灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉 作:青羽 イオ
施設の入口は、窪地の中央に黒く開いていた。
崩れた外壁には、扉枠だけが曲がって残っている。中は暗く、外からライトを当てても奥までは見えない。入口の周りには、さっき倒したドローンの破片と、グラウバッハのRFの残骸がまだ散っていた。
俺はストレイ・カスタムを入口の手前で止めた。
すぐにヒロの声が入る。
「ポチ。先にドローンを入れろ。無理に奥まで行かなくていい。通路の形と、動いてるものがあるかだけ見ろ」
「はいはい。こういう穴ぐらに最初に入るの、俺のドローンばっかりだな」
「人間より安い」
「言い方」
ポチのブレイン・モールから、小型ドローンが二機降りた。虫のように低く走る機体で、灰の上を滑るように入口へ向かっていく。俺のモニターにも、ポチが共有した映像が小さく映った。
内部は細い廊下だった。両側に扉が並び、床には灰と砂が薄く積もっている。照明は完全には死んでいないらしく、天井の一部が弱く点滅していた。
「廊下あり。左右に小部屋。奥に曲がり角。いまのところ動くものなし」
ポチが報告する。
「もう少し入れる」
ドローンの映像が、ざらついた。
次の瞬間、画面が大きく乱れる。音声にも細いノイズが混じり、廊下の映像が白く流れた。
「おい、待て。戻せ」
ヒロが言う。
「やってる。……戻ってこない」
ポチの声から軽さが消えた。
「操縦を受けつけない。信号が変なところで折れてる。いや、折れてるって言い方も変だな。こっちの命令が届いてない」
「映像は?」
「一機目、消えた。二機目も……だめだ。切れた」
モニターから共有映像が消えた。
入口の奥はまた暗くなる。
「ドローン二機、ロスト」
ポチが短く言った。
「通信妨害か?」
「普通のジャマーじゃない。電波を塞がれたっていうより、施設の中に入った瞬間、こっちの信号が別のものに混ぜられた感じがする。気持ち悪いな、これ」
「つまり、外からは中を見られない」
ヒロが言った。
「そういうこと。見たいなら、人間が入るしかない」
少しの沈黙が落ちた。
嫌な沈黙だったが、長くは続かなかった。ここまで来て、入口だけ見て帰るわけにはいかない。
「ここから先は徒歩で入る」
「リュウとポチはRFで外を押さえろ。帰り道が消えたら終わりだ。ゴーシュ、ガンモ、アキヒトは降りる」
「また置いてかれるのか、俺」
リュウが言った。
「外を見てるやつがいないと、全員置いていかれる」
「分かってるよ。文句を言っただけだ」
「ポチ、外周と入口を見ろ。ドローンを失った場所も記録しておけ」
「了解。これ以上ドローンを捨てる気はないから、外から見られる範囲だけな」
俺はコックピットを開け、携行火器とライトを取った。
入口前で、ヒロ、ゴーシュ、ガンモと合流する。
RFに積まれた標準の戦術AIは、機体のセンサーとつながっている。降りたあとは、各自の手元端末へ必要な情報だけが落ちてくる。ノルンだけは別だった。あれは俺の端末にしか応答しない。
俺が端末を確認すると、ノルンの文字が出た。
《接続維持》
《内部環境:不明》
《注意:共振性ノイズを検出》
「ノルン、中に入ってもつながるか」
「現時点では接続可能。ただし、施設内の共振性ノイズが強いため、安定性は保証できません」
「保証なんて最初からない」
「その判断は妥当です」
冗談ではないのだろうが、少しだけ息が抜けた。
俺たちは入口をくぐった。
中は細い廊下だった。さっきのドローン映像と同じだ。両側に小部屋が並び、照明は弱く、床には灰と砂が薄く積もっている。踏むたびに、靴裏でざらりと音がした。
「人の気配はないな」
ガンモが低く言った。
