灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉 作:青羽 イオ
翌日、格納庫へ続く通路を曲がったところで、黄色い境界の内側に小さな列ができているのが見えた。
『光の園』の子どもたちとサキだった。
「来た!」
先頭にいたタクトがこっちを見つけて手を振ると、隣の子どもたちもつられて手を上げた。小さな手がいくつも揺れて、通路の空気が少しだけ柔らかくなる。
「今日は白帯? 灰の中のやつと戦うの?」
タクトがヒロを見上げて聞いた。
ヒロはその目を正面から受けて、少しだけ言葉を選んだ。
「今日は違う。外の調査だ」
「調査?」
「遠くまで行って、様子を見て、帰ってくる」
「ふーん」
タクトは分かったような、分かっていないような顔をしたが、すぐに別のことへ興味が移った。
「じゃあさ、帰ってきたら、またゼリー食べてもいい?」
「お前、そこかよ」
ゴーシュが笑うと、子どもたちが一斉に反応した。
「この前の青いやつ!」
「わたし赤いのがいい!」
「ぷるぷるしてたやつ!」
「ゼリーは隊長じゃなくてジルに言え」
ヒロが苦笑すると、ジルは肩をすくめた。
「補給と相談だな。無事に帰ってきたら考える」
「やった!」
子どもたちが小さく跳ねる。そこでポチが、黄色い境界の内側を指で示した。
「ゼリーの前に、ここから出るなよ。前にやったろ。帰ってきたら、この中だけでかくれんぼ」
「あー、あれ!」
「捕まらないようにするやつ!」
「そう、それ。だからちゃんと待ってろ。黄色いところの内側でな」
ポチは端にいた小さな子の頭を軽く撫でた。いつもの軽い言い方だったが、そこだけ声が少し低かった。
別の子が、俺の袖をつかんだ。
「ねぇアキヒト、お土産話、持って帰ってきてよ。外って、どんな感じか知りたい」
「外って言っても、灰ばっかりだぞ」
「それでもいい」
袖を握る手に、少し力が入った。
俺はその手を見てから答えた。
「帰ってきたら話す」
「約束?」
「ああ。約束だ」
その返事で子どもは満足したのか、ぱっと手を離した。布に残った引っ張られた感触だけが、少し遅れて指先に残る。
子どもたちの後ろにいたサキが、ヒロへ近づいた。
「ヒロ。……今日は、本当に白帯じゃないんだよね。橋のときみたいなことは、もう……」
途中で言葉が止まった。
B3の橋が落ちた日のことは、ここにいる全員が覚えている。サキも、子どもたちも、俺たちもだ。
「白帯には出ない」
ヒロは先にそこだけ言った。
「企業の依頼で、外の施設を見に行く。安全とは言わない。ただ、あの日とは違う」
サキは小さく息を吐いた。
「分かった。子どもたちは私が見てる。だから、ヒロたちは……ちゃんと帰ってきて」
「分かってる」
ヒロは子どもたちの方を見た。
「あいつらにゼリーの話をされたからな。帰らないと面倒だ」
サキは少しだけ笑って、子どもたちの列へ戻った。
「じゃあ、ここから先は危ないから、黄色いところから出ないこと。約束、覚えてる?」
「はーい!」
「声だけ元気でもだめ。足も出さない」
「はーい!」
返事はさっきより少し雑だった。
俺たちは、それぞれ子どもたちの頭や肩に軽く触れてから、格納庫へ続く扉へ向かった。
扉の影に入ったところで、ゴーシュが小さく言った。
「結局、こういう企業の仕事も、あいつらの飯代になるんだよな」
「弾も燃料もタダじゃない。飯も勝手には出てこない」
ガンモが返す。
「気に入らなくても、誰かが行かなきゃ回らない」
「で、残ってるのが俺たちってわけだ」
ポチが言った。
「ほんと、うんざりする」
「うんざりしないやつは、たぶん傭兵に向いてない」
リュウがそう言って、薄く笑った。
俺は何も言わなかった。
さっき袖を握った手の感触が、まだ残っている。あの子がB3のあと、艦内で泣きながらサキにしがみついていたと聞いたことがある。今は笑って手を振っているが、あの日のことが消えたわけではない。
白帯護衛ではない。
カルディアの仕事だ。
それでも、艦を動かす金がいる。食料も、医薬品も、整備部品もいる。きれいな理由だけで艦は走らない。
気に入る必要はない。
仕事は仕事だ。
格納庫の扉が開くと、RFたちの影が並んでいた。整備員の声が飛び交い、油と金属の匂いが流れてくる。
頭上のスピーカーから、艦内管制の声が響いた。
「VOLK各機、搭乗開始。VOLK1から順次確認」
俺はストレイ・カスタムのはしごを登り、コックピットへ入った。
シートに沈み、ハーネスを締める。起動スイッチを順番に入れると、モニターに任務情報が浮かんだ。
《任務プロファイル確認》
《依頼種別:企業依頼/カルディア社》
《目的:旧レゾナンスシティ外周施設調査》
B3のときには、そこに白帯護衛の表示があった。
今回は違う。
ただ、表示が変わっても、やることは大きく変わらない。前へ出る。敵がいれば止める。帰る場所を残す。
俺は操縦桿を握り、機体の反応を確かめた。
「VOLK1、起動確認。ストレイ、問題なし」
続いて各機の声が回線に入る。
「VOLK2、ブルロアー起動。弾は積んだ。撃ちすぎたらジルに怒られる」
「VOLK3、レイヴン・アイ起動。高い場所がないなら、今日は不機嫌だ」
「VOLK4、バッド・バンカー起動。盾は出せる」
「VOLK5、ブレイン・モール起動。ドローンも起きた。地下で迷子にならないことを祈る」
ヒロの声が最後に入った。
「VOLK6、ヴァルケンストーム起動。各機、予定通り出る。外で企業軍や他の傭兵と当たる可能性は高い。先に撃つなよ」
「了解」
返事が重なる。
機体がカタパルトへ固定される振動が、シート越しに背中へ伝わった。
艦内管制がカウントを始める。
「カタパルト1、射出準備。三、二、一――」
体が座席へ押しつけられ、視界が前へ伸びる。
グレイランスの格納庫を抜け、灰色の荒野が広がった。
白帯ではない。
企業の依頼で、灰に沈んだ施設へ向かう。先に何がいるかは分からない。ミュータントか、企業軍か、他の傭兵か、もっと厄介なものか。
だが、戻る場所は決まっていた。
黄色い境界の内側で、列を作って待っている小さな背中たち。
そこへ帰るために、俺たちは灰の中へ出た。