灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

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第39話 線に縛られた死

 エアハルト隊長の声は、無線越しでも落ち着いていた。

 

「ファルコン隊、白に寄りすぎるな。撃つなら外側からだ」

 

 前方の地面に、白い導光がまっすぐ伸びている。

 

 避難用のライン、白帯。

 

 その脇を、ファルコンの編隊と、バッファローの重い足取りが並んで進んでいた。

 

 白の上には避難民が連なっている。

 

 敵は白の外側に拠点を作り、ときどき砲弾を撃ち込んでくる。白をかすめる弾もあった。着弾のたびに列が乱れかけ、誘導員が声を張り上げる。

 

 それでも、エアハルトは白帯の上を撃たせなかった。

 

「白帯の上にいるのは民間人だ。避難列を通してから潰せるなら、それでいい」

 

 そう言って、隊長機を一歩だけ前に出す。そこは遮蔽物の薄い位置で、敵の射線を、自分に寄せる立ち方だ。

 

 俺は、その背中を見ていた。

 

 HUDの識別はE-01。ヘルマーチの隊長機。

 

 白の近くでは撃つ角度を変える。通行を止めない。避難列に銃口を向けない。

 

 代償として、白帯から外れた小集落は「危険区域」として見捨てられた。遠回りになろうが、時間をロスしようが、白帯の上に人がいる限りそちらを優先する。それがエアハルトのやり方だ。

 

 正しいか間違っているかなど、俺には分からなかった。ただ、『白帯の上の人間は撃たない』。そのルールだけは明快だった。

 

 だが、その秩序が長く続くことはなかった。

 

 別の日。

 

 白帯B4支線の分岐点で、俺たちは待ち伏せに巻き込まれた。

 

 高架の柱が密に並ぶ合流部だった。白帯が二本に分かれ、避難列が速度を落とす場所でもある。敵にとっては、撃ち込むだけで列を止められる場所だった。

 

 オペレーターの声が、回線に鋭く突き刺さった。

 

「B4支線で敵火力確認。榴弾多数、来ます!」

 

 柱の間から、砲弾が雨のように落ちてきた。

 

 白帯のすぐ脇で爆発が起き、誘導灯が吹き飛ぶ。避難列が止まりかけ、怒鳴り声と泣き声が重なった。

 

 誘導員が子どもを抱えて伏せる。その姿が、爆炎の縁に一瞬だけ見えて、すぐに消えた。

 

「ファルコン三、四、白帯に出るな! バッファロー隊、支線上に盾を張れ!」

 

 エアハルトの指示で、バッファローが白帯を覆うように滑り込む。厚い肩装甲が榴弾を受け止め、激しい火花を散らした。機体が一瞬沈むが、倒れずに持ちこたえる。 

 

 エアハルト機もその隣へ躍り出た。敵へ正確に反撃を仕掛け、こちらへの射線を強引に遮っていく。

 

「隊長、前に出すぎです!」

 

「ここで止めなきゃ、あっちがまとめて死ぬ」

 

 若い隊員の声を、迷いのない短い返事が遮る。

 次の瞬間、側面から迫った徹甲弾が、エアハルト機の胸部装甲を撃ち抜いていた。

 

 隊長の息が、短く途切れる。

 

 通信が切れた。

 

 モニター上の識別マークが短く点滅し、それから音もなく消えた。

 

「E-01とのリンク喪失!」

 

「隊長!」 

 

 誰かの悲鳴が響き、俺の口の中が一瞬で乾ききった。 

 

 だが、照準を戻さなければならない。反撃の手を緩めれば砲撃は止まらず、砲撃が止まらなければ、白帯の上の人間が文字通り削られていく。 

 

 エアハルト機は、白帯のすぐ脇にガクリと膝をついた。倒れ込む最後の瞬間まで、その巨体は白帯を守るように影を落としていた。 

 

 俺は引き金を絞る。一発、もう一発。敵の砲口が覗く柱の奥へと、ひたすら弾を叩き込んだ。 

 

 指の関節がきしむ。力を入れすぎているのは自覚していたが、指の緩め方がもう分からなかった。 戦闘が終わり、E-01の残骸から遺体が運び出された。 

 

 その日、冗談を口にするやつは一人もいなかった。

 

 収容の前で、誰かが小さく言った。

 

「隊長は、最後まで白を庇って死んだってことか」

 

 俺は視線を落とした。

 

 庇って死んだのか。

 

 無理をして死んだのか。

 

 どちらでも、本人にはもう聞けない。

 

 白い線だけが、何事もなかったように地面に残っていた。誘導灯のいくつかは壊れていたが、残った光はまだ前を示している。

 

 その白が、やけに眩しく見えた。

 

 耳に入る音も、いつもより大きく感じた。

 

 数日後、簡素な会議室に隊員たちが集められた。

 

 壁の地図には、白帯と支線、ハブ、主要都市が線で結ばれている。細い線、太い線、点線。人の流れも、拠点も、危険区域も、紙の上では全部同じ種類の記号に見えた。

 

 前に立ったのは、コンラート中佐だった。

 