「さっきまでの残骸を見る限り、人がいても生きてるとは限らねえけどな」
ゴーシュが返す。
「嫌なことを言う」
「嫌な場所だからな」
壁際には古い端末が並んでいた。画面は暗く、割れているものも多い。案内板には、かすれた文字で「管制」「資材」「コア」と読める部分が残っていた。
ヒロが手元端末を見る。
「AI、内部スキャンはどうだ」
端末から合成音声が返る。
「内部空間の簡易スキャンを開始。構造は多層。上層に管制区画、下層にコア区画と思われる空間を確認」
「普通の軍事施設って感じじゃねえな」
ゴーシュが壁に埋め込まれた丸いパネルをライトで照らした。円盤のようなものがいくつも並び、その中心に細い溝が入っている。監視カメラでも砲座でもない。
「レゾナンス系か」
俺が言うと、手元端末でノルンが反応した。
「微弱な信号を検出。通常の無線帯ではありません。LSLの帯域とも異なります。一定の周期で揺れる波形。旧レゾナンス軍事研究所のログに近いパターンです」
「まだ生きてるのか」
「現在も発信されているのか、施設に残った反応なのかは判断できません」
そのとき、頭の奥に耳鳴りのようなものが走った。
短い。痛みというほどではない。ただ、施設の空気が急に近くなったような感じがした。俺は足を止めず、ライトの先を廊下へ戻した。
「長居はしない」
ヒロが言った。
「奥に行くほど回線が落ちる。ドローンが戻らなかった理由もまだ分かってない。手早く見る」
俺たちは角ごとに止まり、部屋を確認しながら進んだ。
空き部屋。壊れた棚。倒れた作業台。壁に残った古い表示。人影はない。だが、何もないわけではなかった。通信のノイズが、少しずつ増えている。
外のリュウから声が入る。
「こちら外周。いまのところ動きなし。そっちの映像が少し乱れてるぞ。音も遅い」
ヒロが答える。
「こちらもノイズ増加。入口との距離はまだ浅い。ポチ、外から何か拾えるか」
「拾えてるのは入口まで。中は変な反射が多い。壁の中に通信を食う材料でも入ってるんじゃないかって感じだ」
「AI、回線はどのくらい持つ」
「このまま奥へ進めば、長距離回線は遮断される可能性が高いです」
外の声が少し遠くなる。
壁一枚を隔てているだけではない。もっと分厚いものの中に入っていくようだった。
その中で、俺の端末だけが小さく鳴った。
「補足。アキヒト端末との接続は、他の通信より安定しています」
「理由は?」
「この施設内の共振パターンに対し、端末側の補助リンクがわずかに同期しています。原因は不明です」
「褒められてるのか、それ」
「評価は保留です」
「だろうな」
孤立は避けられないかもしれない。だが、完全に目をつぶされるわけではない。それだけでも、いまは使える。
しばらく進むと、広めのホールに出た。
床の中央に、施設の立体図が埋め込まれている。上層と下層を示す線があり、かすれた区画名が重なっていた。管制区画。コア区画。資材庫。実験棟。
「ここが分かれ目だな」
ヒロが図面にライトを落とす。
「上が管制区画。施設全体の制御と防衛システムの中枢。下がコア区画。カルディアが欲しがってるデータバンクと中枢コアは、たぶんこっちだ」
「先に管制を押さえるべきじゃないか」
ガンモが言った。
「上を残したまま下へ降りると、あとで面倒になる」
「だから二手に分かれる」
ヒロはすぐに決めた。
「俺とガンモで上に行く。管制室を押さえる。アキヒトとゴーシュは下だ。コア区画を確認しろ」
「分かった」
俺は答えた。
「お宝探しか。嫌な響きだな」
ゴーシュが言う。
「見つけるだけだ。持ち帰るかはあとで決める」
「こういう時のあとでって、だいたい面倒なんだよな」
AIの音声が、四人の端末に同時に出た。
「注意。上下階層に分かれた場合、位置情報と音声通信は断続的になる可能性があります」
