灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

27 / 31
第27話 隊長は責任を、艦長は夜を歩く

 ブリッジを出たヴァイスは、廊下をゆっくり進んだ。当直の様子も、ジムや格納庫、食堂付近まで一通り見ている。あとは自室へ戻るだけ――そう思ったところで、右手のドア前で足が止まった。

 

 簡易ブリーフィングルーム。中から、押さえた声と端末操作の電子音が漏れてくる。

 

「……ここだ。ヘルマーチが橋の縁を見た瞬間だ」

 

 ヒロの声だ。戦闘ログを巻き戻し、一時停止しているらしい。

 

「この時点で、B3にVOLK全機を回すって決めるべきだった」

 

 少し間を置いて、アキヒトが返す。

 

「その瞬間は、まだ“白を割るつもりだ”って読みだったろ。グレイランスにもまだB2の問い合わせが飛んできてた」

 

「言い訳に聞こえる」

 

 ヒロの声がわずかに荒くなる。

 

「ヘルマーチが白帯を無視して、橋脚のほうを見た。あれを見て『高架を落とす気だ』って言ったのは、お前だ」

 

「だからって、そこでVOLKを全部B3に集めたら、B2の白は外で丸裸になる」

 

 アキヒトは言い切った。

 

「今のログを見ながらなら、いくらでも言える。ヘルマーチがB3に来るって分かってたみたいな話し方は、後出しだ」

 

 ヴァイスはドア前で動かず、耳を傾けた。

 

「後出しだって分かってる。分かってるから、余計に腹が立つ!」

 

 机を叩く音、乾いた転がる音が廊下まで届く。

 

「俺はまだ『企業同士を撃ち合わせずに白を通す』ことばかり考えてた。先に脚を撃ち抜いて止める、って発想に踏み切れてない」

 

「先に撃ったら、カルディアもグラウバッハも黙ってない。白帯の上で撃ち合いになったら、避難民がもたない」

 

 アキヒトの低い声が続く。

 

「分かってる。でも結果として、橋ごと落ちてる。ヘルマーチの脚を撃つか、橋を撃たせるか。その選択をしたのは、俺たちだ」

 

 ヴァイスはノックせず、取っ手を少し押した。隙間から、室内が見える。

 

 大きなモニタには白帯B3区画の映像が停止している。ちぎれた高架の断面、途中で途切れた導光ラインの白。画面の端には《白帯内死傷:多数検知(避難民/ラインガード含む)》のログが小さく出ていた。

 

 ヒロは腕を組んで立ち、アキヒトは端末から別角度のログを送っている。

 

「配置から間違ってたのかもしれない」

 

 ヒロが初期配置の画面を呼び出す。B2、B3、外縁のマーカーが並ぶ。

 

「最初からB3側に厚く置いて、B2はラインガードに多めに出てもらう形にしておけば……」

 

「その案、ヘルマーチが来る前にカルディアが飲むと思うか?」

 

 アキヒトが遮る。

 

「『請負のRFは6機だけです。そのうち2機は橋の下を見ます』って条件で、あの量の輸送を通すか?」

 

「……最初のブリーフで通らない案は、机の上でしか生き残らない」

 

 ヒロが唇を噛む。

 

「それでも、結果はこうだ」

 

 ヒロはモニタを指した。崩れ落ちる直前の映像。白帯の列が北と南に分かれかけ、中央にまだ人影が残っている。

 

「封鎖命令も遅い。橋の上の避難民を北と南に下げ始めたときには、もう二発目まで撃たれてた」

 

「そのタイミングで『全員すぐ橋から降りろ』って言ってたら、どうなってた?」

 

 アキヒトの声が少し強まる。

 

「白帯の列は崩れる。走ったやつから欄干の外に落ちる。高架を狙われてるのが分かってても、全員に走れとは言えなかった」

 

「じゃあ何を守った?」

 

 ヒロの声が跳ねる。

 

