灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

53 / 55
第52話 撃つ理由、撃たない理由

 灰をかぶった舗装の筋が、北へ細く続いていた。

 

 旧時代の補修路で、導光もパルスラインも、道を示す白い灯りもない。灰の中にかろうじて残った舗装の色だけが、進む方向を教えている。

 

 先頭を行く俺のヴァルケンストームの足跡を、少し離れてバッファローがなぞる。計器の隅では、バッテリー残量と脚部負荷の数値がゆっくり動いていた。

 

「残量、悪くない」

 

 俺はモニターを一周させた。正面、左右、上空。灰膜は薄く、視界はまだ利く。

 

 セーブルの声が返る。

 

「文句を言うほどじゃない。今日中に中継基地の外周までは届く」

 

 俺は前方の地形データを呼び出し、進路を確かめた。

 

 白帯の外で、どこまでやれるのか。

 

 それを見せるために来たわけじゃない。だが、昨日の崖で遅れた自分を置いたまま、何もなかったように白帯の内側へ戻ることはできなかった。

 

 そのとき、サブモニターの端が黄色く点いた。

 

 戦術AIが、背後二千四百メートルにRF反応二つを検知した。IFFは不明。ただし、民間コードに似たパターンが混じっている。

 

「背後に二機。IFFは曖昧だが、民間寄り。スカベンジャーか」

 

「映像を回せ」

 

 俺は背面カメラの映像を共有に送った。灰の向こうに、小さく二つの影がある。細身の第二世代機で、背中に大きなラックを背負っていた。

 

「距離は保ってる。武装は、ラックに積み物がある程度だな」

 

「声はかけたのか」

 

「まだ。この距離なら、近づいてこなきゃ撃つ理由はない」

 

 短い電子音とともに、セーブル側のセンサー値が共有された。

 

「距離を取るわりに、こっちの進路にはきっちり乗せてきてる。詰めもしない。開きもしない」

 

「尾行ってほどでもない。同じ方向にスクラップ場があるだけかもしれない」

 

「そうならいい」

 

 二機はそのまま進み続けた。こちらが進めば進み、止まれば止まる。背後の影は、一定の距離を保ったまま離れない。

 

 やがて起伏がきつくなり、メインモニターに緩い丘が映る。俺は脚部負荷を見て、歩調を落とした。

 

「速度を落とす。脚がもたない」

 

「了解」

 

 速度を落とすと、背後の二機も同じタイミングで遅くなった。

 

 偶然にしては揃いすぎている。

 

 そう感じたが、言葉にはしなかった。代わりに背面映像の情報だけを増やし、頭部カメラの倍率を上げる。

 

 丘を一つ越えたところで、セーブルの声が沈んだ。

 

「ヒロ」

 

「なんだ」

 

「さっきから、あいつらの頭部が時々光ってる。見えるか」

 

 俺は背面映像をズームした。

 

 二機の頭部が、一定間隔でかすかに瞬いている。灰で薄くにじむが、光の向きはこちらを向いていた。

 

「照射か。測距か。こっちを測ってる?」

 

「距離と歩幅と出力を見てる。測定用の照射だ。漁りには要らない」

 

「だからって、いきなり撃ったら撃ち逃げになる。呼びかけて進路を変えさせる。それでも付いてくるなら――」

 

「橋の件で迷ったことを、今の判断に混ぜるな」

 

 返す言葉が止まった。セーブルは続ける。

 

「照合した。あいつらの信号、民間スカベンジャーコード、L−13・ルーカス隊に一致率が高い。だがルーカス隊は、去年この区画で全滅してる」

 

「生き残りか?」

 

「一覧を送る」

 

 新しいウィンドウが開いた。

 

 日付と座標。

 

 回収済み、L−13ルーカス。

 

 民間救助隊の遺体回収報告だった。

 

「偽装か、コード泥棒だ」

 

 映像の中で、後方の一機が体勢を変えた。ラックから棒状の何かが覗く。

 

「地下の電力ケーブル幹線に沿って歩いてる。さっき中継基地の話をしたろ」

 

 俺は地図の層を思い出した。この補修路の地下には、北の中継基地につながる幹線が走っている。

 

「幹線に、目印を打ってるってことか」

 

「ああ。幹線沿いは立ち入り禁止だ。通達は民間にも出てる。知ってて踏み込んでる」

 

 セーブルの声が低くなる。

 

「ただのスカベンジャーなら、なぜこの距離を保つ。なぜこっちに照射を当て続ける」

 

「ヒロ。撃てないなら、俺が撃つ。記録は残す。あとで何度でも見返せ」

 

 判断は重い。民間コードに似た信号を出している。武装もはっきりとは見えない。呼びかければ止まるかもしれない。

 

 だが、その考えの横に、別の事実が並んでいた。

 

 死んだ隊のコード。測定用の照射。地下幹線沿いの移動。ラックに入った棒状の機材。

 

 そして、北の中継基地は昨夜から沈黙している。

 

 重いままでも、決めなければならない。

 

「待て。せめて一度――」

 

「警告はもう出てる」

 

 セーブルが遮った。

 

「あの幹線に近寄るな、とな」

 

 バッファローの右肩砲塔が、静かに角度を変えた。

 

 発射音が遅れて届き、遠くの影の一機が胸部から崩れる。灰が跳ね、ラックから金属棒がいくつも転げ落ちた。

 

 残った一機が横に跳ぶ。

 

 頭部から、さっきより強い照射光が走った。

 

「ちっ」

 

 反射でトリガーを引いた。

 

