灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

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第49話 崖上のバッファロー

 これまでとは違う方向から、重く響く発射音が割り込んだ。

 

 隊列の背後側にある尾根だ。乾いた破裂音ではない。金属の塊が空気を押し潰しながら飛び出し、遅れて機関銃の短い連射が重なる。

 

 崖上から降っていた火線が、一瞬だけ乱れた。

 

 さっきまで補給車列を正確になぞっていた砲撃が、わずかに外れる。

 

「今の音、こっちじゃない」

 

 俺は反射で視線を上げた。

 

 右手側。崖の稜線、隊列の後方寄りに、見慣れないシルエットが立っている。

 

 角ばった半身盾と、長いライフル。胴体にはUDFの識別色が入っていた。

 

 RF−06〈バッファロー〉。

 

 指揮官調整型だ。

 

 左右には量産型らしい二機が半歩下がって並び、足元の遮蔽の影では歩兵が膝立ちでロケットランチャーを構えている。

 

 だが、音の主はそれだけではなかった。

 

 稜線のさらに奥、尾根の裏側から、灰を押し分けるように重い影がせり上がる。低い車体。大きな砲塔。履帯が地面を踏むたび、灰が波のように崩れて流れた。

 

 戦車だ。

 

 M6A1〈ライオン〉が四両。砲塔だけを尾根の上に出し、こちら側の崖へ砲口を並べている。

 

 主砲は百三十ミリ滑腔砲。

 

 ここでは、RFのライフルよりもずっと重い。狙った一機を落とすだけではなく、敵の足場や砲座ごと崩せる火力だった。

 

 戦術AIが、新しい射撃源を検知したと表示する。弾道特性はUDF標準仕様。重車両火力、複数。

 

 ノイズだらけの共通回線に、別の声が割り込んだ。

 

『こちらUDF第六〇三特別攻撃中隊、コールサイン・セーブル。VOLK−6、聞こえているか』

 

 落ち着いた男の声だった。周波数を拾い直しているのが分かる。

 

「こちらクレイヴ・アクト、VOLK−6。ロード・ゼロ護衛中。先頭車両が被弾、行動不能。車列が詰まっている」

 

『状況は見えている』

 

 短く返された直後、尾根の裏からまた一発が撃たれた。

 

 ライオンの砲身が跳ね、すぐ戻る。砲口の熱が空気を揺らし、遅れて灰煙がふくらんだ。

 

 崖上の自走砲が、砲座ごと大きく揺れる。照準のために積んでいた瓦礫が崩れ、観測用の棒が折れて転がった。

 

 敵の撃ち方が変わった。

 

 さっきまで、こちらは一方的に撃たれていた。だが今は違う。敵は撃つ前に、こちらから砲座や観測機器を狙われている。

 

 撃たれているのではなく、狙えなくされている。

 

『ライオン各車、砲口と観測機材を先に潰せ。砲身を折れ。RFは俺が抜く』

 

 セーブルが別回線へ短く投げると、戦車隊の返事が重なった。

 

『ライオン一、了解』

『ライオン二、了解』

『ライオン三、了解』

『ライオン四、了解』

 

 崖上のバッファローが体をずらす。盾で身を隠したまま、ライフルだけを覗かせて撃った。

 

 乾いた一発。

 

 敵狙撃RFの頭部センサーが抜かれ、火点が一つ沈黙する。

 

 続けてライオン二が撃った。狙いは、敵RFそのものではない。瓦礫帯の縁、敵機が身を隠していた足場だ。砕けたコンクリートが崖下へ落ち、灰が爆ぜる。姿勢を立て直そうとした敵機の足元が消えた。

 

『敵主火力は、崖上の狙撃と自走砲、左の瓦礫帯のRF。先頭車両は戻れない。三台目を中心にしろ』

 

 セーブルの声が、俺へ向く。

 

『VOLK−6。先頭の一台は切り捨てろ。三台目を中心に盾を組め。左の瓦礫帯の下にくぼみがある。そこへ寄せて退避路を作る』

 

「先頭を捨てろって……」

 

