灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

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第二章 守る者たち
第4話 陸上戦艦グレイランス


 グレイランスの着艦デッキに立つ誘導員には、夜の甲板に並ぶ灯りが、艦の縁まで細く伸びているように見えた。

 

 横風が強い。舞い上がった灰が照明を受け、甲板の上でかすかに瞬く。艦体がゆっくり傾くたび、靴裏が滑りそうになり、誘導員は無意識に足を踏み直した。

 

 着艦管制室から、VOLK隊へ回線が開く。

 

「VOLK flight、こちらPriFly。夜間計器回収に入る。VOLK-4、進入許可。間隔二十五秒。脚とフック、降りているな」

 

 ガンモの声が、わずかなノイズを挟んで返った。

 

「VOLK-4、了解。ギアはロック。フックも降りてる。……こっちは重いんだから、少し甘く見てくれよ」

 

「甘く見る余裕はない。ラインを外すな」

 

「はいはい、真ん中に落とすよ」

 

 灰霧の向こうから、VOLK-4〈バッド・バンカー〉が姿を現した。減速噴射で速度を殺しながら、夜光ラインの上へ滑り込んでくる。機体の前面装甲は分厚く、遠目にも質量がある。横風にあおられても、そう簡単には流されない。だがその重さは、着ける側にも、受ける甲板にも負担になる。

 

 停止マークの手前で再噴射。

 

 脚柱が深く沈み、低いきしみ音が甲板を走った。振動が靴裏を叩き、誘導員の膝まで上がってくる。

 

 LSOの声が鋭く入った。

 

「VOLK-4、低い。パワーが遅い。……三番ワイヤーで停止。だが重いぞ。オーバーストレス警報、確認」

 

 整備班のハッチが、格納区側で声を荒らげた。

 

「また脚を泣かせやがったな! ガス圧、抜き直しだぞ。次これやったら、本当に脚まわり全部開けるからな!」

 

「聞こえてるって。無事に帰ってきただけ褒めろよ」

 

「褒めるのは俺じゃない。整備ログが褒めるかどうかだ」

 

 着艦管制は間を置かず、次の機体を呼んだ。

 

「VOLK-4、停止良し。誘導に従って退避。VOLK-5、進入許可」

 

 ポチの声は、ガンモより少し軽かった。

 

「VOLK-5、了解。ギアダウン、フックダウン。こっちは優しく降りるから、ハッチ、惚れるなよ」

 

「余計なこと言ってないで、噴射を合わせろ」

 

「はいはい。整備班に怒られない着艦、努力します」

 

 続いてVOLK-5〈ブレイン・モール〉が進入する。噴射は抑えめで、姿勢の乱れは少ない。停止マークの上で機体が小さく上下し、膝を沈めて止まった。

 

 大きな衝撃はない。それでも、甲板に落ちた重みは確かに伝わってくる。

 

「VOLK-5、グライドパスやや高い。二番ワイヤー。停止良し」

 

 LSOがそう告げると、整備班からすぐに別の声が飛んだ。

 

「高いところから置くなって言ってんだろ。関節部の摩耗が進むんだよ」

 

「今の、だいぶ優しかったと思うけどなあ」

 

「おまえの感想じゃなくて数値で言え」

 

「じゃあ、あとでログ見ながら謝る」

 

「謝る前提かよ」

 

 甲板上の空気が、少しだけほどけた。戦闘直後の帰艦で、誰も本当に笑っているわけではない。それでも、いつもの軽口が戻ってくるだけで、誘導員の肩に入っていた力がわずかに抜けた。

 

「VOLK-6、進入許可」

 

 最後に呼ばれたヒロの返答は、短く落ち着いていた。

 

「VOLK-6、了解。ギアダウン、フックダウン。速度、合わせている」

 

「VOLK-6、ライン良し。そのまま来い」

 

「了解。風が少し巻いている。最後だけ抑える」

 

 VOLK-6〈ヴァルケンストーム〉が灰霧の奥から現れた。

 

 余計な操作はなかった。夜光ラインに沿って、一定の速度で近づいてくる。短い噴射で速度を殺し、機体の膝関節を静かに沈める。甲板が受けた衝撃は、ほとんど音にならなかった。

 

 LSOが、わずかに声の調子を緩めた。

 

「VOLK-6、グッド・パス。ボール・センター、オン・グライドパス。三番ワイヤー、イージー・ストップ。……いい着艦だ」

 

 整備班から、すぐにハッチの声が重なる。

 

「これだよ。負荷率十二パーセント、損傷ゼロ。なあ、聞いてたか、前の二機」

 

「聞いてねえことにしたい」

 

「俺も」

 

 ガンモとポチの返事に、甲板員の一人が短く笑った。

 

 着艦管制が最後の確認を入れる。

 