 数日前まで大尉だった男。

 

 ヘルマーチの新しい隊長に任命された男だ。

 

「今日から俺が、この隊を預かる」

 

 声はよく通り、余計な熱がない。

 

「エアハルトのやり方を、全否定するつもりはない」

 

 コンラートは続けた。

 

「だが、俺はやり方を変える。任務の目的を最優先する。白帯を守る必要があるなら守る。だが、白帯を守るために隊を潰す判断はしない」

 

 椅子が小さく鳴った。

 

 ざわつきは出ない。ただ、空気だけが重くなる。

 

「ここは救助隊ではない。特殊部隊だ」

 

 コンラートは地図を指した。

 

「白帯を守るために、撃たれやすい位置へ出た者がいる。避難列を止めないために、自分の機体を盾にし、そのまま戻らなかった者がいる」

 

 そこで言葉を切る。誰のことかは、言われなくても分かった。

 

「白帯は大事だ。それは否定しない」

 

 言い方だけならエアハルトと同じにも聞こえたが、次の一文で変わった。

 

「だが、大事なものは他にもある。拠点、資源、指揮。ここが折れたら、線も維持できない」

 

 言い切る途中で、コンラートの指がふと胸のポケットに触れた。衣服の向こうにある硬い角を確かめるような、どこか名残惜しげな仕草。それも触れた次の瞬間には、何事もなかったかのように手が下がった。

 

 俺は、その動きをただ見つめていた。何の意味もないはずのそこだけが、なぜか強く胸に引っかかっていた。

 

「俺は無駄な死を嫌う。隊の損失も、民間の死も、全部だ」

 

 優しい言葉に聞こえた。

 

「優先順位を間違えるな。守るべきものを間違えるな。白帯の維持は任務の一部だ。任務そのものではない」

 

 沈黙が落ちた。

 

「以上だ。文句があるやつは、今言え」

 

 誰も手を挙げなかった。挙げられる空気ではなかった。俺も黙っていた。間違っている、とまでは言えない。そう思った。

 

 自分の手はきれいじゃない。父を撃った。路上の兵士を撃った。任務でも、もう人を撃った。

 

 だから、誰かの方針を間違いだと言える立場ではない。そう考えるほうが早かったし、そう考えてしまえば、黙っていられた。

 

 コンラートが隊長になってから、任務は少しずつ変わっていった。最初は、本当に少しだった。

 

 進入角度が変わる。待機時間が短くなる。避難列の通過を待つより、敵の火点を早く潰すほうが優先される。

 

 どれも、説明されれば筋は通っていた。損失を減らすため。作戦時間を短くするため。 白帯そのものを維持するため。理由はいつもあった。

 

 別の任務で、敵が民家を盾にして拠点を構えていた。

 

 白帯の支線からは外れている。だが、そこを残せばあとで別の列が撃たれる可能性がある。そう説明された。

 

 オペレーターが報告する。

 

「区域内に民間反応あり。熱源、複数。逃げ遅れの可能性があります」

 

 回線が一瞬だけ静まった。誰も「どうする」とは言わない。聞く形にしても、返る答えは決まっている。

 

 俺は照準を合わせた。

 

 HUDに座標が固定され、建物の輪郭が線で縁取られる。赤い点が、壁の内側でゆっくり動いていた。

 

 敵か、民間か。区別はつかない。区別している時間もない。そういう任務だ。

 

 コンラートの声が入った。

 

「時間をかけるな。指定座標に集中射撃。そこに残っているのは避難に失敗した者だ。それ以上の判断は俺たちの仕事じゃない」

 

 トリガーに指を掛ける。指先がわずかに硬くなった。俺が撃たなくても、誰かが撃つ。 そう思ったはずなのに、次の呼吸が浅くなる。

 

 発砲。

 

 コクピットの中に鈍い衝撃が返ってきた。反動が座席を通って背骨に残り、視界がほんの少し揺れる。

 

 建物の外壁が崩れ、灰と土煙が膨らむと、煙の中で、赤い点が一つ消えた。

 

 遅れて、もう一つ。最後の一つは、少しだけ残って動いた。

 

 止まって、そして、消えた。

 

 オペレーターが報告する。

 

「熱源、減少。残存反応、低下。停止に近いです」

 

 敵が止まったとも、人が止まったとも、どちらにも聞こえる言い方だった。

 

 そして、どちらでもいいという報告でもあった。

 

 俺は次弾を装填し、同じ座標にもう一度撃った。

 

 止める理由を、もう持っていなかった。

 

 煙の向こうで屋根が落ちる。赤い点は戻らない。

 

 視界の端に、白い線が細く残っていた。あの線の上を、今も誰かが歩いているかもしれない。

 

 考えるな。整えるのは呼吸だけだ。任務が終われば、別の部隊が白帯の上を通る。俺たちは、その前に通れる形にしておくだけ。

 

 そう言い聞かせた。

 

 俺は、端に見える白い線を、ただの線として見ようとした。

 そうしないと、次のトリガーで指が止まる気がした。

 

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