灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

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第27話 隊長は責任を、艦長は夜を歩く

 ブリッジを出たあと、ヴァイスは廊下をゆっくり歩いていた。

 

 当直、ジム、格納庫、居住区、食堂の近くまで一通り見た。艦は騒がしく、だが崩れてはいない。あとは自室へ戻るだけだった。

 

 そう思ったところで、右手のドアの前で足が止まった。

 

 簡易ブリーフィングルーム。

 

 中から、押さえた声と端末を操作する音が漏れてくる。

 

「……ここだ。ヘルマーチが橋の縁を見た瞬間だ」

 

 ヒロの声だった。

 

「この時点で、B3にVOLKを回すべきだった」

 

 少し間があり、アキヒトが返す。

 

「その時は、まだ白帯を割る動きだと思ってただろ。B2にも問い合わせが来てた」

 

「言い訳に聞こえる」

 

「言い訳じゃない。今、ログを見ながらなら何でも言えるって話だ」

 

 ヴァイスはドアの前で止まった。

 

 ノックはしなかった。

 

 中では戦闘ログを再生しているらしい。声の調子で分かる。これは報告ではなく、傷口をもう一度開いている会話だった。

 

「ヘルマーチが白帯じゃなく、橋脚を見た」

 

 ヒロの声が少し荒くなる。

 

「あれを見て『高架を落とす気だ』と言ったのは、お前だ」

 

「言った。だけど、その場で全機をB3へ寄せたら、B2の白は外で丸裸になる」

 

「分かってる。分かってるから腹が立つんだ」

 

 机を叩く音がした。

 

「俺はまだ、企業同士を撃ち合わせずに白を通すことばかり考えてた。先に脚を撃ち抜いてでも止める、そこまで踏み切れてない」

 

「先に撃てば、カルディアもグラウバッハも黙ってない。白帯の上で撃ち合いになれば、避難民がもたない」

 

「だが結果として、橋は落ちた」

 

 沈黙が落ちる。

 

 ヴァイスは取っ手に手をかけ、少しだけ押した。隙間から、室内が見えた。

 

 大きなモニターには、白帯B3区画の映像が停止している。ちぎれた高架。途中で切れた白い導光ライン。画面の端には、避難民とラインガードの死傷検知ログが残っていた。

 

 ヒロは腕を組んで立っている。アキヒトは端末の前に座り、別角度の映像を呼び出していた。

 

「配置から間違ってたのかもしれない」

 

 ヒロが初期配置を出した。B2、B3、外縁のマーカーが並ぶ。

 

「最初からB3を厚くしていれば」

 

「その案が、最初のブリーフで通ったと思うか?」

 

 アキヒトが遮った。

 

「『請負のRFは六機だけです。そのうち二機は橋の下を見ます』って条件で、あの輸送量を通せたか?」

 

「……通らない」

 

「だろ」

 

「でも、結果はこうだ」

 

 ヒロはモニターを指した。

 

「橋の上に人が残った。封鎖命令も遅い。二発目を撃たれた時には、もう列を下げきれなかった」

 

「そこで『全員走れ』って言えば、今度は列が崩れる。欄干から落ちるやつも出る。高架を狙われてると分かっても、避難民に走れとは言えなかった」

 

「じゃあ、何を守った?」

 

 ヒロの声が跳ねた。

 

「企業の面子か。白帯は安全だって看板か。結果はこれだ。避難民も、ラインガードも、まとめて落ちてる」

 

 アキヒトは端末から手を離した。

 

「俺も分かってる」

 

 その声は低かった。

 

「ヘルマーチの脚の沈み方を見た時、嫌な感じはあった。あれは橋を壊す動きだって、体の方が先に気づいてた」

 

「なら――」

 

「それでも、俺が口にしたのは『高架を落とす気だ』だけだ。『ヘルマーチを最優先目標にしろ』『B3へ回せ』とまで言い切らなかった」

 

 ヒロが息を吐く。

 

「そこまで自分のせいにするな」

 

「お前がそれを言うのか」

 

 アキヒトが顔を上げた。

 

「橋脚の前に誰を置くか決めたのは俺だ。B2から動かさなかったのも、封鎖命令のタイミングも、俺の判断だ。そう言うつもりだったんだろ」

 

 ヒロは否定しなかった。

 

「ああ。最終判断は俺だ」

 

「楽な言い方だな」

 

 椅子が軋む。アキヒトが立ち上がった。

 

「全部お前の責任にすれば、他のやつは仕方なかったで済む。俺も、黙ってた分を忘れられる」

 

「忘れさせる気はない」

 

 ヒロの声は沈んでいた。

 

「だが、隊長が責任を逃げたら終わりだ」

 

「責任を背負うのと、一人で抱え込むのは違う」

 

 アキヒトが一歩詰める。

 

「俺もそこにいた。お前の判断に乗った。止めなかった。なのに、お前だけが『俺の責任だ』なんて顔をするな」

 

 ヒロは黙って見返した。

 

「だったら、お前も逃げるな。ヘルマーチの動きに気づいてたなら、その時に『止めろ』と言えなかった責任は、お前にもある」

 

「……あ?」

 

「ヘルマーチの歩き方で気づいてたなら、その場で『橋を狙ってる』と言い切れなかった責任は、お前が持て」

 

 ヴァイスは、ドアの外で動かなかった。

 

 アキヒトの手が伸び、ヒロの胸倉をつかむ。シャツの布がきしんだ。

 

「俺に背負えって言うなら、お前も勝手に一人で隊長面するな」

 

