灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉 作:青羽 イオ
窪地の底へ下りて、旧研究施設へ近づいていく途中で、HUDの表示が急に増えた。
俺はストレイ・カスタムの足を止めた。地図上では、さっきドローン群を片づけた場所からそう離れていない。だが、センサーの反応はさっきよりも濃い。
ノルンが報告する。
「前方百メートルに、金属反応が密集しています。先ほどのドローン残骸より密度が高いです。大型の金属反応も複数あります。サイズはRF級」
「先客か」
ゴーシュが低く言った。
灰霧の向こうに、黒い塊がいくつも見えてきた。距離が縮まるにつれて、形がはっきりする。
地面一面に、小型ドローンの残骸が転がっていた。脚だけになったもの、胴体が割れて中身をさらしているもの、半分灰に埋まったもの。その間に、巨大な人型の機体が倒れている。
「リッターか」
思わず声が出た。
灰をかぶっていても、形で分かる。グラウバッハ社製のRF-18G〈リッター〉が四機。さらに、ずんぐりした重装型のRF-08G〈エレファント〉も四機、同じように沈んでいた。
ノルンが識別を進める。
「IFFログを照会。RF-18G〈リッター〉四機。RF-08G〈エレファント〉四機。所属はグラウバッハ社、第七戦術試験中隊」
回線が少しだけ静かになった。
ヒロがジルを呼ぶ。
「ジル。事前情報にこれはあったか」
「ない。カルディアの依頼書には、現場に他部隊なし、って書いてあった。カルディア側のドローン偵察だけだとさ」
「見落としで済む数じゃないな」
「済まないな。RF八機分だ。知らなかったなら無能だし、知ってたなら隠したってことになる」
ヴァイスの声が入った。
「依頼主の情報は、依頼主に都合のいい形で出てくる。珍しい話じゃない」
「珍しくなくても、腹は立つ」
ヒロの声は冷えていた。
俺は倒れたリッターの状態を拡大した。胴体の側面には、さっきのドローンと同じような徹甲弾の跡がいくつもある。装甲は削れ、焼け、ところどころめくれていた。
ただ、そこだけではない。
頭部から胸部にかけて、細い穴がいくつも集まっていた。乱射ではない。狙って撃たれた跡だ。
「コクピットまわりだけ、きれいに撃ち抜かれてる」
ゴーシュが言った。
「ドローンの撃ち方じゃねえな」
ノルンも同じ判断を返した。
「全八機とも、コクピットブロックへの直撃で沈黙しています。一部の弾痕は、先ほどのドローンが使用していた弾とは一致しません。高初速の小口径弾と推定。照準精度が高いです」
「狙撃か」
ヒロが言った。
「ドローンだけで押し切られたんじゃない。別の射手がいた」
エレファントも同じだった。分厚い前面装甲には傷が散っているが、最後に止めを刺したのはコクピット周辺の一点だ。
無人機の群れで削り、人間の乗る機体を正確に殺す。
嫌な手順だった。
そのとき、ノルンが別の反応を拾った。
「生命反応を確認。前方のリッター一機。微弱です。コクピットハッチが半開状態」
映像を拡大すると、リッターの胸部ハッチが少しだけ開いていた。そこから人影が一人、外へ出ようとしている。落ちる寸前のように、片腕だけが縁に引っかかっていた。
「アキヒト、ゴーシュ。降りろ」
ヒロが言った。
「分かった」
俺はストレイ・カスタムを近くまで寄せ、機体を低くした。コックピットを開けて外へ出ると、灰まじりの空気が入ってきて、口の中がざらついた。
倒れたリッターのハッチには、内側から引っかいたような跡がいくつもあった。パイロットは自力で出ようとしたのだろう。
男は、縁に腕を引っかけたままこちらを見た。グラウバッハのパイロットスーツは胸のあたりが焼け、ヘルメットのバイザーは内側から血で濡れていた。
「動くな。落ちるぞ」
俺は声をかけ、ゴーシュと一緒に男の体を支えた。地面に寝かせると、男は苦しそうに息を吐いた。
「生きてるか」
ゴーシュが聞く。
「ああ。……まだな」
声はかすれていたが、意識は残っている。
「何があった。ここで何をしてた」
俺が聞くと、男は一度目を閉じた。
「カルディアに先を越されたくなかった。うちにも情報が来たんだ。外周部に穴が開いたってな」