「企業のメンツか。『白帯は安全です』って看板か。その結果が、避難民とラインガードがまとめて落ちたログだ」

 

 沈黙が落ちる。

 

 アキヒトは端末を机に置いた。

 

「……俺も、お前と同じくらい分かってる。ヘルマーチの脚の沈み方を見た瞬間に、嫌な感覚はあった。あれは白帯を踏む歩き方じゃない。“構造物”を狙う動きだって、身体のほうが先に思い出してた」

 

 奥歯を噛む小さな音が混じる。

 

「それなのに口に出したのは『高架を落とす気だ』だけだ。『ヘルマーチを最優先目標にしろ』『B3に全機回せ』って、もっと早く言い切れてたら――」

 

「そこまで言うな」

 

 ヒロが低い声で止める。

 

「その先を言ったら、この橋のことを全部お前一人のせいにできる。そうすれば、俺は楽になる」

 

 ヴァイスは隙間から、ヒロの横顔を見た。額の髪を指でかき上げ、拳の関節が白い。

 

「橋脚の前に誰を置くか決めたのは俺だ。B2から動かさなかったのも、封鎖命令を出したタイミングも、最終的には俺の判断だ」

 

「遅かったって、自分で思ってるんだろ」

 

「ああ。遅かった」

 

 迷いのない答えだった。

 

「ヘルマーチが高架の縁を初めて見た瞬間に、『白帯を割るだけじゃない』『橋ごと折りにくるかもしれない』まで頭を持っていくべきだった。そこまで想像して、配置も命令も組まないといけなかった」

 

「そんなの、普通の隊長なら考えない」

 

「だったら、VOLKの隊長である意味がない」

 

 短い沈黙。

 

「……どこまでを俺たちの責任にするか、だな」

 

 アキヒトが低く言う。

 

「ヘルマーチが来たことも、対構造物弾を持ち込んでたことも、橋の上にあの人数を詰め込んだことも、『想定外でした』で流そうと思えば流せる。変えないこともできる」

 

「少なくとも俺は、自分の口で『想定外でした』とは言わない」

 

 ヒロの声が沈む。

 

「白帯は通しました、任務は成功です――その言い方も、二度としない。B3の白は今も途切れたままだ。子どもも、ラインガードも落ちてる」

 

「……じゃあ今夜はどう言う。『俺の判断が遅れました。だから橋が折れました』か」

 

 アキヒトはマーカーを指先で転がし、少しだけ笑った。

 

「全部自分のミスにしておけば、他は全部“仕方なかった”で済む。そっちのほうが楽だろ、隊長」

 

「楽じゃない」

 

 ヒロが噛みしめるように言う。

 

「『俺の判断が遅れた』は事実だ。それを自分の責任だと言ってるだけだ」

 

「自分一人の責任にしてる時点で、もう楽してる」

 

 椅子が軋み、アキヒトが立ち上がる。机を回り込んで一歩詰めると、空気が張った。

 

「橋脚の前に誰を置くか決めたのは、俺だろ」

 

 さっきの言葉を、今度は吐き捨てるように繰り返す。

 

「B2から動かさなかったのも、封鎖命令のタイミングも、お前一人で決めたわけじゃない。そこで黙ってた俺も、同じだけ噛んでる。なのに、お前だけ『俺の責任だ』なんて言うな」

 

 アキヒトが胸倉をつかみ、シャツの布がきしむ。

 

「お前が俺を橋脚の前に置いた。動かすかどうか聞いたのもお前だ。その上で黙ってたのは俺だ。どっちも外せない」

 

 ヒロの右手がアキヒトの腕をつかんだ。振りほどかず、止めるだけで、距離を保つ。

 

「……だったらなおさらだ」

 

 至近距離で、ヒロが低く言う。

 

「ヘルマーチの歩き方を知ってたお前が、あの一拍黙ってた責任は、お前が引き受けるべきだ」

 

