灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉 作:青羽 イオ
地下ケーブルから電気を拾い、二機はそのまま北へ向かった。
「残量は」
「さっきの拾い食いで、しばらくはもつ」
セーブルの返事を聞き、俺はメインモニター隅の出力バーを一度だけ確認してから視線を前へ戻した。
白帯の誘導灯はない。灰と旧舗装の境目、崩れた構造物の角、風の抜け方。そういう細かいものをまとめて見ながら、脚を置く場所を決めて進む。
道すがら、小さなミュータントが何度か寄ってきた。
セーブルが盾で進路をずらし、俺がトンファーで叩き落とす。それだけで終わる相手だった。交わす言葉は必要なものだけで、二機は淡々と距離を詰めていく。
やがて、灰の向こうに目的の影が浮かんだ。
灰に半分埋もれた、小さなコンクリートの塊。上には折れたアンテナ塔の残骸がいくつも突き立っている。
「ノース・ハブか」
セーブルが低く言った。
俺はヴァルケンストームの視界を最大ズームに切り替える。フェンスはところどころ食い破られ、外壁には焦げ跡と、こじ開けられたような亀裂が走っていた。
「ミュータントだけの仕事じゃなさそうだな」
「近づく。俺は右側から回る。お前は正面ゲートを見ろ」
セーブルのバッファローが大きく回り、基地外周をなぞる。俺は正面ゲート側に脚を据えた。
開きっぱなしのまま固着した鉄製のシャッター。その足元に、無残に潰れた監視ポッドが転がっている。
視界のモードを切り替え、周囲の熱源を探った。
――生体反応は、何も拾えなかった。
*
コクピットから降りると、冷えた空気に焦げた樹脂の匂いが混じっていた。
金属通路には工具と潰れた端末が散っている。廊下の角には、防弾ベスト姿の男が崩れるように座り込んでいた。
近づくまでもない。もう冷たい。
首元から胸にかけて一撃を受けている。噛み跡ではない。刃か、弾の痕だ。
「ここまで踏ん張って、ここで止まったか」
俺が言うと、セーブルが短くうなずいた。
「全部拾ってやる時間はない。生きている奴はいない前提で動く。まずは、何が止まっているかだ」
「電源系統から見る」
二人で手早く役割を分ける。
「外のケーブルと周囲は俺が見る。中身はお前だ」
「了解」
*
中継室に入ると、メインラックのランプはほとんど沈んでいた。予備電源も落ちている。
だが、壁際の手動切替盤だけは違った。物理レバーが倒されている。
「ミュータントが勝手にやる仕事じゃないな」
俺はレバー根元の工具痕を指でなぞり、表示を読んだ。
外部ルート遮断。
その先のケーブルは天井ダクトへ入り、外へ抜けている。
外に回ると、セーブルがダクト出口の近くでしゃがみ込んでいた。灰をどけると、地中へ続くケーブル束が露出する。
爆薬の跡。小さな破片。焼けた樹脂。そして中心の通信ラインだけが、狙って切られていた。
「きれいに落としてある」
セーブルが言う。
「ミュータントなら、周りごと噛みちぎる。これは違う。ここを切れば黙ると分かっている手だ」
「補給路を叩いた連中の続き、と見ていいか」
「決めつけるには早いが、同じ匂いはする」
俺は切断面と焼け跡を追った。幸い、電力ラインは完全には死んでいない。過電圧で何本か焼けているが、地下の主幹は生きている。
「電源は拾える。通信は迂回してつなぎ直す必要がある」
「やれそうか」
「時間はかかるが、それでもやる」
セーブルは目だけでうなずき、灰地と外周へ視線を配った。
「外周と空は俺が見る。ミュータントが来たら時間を稼ぐ。電気と通信は任せたぞ」
*
基地脇の主幹取り出し口に、簡易の分岐ボックスを噛ませる。電圧を一度だけ測って許容範囲を確認し、そのまま作業を続けた。
入口側で見張るセーブルが声を飛ばす。
「行けるか」
「電気は回せる。あとは中身だ」
俺はヴァルケンストームの胴体から補助ケーブルを一本引き出し、分岐へつないだ。反対側を中継室の配電盤へ通す。
「お前、現場での拾い食いには慣れてるな」
「前線で、正規の設備が揃ってるほうが珍しい。外で食ってる連中は、どこも似たようなやり方だ」
「そういう意味じゃ、お前は内側だけの男じゃない」
「褒め言葉として受け取っていいのか」
俺は軽く鼻を鳴らし、配電盤の前にしゃがみ込んだ。
*
中継室へ戻って、床に這わせた仮設ケーブルを手動切替盤の裏へ通し直し、焼けた通信モジュールを予備に差し替える。短い接続線で生きているルートへ迂回させ、最後のコネクタを押し込んだ。
「ここをつなげば、最低限の通信は戻るはずだ」
ドア側からセーブルの声が返る。
「やれ」
俺は仮設電源のブレーカーを力任せに押し上げた。
沈黙していたインジケーターが、順に灯り始める。
赤から、橙へ。