そこまでは予想どおりだった。
男は咳き込み、バイザーの内側に赤い飛沫が増えた。それでも話を続ける。
「近づいたら、ドローンが出た。最初は数で来るだけだった。あれならまだやれたんだ。パターンを読めば押し返せる」
「そのあとか」
「ああ。ドローンが急に引いた。掃除が終わったみたいに下がって……次に来たのが、上だ」
男の目が、灰色の空へ向く。
「黒い影が降りてきた。隊長機から順番に、コクピットだけ抜かれた。一発ずつだ。撃ち返す間がなかった」
俺は周囲の音を拾おうとした。
風。RFの駆動音。遠くで軋む金属。
いま動いているものはない。それでも、見られているような嫌な感じがした。
「ドローンなら撃ち返せた。だが、あれは違う。気づいた時には、もう――」
男の体がまた咳で跳ねた。
「もういい。無理に話すな」
俺が止めても、男は首をわずかに振った。
「黒と緑の機体だ。肩に、折れた翼みたいな赤いマークがあった」
ゴーシュが息を止めたのが分かった。
俺も、同じ名前を思い浮かべていた。
ヘルマーチ。
男はそこまで言うと力が抜け、目の焦点がずれた。ノルンが低い声で告げる。
「意識レベル低下。バイタル、危険域」
「医療班を呼ぶには遠いな」
ゴーシュが言った。
悔しそうだったが、声は乾いていた。こういう現場では、助けたいだけでは助からない。
俺は男のバイザーを静かに閉じた。
「アキヒト、状況を報告しろ」
ヒロの声が入る。
「グラウバッハの生き残り一名。重傷。ドローンに押されたあと、別の機体に上から撃たれたと言っていた。黒と緑。肩に折れた翼の赤いマーク」
あえて名前は出さなかった。
だが、回線の向こうで全員が同じことを考えたはずだ。
「ヘルマーチか」
リュウが言った。
「まだ確定じゃない」
ヒロが返す。
「だが、そう見て動く。ノルン、周辺に活動反応は?」
「現時点ではなし。ヘルマーチ系のIFFタグも検出していません」
「タグなんか出す相手じゃないだろ」
ポチがぼそりと言った。
「だよな。そこが一番嫌だ」
ジルの声が続く。
「カルディアの事前情報と、現場が合わない。グラウバッハの試験中隊が丸ごと沈んでる規模だ。気づいてなかった、あり得ない」
「知ってて黙ってたんだろ」
ゴーシュが言った。
「俺たちがここで何を見るか、それも欲しかったんじゃねえのか」
「企業ならやるさ」
それで会話が止まった。
灰の中に、倒れたRFが八機。小型ドローンの残骸がその周囲に散っている。無人機だけではない。人間が乗る機体を、人間が狙って殺した跡がここにはあった。
白帯の外側じゃ、ミュータントよりも人間同士の殺し合いが増える。
企業が先を争い、傭兵が撃ち合い、古い施設の防衛装置がまだ動く。その全部が灰の中で混ざっている。
ヒロが判断を下した。
「ここで止まっても状況はよくならない。グラウバッハが何と戦って、何にやられたのかを確認する。前進する」
「了解」
俺は倒れたパイロットを一度だけ見下ろした。
名前も知らない。所属も敵に近い。ここに来た理由も、俺たちと大して変わらない。金と命令と、企業の都合だ。
それでも、死に方は選べなかった。
「行こう」
ゴーシュが短くうなずいた。
俺たちはRFへ戻った。コックピットに入り、ハーネスを締め直す。ストレイ・カスタムが立ち上がると、足元の残骸地帯が小さく見えた。
その向こうに、半分だけ地上へ出た研究施設がある。
白い壁は灰で汚れ、入口は黒く開いていた。
登場機体:
【機体紹介】RF-18G《リッター》
https://kakuyomu.jp/works/822139840184157585/episodes/822139841107286619
【機体紹介】RF-08G《エレファント》
https://kakuyomu.jp/works/822139840184157585/episodes/822139840941766133
グラウバッハ社(Graubach Heavy Industries)
https://kakuyomu.jp/works/822139840184157585/episodes/822139840739097053