灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

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第58話 攻撃ヘリ来襲、灰空の攻防

 昼が近づいても、灰に覆われた空はほとんど明るくならなかった。

 

 太陽はどこかにあるはずなのに、厚い灰雲の向こうに隠れたまま、戦場全体を薄暗い色で押さえつけている。地上では、RFの脚音と戦車砲の響きが途切れず続いていた。

 

 その音の中へ、別の低い唸りが混ざった。

 

 第8歩兵連隊の塹壕で、若い兵士がふと顔を上げる。

 

「今の音、聞こえたか」

 

 隣で弾倉を抱えていた兵士も、泥と灰で汚れた頬を上げた。砲声とは違う。RFの足音とも違う。もっと空気を細かく叩くような音だった。

 

 ハンセン軍曹が、塹壕の縁から少しだけ空を見た。

 

「ローター音だ。ヘリが来るぞ」

 

「ヘリって……この灰の中を飛んでくるのかよ」

 

「飛べるやつだけが来る。だから厄介なんだよ」

 

 その頃、UDF司令部でも警告音が高く鳴っていた。

 

「上空に反応多数。東から接近中。カルディアの攻撃ヘリ、二個中隊を確認。数、十六!」

 

 戦術士官がモニターのマーカーを睨みつける。

 

 AH-15K〈アロゴ〉。

 

 カルディアの攻撃ヘリだ。灰雲の低いところを這うように飛び、戦場の東側から回り込んでくる。細い胴体に双発エンジンを積んだ黒い機影が、いくつも編隊を組んでいた。

 

 地上から見れば、最初は黒い染みのようにしか見えない。

 

 だが、その染みはすぐに輪郭を持ち始める。腹部のハードポイントには対地ミサイルとロケットポッドが吊られ、機首下の機関砲が地上を探るように動いていた。

 

 アロゴ一番機のコクピットで、パイロットは灰色の空を見ながら短く息を吐いた。

 

「ここも灰か。どこを飛んでも変わらんな」

 

 隣の射手が、照準表示を切り替えながら答える。

 

「変わらないなら、まだましです。地形が見えるだけ、今日は親切な方ですよ」

 

「親切な戦場なんてあるか」

 

「ないですね。仕事に戻ります。目標、UDF戦車群。ロックオン」

 

 パイロットは、編隊回線へ声を流した。

 

「アロゴ一番から四番、高度維持。対地ミサイルは戦車を優先。砲兵陣地は二番隊が叩け」

 

 灰雲の切れ間から、黒い機影がいくつも顔を出す。

 

 低高度を保ったアロゴが、戦場の上をなめるように進入してきた。

 

     *

 

 戦車陣地では、ライオンの車長が上空の影に気づいた。

 

「ヘリだ、頭上にいるぞ!」

 

 車内に緊張が走る。砲手が潜望鏡を切り替えようとしたが、主砲は空を撃つためのものではない。砲塔を上げても間に合わない。

 

「ライオン一番から四番、散開しろ! 固まるな!」

 

 命令より先に、空からの攻撃が始まった。

 

 アロゴ一番機の翼下から、対地ミサイルが滑り出す。細い煙の筋を引きながら、ミサイルはライオン戦車の頭上へ向かった。

 

「来るぞ、退避!」

 

 車長が叫ぶ。

 

 だが、戦車はRFのように横へ跳べない。土盛りに半分埋めた陣地から抜け出すには時間がかかる。

 

 一両のライオンの砲塔が、真上から叩かれた。

 

 薄い天板装甲が焼き抜かれ、内部で爆発が重なる。車体が大きく跳ね、砲塔の隙間から黒い煙が噴き出した。

 

「ライオン三番、沈黙! 撃破されました!」

 

 報告が司令部へ飛ぶ。

 

 アロゴ一番機の射手は、声の調子を変えずに次の目標を拾っていた。

 

「一両撃破。次、砲塔露出中の車両」

 

「急ぐな。対空が来る前に二両叩ければ十分だ」

 

「十分かどうかは、下にいる連中が決めることです」

 