「三機着艦完了。各機、誘導に従い指定ラックへ移動せよ。急ぐな。床が濡れている」

 

 係止表示が緑へ変わる。誘導員が棒灯を振ると、床の誘導線が淡く点灯した。

 

 三機は灯りの中をゆっくり格納区へ向かい、やがて着艦デッキから姿を消した。

 

 *

 

 防爆シャッターが上がり、移送通路の奥から重い足音が近づいてきた。

 

 振動に合わせて、格納区のざわめきが膨らむ。梁の照明がかすかに揺れ、油と灰に濡れた床の上を導光ラインが伸びていた。その線は、避難者の移送列と整備通路を静かに分けている。

 

 黄色いラインの内側で、誘導員が棒灯を振った。巨大な機体を一機ずつ、ハンガーの枠へ導いていく。

 

「係留ライン、急げ。足を止めるな、まだ後ろが詰まってる」

 

 誰かが咳き込みながら叫んだ。それでも手は止まらない。白枠に脚を合わせるたび、デッキがわずかに沈み、鈍い振動が足裏に返ってくる。

 

 先頭で戻ってきたVOLK-4《バッド・バンカー》が、梁の下をくぐった。指定番号のハンガーベイへ入ると、分厚い前面装甲が灯りを遮り、整備兵たちの影を床へ落とす。擦れた塗装の下から注意色の帯がのぞいていた。灰をかぶった姿は、出撃前よりさらに無骨に見える。

 

「はい、止め。もう半歩右。……いや、そっちじゃない、右だ右」

 

「右ってどっちの右だよ」

 

「機体の右だよ。毎回そこで迷うな」

 

 ガンモが操縦席の中で何か言い返したらしく、外部スピーカーに低い笑い声だけが漏れた。

 

 機体が膝を落とす。側面の係留アームが横からせり出し、腰と肩を挟み込んだ。ロックピンが噛み、固定ランプが一つずつ点灯していく。

 

 その後ろから、VOLK-5が回頭しながら別の枠へ収まった。束ねたサーチライトに、重ね貼りのステッカーがやたらと賑やかだ。灰と油で汚れているのに、そこだけ妙にふざけて見える。

 

「おー、久しぶりの我が家だぜ。誰か俺のベイ、勝手に物置にしてないよな」

 

「前回おまえが置いていった配線の山なら、そのままだ」

 

「それは物置じゃなくて、創造の途中ってやつだ」

 

「邪魔って意味では同じだろ」

 

 整備兵たちから笑いがこぼれた。笑い声は長く続かない。誰も手を止めないからだ。それでも、硬かった空気が少しずつほどけていく。

 

 ブレイン・モールの足裏駆動音が短く響き、機体が所定位置で静止する。直後、天井クレーンがフックを下ろし、背中の吊り金具へ正確に掛かった。

 

 最後に、VOLK-6がゆっくり進入してきた。

 

 側面ハッチを抜けるところでスラスター噴射を絞り、白枠で囲まれた係留位置の中央へ、慎重に脚を運ぶ。背面では、まだ冷めきらない排熱が白く揺れていた。脚部シリンダーが低くうなり、機体が膝を落とす。

 

 左右から伸びた固定アームが、胸部と腰を抱えるように回り込んだ。ロックランプが順番に点灯し、そのたびに小さな機械音が重なっていく。最後の固定が入ると、金属音が短く響き、床がわずかに震えた。

 

 整備班リーダーが、タブレットの表示を見ながら言った。

 

「VOLK-6、三点ロック完了。固定ランプ全点灯。クイックチェック入ります。隊長、降りる前に主電だけ落としきらないでくださいよ。前に一回、面倒なことになったんで」

 

「覚えている。今回は残してある」

 

「それなら助かります。あれ、復帰させるのに二時間かかったんですから」

 

 整備兵が脚部へ近づき、スキャンをかける。タブレットの光が、灰で汚れた装甲を青白く照らした。

 

「油圧圧力、許容範囲内。ただ、右脚シリンダーが少し重いですね。報告にあった通りです」

 

「着艦前から重かった。動けないほどじゃないが、踏み替えで遅れる」

 

「ダンパー側から見ます。無理に引っ張りました?」

 

「一度だけだ」

 

「一度だけ、の時点で嫌な予感しかしないんですが」

 

 ヒロは答えず、コクピットハッチを開いた。

 

 外側へ開いたハッチのふちに片手をかけ、ヒロ・ヴェルナーが姿を現す。厚手の戦闘服は灰でくすみ、首もとのヘッドセットにも細かな砂が噛んでいた。肩にはうっすら砂埃が残り、袖口には油じみがある。

 

 それでも動きは乱れていなかった。

 