やがて、そのうちのいくつかが緑へと変わっていく。
壁に埋め込まれた旧型のコンソールが、低く震えるような起動音を響かせた。
セーブルが中へ入ってくる。
「行けるか」
「試す」
俺は端末の周波数を合わせ、送信キーを叩いた。
「こちら、中継基地ノース・ハブ。暫定復旧。聞こえる局は応答しろ」
しばらくは、ノイズだけが続き、やがて人の声が割り込んだ。
『ノース・ハブ? こちら前線駐屯地C−2。ずっと死んでたぞ、そこ』
「こちらノース・ハブ。ミュータントと人為的破壊の痕跡あり。詳細は後送する。とりあえず通信経路を一本、こっちでこじ開けた」
『助かる。北側白帯の誘導が、ずっと現地運用のままだった。そっちが戻れば、制御を本隊側に返せる』
別回線が割り込む。
『ノース・ハブの信号、確認。ヒロか?』
ジルの声だった。
「ヒロだ。UDF第六〇三特別攻撃中隊のバッファロー一機と同行してる。基地は壊滅。通信系統は暫定復旧。電源は外部から直結」
『了解した。事情はよくわからないが、とにかく状況ログを送ってくれ』
短いが、声には安堵が混じっていた。
すぐ後で、別の声が入った。
『ヴァイスだ。生きて戻ってきたな、VOLK−6』
「まだ戻れてない。今はその途中だ」
『帰り道で死ぬなよ。それと――』
わずかな間。
『補給任務の判断は、あとでまとめて出せ。褒めるところと殴るところ、両方ある』
「了解」
俺が素直に返すと、セーブルが口元だけを緩めた。
「聞いたな」
「ああ」
コンソールから手を離し、室内の音に耳を澄ませた。
機械の駆動音。ノイズの向こうから聞こえ始めた、かすかな人声。遠く離れた白帯の制御信号が、少しずつ、確実に息を吹き返していく。
ここで強引に繋ぎ直した頼りない通信経路が、どこかの戦場で、誰かの退路になる。
*
基地の外は静かだった。
修理を終えたアンテナ群が、時々かすかに唸っている。灰をかぶった鉄骨の向こうで送信灯が点き、途切れていた拠点が、生きている側へ戻っていく。
ヴァルケンストームとバッファローは、基地外れの窪地に膝をついていた。俺とセーブルは、その前で並んで立つ。
遠く、地平の向こうに細い白い光が一本だけ走っている。別区画の白帯だ。夜に沈みかけた世界で、そこだけがまっすぐ光って見えた。
「ぎりぎりつないだ、ってところか」
俺は言った。
「補給列も、中継基地も。どちらも全部は守りきれていない」
崩れた高架。補給任務。コンラート。
いくつもの場面が重なって、まだ整理はつかない。だが、今回の手応えだけははっきりしていた。
「切られた通信経路を一本、つなぎ直した。そこだけは動かない」
視線を白帯へ固定したまま、言葉を続ける。
「白帯の外まで、少しは見えている気でいた。実際は違ったな」
俺は小さく笑った。
「前より、分からないことが増えた」
セーブルは腕を組んだまま白帯を眺め、少し間を置いて答えた。
「分からなくなったなら、上等だ」
セーブルは続ける。
「分かったつもりで内側から眺めているほうが危ない。外から見て違って見えたなら、そこが始まりだ」
俺は横目でセーブルを見る。
「説教の割に、聞こえは悪くないな」
「説教する歳でも立場でもない」
セーブルが肩をすくめた。
「ただ、お前はあの男と同じ選び方をする必要はないってだけだ」
「あの男……」
父の顔が一瞬よぎる。コアホールで見た横顔と、遠い昔に見たきりの顔が、まだうまく重ならない。
セーブルは続けた。
「コンラートは、白帯を壊すほうを選んだ。理由があろうがなかろうが、結果はそうだ」
そこで言葉を切り、次を落とす。
「お前は、お前の順番を決めろ。白帯を守るにせよ、外に出て何かを変えるにせよ、どっちでもいい。何を守って、何を後回しにするか。その順番だけは、自分で決めろ」
その言葉は、すぐに飲み込めるものではなかった。
だが、逃げるほど遠くもない。
風が強まり、灰が足もとを流れる。コンラートの「外側から見ろ」という声が、別の意味で響き直す。
今のままでは、父の基準にも、自分が守りたい順番にも届かない。
崖でも、コアホールでも、俺は半歩遅れていた。
「次は、鍛え直してからだな」
俺は白帯から目を離さずに言った。
「隊長として、だ。白帯の外でも、白帯の上でも、簡単には潰れない隊を作る」
誰に向けた言葉かは、自分でも決めきれない。
遠い白帯か。
まだ手の届かない父親か。
グレイランスに残した子どもたちか。
セーブルが鼻を鳴らした。
「なら、さっさと戻って整備班に仕事を押しつけてやれ。隊長が迷ってると、隊も機体も鈍る」
それだけ言って基地へ歩き出し、返事は待たなかった。
俺はもう一度だけ白帯を見た。
まっすぐ伸びる光は同じ形のまま、見え方だけが変わっている。
「次は遅れない」
小さく言い、俺も基地へ向かった。