「言うようになったな」

 

「長く乗ってますから」

 

 軽口の直後、二発目のミサイルが切り離された。

 

 別のライオンが後退しようとして履帯を滑らせる。灰に混じった砂が足を取った。そこへミサイルが落ち、車体の後部で爆発する。

 

 戦車が完全に吹き飛ぶわけではない。

 

 だが、エンジン区画から火が上がり、車体はその場で動かなくなった。

 

 戦車隊の火力は、確かに強かった。

 

 しかし、上から狙われたときの弱さも、古い設計のまま残っていた。

 

     *

 

 別のアロゴ編隊は、砲兵陣地とスケルトンの防衛位置を狙っていた。

 

 二番隊の編隊長が、灰の下に並ぶ砲列を見下ろす。

 

「アロゴ五番から八番、ロケット弾照準完了。目標、砲兵陣地と軽RF。まとめて叩く」

 

「七番、了解。目標FからHを狙う」

 

 灰を裂いて、ロケット弾が束になって降り注いだ。

 

 砲兵陣地の近くで、地面が連続して爆ぜる。砲を支えていた土盛りが崩れ、弾薬箱がひっくり返った。野戦砲の一門が横転し、近くにいた砲兵が土煙の中へ消える。

 

 さらに前線では、スケルトンの列にロケット弾が降ってきた。

 

「上からかよ!」

 

 スケルトンのパイロットが空を仰いだ瞬間、軽装甲の機体が爆炎に飲み込まれた。

 

 直撃を受けた機体は、胴体から折れるように崩れた。直撃を免れた機体も、至近弾の破片で肩や頭部を削られる。小柄な上半身にセンサーを集めたスケルトンにとって、上からの攻撃は致命的だった。

 

「スケルトン、さらに十数機ロスト! 上空攻撃への対応が追いつきません!」

 

 司令部への報告は、ほとんど悲鳴に近かった。

 

 前線の塹壕でも、その光景は見えていた。

 

 若い兵士が、壕の底で頭を低くしながら呟く。

 

「動く棺桶って、誰が言い出したんだろうな」

 

 ハンセン軍曹が、土煙の向こうを見ずに答えた。

 

「乗ったことがあるやつだろうよ」

 

「笑えないですね」

 

 ローター音が、頭上をかすめていく。

 

 灰と布切れが巻き上がり、塹壕の中へ降ってきた。兵士たちは目を細め、口元の布を押さえた。

 

 地上ではRFが迫っている。

 

 上空からはヘリが撃ってくる。

 

 どちらか片方だけでも十分にひどいのに、戦場はもう片方を待ってはくれなかった。

 

     *

 

 UDF司令部から、全隊へ指示が流れた。

 

「攻撃ヘリを優先目標に指定する。対空攻撃が可能な部隊は、射程に入り次第、撃ち落とせ。戦車隊と砲兵隊をこれ以上削らせるな」

 

 稜線に据えられたトライデント級〈ポートランス〉の甲板上で、対空砲塔が一斉に空へ向く。

 

 レーダーは灰と熱源で乱れていた。それでも、接近するアロゴの機影は捉えられる。艦の側面に並んだ対空ミサイルランチャーが角度を変え、発射準備に入った。

 

「対空班、目標確認。距離、五千。高度、低い」

 

「灰雲の下だ。誘導が乱れるぞ」

 

「乱れても撃つしかない。目標、東側の編隊。発射!」

 

 白い軌跡が、灰色の空へ伸びた。

 

 アロゴ二番機のコクピットで、警告音が鳴る。

 

「対空ミサイル!」

 

 パイロットが叫び、機体を横へ倒す。

 

「ブレイク! ブレイク!」

 

 高度を削り、灰の濃い層へ逃げ込もうとする。だが、間に合わなかった。

 

 ミサイルの光が、アロゴ二番機の横腹で弾ける。機体は炎をまとい、ローターの片側を失った。制御を失った黒い機影が回転しながら落ち、灰の平原に叩きつけられる。

 

「一機撃墜!」

 

 対空班の声が上がる。

 