 言い返しかけて、俺は止めた。

 

 さっき自分でも、先頭車両は放棄すると叫んだ。乗員を逃がせ、と命じた。

 

 だが、あれは追い込まれて掴んだ結論だ。手順として先に置いたわけではない。

 

 同じ結論を、セーブルは最初から形にして出してきた。迷う余地だけが削られていく。

 

 先頭車両の周囲に、砲撃が集まり始めた。敵があそこを目印にしているのは、誰の目にも分かる。

 

 守ろうとすれば、盾を前に出しているガンモごと撃ち抜かれる。

 

 残せば、死ぬのはあそこだ。

 

『迷う時間はない、VOLK−6』

 

 責めている声ではなかった。

 

 ただ、選択肢を一つに絞ってくる。

 

 俺は歯を噛み、回線を開いた。

 

「VOLK、聞いたな。先頭車両は前令どおり放棄。乗員退避、連結を切れ。三台目を新しい先頭にする。左のくぼみに寄せて防御を作る。VOLK−4、盾を据え直せ」

 

『了解だよ、まったく!』

 

 ガンモのバッド・バンカーが、傷だらけの盾を引きずるように動く。右脚は半分死んでいる。それでも先頭車両の真横から、わずかに三台目寄りへ位置をずらした。

 

「VOLK−5、三台目より後ろを優先して下げろ。左へ寄せる。ドローンで誘導」

 

『了解。後方、左へ退避路を確保。誘導始める!』

 

 ポチのブレイン・モールが後方へ走る。ドローンが次々、灰の中へ飛び出していった。

 

 崖上では、セーブル隊が動いている。

 

 先頭のバッファローが、稜線ぎりぎりまでにじり出た。盾で身体を隠しながら、ライフルと肩の副砲で崖上を掃射する。撃つ相手は、狙撃手と自走砲の観測機材。車列へ正確に撃ち込むための目を、順番に潰している。

 

 同時に、ライオン四両が間を置かず撃った。

 

 尾根の裏で反動が抑え込まれ、砲口の熱が灰を持ち上げる。沈黙は短い。装填の動きが止まらず、すぐ次弾が来る。

 

 崖上の自走砲が、二両続けて黙った。

 

 一両は砲身が折れ、煙を上げて止まる。もう一両は砲座の土台ごと崩れ、砲口が空へ向いたまま角度を戻せなくなった。

 

 左右の量産型バッファロー二機は、左の瓦礫帯へ狙いを絞った。片方が連射で瓦礫を削り、もう片方がそこへロケット弾を叩き込む。足元の歩兵が、岩陰から身を乗り出した。

 

『目標、瓦礫帯マーカー位置。三、二、一――撃て』

 

 セーブルの合図で、歩兵のロケットランチャーが一斉に火を噴いた。

 

 複数の弾頭が瓦礫の山に突き刺さり、遅れて爆発する。

 

 そこへライオン三が追い砲を入れた。崩れかけていた構造物の支点に百三十ミリ砲弾が叩き込まれ、瓦礫が一気に崩れる。

 

 灰煙の向こうに、くぼみへ続く裂け目が見えた。

 

 細い。

 

 だが、通れる。

 

 戦術AIが、左側の瓦礫帯が一部崩落し、車列通行可能幅が約一・二車幅になったと表示した。退避路、形成。

 

『あそこだ、VOLK−6。崩した場所に沿って後退しろ。動ける車両から順に下げる。動けないものは捨てる。退避路だけは絶対に塞ぐな』

 

「VOLK−4。退避路に通る火線だけ削れ。盾は崩すな」

 

『任せろ』

 

 バッド・バンカーの盾が、崩れかけた装甲を晒しながらも前へ突き出される。ガトリングと肩のAR−20が火を吹き、退避路へ向かう敵弾を散らした。

 

「VOLK−5、後ろから回せ。左の裂け目を通せ」

 

『了解! D−3、D−4、左へ! 速度落とすな!』

 

 ポチの声が車列回線へ飛ぶ。

 