 短制圧の弾が、敵機の脚部とラックを叩く。機体の動きが止まり、照射がぶれた。次の一撃が遅れる。

 

 続くセーブルの一発が頭部センサーを抜き、二機目も沈黙した。

 

 警告音が落ち着き、舞い上がった灰膜がゆっくり沈んでいく。

 

 俺は距離を詰め、外部カメラのズームを最大にして、倒れたRFの背中を映した。

 

「やっぱりだ」

 

 ラックから覗いていたのは、ただのスクラップではなかった。

 

 細い棒状の磁気ビーコン。企業規格の刻印があり、英数字のロットと、発光パターンの同期コードが残っている。白帯や中継基地への搬送ルートを印づけするためのタグだ。

 

「完全に現役の仕事道具だな。スカベンジャーが拾って、そのまま使えるものじゃない」

 

「だろうな」

 

 セーブルは短く返す。

 

「撃たずに通したら、中継基地につながる幹線に全部打たれてた。そこから来る奴らが次に落とすのは、どこだ」

 

 すぐには答えなかった。

 

 白い道と、その上を歩く子どもたちの姿が浮かんだ。紙袋いっぱいのメッセージカード。サキの泣きそうな顔。あれが、こういう小さな目印から崩されていくのだと思うと、視界の端が凍りついていくようだった。

 

「だから、先に撃ったのか」

 

「先にじゃない。撃たれる理由を並べた」

 

 セーブルは言った。

 

「撃たない理由は、いつだっていくつかある。民間コード、距離、未発砲、呼びかけの余地。並べようと思えば並ぶ」

 

 少し間を置く。

 

「だが、撃つ理由も並んだ。死んだ隊のコード。地下幹線沿いの追尾。測定照射。現役のビーコン。隊長は、そのどちらを見るかを決める」

 

 結果と責任だけが、自分に残る。

 

 昨日の崖でも同じだった。決めても、決めなくても、残るものはある。選ばなかったものまで消えてくれるわけではない。

 

「全部、俺の責任に乗るんだな」

 

「そうだ。だから、曇るのは歩きながらにしろ」

 

 短く言って、バッファローは背を向けた。

 

 *

 

 小競り合いのあと、ルートを少し外れて進むと、灰に埋もれた送電塔の残骸が見えてきた。

 

 鉄骨は途中で折れ、基部だけがコンクリートの塊として残っている。周囲には、倒れた保守フェンスと、半分埋まった注意標識があった。

 

 根元に伸びる古い補修路の跡を見て、俺は計器を確認する。

 

「ここで一回、拾う。脚の負荷も上がってきた」

 

「幹線の下だ。だが、幹を触るな」

 

「分かってる」

 

「あれは六千六百ボルト級だ。火花で済む話じゃない。拾うなら低圧側だけだ」

 

「了解。点検箱を探す」

 

 俺はヴァルケンストームを路肩に寄せ、膝をつかせた。バッファローも数メートル後方で停止し、周囲を監視したまま上体を落とす。

 

 コクピットを開いて外へ降りた。

 

 灰の上に簡易測定器とアース棒、変換箱を並べる。送電塔の基部を回り込み、掘り返された跡を避けて別の地点にアース棒を打ち込む。棒が沈んだのを確認し、基部のコンクリートを軽く叩いて反応の違いを拾った。

 

 軽い反応の縁に、四角い継ぎ目がある。

 

 ここだ。

 

 工具を差し込む。固着した蓋が少し浮き、端子と遮断器、古い注意札が見えた。高圧側の封はまだ生きている。

 

 俺は手を入れず、測定器のリードだけを低圧側端子に当てた。

 

 針が跳ねる。

 

「生きてる。低圧側だ」

 

「よし。急げ。長居すると寄ってくる」

 

 俺はアース線を先に噛ませ、変換箱の入力を確認してから、太い仮設ケーブルを自機の給電ポートへ引いた。

 

 外装の小ハッチを開け、ロック音を確かめる。

 

 次に、変換箱の出力をもう一度見てから、もう一本をバッファロー側へ回した。

 

「そっちも繋げ。分けたほうが早い。給電ポート、開けろ」

 

「了解」

 

 バッファローは搭乗したまま左腕を伸ばした。前腕のサービスパネルが開き、給電口のキャップが外れる。

 

 俺はケーブルの先端を腕元まで運び、接続端子を押し当てた。

 

 磁気ロックが、カチリと噛み合う。

 

 二機の残量バーが、じわじわ持ち直し始めた。

 

「効率はいいな」

 

「高圧に手を出さない分、無理がない。拾う場所さえ合ってればな」

 

 俺はケーブルの張りを確認し、工具をまとめて肩にかける。給電ポートを押さえ、ロック音をもう一度確かめた。

 

「白帯の外で稼がなきゃならない時期も、そこそこ長かったからな」

 

 灰を払ってヴァルケンストームの脚部に手を掛け、よじ登る。半身をコクピットに滑り込ませながら、続けた。

 

「コンラートに会う前から、こういう真似はしてる」

 

「そうか」

 

 セーブルが続ける。

 

「腕も頭も足りてる。あとは、どこまでを自分の責任にするかだけだ」

 

 俺はシートに深く座り、節電で照明の落ちたコクピットの天井を見た。

 

 自分が守る範囲は、どこまでなのか。

 

 それを誰かが決めてくれることはない。

 

 バッテリー残量のバーが少しずつ増えていく。その横で、撃ち抜かれた二機の影と、地面に転がるビーコンの刻印が、何度も視界に戻った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。