 だが、歓声はすぐに別の報告にかき消された。

 

「高度を落としたヘリが、艦の対空砲の追尾外に入っています。砲塔が追いきれません!」

 

「低く入り込まれたか」

 

 ポートランスの対空火器は、戦場全体を守るためのものだ。だが、地形と灰、味方部隊の位置が邪魔になる。あまり低く入り込まれると、味方の前線ごと撃つ危険があった。

 

 撃てるが、撃てない。

 

 そういう角度が、戦場にはいくつもある。

 

     *

 

 戦車陣地の近くでは、別の対処が始まっていた。

 

 バッファロー隊長が、射撃の合間に叫ぶ。

 

「ファルコン、上を撃てるやつはいるか!」

 

 少し離れた位置でエクイテスを押さえていたファルコンの一機が、短く応じる。

 

「こちらファルコン三番。高角射撃ならできる。落とせるかは保証しない」

 

「保証はいらん。撃ってくれ!」

 

「了解。バッファローは俺の前を空けろ。空を撃つのに味方を撃ちたくない」

 

「了解!」

 

 ファルコン三番機が、膝を落として空を仰いだ。

 

 手にしたライフルを限界まで上へ向ける。通常、RF用ライフルはヘリを撃つための武器ではない。照準も射角も無理がある。

 

 それでも、距離が近ければ届く。

 

「距離七百。高度二百。近いな」

 

 コクピットの中で、パイロットは照準を合わせた。

 

 モニターの隅を、黒い影が横切る。

 

 アロゴ六番機が、低高度で戦車陣地を抜けようとしていた。腹部にまだロケットポッドが残っている。

 

「今だ」

 

 ファルコン三番機が引き金を絞る。

 

 高角度で放たれた弾が、アロゴの腹部装甲に噛みついた。数発は弾かれたが、続く弾がローター軸の近くへ入る。金属片が飛び散り、ヘリが不自然に傾いた。

 

 アロゴ六番機のパイロットが、制御桿を押さえ込む。

 

「姿勢が戻らない!」

 

 射手が叫ぶ。

 

「ローター系に損傷。高度が落ちてます!」

 

「分かってる。言われなくても落ちてる!」

 

 機体は横滑りし、そのまま灰の地面へ叩きつけられた。

 

 ファルコン三番機の回線に、周囲の声が重なる。

 

「一機、墜ちたぞ!」

 

「上を見てる暇はない!」

 

 ハンセン軍曹の怒鳴り声が、歩兵回線でそれをかき消した。

 

「頭を下げろ。次が来る!」

 

     *

 

 崩れた建物の影では、第8歩兵連隊の対空班も動いていた。

 

「携帯対空ミサイル持ち、どこだ!」

 

 ハンセン軍曹が叫ぶ。

 

 少し離れた塹壕の端で、若い兵士が肩に担いだ発射筒を持ち上げた。

 

「ここにいる! 一発だけだ!」

 

「一発あれば十分だ。外したら、十分じゃなくなるがな」

 

 

 若い兵士の隣に、誘導役の兵士が身を寄せる。二人とも、頭の上を通り過ぎるローター音に肩をすくめた。

 

 アロゴの一機が、低高度で砲兵陣地をなめるように通り過ぎる。機首下の機関砲が短く火を噴き、土嚢の列が裂けた。ローター風が灰と布切れを巻き上げ、塹壕の上を流れていく。

 

 若い兵士が発射筒を上げようとした。

 

 誘導役が、すぐに肩を押さえる。

 

「まだだ。今撃てば、正面から機関砲をもらう。通り過ぎてから尻を追え」

 

「そんな余裕あるのかよ」

 

「ない。だから一回だ」

 

 アロゴが旋回に入る。

 

 尾部が、ほんの一瞬だけこちらを向いた。

 

「今だ、撃て!」

 

 トリガーが引かれ、ミサイルが肩から飛び出した。

 

 熱源を追った弾が、旋回に移ろうとしたアロゴの尾部へ食いつく。爆発が起き、尾翼とテイルローターが吹き飛んだ。

 