「――あ?」

 

 空気が一段冷える。

 

 ヴァイスはノックのタイミングを失ったまま、ドアノブから手を離した。

 

「それでも俺は、『想定外でした』とは言わない」

 

 ヒロは目を逸らさない。

 

「ヘルマーチが来たことも、橋の上に人を詰め込んだことも、その先を想像しきれなかったことも。全部、想定できたかもしれないこととして抱えたうえで、それでも“守る側”に居続ける。それが隊長の仕事だ」

 

「削るだけ削って、折れたらどうすんだよ」

 

 アキヒトの拳がわずかに震える。

 

「俺は、隊長が折れた隊の末路を嫌ってほど見てきた」

 

「だったら、お前は折れないように支える側でいてくれ」

 

 ヒロは胸倉をつかまれたまま、まっすぐ見返した。

 

「隊長やめろと言わないなら支えろ。俺が判断を間違えたときは殴ってでも止めろ。その代わり、その前に俺から隊長を取り上げるな」

 

 しばらくして、アキヒトが手を放す。あからさまに舌打ちが落ちた。

 

「……だったら、最初からそう言えよ」

 

 ヒロは、さっきより少しだけ落ち着いた声で続ける。

 

「誰の白を守るのか。どこまでを自分たちの責任だと言い切るのか。それを自分で決められない隊は、もう終わってる」

 

 その横顔を見て、ヴァイスの中で何かが引っかかった。顔の角度、言葉の選び方。遠い昔、別の場所で聞いた声が、薄く重なる。

 

 視界の中のヒロの輪郭が、少しずつ別の誰かに変わっていった。

 

 

 灰の色は今より薄かった。まだUDFが大きな組織として機能していた頃、別の白帯区間で《灰風中隊》のRFが帯の外側に一列に並び、少し前では敵影がじわじわ動いていた。

 

「白から目を離すな。敵ばかり見るな」

 

 共通回線に入る隊長の声。若い頃のコンラートだ。少し高い声だが、言い方は切れ味がある。

 

「撃つ順番を間違えるな。まず白を通す。次に敵を削る。いいな」

 

「了解、隊長」

 

 副長格のセルゲイが大きな声で返し、レバーを握ったまま笑いを混ぜる。

 

「隊長、どうせなら一息でまとめてやりましょう。敵も灰も、ぜんぶ黙らせてやりますよ」

 

「セルゲイ、白の内側まで吹き飛ばす気か」

 

 冷静な声が割り込む。狙撃手のセーブルが照準器から目を離さずに言った。

 

「白帯に弾を入れたら、お前の肩を撃つ」

「怖えな、おい」

「怖いのはお前の押し方だ」

 

 当時のヴァイスは若手の一人として、その後ろで待機していた。階級も低く、前に立つ背中を見ているだけだった。

 

「隊長、敵影、白の縁まであと10キロ」

 

 ヴァイスがログを読み上げると、コンラートが短く返す。

 

「分かった。灰風中隊、聞け」

 

 回線の向こうが揃う気配。白帯の上には避難列の灯りが点々と続いている。

 

「俺たちの仕事は、線を通すことだ」

 

 声は強くないのに、よく通った。

 

「線を通せ。証を残せ。名はあとからついてくる」

 

 返事はなくても、全員が理解していた。灰風の教えはいつも同じだ。避難列は止めるな。白帯の上には撃つな。撃つ前に、避難を通すルートを先に決めろ。

 

 セーブルが照準を調整する。

 

「隊長、白の縁から2000メートル外側まで、射線確保。ここから先は、敵だけ狙える」

 

「よし。セルゲイ、押し込みはそこまでだ。白にかけて抜ける奴は、必ず外側で落とせ」

 

「了解。灰風中隊、前へ」

 

 RF群が一斉に前進を始め、ヴァイスの機体もその列に混じった。緊張の中で、それでも「この人たちが前にいるなら線は通る」と信じられる時代だった。

 

