灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

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第42話 旧市街の炎で

 輸送用の装甲車の中は、汗と薬の匂いが混じって息が詰まった。

 

 向かいの席の隊員が、錠剤を二つつまんで口に放り込む。奥歯で砕いたあと、苦味をごまかすように缶コーヒーを流し込んだ。

 

「今日で終わるといいな。長い」

 

 誰に向けた言葉でもなかった。

 

 別の隊員は、無言で銃を分解していた。布で拭き、部品を確かめ、また組み直す。手の動きは滑らかだったが、落ち着いているようには見えなかった。止めたら、そのまま折れてしまうから動かしている。そんな手つきだった。

 

「弱い奴から死ぬだけだろ」

 

 誰かが笑った。

 

 冗談めいて軽い。けれど半分は、本気の笑い方だった。

 

 俺は壁にもたれたまま、口を閉じていた。

 

 車体の振動が背中から首へ上がってくる。首の後ろに埋まったLSL端子が、そのたびに小さく揺れるような気がした。

 

 旧市街にゲリラが潜んでいる。

 

 そう告げられているだけだった。

 

 南の古い街並み。細い支線の白帯が本線につながっている地区。避難所があるとも聞いた。テント、仮設住宅、取り残された家族。ブリーフィングでは、そういう言葉も出ていた。

 

 また、白の近くだ。そう思って、すぐに考えるのをやめた。期待すると、外れたときにきつい。

 

 やがて車列が止まり、ハッチが開いた。

 

 

「パイロット! 降りろ! RFに乗り換えだ!」

 

 怒鳴り声に押されるように、俺は装甲車から飛び降りた。

 

 数台分先で、ファルコンを含むRF部隊が膝をついて待機している。動いていないのに、気配だけが張り詰めていた。

 

 機体の足元まで走り、梯子を駆け上がる。

 

 狭いコクピットに潜り込んだ瞬間、外の音が一段遠くなった。ハーネスが肩と腰を締め、首の後ろのLSL端子へ接続が入る。

 

 背中の奥に、細い震えが走った。

 

 主モニターに外の景色が固定される。

 

 肉眼で見ていた灰色の街が、温度のない映像として戻ってきた。

 

 合図が入る。

 

 低い駆動音が腹の底に響き、機体がゆっくり立ち上がった。

 

 旧市街に入ってすぐ、路地の奥が白く光った。

 

「RPG!」

 

 オペレーターの叫びと同時に、先頭の装甲車が吹き飛んだ。

 

 破片と火炎が道路に散り、後続車両が慌ててブレーキを踏む。狭い道の両側で、窓という窓が火を噴いた。弾が上から降り、壁に当たって跳ね、車体を叩く音が重なる。

 

「降りろ!」

 

 天井ハッチが開き、歩兵が外へ雪崩れた。

 

 弾が交差する中を、RFの脚が前へ出る。押し込むしかない。いつもの形だった。敵がどこにいるかを完全に見つける前に、撃たれた方向を壊して道を作る。

 

 俺のファルコンも、狭い道を無理に進んだ。

 

 肩が壁に擦れ、コンクリートの粉が散る。前方の火点を探す間にも、次の弾が来た。

 

「右の屋上に狙撃!」

 

「裏路地から接近!」

 

 味方が倒れるたび、LSL越しに悲鳴と心拍の乱れが頭の奥をかすめた。

 

 ほんの一瞬だ。

 

 けれど、確かに触れる。

 

 誰かの恐怖が、通信のノイズのように流れ込んでくる。止まらないし、止まれない。拾ってしまったものを外へ押し出すより先に、次の火点へ照準を合わせるしかなかった。

 

 コンラートの声が入る。

 

「反撃を遅らせるな。撃たれたら撃ち返せ。遮蔽物ごと潰せ」

 

 命令は簡単だった。

 

 簡単に言える距離にいる者の声でもあった。

 

 ファルコンと僚機が同時に火を吹いた。機銃と榴弾が、民家の窓と壁に無数の穴を開けていく。その向こうにいるものを、いちいち確かめている暇はなかった。 

 

 撃たれる。撃ち返す。壊す。 

 

 その単調な繰り返しだけが、俺たちを一つ目の通りから力尽くで押し出した。

 

 奥へ進むと、不意に視界が開けた。 

 

 広場だった。 

 

 密集する避難民のテントと仮設住宅。ブルーシートの下やコンテナの死角を、人間が走り回っていた。子ども、母親、老人。荷物を抱える者。何も持たずにただ駆ける者。 

 

 間合いを詰める前に、テントの裏から小火器の射撃が始まった。 

 

 ゲリラは避難所を盾に、こちらへ弾を撃ち込んでいる。

 

「クソが、避難所を盾にしてる!」

 

 誰かが吐き捨てる。

 

 それにかぶせるように、コンラートの声が落ちた。

 

「白帯は本線から離れている。ここは支線だ。優先順位を間違えるな」

 

 回線が静まる。

 

 それから続いた命令で、静けさは別のものに変わった。

 

「敵火点を先に潰せ。テントも仮設も関係ない。ここを残せば、また同じことが起きる」

 

 命令と同時に、砲撃が始まった。 

 

 モニターには避難民の群れが映っている。テントの間を走る影。荷物を抱えたまま転ぶ影。泣きながら親にしがみつく影。 

 

 爆発。 

 

 地面が抉れ、布が裂け、支柱が折れていく。逃げ道は、目に見える速さで塞がれていった。 

 俺は外部スピーカーを開いた。

 

