灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉 作:青羽 イオ
帰り道の灰は、行きとほとんど変わらなかった。
それでも、サキの肩からは少しだけ力が抜けていた。膝の上で眠っているユウタの呼吸が、ゆっくり続いている。マスクの内側は白く曇り、消える。その間隔が行きよりもずっと落ち着いていた。
前方モニターの隅には、酸素飽和度九十六、心拍安定の表示が出ている。
サキは数字を見てから、すぐにユウタの顔へ視線を戻した。
「寝てていいよ。ちゃんと帰るから」
ユウタの指が、毛布の端を弱くつまむ。
しばらく、機体の足音だけが続いた。白帯は画面の下で細く光り、灰の中をまっすぐ伸びている。
前席で、アキヒトが不意に口を開いた。
「ひとつ聞いていいか」
「はい」
「なんで、あいつらはユウタをあそこまで欲しがった。お前の話だと、普通の子なんだろう」
サキはすぐには答えられなかった。
診察室のガラス越しに見えた白衣たちの顔と、「E6因子」「自然発生例」という言葉がよみがえる。
「……ユウタは、企業都市の中で生まれた子なんです」
サキはユウタの髪をそっと整えながら言った。
「私たちの多くは、灰の中で生まれて、検査されて、それから白帯沿いの施設に移されました。何か使える数字が出た子は別の場所へ。何も出なかった子は、孤児院へ。光の園も、そのひとつです」
言ってしまってから、サキは小さく息を吸った。
前席から返事はない。
アキヒトは、ただ聞いている。
「でも、ユウタは違ったんです。灰をほとんど知らないまま、ここへ来た。だから、あの子の体の反応が、珍しかったのかもしれません」
「そうか」
問い詰めるでも、慰めるでもない。そんな声だったから、サキはそれ以上をごまかさなくて済んだ。
その時、膝の上でユウタが目を開けた。
「ここ、どこ……?」
「起きちゃった? 苦しくない?」
「だいじょうぶ。ちょっと、へんなにおい」
ユウタはマスク越しに鼻を動かし、それからモニターいっぱいに広がる灰の景色を見た。次に、計器と操縦席を見て、目を大きくする。
「すごい。ほんものだ。おっきい」
その声で、コクピットの中の空気が少し軽くなった。
「アキヒトの、きかい?」
前席の肩が、わずかに揺れた。
「機械じゃない。RF-17SC、ストレイ・カスタムだ」
「すとれい、かすたむ」
「今日は特別に、お前の救急車だ。調子に乗るなよ」
「うん。とくべつ、すごい」
ユウタは嬉しそうに笑った。マスクをつけたままでも、目元で分かった。
「また、のってもいい?」
「だめだ。これは遊び場じゃない」
「そっか」
少し残念そうにしても、ユウタはまだ笑っていた。
モニターの奥に、灰色の大きな影が見えてくる。
グレイランスだった。
側面の艦番号と、擦り減った塗装が近づいてくる。着艦ハッチの誘導灯が灯り、ストレイ・カスタムは進路を合わせた。
やがて格納庫の明かりが広がった。
白枠の中で機体が止まり、背中の固定金具にフックがかかる。ロック音が鳴ると、アキヒトは操縦桿から手を離した。
「着いた」
サキはユウタを抱き直した。
「戻ったよ。今から降りるね」
「うん」
ハッチが開くと、艦内の冷たい空気と、油と金属の匂いが流れ込んできた。
外の声も、一気に近づく。
「ユウター!」
「サキ先生!」
子どもたちの声だった。
アキヒトが先に降り、サキはユウタを抱いたまま慎重に続く。床に足がついた瞬間、子どもたちが集まってきた。
「ユウタ、だいじょうぶ?」
「中、どんなだった?」
「こわくなかった?」
質問がいっせいに飛ぶ。
ユウタは少し照れながら、でも嬉しそうに答えた。
「すごかった。まえが、ぜんぶ画面で。ボタンもいっぱいあった」
「いいなあ!」
「おれも乗りたい!」
「だーめ」
サキは手を広げて止めた。
「今日は特別。勝手に乗ったら、本当に怒られるよ」
子どもたちはそれでも騒ぎ、ユウタの手元をのぞき込んだ。
「それ、なに?」
「あ、これ。くすり。ぼくのためのやつ」
ユウタは白い吸入器を見せる。透明な部分に、少し色のついた薬液が見えた。
「これ吸ったら、ぜんぜん苦しくない」
「すごい!」
「いいなあ!」
「いいなあ、じゃないよ」
サキは笑った。
「みんなは元気でいてください」
その輪の少し外で、アキヒトは腕を組んで立っていた。近くにはいるが、子どもたちの輪には入らない。けれど、目は離していなかった。
格納庫の奥では、ヴァルケンストームの肩の上にヒロがいた。開けかけたパネルの前で手を止め、工具をぶら下げたまま下を見ている。
子どもたちに囲まれるサキとユウタ。
その少し外に立つアキヒト。
いつもの格納庫の騒がしさなのに、その一角だけは少し違って見えた。
ヒロは小さく息を吐いた。
「そう簡単に、捨てられる顔じゃないな」
誰のことを言ったのか、自分でも決めないまま、ヒロはもう一度だけ下を見てから工具を握り直した。
灰の外では、まだUDFの補給車列が灯りを並べている。
その中で、グレイランスの格納庫だけが少しだけ明るく、子どもたちの声を抱えていた。