 

 簡易ブリーフィングルーム前の廊下へ、現在が戻る。

 

 ヴァイスはドア前で立ち止まり、昔の言葉を思い出していた。

 

(線を通せ。避難を通す白帯を、最後まで切らせるな)

 

 いま中にいるのは、そのコンラートの息子と、VOLKのエースだ。自分たちの足で、同じ場所を見ようとしている。

 

 室内の声は少し落ち着いていた。

 

「……だいたい整理できたな」

 

「次は、ラインガード側のログももらっておくか」

 

 データを閉じる音。

 

 ヴァイスは今度ははっきりノックした。

 

「どうぞ」

 

 ヒロの声。ドアが開き、ヴァイスは一歩だけ中へ入る。白帯の映像は消え、簡単なマップと数字が画面に残っていた。

 

「……ヒロ」

 

 名前を呼ぶ。

 

「艦長。聞いてました?」

「少しだけだ」

 

 短く答え、続ける。

 

「悪くない議論だ」

 

 ヒロの目がわずかに動く。アキヒトは黙ってこちらを見ている。

 

「何をどう守るのかは、結局お前たち次第だ」

 

 ヴァイスはそこで一拍だけ置いた。

 

「続けてくれ」

 

 それだけ残し、部屋を出る。ドアが閉まる前に、2人が顔を見合わせるのが見えた。

 

「今の……褒められた、のか?」

「さあな」

 

 小さな声が隙間から漏れた。

 

 

 艦内の照明が夜の明るさへ落ち、廊下の端に細いラインが残っている。

 

 ヴァイスは最後の見回りとして、子ども区画の前まで歩いた。ドアの向こうから小さな囁き声と寝息が漏れ、寝返りの音が一度して、すぐ静かになる。

 

 立ち止まっていると、ドアが内側からゆっくり開いた。サキが点呼表を片手に出てきて、一度だけ中を振り返り、そっと閉めてからヴァイスに気づく。

 

「……艦長」

「不便はないか」

 

 ヴァイスは廊下とドア、サキの手元の点呼表へ視線を移しながら尋ねた。

 

「はい。大きな不便はありません」

 

 即答してから、少し考えた顔で口元をゆるめる。

 

「強いて言えば……いびきが一番うるさいのは、ガンモさんです」

 

 ちょうど遠くの区画から、低いいびきのような音がかすかに届いた。2人とも、ほんの少しだけ笑う。

 

「子どもたち、ここが“家”だって思えてきたみたいです」

 

 サキは点呼表を胸の前で持ち直し、続けた。

 

「最初は夜になると泣く子もいましたけど、今は寝る前に『明日なに食べるの?』とか、『明日は誰と一緒に歩く?』とか、そういう話ばかりです」

 

 ヴァイスは短くうなずき、昔の宿営地の景色が一瞬だけ脳裏をかすめて消えた。整備テントと武器庫ばかりで、子どもの寝息など届かなかった夜。

 

「……そうか」

 

 言葉を選び、続ける。

 

「なら、この艦も悪くない」

「はい。私も、そう思います」

 

 サキが何か言いかける。

 

「あの、艦長は……どうしてここまで――」

 

 ヴァイスは軽く片手を上げて止めた。

 

「……サキ」

「はい?」

「子どもたちを頼む」

 

 視線を少しだけそらし、付け足す。

 

「……いや、なんでもない」

「了解しました」

 

 ヴァイスは背を向け、廊下の先へ歩き出す。サキは角を曲がって見えなくなるまで見送り、それから静かに子ども区画のドアへ手を置いた。

 

 艦内には、かすかな振動と遠くのエンジン音が続いていた。

 

 

――次回、第28話「食うための任務」へ続く

 

---

 

世界設定&メカ資料(クイックガイド)

https://kakuyomu.jp/works/822139840184157585

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。