 ヒロは梯子を一定のリズムで降り、床に足をつける。周囲の視線が自然と集まった。誰かが何かを言おうとして、結局、短い会釈だけで済ませる。

 

 ヒロは顔ぶれをざっと確認し、差し出された手を順番に取った。握手は短い。だが、流れ作業ではなかった。相手の目を一度だけ見て、手を離す。

 

 手首からのぞいた黒い識別プレートが、頭上の灯りを受けて、かすかに光った。

 

「おつかれさーん、隊長」

 

 少し遅れて機体から降りてきたガンモが、肩をすくめる。笑っているが、歩き方は重い。

 

「十日も缶詰で、戻ってきたらこれだろ。もうちょっとこう、感動の帰還みたいなのがあってもいいと思うんだよな」

 

「感動なら脚部ログに残ってるぞ。真っ赤だ」

 

 整備兵が言うと、ガンモは顔をしかめた。

 

「それは感動じゃなくて怒られるやつだろ」

 

「怒るのはあとにします。先に飯食ってください。空腹の相手に説教しても、だいたい聞いてませんから」

 

「分かってるじゃねえか。隊長、飯行こうぜ。いや、その前に報告か。分かってるよ、分かってるけどさ」

 

 ポチも灰を払いながら降りてきた。顔の半分に疲れが出ているのに、口だけはいつもの調子を保っている。

 

「俺、今なら合成タンパクでも泣ける自信ある。できれば固形じゃなくて、なんか汁気のあるやつがいい」

 

「整備に顔を出してからだ」

 

 ヒロは軽く言い返し、整備班へ手を挙げた。

 

「右脚のダンパーを先に見てくれ。踏み込みで半拍遅れた。他は、今のところ目立つ異常はない」

 

 整備班リーダーは頷いたが、すぐには引き下がらなかった。

 

「了解しました。右脚から見ます。武装解除とNBCスキャンも並行します。……隊長、今日は本当に、早めに降りてくださいよ。機体もですが、人間のほうも見ないとまずいです」

 

「俺は問題ない」

 

「その返事、信用できないやつです」

 

 ヒロは一瞬だけ黙った。

 

 ガンモが横から口を挟む。

 

「ほら見ろ。整備にもバレてる」

 

「おまえはまず、自分の脚を心配しろ」

 

「俺の脚じゃねえ。バッド・バンカーの脚だ」

 

「乗り方が悪ければ、同じことだ」

 

「隊長、そういう正論は飯のあとにしてくれ。胃に来る」

 

 ポチが小さく笑った。

 

「胃に来る前に、ログ提出な。俺、さっきから端末が震えてる。たぶん整備班が怒ってる」

 

「怒ってはいません」

 

 整備兵の一人が工具箱を持ち上げながら言った。

 

「怒るための材料を集めているだけです」

 

「ほら、怒ってるじゃん」

 

 短い笑いがまた起きた。

 

 ヒロはその場の空気を一度だけ眺め、頷いた。

 

「ブリーフィングでまとめて聞く。ログは全部上げておけ。抜けがあると、あとで同じ話を二回することになる」

 

「げえ……飯の前に取り調べかよ」

 

 ガンモが肩を落とす。

 

「吐くのはログだけにしとけ。食ってからだと地獄だぞ」

 

 ポチが言うと、ガンモは「想像させんな」と顔をしかめた。

 

 ヒロは歩き出した。格納区の出口へ向かう足取りは揃っている。疲れていないわけではない。むしろ全員、足が重い。それでも、誰かが遅れれば自然に半歩だけ待つ、その程度の余裕は残っていた。

 

 導光ラインが足元で折れ、格納区の灯りが一段落ちる。

 

「飯はそのあとだ」

 

 ヒロが前を見たまま言った。

 

 ガンモが深く息を吐く。

 

「順番、絶対変えないよな、隊長って」

 

「変える理由がない」

 

「あるだろ。俺の腹が鳴ってる」

 

「記録には残らない」

 

「人間味ってものがあるだろ、人間味が」

 

 ポチが隣で笑い、肩の灰をもう一度払った。

 

「諦めろ。隊長の人間味は、たぶん別の場所に積んである」

 

「どこだよ」

 

「さあな。少なくとも食堂じゃない」

 

 軽口は続いた。

 

 それでも三人の足並みは、格納区を抜けるまで崩れなかった。

 




---

[あとがき]
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

もし作中の世界設定や機体まわりに興味を持っていただけたら、
「灰の傭兵と光の園 ─ 世界設定&メカ資料集(一部イラスト有) ─」
もぜひご覧ください。
https://kakuyomu.jp/works/822139840184157585


各種RFの設定や用語まわりに加えて、機体イラストもいくつか掲載しています。
本編の補助として読める内容になっていますので、気になった方はのぞいていただけるとうれしいです。
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