灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

26 / 56
第六章 ヴァイス艦長のひまつぶし
第25話 筋肉バカと脚部整備と艦長のため息


 陸上戦艦グレイランスの艦長ヴァイスは、ブリッジ脇の端末でシフト表を確認していた。

 

 当直の名前、交代時間、機関区の点検予定。画面を最後まで流し、問題がないことを確かめてから端末を閉じる。

 

「よし」

 

 低く言って椅子を立った。

 

 艦橋の空気は落ち着いている。床下の振動も安定していた。空調の音もいつも通りで、誰かが無理を隠している気配もない。

 

 それなら、次は自分の目で見るだけだ。

 

「少し見回る」

 

 近くの当直にそう告げて、ヴァイスはブリッジを出た。

 

 *

 

 最初に足が止まったのは、ジムの前だった。

 

 ドア越しに、やけに元気な声が聞こえてくる。

 

「四十七!」

 

「まだいけます、先輩! 潰れたらこっちで受けますから!」

 

 ――戦闘中よりうるさいな。

 

 ヴァイスは半分呆れながら、ドアを開けた。

 

 熱気と汗の匂いが、一気に流れてくる。

 

「五十ッ! 戻せ、ガンモ!」

 

 中央のベンチで、タンクトップ姿のゴーシュがバーベルを押し上げていた。顔は真っ赤だが、目だけはまだ勝つ気でいる。その頭側では、ガンモがバーに手を添え、本人より大きな声で煽っていた。

 

「はい五十! 数字は裏切らねえ!」

 

「肩は裏切るんだよ!」

 

 バーがラックに戻ると、周囲のクルーが拍手を送った。

 

「ゴーシュ五十回!」

 

「白帯最厚の胸板!」

 

 ゴーシュは起き上がり、両腕を突き上げた。

 

「見たか。これが毎日シールドを担いでる男の肩だ!」

 

「はいはい。次、俺な」

 

 今度はガンモがベンチに寝る。数分後には、彼も同じように五十回を押し切った。周りの歓声はまた大きくなる。

 

「これで同点だな」

 

「いや、俺の方が一回多い。お前、途中で一回ごまかしただろ」

 

「ごまかしてねえよ!」

 

 言い争いが始まったところで、クルーの一人が手を叩いた。

 

「はい、回数はもういいです。最後は筋肉で決めましょう」

 

 場の空気が一気に祭りになった。

 

「出た、筋肉判定」

 

「艦内最強マッチョ決定戦だ!」

 

 ベンチがどかされ、中央に場所が空く。ゴーシュとガンモは汗を拭き、なぜか真剣な顔で向かい合った。

 

「まずゴーシュ先輩、正面お願いします!」

 

「任せろ」

 

 ゴーシュが胸を張り、腕を曲げる。肩と胸が照明の下で盛り上がった。

 

「盾持ちの肩だ!」

 

「厚い! 壁みたい!」

 

「壁は言いすぎだろ、せめて扉にしろ!」

 

 次にガンモが両腕を曲げる。上腕が太く浮き、周囲からまた声が飛ぶ。

 

「火器担当の腕だ!」

 

「それで殴られたら弾より痛い!」

 

「おい、俺は撃つ係だ。殴る係じゃない」

 

 ヴァイスは入り口で腕を組み、しばらく黙って見ていた。

 

 馬鹿らしい。

 

 だが、悪くない。

 

 汗をかける余裕がある。ふざけられる声がある。さっきまで灰の中で命を削っていた艦に、こういう騒ぎが戻っている。それだけで、今夜の見回りには意味があった。

 

「判定どうします?」

 

「子ども目線でいこうぜ。光の園の子たちが見て、どっちが守ってくれそうか」

 

「それ俺だろ」

 

「いや俺だ」

 

 ゴーシュが急に優しい声を作った。

 

「いいかー、泣いてる子がいたら、まず肩車してやるのが俺だ。高いとこから見る白帯は、気持ちいいぞー」

 

「首が心配なんだよ、その肩車」

 

 ガンモが即座に突っ込む。

 

「俺なら、そもそも敵を近づけねえ。遠くで全部止める。安全だろ」

 

「子どもにその説明するのかよ」

 

 笑いが広がる。

 

 そこで、ゴーシュの視線が入り口のヴァイスを捉えた。

 

 次の瞬間、顔が変わった。

 

「艦長!」

 

 ゴーシュが直立する。ガンモも周囲のクルーも、弾かれたように姿勢を正した。

 