 三台目より後ろの補給車が、順にギアを入れて動き出した。二台目も、先頭車両の死角を抜けるタイミングを見計らい、ゆっくり車体を振る。

 

 狭い崖下をぎりぎりで曲がり、セーブル隊がこじ開けた瓦礫の切れ目を抜けていく。

 

 崖上の敵RFが、狙いを変えた。

 

 新たに現れたセーブル隊へ、砲口を振る。

 

 その瞬間、ライオン一が撃った。

 

 狙いは機体ではない。敵機が踏んでいる崖の縁だ。足場を砕かれ、敵機が姿勢制御で踏ん張る。そこへ、セーブルのバッファローが頭部を撃ち抜いた。

 

 別の一機もセンサーを抜かれ、崖の向こうへ転がり落ちる。

 

 自走砲の残りも、砲身を折られたまま煙を上げて止まった。

 

 下から見上げる俺には、それが戦場の形を組み替える動きに見えた。

 

 高所を押さえながら、逃げ道を作る。捨てる場所を先に決めて、残す場所だけを守る。

 

 さっきまで、俺は守ることと切り捨てることを同時にやろうとしていた。だから、命令が遅れた。

 

 セーブルは違う。

 

 先に切る場所を決めて、そこから残す場所を守る形を作っている。

 

 ライオン四両の砲塔が、稜線の上をゆっくり追っていく。砲口が止まるたび、崖上の影が伏せる。狙撃の火点が位置を変えようとするたびに、撃てる場所を先に潰されていく。

 

『VOLK−6。そっちの再編はどうだ』

 

「先頭車両は放棄。乗員退避完了。三台目以降、退避路に沿って後退中。VOLK−4は盾を維持。こちらも下がる」

 

 口は迷わず動いた。

 

 今必要なのは、自分の判断を押し通すことではない。

 

『それでいい。隊列の再編はあとだ。今は離れろ、VOLK−6』

 

 セーブルはそれ以上語らない。

 

 代わりにライオン二がもう一発入れた。狙撃点だった岩肌が砕け、灰煙が稜線を覆う。その一瞬を歩兵のロケット弾が縫い止め、バッファローが一発で仕留めた。

 

 退避路を、後方の車両が次々と抜けていく。

 

 俺はヴァルケンストームを少し引き、最後尾と側面の盾になる位置へ移った。

 

「VOLK−5、最後の車両が抜けたらVOLKも下がる。VOLK−4、お前の機体は」

 

『分かってる。動ける車両が先だ。俺は最後まで退路を守る』

 

 ガンモの声には、痛みが混じっていた。機体の脚も、自分の体も限界が近いはずだ。それでも盾は下がらない。

 

 やがて崖区間の外へ出た車列が、高台へ向けて広がり始めた。そこまで行けば、上から一直線に撃ち下ろされる形にはならない。

 

 敵の射撃が、目に見えて弱まっていく。

 

 高所を押さえられ、退避路まで作られた。深追いする火力も足りないのだろう。遠巻きの狙撃だけを残し、圧力は引いていった。

 

 最後尾で退く俺は、崖上のバッファローを一度だけ見上げた。

 

 盾と銃口が、今も退避路の方角だけを正確に押さえている。そのさらに奥で、ライオン四両が砲塔をわずかに振り、動きを止めていた。

 

 撃つ必要がなくなった。

 

 そう判断した瞬間、火力は沈黙する。排熱だけが、灰をゆっくり持ち上げていた。

 

 白帯の外を、こういうふうに見てるやつがいる。

 

 どこを捨てて、どこを守るかを迷わず決める目で。

 

 崖区間を抜け、高台へ出たところで、ようやく呼吸を整えた。

 

「こちらVOLK−6。援護に感謝する。増援がなければ、ここで隊列が折れていた」

 

『まだ終わってない』

 

 セーブルの声は変わらない。

 

『このあと補給拠点まで同行する。話はそこで聞かせてもらう、VOLKの隊長』

 

 回線が一度だけ軽いノイズに飲まれた。

 

 それでも、その言葉ははっきり残った。

 

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