灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

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第51話 途切れた線の先へ

 翌朝の通信室には、夜の緊張がそのまま残っていた。

 

 壁一面のスクリーンに、この一帯の白帯ネットワークが浮かんでいる。駐屯地から北へ伸びる経路の途中で、〈UDF北部中継基地〉だけが黒く抜けていた。

 

 光っている場所と、光っていない場所。

 

 それだけなら、ただの表示異常に見える。だが通信士たちの声は、誰もそうは思っていない固さだった。

 

「定時信号、午前三時と五時。どちらも応答なし」

 

「予備回線、沈黙。受信はノイズのみ」

 

「地下ケーブル監視も同区画から断絶。自動切替の痕跡、なし」

 

 集まる報告は、どれも同じ結論へと行き着いていた。

 

 ――切断されている。

 

 セーブルは、モニター上で完全に黒く暗転した中継基地を凝視したまま、ぽつりと言った。

 

「一本でも生きてりゃ、ゴミみたいな信号でも残る。ここまで何も出ないのは、自然な故障じゃない」

 

「放っておける話じゃないな」

 

 奥の扉が開き、駐屯地司令がカップを片手に入ってきた。

 

 カストナー大佐。

 

 昨日の夜より少し顔色が悪い。眠っていないのかもしれない。だが、歩き方に乱れはなかった。スクリーンの前に立つと、手元のカップを脇の端末台に置く。

 

「北部中継基地は、このエリアの喉だ」

 

 カストナーは指先で、北へ伸びる白帯の経路をなぞった。

 

「ここから北側の白帯は、起動も停止も、経路の切り替えも、全部あそこを通して回している。避難も補給も、中継が生きている前提で組んである」

 

 視線が地下ケーブル図へ落ちる。

 

「中継が死んだままだと、白帯は光っているだけの道になる。見た目は残る。だが、詰まっても流れを変えられない。止めたい場所で止められない。別の経路へ逃がすこともできない」

 

 通信室の空気が、少し重くなる。

 

「避難列が溜まる。拠点は自分の足元だけで持ちこたえるしかなくなる。そこで白帯が崩れれば、次は事故では済まん」

 

 俺は、黒く抜けた一点から目を離せなかった。表示上は、白帯がつながっているが、途中だけ芯を抜かれたように黒い。

 

 その見た目が、橋の記憶に重なる。白い導光ラインが空中で途切れ、人と機体が落ちていった光景。ログに残った救出猶予時間、ゼロ分。

 

「無人機は」

 

 セーブルが訊いた。

 

「昨夜、一機飛ばした」

 

 カストナーが顎で合図すると、別の映像が再生された。

 

 灰膜越しのぼやけた地表が数秒続く。旧道と保守フェンスらしい影が見える。映像は低く揺れ、北部中継基地の境界に差しかかったところで、突然潰れた。

 

 真っ黒。

 

 ログも同じ地点で途切れている。

 

「ここまでだ。以降は映像も記録もない」

 

 カストナーは端末を一度叩いた。

 

「解析では、灰膜だけの揺らぎじゃない。外から切られた可能性が高い」

 

 セーブルが短くまとめる。

 

「ドローン任せで済む状況じゃない。現場で見て、判断できる奴を出すしかない」

 

「出したい人員は山ほどいるが――」

 

 カストナーはハンガー側のステータス表示へ目をやった。

 

「今、動けるRFは二機だけだ。RF−06A〈バッファロー〉が一機。それと、うちの機体じゃないが、RF−17C〈ヴァルケンストーム〉が一機。他は昨日の護衛任務で脚をやられている。修理待ちだらけだ。予備ユニットも足りん」

 

「二機で足りる」

 

 セーブルはあっさり言った。

 

「やるのは偵察と現地判断だ。正面から戦線を広げる仕事じゃない」

 

 カストナーの視線が俺へ移る。

 

「VOLK−6。昨日の任務報告は読んだ」

 

 来ると思っていた言葉だった。

 

「お前の読み違いと判断の遅れで、隊は袋小路に入り込んだ。仲間の機体と物資を落としている。事実は変わらん」

 

「分かってる」

 

 そう言い切るそばから、昨日の記憶が脳裏に次々と並んでいった。

 

 崖に挟まれた逃げ場のない狭路。身動きの取れなくなった車列。脚部を大破されたバッド・バンカー。そこへ容赦なく降り注ぐ、砲撃の嵐と銃声。

 

 決めるのが遅れた。それだけは、どう言い換えても変わらない。

 

「あのあと、セーブルの援護がなければ全滅もあり得た」

 

 カストナーは一拍置いた。

 

「そういう状態で、また外に出すかどうか。正直、迷っている」

 

「司令」

 

 セーブルが短く口を挟む。黒く抜けた中継基地の表示を、指で一度だけ叩いた。乾いた音が通信室に響く。

 

「昨日の袋小路は、こいつの読み違いだ。そこは認める」

 

 庇う言い方ではなかった。

 

「だが、そこで頭も脚も止めなかった。逃げるにしろ殴り返すにしろ、次に何をするかを考え続けてた」

 

 セーブルは俺を見ない。スクリーンを見たまま続ける。

 

「ああいう場所で、本気で固まる奴は外に出すな。こいつは固まらなかった。それだけは保証する」

 

 カストナーが、わずかに目を細めた。

 

「甘い評価じゃないな」

 

「甘くする理由がない。動かす価値があるかないかだけだ」

 