 ジムが一瞬で静まり返る。

 

 ヴァイスは、片手を軽く上げた。

 

「いや、なんでもない」

 

 それだけ言って、踵を返した。

 

 ドアが閉まりかける背後で、誰かが小声で言う。

 

「今の、なんだったんだ?」

 

「もっと鍛えろってことじゃないですか」

 

「そうか。そうだな。よし、次はスクワットだ!」

 

 また騒がしくなる。

 

 ヴァイスは通路を歩きながら、小さく笑った。

 

 *

 

 次に寄ったのは、RF格納庫だった。

 

 鋼鉄の壁に囲まれた空間には、オイルと溶接の匂いが満ちている。工具の音があちこちで鳴り、整備員たちがRFの足元や肩部に取りついていた。

 

 ヴァイスは通路の端を歩きながら、機体よりも人の手を見た。

 

 疲れが出ていないか。作業が荒くなっていないか。誰かが無理をしていないか。

 

 数字だけでは拾えないものが、こういう時に出る。

 

「ナロアさーん」

 

 軽い声が聞こえた。

 

「今日も脚部ラインが美しいですね。あれ、これ褒めてますよ。ちゃんと褒めてます」

 

 声の主はリュウだった。

 

 自分のレイヴン・アイの点検が終わったのか、わざわざストレイ・カスタムの作業区画まで来ている。

 

 脚立の上では、ナロアがストレイ・カスタムの脚部関節を確認していた。リュウの声が聞こえているはずなのに、まったく返事をしない。

 

「昨日の模擬戦もですね、僕の狙撃が綺麗だったのは、ナロアさんの整備が――」

 

 コン。

 

 ナロアは振り向きもせず、六角レンチの柄でリュウのヘルメットを軽く叩いた。

 

「計器が狂う。しゃべるならログに書け」

 

「ひどいなあ。僕の繊細な心が今、折れました」

 

「折れても戦闘には支障ない」

 

「ありますよ。射撃は心ですから」

 

「なら、その心を黙らせろ。作業中だ」

 

 近くの整備員が笑いをこらえている。

 

 それでもリュウは引かなかった。

 

「じゃあ、邪魔はしません。今度の非番、飯でもどうですか。灰のない空気を吸いに」

 

 ナロアはようやく脚立から降り、リュウの正面に立った。

 

「休暇の予定は、寝ることと脚部ログの整理で埋まってる」

 

「そこに僕が入る余地は?」

 

「ない」

 

「即答ですか」

 

「いいか、パイロット」

 

 ナロアは油のついたグローブを腰に当てた。

 

「戦闘で機体を壊すのはあんたの仕事。それを直して、次も生きて帰らせるのが私の仕事だ。口説くなら、せめて機体を壊さなかった日にしな」

 

「それ、一生来ない日じゃないですか」

 

「分かってるなら働け」

 

 ナロアが軽くリュウの脇腹を小突く。リュウは大げさにのけぞった。

 

「痛っ。整備班の暴力、記録しておきます」

 

「ログに残せ。あとで消してやる」

 

 整備班の笑い声が広がる。

 

 ヴァイスは少し離れた場所で、そのやり取りを見ていた。

 

 軽口も、怒鳴り声も、油の匂いも。

 

 どれもこの艦の一部だった。整備員が機体を直し、パイロットが文句を言いながらまた乗る。その繰り返しで、グレイランスは動いている。

 

 近くの整備班長が、ようやくヴァイスに気づいた。

 

「艦長! 何か不具合ですか?」

 

 ナロアも振り返り、油のついた顔を少しだけ固くする。

 

「艦長。私に何か?」

 

 ヴァイスは首を振った。

 

「変わりないなら、それでいい」

 

 それだけ言って、片手を上げる。

 

 ナロアは一瞬だけ目を瞬かせ、それから小さくうなずいた。

 

「はい。変わりありません。うるさいのが一人いるだけです」

 

「誰のことかな」

 

「自覚があるなら黙れ」

 

 背後でまた笑いが起きる。

 

 ヴァイスは格納庫を出た。

 

 通路へ戻ると、艦内の振動が足の裏に戻ってくる。ジムではまだ誰かが数を叫んでいて、格納庫では工具の音が続いている。

 

 問題なし。

 

 報告書にすれば、その四文字で終わる。

 

 だが、その四文字の中に、こういう騒がしさが含まれていることを、ヴァイスは忘れないようにしていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。