「ここから離れろ!」

 

 自分の声が、RFの胸部スピーカーを介して旧市街に叩きつけられる。

 

「走れ! ここは危ない、離れろ!」

 

 何人かが振り向き、それから走り出す。だが遅い。遅すぎた。 

 

 足元近くで子どもが転び、母親らしき女性が手を伸ばして腕を掴む。引き起こそうとするが、子どもの足がもつれ、母親の体も傾いた。

 

 その瞬間、子どもが振り向いた。顔は埃まみれで、涙の筋が残っている。なのに、目だけが乾いていた。

 

 俺のRFを見上げている。怒ってはいない。助けを求めている風でもない。ただ、もう終わりが決まっているものを見る目だった。

 

 やめろ。

 

 声にはならなかった。

 

 次の瞬間、横から別のRFの射撃が重なった。

 

「この区画、まとめて掃討する!」

 

 榴弾と機銃の嵐が、テントと人影を文字通りまとめて叩いた。

 

 布が裂け、支柱が折れ、すさまじい土煙と火花が上がる 子どもと母親の姿は、瞬く間に視界から消えた。そこにいた、という事実だけが消えずに残る。

 

 LSLを介して、こちらの心拍が跳ね上がった。耳の奥で濁った鼓動が膨らみ、指先の感覚が遠のいていく。手足は動いていたし、機体の追従も遅れてはいない。けれど、自分という存在だけが半歩後ろに置き去りにされている感覚がした。

 

 視界の端から色が失われていく。モニターのデジタル文字が、もう何の意味も結ばなかった。

 

「036、状態はどうだ。リンクが乱れている」 

 

 オペレーターの声が回線に滑り込んできた。

 

「問題ない」 

 

 そう答える。 

 

 問題がある、と言い張れるような戦場ではなかった。言えたとしても、何が変わる。 

 

 旧市街の全体が、ただの掃討対象へと塗り替えられていく。 

 

 指定された区画ごとに建物が壊され、壁が倒れ、屋根が崩れ、テントが燃え上がった。どこかの路地から撃ち返してくる火点があれば、そこに敵がいるとみなされ、まとめて潰された。 

 

 奴らが銃を持っているかどうかは、もうどうでもよかった。 

 

 重要なのは、終わらせること。報告書に「完了」と記述できる形にすることだ。 

 

 俺のファルコンも、指示された座標へ砲撃を重ねた。照準の中で家が一つずつ、ただの瓦礫に変わっていく。その家に誰がいたのか、誰も尋ねない。誰も確かめない。

 

 確かめた瞬間に、撃つのが遅れるからだ。

 

 やがて、センサーが少し離れた高台の建物を捉えた。

 

 古い教会。

 

 南の旧市街の象徴だと、ブリーフィングで聞いたことがある。

 

 教会の前に人影が集まっていた。壁の陰に身を寄せる者。中に入ろうとする者。逃げ切れなかった者。そこへ行けば助かると思ったのか、ただ他に行く場所がなかったのか。

 

「あそこにも人がいる。避難民か?」

 

「いや、ゲリラかもしれない。ああいうところに隠れる」

 

 短いやり取りのあと、無線がコンラートを呼んだ。

 

「隊長、どうしますか」

 

 少しの沈黙。

 

 コンラートの返答は短かった。

 

「あれを残す理由はない」

 

 誰も聞き返さなかった。

 

「高台の教会。指定座標に重火器を集中。二度と使えないようにしろ」

 

「了解。ファルコン三、メイン砲準備」

 

 ためらいはなかった。 

 

 ためらいが挟まる余地のない速度で、破壊の作業が進んでいく。

 

 教会の屋根に、照準マーカーが重なった。

 

 直後、複数の砲弾が屋根と塔に直撃する。石造りの壁が崩れ、屋根が抜けた。内部から激しい炎が噴き出す。

 

 教会の前にいた人影が散った。壁と炎の間を狂ったように走る。どこへ向かっても出口はない。逃げるというより、ただ燃えていない場所を探して体が動いているだけだった。 コンラートの機体は、少し離れた位置に立ち、それを見ていた。

 

 助けもしない。喜びもしない。ただ、予定していた手順が遅れていないかを確かめるようだった。

 

 旧市街の火は、しばらく消えなかった。黒い煙が空に昇り、さっきまで人が暮らしていた建物が瓦礫に変わっていく。白帯の支線も途中で途切れ、光はあっさり消えていた。

 

 俺はLSL越しに機体の重さを感じながら、自分の中で言葉を探していた。

 

 これは、戦闘じゃない。敵を探して撃つ形は取っている。命令も報告書も、鎮圧や掃討と呼ぶだろう。けれど、違う。これは、鎮圧でもない。

 

 考えが最後まで行き着く前に、答えはもう出ていた。

 

 ただの虐殺だ。

 

 その言葉が浮かんだ瞬間、自分がいる場所と、そこにいる理由が急に遠くなった。

 

 コンラートの声は、無線の向こうで指示を出し続けている。隊員たちは従って動く。俺も動いている 動けてしまうことが、いちばん怖かった。

 

 俺は機体を動かしながら、心のどこかで完全に距離を取っていた。

 

 ここにいたくない。

 

 それが初めて、はっきりした形で浮かんだ。

 

 ヘルマーチとコンラートから心だけが先に離れたのは、あの旧市街の炎の中だった。

 

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