灰の傭兵と光の園 Ⅰ 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

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第6話 守られるもの

 サキがグレイランスの食堂へ入ると、今夜のための子ども専用区画ができていた。床のマットに細い縁取りが入り、角ごとに小さな区画灯が置かれている。青い光が、子ども用の机と椅子をゆるく囲んでいた。

 

 子ども連れは自然に灯りの内側へ入り、大人の大きな荷物は外側の集積スペースへ寄せられていく。境目はただの線なのに、越えた瞬間に居場所が分かれていった。

 

 食堂の片隅では、ザクレロ兄弟――ガンモと弟のポチが黙々と手を動かしている。ガンモは通路を塞ぐ荷物を「ほいっ」と持ち上げては脇へ寄せ、空いた分だけ人の流れがほどけた。

 

「ほら、こっちだ。通れ通れ!」

 

 ポチはしゃがみ込み、キャスターが固まったベビーカーの足元を覗き込む。工具を当てて少し叩き、ブレーキの噛みを外して押してみせた。

 

「固まってただけだ。……ほら、動く」

 

 抱っこした子どもの重みのまま頭を下げる母親に、ポチは片手を振るだけで次へ移る。

 

「いいって。俺らのほうがヒマしてんだ」

 

 スープの匂いが立ち、皿とスプーンの音が増えていく。食堂が「食事の場所」に戻っていく気配がした。

 兄弟も列に並び、手洗い場で無言のまま消毒液を擦り込む。ガンモの袖口には落としきれない油じみ、ポチは歩くたび腰の金具が小さく鳴る。

 

「兄貴、腹の音がこの艦の唸りよりデカいぞ」

「艦のほうが俺の腹に合わせて鳴ってんだ」

 

 近くの避難民が、思わず笑った。

 サキの中で「傭兵」は、もっと荒い像だった。声が大きくて目が鋭くて、子どもが寄ればすぐ怒鳴る――町の噂は、だいたいそういう言い方をする。けれど目の前の二人は、軽口を叩きながらも手元が丁寧で、子どもの前を通るときは歩幅を落として距離を取る。乱暴さより先に、場を回す手つきが目についた。

 

 そのとき、食堂の隅で金属トレイが小さく鳴り、サキは反射的にそちらを見る。

 

 *

 

 隅のテーブルで、アキヒトが端末を持ち上げ、画面を一度だけ確認してから言った。

 

「……先週の観測班、未復帰のまま」

 

 先週、カルディア社の依頼で観測班に同行し、旧研究所へ入った。入口は整然としていたのに、奥へ進むほど焼け焦げが増え、主要な扉は外側から封じられていた。中層で骸蛾(がいが)と交戦し、翅を落として退けたが、吐き出した白い液で視界が潰れた瞬間があった。

 

 回収した記録と物はカルディアへ送っている。手元に残るのは転送された数字と分析の一覧だけで、肝心の「所属記録」も「死亡報告」も見当たらない。

 向かいのヒロは缶コーヒーを置き、目線を落としたまま言う。

 

「詳しい話は明日でいい。まず食え」

 

 スープの湯気が、テーブルの上を細く渡った。

 

「生きて戻る。それが仕事だ」

 

 アキヒトはうなずき、スープを口へ運ぶ。塩気と温かさが広がり、こびりついていた冷えが少しだけ緩んだ。

 

「しかし、カルディアらしいな」ヒロが低くこぼす。

「金で雇った側は、傭兵に何も知らせない。事前情報が薄いのも珍しくない」

「カルディアは企業だからな。国じゃない」

「国のほうが、もうほとんど機能してないだけだろ」

 

 ヒロは肩をすくめる。

 

「白帯も橋も資源都市も、今は企業の持ち物だ。軍も役所も看板だけ残して、結局あいつらの管理下」

「住んでるやつは、市民じゃなくて顧客か社員番号……か」

「守るかどうかも採算で決まる。そういう連中だ」

 

 ヒロが皿を指先で回し、口の端だけで笑う。

 

「外側の穴埋めは、うちみたいなのに回ってくる」

 

 アキヒトはスプーンを置き、端末の画面をもう一度だけ見た。

 

「観測班はカルディアの人間だったはずだ」

「だろうな。欲しいのはデータだ。人は、その次」

 

 短くうなずく。

 

「……気に入らん」

「同感だ」

 

 それ以上、言葉は続かず、湯気だけが静かに立ち続けた。

 

 *

 

 ヒロが空の缶コーヒーを潰した。乾いた音がテーブルに残った直後、食堂の空気が変わった。匂いが沈む。灰霧の濃い夜にだけ混じる、金属と焦げが溶けたような嫌な匂いだ。

 

 照明が一度だけ落ちる。電源の断ではない。艦が姿勢を変えたとき、系統が一拍遅れる落ち方だ。壁の継ぎ目から細い水の筋がにじみ、床の区画灯が点滅を始めた。

 

「いまの、何?」

 

 どこかで声が漏れる。

 アキヒトは椅子の背から腰を浮かせないまま、耳だけを外へ向けた。艦内は音が嘘をつく。反響で距離が潰れる。だが外殻を叩く鈍い連打は誤魔化せない。一定の間隔。硬いものが当たっている。波じゃない。

 

「停電じゃない。艦が揺れてる」

 

 隅の整備員が顔を上げた。衝撃はまだ続いている。

 

「子ども、席から立たせないで!」

 

 配膳台の向こうから、はるゑの声が飛んだ。泣きかけた子どもが声を飲み込み、空気が一斉に張る。こういうとき最初に崩れるのは秩序じゃない。体の小さいほうだ。立てば転ぶ。転べば踏まれる。

 

 短い電子音のあと、艦内に警報が鳴り響いた。

 

「動くな。この区画から出るな」

 

 ヒロの声が低く通る。アキヒトはその一言で、状況を切り替えた。出口へ向かう流れを止める。通路を空ける。余計な勇気を折る。命令は雑だが、いま必要な粒度はそれで足りる。

 

 ガンモが即座に荷物を脇へ寄せ、通路を作った。ポチは端末を確認してすぐ顔を上げ、子どもたちを見回す。周囲の大人が、その動きに釣られて姿勢を直した。

 

 サキは子どもたちの目を順に見て、落ち着いた声を置く。

 

「ここは大人がみんなで守ってる。大丈夫」

 

 震える手が袖口をつかんだ。サキはその手を包むように握る。区画灯の青い縁取りの中で、子どもたちの体が固まったまま、息だけが小さく動いている。

 

 アキヒトは立たなかった。立てば視線が集まり、余計な不安が増える。代わりに椅子の上で足の裏に力を入れ、次の衝撃が来たとき床がどの方向へ逃げるかを待った。

 

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