「隊長面じゃない。隊長だ」

 

 ヒロは腕をつかんで止めた。振り払わない。逃げもしない。

 

「俺は『想定外でした』とは言わない。ヘルマーチが来たことも、橋に人が残ったことも、その先を読み切れなかったことも、全部、想定できたかもしれないこととして抱える」

 

「抱えすぎて折れたらどうする」

 

 アキヒトの拳が震える。

 

「俺は、隊長が折れた隊を見てきた。何度もな」

 

「なら、折れないように支えろ」

 

 ヒロはまっすぐ返した。

 

「俺から隊長を取り上げるな。間違えたら殴ってでも止めろ。その代わり、俺が責任を取る場所まで奪うな」

 

 しばらく、二人はそのまま動かなかった。

 

 やがて、アキヒトが手を離す。

 

「……最初からそう言え」

 

 ヒロは乱れた胸元を直しながら、モニターへ視線を戻した。

 

「誰の白を守るのか。どこまでを自分たちの責任にするのか。それを決められない隊は、もう終わってる」

 

 その横顔を見た時、ヴァイスの中で何かが引っかかった。

 

 顔の角度。

 

 声の低さ。

 

 言葉を選びながら、それでも退かない目。

 

 遠い昔、別の場所で聞いた声が、薄く重なった。

 

 灰風中隊がまだ名前だけの部隊だったころ。白帯も、今ほど整っていなかったころ。

 

 自分たちはもっと若く、もっと雑で、もっと簡単に正しさを信じていた。

 

 その中に、同じような顔で「責任」という言葉を口にする男がいた。

 

 ヴァイスはドアノブから手を離した。

 

 今は入るべきではない。

 

 これは、艦長が裁く話ではない。隊が自分たちの中で、どこまでを背負うか決める話だ。

 

 中では、アキヒトが低く言った。

 

「もう一回、最初から見よう」

 

「見るのか」

 

「見る」

 

 ヒロが少しだけ間を置き、うなずいた。

 

「分かった。B3の五分前から戻す」

 

 ログが巻き戻る音がした。

 

 ヴァイスは廊下を歩き出した。

 

 背後で、また戦闘ログが再生される。誰かの叫び声、橋の軋む音、白帯の警告音。それらがドア越しに薄く漏れてくる。

 

 ヴァイスは振り返らなかった。

 

 責任を話せるうちは、まだ折れていない。

 

 そう判断して、艦長は静かな廊下を進んだ。

 

 *

 

 艦内の照明は、夜の明るさに落ちていた。

 

 廊下の端には細い誘導ラインだけが残り、床下からはエンジンの低い振動が伝わってくる。ヴァイスは最後の見回りとして、子ども区画の前まで来ていた。

 

 ドアの向こうから、小さな寝息が聞こえる。

 

 誰かが寝返りを打ったらしく、布のこすれる音がした。すぐに、また静かになる。

 

 しばらく立っていると、ドアが内側からゆっくり開いた。

 

 サキだった。

 

 片手に点呼表を持ち、もう片方の手でドアを押さえている。中を一度だけ振り返り、そっと閉めてから、こちらに気づいた。

 

「……艦長」

 

「不便はないか」

 

 ヴァイスは、廊下とドア、それからサキの手元の点呼表へ視線を移した。

 

「はい。大きな不便はありません」

 

 サキはそう答えてから、少しだけ考える顔をした。

 

「強いて言えば……いびきが一番うるさいのは、ガンモさんです」

 

 遠くの区画から、低い寝息のような音がかすかに届いた。

 

 ヴァイスはほんの少しだけ口元を動かした。

 

「本人には言うな」

 

「言いません。たぶん」

 

「たぶん、か」

 

 サキも小さく笑った。

 

 その笑いはすぐに静まり、彼女は点呼表を胸の前で持ち直した。

 

「子どもたち、ここが家だって思えてきたみたいです」

 

 ヴァイスは黙って続きを待つ。

 

「最初は、夜になると泣く子もいました。今でも、急に起きる子はいます。でも最近は、寝る前に『明日は何を食べるの』とか、『誰と一緒に歩くの』とか、そういう話をするんです」

 

 サキはドアを振り返った。

 

「明日の話ができるようになったんだと思います」

 

 ヴァイスの脳裏に、昔の宿営地が一瞬だけよぎった。

 

 整備テントと武器庫。泥と灰。寝ている兵士の荒い息。あの頃の夜には、子どもの寝息などなかった。

 

「……そうか」

 

 それだけ言ってから、少し間を置く。

 

「なら、この艦も悪くない」

 

「はい。私も、そう思います」

 

 サキは何かを言いかけた。

 

「あの、艦長は……どうして、ここまで」

 

 ヴァイスは片手を軽く上げた。

 

 問いを止めるためではなく、自分が答えられないことを示すためだった。

 

「サキ」

 

「はい」

 

「子どもたちを頼む」

 

 それだけ言う。

 

 少し遅れて、言葉を足した。

 

「……いや、今のは命令ではないな」

 

 サキはまっすぐうなずいた。

 

「分かっています。頼まれました」

 

「そうか」

 

「はい。ちゃんと見ます」

 

 ヴァイスはそれ以上言わず、背を向けた。

 

 廊下の先へ歩き出す。サキは、彼が角を曲がるまで見送っていた。

 

 見えなくなってから、サキは子ども区画のドアにそっと手を置いた。

 

 艦内には、かすかな振動と遠くのエンジン音が続いている。

 

 その奥で、子どもたちは眠っていた。

 

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