「つながるうちは最低限の報告を続ける」
ヒロが言った。
「完全に切れたら、自分の判断を優先しろ。無理に合流しようとして迷うな」
「了解」
ヒロとガンモは上層へ続く階段に向かった。俺とゴーシュは、下層へ降りるスロープを選ぶ。
下へ行くほど、ノイズが増えた。
空気が重いわけではない。だが、耳の奥に薄い膜が張っていくような感覚がある。手元端末の地図は何度か乱れ、現在地を示す点が数歩分ずれた。
「こちら上層。管制区画へ向かう。ドアは――」
ヒロの声が、そこで白いノイズに飲まれた。
AIの表示も途切れ、外周との回線も消えた。
代わりに、俺の端末だけでノルンの声が残る。
「上層との回線、完全に途絶。復旧を試みていますが、見込みは低いです」
俺はゴーシュに向かって言った。
「上との回線が切れた。ノルンは残ってる。ただ、お前の端末は不安定だ」
「どのくらい不安定だ」
「数十秒つながって、数分落ちる可能性がある。保証なし」
「上等だ。現場で保証なんか当てにしたことねえよ」
スロープを降りきると、T字路に出た。右と左に通路が伸びている。壁の矢印マークは古く、読める文字はほとんど残っていない。
「ノルン、コア区画はどっちだ」
「右奥に大きな空間を確認。コア区画と推定。左は補助設備、または別の実験区画です」
「右だな」
俺が踏み出そうとした瞬間、頭上で鈍い音がした。
次に、重いシャッターが落ちてきた。
「アキヒト!」
ゴーシュが俺の背中を押す。俺は前へ飛び込んだ。金属が擦れる音が通路に響き、分厚い板が床へ叩きつけられる。
振り向くと、シャッターが通路を完全にふさいでいた。
「ゴーシュ!」
「生きてる! 押しつぶされかけただけだ!」
向こう側から、金属を叩く音がする。
「そっちは?」
「俺も生きてる。そっちに隙間はあるか」
「ない。いや、あっても指も入らねえ。何だこれ、戦車でも止める気かよ」
俺はシャッターに手を当てた。冷たい。動く気配はない。
「ノルン、いまのは自動か」
「解析中。施設内部のセンサーが一瞬だけ起動した形跡があります。ただし、内部トリガーだけでは説明しきれません。外部からの指令が重なった可能性があります」
「誰かが落としたかもしれないってことか」
「断定はできません。否定もできません」
嫌な答えだ。
「持ち上がりそうか」
俺が聞くと、向こう側でゴーシュが力をかける音がした。金属がきしむが、シャッターはほとんど動かない。
「無理だな。びくともしねえ」
「ノルンも迂回を推奨してる。力ずくは無理だ」
「だろうな」
ゴーシュは短く息を吐いた。
「アキヒト、そっちはどうなってる」
「短い通路が続いてる。奥に部屋が一つありそうだ」
「なら、お前はそっちを見ろ。俺はこっちで迂回路を探す。シャッターの制御盤も探ってみる」
「一人になるぞ」
「お互いにな」
少しの間があった。
「いいか、アキヒト。変だと思ったら戻れ。無理に奥まで行くな」
「分かってる」
「分かってるやつほど行くんだよ」
「お前も同じだろ」
「そうだな。だから文句はあとで言い合おう」
俺はシャッターを拳で一度叩いた。
「片づけたら合流する」
「その言い方、嫌な予感がするんだよな」
「じゃあ、言い直す。生きて戻る」
「それでいい」
俺は前を向いた。
薄暗い通路が続いている。床の灰はさっきより薄い。その代わり、床そのものに細い記号のような線が刻まれていた。意味は分からないが、一定の間隔で奥へ続いている。
ノルンの声が入る。
「この先、共振パターンがさらに強くなっています。身体に影響が出る可能性があります。めまい、耳鳴り、視界の乱れがあれば申告してください」
「了解」
白帯も、導光も、味方の背中もない。
それでも、進む理由は残っている。
俺はライトを構え直し、一人で奥へ進んだ。