲身みたいに太く見える。血管が浮き、火器担当の腕だと勝手な評価が飛んだ。

 

「お前ら腕ばっか見るな! 肩見ろ肩!」

「うるせえ。お前に肩車されたら子ども首おかしくなるわ。俺は後ろからちゃんと撃つ」

 

「はい、横向きお願いしまーす。背中も!」

 

 横を向いて肩と腕を強調するゴーシュ、少し前かがみで背中を見せるガンモ。二人とも傷が多い。ヴァイスはドア際で腕を組んだまま、その傷にだけ一瞬目を留めた。

 

「判定どうする?」

「子ども目線でいこうぜ。《光の園》の連中が見て、『どっちが守ってくれそうか』で決める」

 

「それ俺だろ!」

「いや俺だ!」

 

 ゴーシュが子どもに話しかける声を作る。

 

「いいかー、泣いてるガキがいたら、まず肩車してやるタイプが俺だー。高いとこから見る白帯はな、気持ちいいぞー」

「だからその時点で首が心配なんだよ」

 

 ガンモが即ツッコミを入れた。

 

「俺はな、そもそも敵を近づけねえから。遠くから全部落とす。近寄らせないのが一番安全だろ」

 

「ちょっといいっすか」

 

 端で見ていた別のクルーが手を挙げる。

 

「この前、子どもたちに『強そうな人の絵描いて』って言わせたときのやつ、覚えてます?」

「あー、あれな!」

「頭が砲塔で、腕が四本で、足がキャタピラの、あいつか」

「そう。誰にも似てなかったんですよね」

 

 一拍、場が止まって、全員の頭に謎クリーチャーがよみがえる。次の瞬間、笑いがじわじわ広がった。

 

「ま、まあ今日は"人間限定"で判定しよう、人間限定で!」

 

 渾身のポーズを決めていたゴーシュの視線が、入り口のヴァイスを捉えた。表情から「ジムの兄ちゃん」が消え、背筋がまっすぐになる。

 

「ッ! 艦長! 気づかずに失礼しました!」

 

 ゴーシュが直立不動になると、ガンモも周囲のクルーも弾かれたように姿勢を正し、敬礼。ジムが一瞬で静まり返る。敵襲か、作戦変更か――と緊張が走るのが分かる。

 

 ヴァイスは組んだ腕をほどき、ひらりと片手を上げた。

 

「いや、なんでもない」

 

 それだけ言って踵を返し、廊下へ戻っていく。取り残された面々は、閉じるドアを見送って口を開けた。

 

「今の、なんだったんだ?」

「さあ。もっと筋肉をつけろっていう激励ですかね?」

「そうか、そうかもな。よし、次はスクワットだ!」

 

 熱気が戻り始める背後を感じながら、ヴァイスは小さく笑って通路の奥へ歩を進めた。

 

 *

 

 そのままブリッジへ戻るつもりで歩き、途中でRF格納庫へ寄る。鋼鉄の壁に囲まれた巨大な空間は、燃料とオイルの匂い、工具の打刻音、溶接の火花に包まれていた。定期点検のピークで、整備班がRFを取り囲み、外装洗浄と点検を同時に回している。

 

 主戦力の最新鋭機RF-12AS《レイヴン・アイ》の鈍い装甲が視界の端を横切る。ヴァイスは格納庫の隅を静かに歩き、整備ログの数字ではなく、機体に向き合う人間の手つきと集中を見た。

 

「ナロアさーん、今日も脚部のラインが美しいですね」

 

 軽薄だがよく通る声が飛んだ。脚立に上り、RF-17SCの巨大な脚部関節に頭を突っ込んでいたナロアは、動きを止めないまま短くため息を落とし、負荷と動きの数値をゴーグル越しに追っている。

 

 声の主はリュウだった。愛機レイヴン・アイの検査を終えたらしく、手持ち無沙汰になったのか、わざわざ十メートル先の作業区画まで歩いてきている。

 

「ねえ、聞いてます? 昨日の模擬戦でね、僕の機体が美しいのは、ナロアさんの整備のおかげだって皆が」

 

 コンッ。

 

 ナロアは身を捻りもせず、手元の六角レンチの柄でリュウのヘルメット側面を軽く叩いた。ゴーグルを額に上げ、油の付いた手を腰に当てる。

 

「計器が狂う。しゃべるなら、そっちの口じゃなくてログファイルにでも記録してからにしな。あんたの機体はログが詩的すぎて解析に時間がかかる」

 

「ひどいなあ。僕の繊細なハートがログアウトしちゃいますよ?」

「作業中だ。軽口はいい加減にしろ」

 

 それでもリュウは引かない。

 

「分かった、邪魔はしません。じゃあ今度の非番の休暇、一緒に飯でもどうかなぁ? 灰のない空気、吸ってみないか?」

 

「休暇の予定は、機体の脚部構造と寝ることで埋まってる」

 

 ナロアが降りてきて、真正面に立つ。

 

「いいか、パイロット。戦闘で機体を壊すのはあんたの仕事。それを直して、あんたを戦場で生かすのが私の仕事だ。人間相手なら、もう少しマシな口説き文句を考えて出直して来な」

 

 言い終えるや、グローブ越しの拳でリュウの脇腹を軽くボフッと打つ。

 

「ッ、ふざけんな、いててて!」

 

 リュウは大げさにのけぞって笑い、周りの整備員も苦笑する。ヴァイスは格納庫の奥、整備区画の角でその一部始終を遠巻きに眺めた。

 

(あいつら、よくやる)

 

 呆れと安堵が半分ずつ。軽薄さも職人気質も、この艦の火力であり、互いに命を預ける距離の中で回っている。ヴァイスは整備架に戻されたレイヴン・アイの装甲剥離や周辺機のログにも一瞬だけ目を走らせ、戦力としての状態を確認する。

 

 去り際、近くで溶接作業をしていた整備班長がヴァイスに気づき、慌てて声をかけた。

 

「あ、艦長! なにか不具合でも?」

 

 ナロアも振り返り、油汚れのついた顔をぴしりと固める。

 

「艦長。私に何か?」

 

 二人の視線を受け、ヴァイスは小さく首を振った。

 

「変わりないなら、それでいい」

 

 片手を上げてそれだけ残し、熱気と油の匂いが満ちる格納庫を後にする。背後でナロアが「次は本当に痛いのを入れるぞ!」と怒鳴り、整備班の笑い声がまた広がった。

 

 

 ――次回、第26話「ゼリーとマグカップと艦長と」へ続く

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