 カストナーはセーブルと俺を見比べ、俺へ向き直った。

 

「お前はどう考えている」

 

「行かせてくれ」

 

 俺は即答した。

 

 考えていなかったわけではない。むしろ、夜のあいだずっと同じところを回っていた。橋、崖、中継基地。白帯の内側と外側。守る場所と、見に行かなければならない場所。

 

「昨日の判断で、隊を危険に晒したのは事実だ。橋でも崖でも、いい終わり方じゃなかった。それでも、途中で投げてはいない。崩れた後始末も、自分で見てきた」

 

 黒く抜けたポイントを見る。

 

「ここを放っておいたら、昨日みたいなことがもっと普通になる。知っていて中にいるほうが、俺にはきつい」

 

 短い沈黙が落ちた。

 

「今のが、こいつの本音だ」

 

 セーブルが一言だけ足す。カストナーは息を吐き、肩の力を少し抜いた。

 

「分かった」

 

 スクリーンの下に、中継基地までの距離と地形データが呼び出される。

 

「北部中継基地まで、およそ六十キロ。灰の荒野だ。旧メンテ路と保守路をつなぎながら行くしかない。灰膜の濃いエリアを避けると、往復で丸一日というところだな」

 

 通信士の一人が補足する。

 

「日が暮れる前に、白帯の外周まで戻るのが現実的です」

 

「任務は三つ」

 

 カストナーの声が一段低くなった。

 

「一つ、北部中継基地の現状確認」

 

「二つ、持っていく予備ユニットと工具で、可能な範囲の暫定復旧」

 

「三つ、復旧不能でも、何が起きているかだけは必ず持ち帰る」

 

 俺は頷いた。

 

「現場指揮はセーブル。VOLK−6はサブ。意見が割れたときの最終判断はセーブルを優先。それでいいな」

 

「ああ」

 

「了解」

 

 セーブルと俺の返事が重なる。

 

「予備ユニットとツールは整備班が積む。現地でいじれる範囲は限られるが、何もしないよりはましだ。弾薬とバッテリーを積み次第、出ろ」

 

 カストナーはスクリーンへ視線を戻した。

 

「作戦コード〈ロード・ゼロ〉を継続する。今度は、白帯を動かしている場所を見てこい」

 

 セーブルが短く了解と返し、俺もそれにならった。

 

 *

 

 通信室を出てハンガーへ向かう通路は、昨夜より静かだった。

 

 窓の向こうでは、整備班が壊れたRFの脚部を吊り下ろしている。チェーンブロックの音だけが鈍く響いた。ブレイン・モールの膝下はまだ外されたままで、バッド・バンカーの盾は別の作業台に寝かされている。

 

 昨日の傷が、そのまま並んでいた。

 

「昨日の失敗を気にして、無茶して取り返しに行くつもりかと思ったが――違うな」

 

 並んで歩きながら、セーブルが言った。

 

「そういう真似をするなら、止めるつもりだった」

 

「そんな簡単に取り返せるなら、とっくにやってる」

 

 俺は短く笑った。

 

「橋も崖も消えない。ただ、そこで止まったまま白帯の中に残るのか、外へ出るのかの違いだ」

 

「なら外だろ。中で固まってると、余計に腐る」

 

「経験談か」

 

「まあな」

 

 それ以上は掘り下げない言い方だった。少し歩いてから、セーブルが続ける。

 

「昨日の判断が、全部間違いだったとは思ってない」

 

「そうなのか」

 

「条件の悪い状況で、被害を抑えようとして、結果として遅れた。そういうことはある」

 

「フォローには聞こえないな」

 

「フォローじゃない。間違いは間違いだ」

 

 セーブルは前を見たまま言う。

 

「ただ、そのあとどこを見るかだ。白帯の内側だけ見て戦う奴と、外で何が削られてるか知った上で内側を守る奴じゃ、同じ守り方にはならない」

 

 俺は横顔をちらりと見た。

 

「コンラートのことか」

 

「半分はな」

 

 ハンガーの扉が開いた。灰色の光の中に、二機のRFが立っている。

 

 ヴァルケンストームと、バッファロー。

 

 整備兵たちが最後のチェックを進め、工具と予備ユニットのパレットが搬送車で静かに押し込まれていく。ヴァルケンストームの側面装甲には、昨日の戦闘痕がそのまま残っていた。磨かれても、焦げ跡までは消えていない。

 

 セーブルが見上げる先には、彼のバッファローがあった。

 

 角ばった半身盾。長いライフル。

 

 古い機体だが、昨日の崖上で見た動きは鈍くなかった。必要な場所へ立ち、必要な場所だけを撃つ。あの機体には、乗り手の考え方がそのまま出ている。

 

「行くぞ、VOLK−6」

 

 セーブルが短く言った。

 

「今度は、白帯を支えている場所で何が起きているかを見に行く」

 

「了解。〈ロード・ゼロ〉続行だ」

 

 俺はヴァルケンストームを見上げた。白帯の誘導灯も、パルスラインもない空の下で、進む先だけを定める。

 

 自分は白帯を守るために、外側の任務もできるかぎり引き受けてきた。結局は全部、白帯のためだと思っていた。だが、昨日の崖で分かった。

 

 白帯の外で何が削られているのかを知らなければ、白帯の上にいる人間も守れない。

 

 北の中継基地で何を見るのか。答えは、灰の向こうにしかない。

 

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