 アロゴの機体が、その場で回転を始める。

 

 制御を失った黒い影は、灰の中へ斜めに落ちていった。

 

「やった!」

 

 若い兵士が身を起こしかける。

 

 隣の男が、襟首を掴んで壕の底へ引きずり戻した。

 

「喜ぶのは後だ、何回言わせるんだ!」

 

 直後、別のアロゴの機関砲弾が塹壕の上を削った。

 

 若い兵士は、壕の底で顔をこわばらせたまま、小さく頷いた。

 

     *

 

 空の上では、アロゴ隊も損害を数えていた。

 

 一番機のパイロットが、編隊表示を確認する。十六あったマーカーのうち、三つが消えていた。

 

「三機撃墜。これ以上同じ空域に留まると、数を削られる」

 

 射手が、地上の戦車反応を見ながら言う。

 

「まだ叩けます。戦車と砲兵は残っています」

 

「叩けるのと、帰れるのは別の話だ。補給と再編のため、一度離れる」

 

「了解。再攻撃は」

 

「補給のあとだ。地上部隊には、空が完全に空いたと思わせるな」

 

 アロゴ一番機は、編隊回線へ指示を流した。

 

「全機、東へ離脱。低高度を維持しろ。対空ミサイルの射程外に出るまで油断するな」

 

 残ったアロゴが、灰雲の下を滑るように離れていく。

 

 完全な撤退ではない。

 

 長く同じ空域に留まれないから、一度距離を取るだけだ。補給を受け、編隊を組み直せば、また戻ってくる。

 

 そのことは、UDF側にも分かっていた。

 

 司令部で、戦術士官が遠ざかるマーカーを見つめる。

 

「空は取れませんね」

 

 ベルナドット准将は、短く答えた。

 

「取る必要はない。好きに飛ばせなければ、それでいい」

 

「ですが、戦車と砲兵の損耗が出ています。スケルトンの損害も増えました」

 

「分かっている。ヘリが離れた隙に、陣地を立て直せ。戦車隊は分散。砲兵は残った砲を移動させろ。前線には、対空班を近くに置け」

 

「了解しました」

 

 命令が各隊へ流れていく。

 

 灰に覆われた空では、ローター音が遠ざかっていた。だが、完全には消えない。別の方向から、また低く響いてくる。

 

 地上では、RF同士の撃ち合いがまだ続いている。

 

 バッファローが盾を削られながら射撃を続け、ファルコンがエクイテスを押さえ、歩兵が塹壕の底からロケットを撃つ。戦車隊は、炎上した味方車両を避けるように位置を変え、残った砲でリミネタイを狙い続けた。

 

 どこかが勝っているわけではない。

 

 ただ、どちらも引いていない。

 

 ハンセン軍曹は、塹壕の底で灰を吐き出しながら、遠ざかるローター音を聞いていた。

 

「行ったか」

 

 若い兵士が、肩の発射筒を抱えたまま尋ねる。

 

 軍曹は空を見ずに答えた。

 

「一度な」

 

「また来ますか」

 

「来るだろうな。向こうも、こっちが嫌がることを分かってる」

 

「最悪ですね」

 

「戦場で相手が親切だったら、その方が怖い」

 

 若い兵士は、少しだけ黙ったあと、空になった発射筒を見下ろした。

 

「次は、もう撃てません」

 

「なら弾を探せ。なければ銃を持て。銃もなければ、負傷者を運べ。何もできない時間を作るな」

 

「了解。弾を吐き出した鉄屑でも、ぶん投げれば目潰しにはなりますかね」

 

「上出来だ。行ってこい」

 

 その言葉に、若い兵士は一瞬だけ笑いかけた。

 

 すぐ近くで砲弾が落ち、笑いは土煙に消える。

 

 軍曹は身を低くし、塹壕の向こうを見た。リミネタイの影が、また灰煙の奥から近づいてくる。

 

 空からの攻撃は、いったん遠ざかった。

 

 だが、地上の戦いは終わらない。

 

 灰平原の防衛線は、まだ削られ続けていた。

 

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