灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

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第60話 傭兵契約、レゾナンス防衛線へ

 戦闘三日目の夜。

 

 レゾナンス施設の近くに設けられたUDF前線司令部は、司令部と呼ぶにはあまりにも狭かった。薄暗いコンテナの中に、通信機材と作戦端末と人員を押し込んだだけの仮設オペレーションルームだ。

 

 壁一面のモニターには、カルディア艦隊の配置と、自軍の損耗状況が並んでいる。

 

 赤い敵マーカーは、相変わらず南側に居座っていた。

 

 青い味方マーカーは、消えるたびに灰色へ落ちていく。撃破。戦闘不能。通信途絶。表示される言葉は違っても、前線から一つずつ戦力が消えていることに変わりはなかった。

 

「第8歩兵連隊、戦闘可能率五十六パーセント。スケルトン前衛、稼働機は四十パーセントを下回りました」

 

 通信士の声は、疲れていた。数字を読むだけでも、何度も同じ傷をなぞるような響きになる。

 

 仮設オペレーションルームの中には、ベルナドット准将、セーブル少佐、通信士の三人が最初から詰めていた。判断を下す者と、それを前線へ流す者は、この狭いコンテナの中央に集まっている。

 

 壁一面のモニターには、カルディア艦隊の配置と、自軍の損耗が並んでいた。赤い敵マーカーは南側に居座ったまま、青い味方マーカーだけが、時間とともに少しずつ灰色へ落ちていく。

 

 ベルナドットは腕を組んだまま、しばらく何も言わなかった。

 

 やがて、低く口を開く。

 

「UDFの増援は」

 

 通信士が、別の画面を確認する。

 

「近隣司令部からの即応部隊はありません。第14機甲からの支援要請は保留のままです。第3補給中隊も、こちらへ回せる余力なし。航空支援は、灰雲とカルディアの対空圏で投入不可との回答です」

 

「つまり、来ないということだな」

 

「……はい。少なくとも、次の攻撃までには間に合いません」

 

 セーブルは、損耗グラフから目を離さずに言った。

 

「このままでは、前線の穴を歩兵とスケルトンで埋め続けることになります。今日一日は持っても、次は分かりません」

 

「分かっている」

 

 ベルナドットは、モニター中央に表示されたレゾナンス施設のマーカーを見た。

 

「UDFだけで止めるのは限界だ。外部の手を借りる」

 

「外部戦力、ですか」

 

「近くに使える外部戦力はあるか。傭兵団でも、独立部隊でもいい。ただし、数合わせはいらん。カルディアの第三世代機を見て逃げるような連中では意味がない」

 

 通信士は手元の端末を操作した。外周監視ログと民間戦力の航跡が、画面に並ぶ。

 

「……一つ、候補があります」

 

「言え」

 

「クレイヴ・アクトです。陸上戦艦グレイランスが、この戦域の外周にいます。昨日の哨戒ログにも影がありました。直接交戦距離ではありませんが、契約線は開けます」

 

 セーブルの視線が、そこで初めて通信士へ動いた。

 

「クレイヴ・アクトか」

 

 通信士は、少し意外そうにセーブルを見た。

 

「少佐、ご存じですか」

 

「少しな」

 

 セーブルは短く答え、それ以上をすぐには続けなかった。

 

 ベルナドットが、その反応を見逃さなかった。

 

「知っている部隊か」

 

「はい。団長のヴァイスを知っています」

 

「評価は」

 

「厄介な男です。UDFの命令で簡単に動く人間ではありません。金だけで釣れるほど軽くもない。ですが、契約を結んだあとに旗色を見て逃げるような部隊ではない」

 

 ベルナドットは黙って続きを待った。

 

「白帯周辺の戦闘経験も豊富です。カルディア系のRFとも交戦経験があります。少なくとも、近くにいる傭兵団の中では最も信頼できます」

 

「なら、そこへつなげ」

 

 セーブルはすぐには頷かなかった。

 

「准将」

 

「何だ」

 

「戦術的には、正しい選択です。ですが、私はあの部隊を呼ぶことに抵抗があります」

 

「理由を言え」

 

「彼らは白帯の護衛に特化した、今時まともな数少ない連中だ。それに、あそこは若い隊長が率いている。腕はいい。呼べば来る可能性はあります。ですが、気が進みません」

 

 セーブルがモニターへ視線を戻したそのとき、青い味方マーカーがまた一つ、力なく灰色へと変わった。狭いコンテナの壁を抜けて、遠い砲声の振動が伝わってくる。

 

 ベルナドットはしばらく黙っていた。

 

「クレイヴ・アクトは傭兵団だ。契約を受けるかどうかは、向こうが判断する。こちらは条件と危険度を提示し、必要な報酬を払う。それ以上でも、それ以下でもない」

 

「彼らを駒として扱う、ということですか」

 

「戦場に出る以上、誰もが駒だ。UDFの兵士も、傭兵も、私も、君もな」

 

 ベルナドットは、モニター中央に表示されたレゾナンス施設のマーカーを指した。

 

「違いがあるとすれば、誰の命令系統に属し、どの契約で動くかだけだ。傭兵は金で雇う。軍は命令で動かす。どちらも綺麗な話ではない」

 

 ベルナドットの言葉には、悪意も高揚もなかった。そういうものとして戦場を扱っているだけだった。

 

「この施設は、UDFにとって起死回生の最大のチャンスだ。ここに眠っているものが本物なら、白帯の維持も、灰域での作戦も、企業勢力との力関係も変えられるかもしれん。いま我々が、兵士を削りながら守っている全てに、別の答えを出せる可能性がある」

 

「まだ、可能性です」

 

「そうだ。まだ可能性でしかない」

 

「だが、カルディアに渡せば、その可能性は我々の手から消える。消えるだけならまだいい。奴らがそれを白帯や避難路を縛る道具に変えた時、次に死ぬのは、ここにいる兵士だけでは済まない」

 

 ベルナドットの言葉は、脅しではなかった。UDFの都合だけでもない。カルディアが手に入れた技術をどう使うか。それを考えれば、最悪の想像はいくらでもできた。

 

「予算、監査、契約書類。そういうものは後で整える。金も後でどうにかする。責任は私が負う」

 

 ベルナドットは、セーブルを正面から見た。

 

「いま必要なのは、ここでカルディアを止めることだ。UDFだけで止められないなら、止められる可能性のある者を呼ぶ」

 

「……クレイヴ・アクトが、それだと」

 

「君がそう評価した」

 

 ヴァイス艦長は信用できる。部隊も信頼できる。だからこそ、呼びたくなかった。信用できる部隊ほど、来れば本当に戦う。戦えば、誰かが死ぬ。

 

 ヒロの顔が一瞬よぎる。

 

 若い。だが、もう子どもではない。彼自身が選ぶことも、セーブルには分かっていた。

 

 それでも、UDFの側からその選択を差し出すことが、軽くなるわけではない。

 

「分かりました」

 

 セーブルは、ようやく言った。

 

「回線三、暗号層を展開。クレイヴ・アクト契約窓口へ接続しろ」

 

 通信士は一度だけベルナドットを見て、それからセーブルに頷いた。

 

「了解。〈グレイランス〉への契約線を開きます」

 

 端末の上を指が素早く走る。

 

 短い電子音がいくつか続いたあと、暗号回線の表示が黄色へと変わった。セーブルはヘッドセットを手に取った。

 

 これ以上、前線の穴を生身の人間だけで埋めるわけにはいかない。だが、そのために別の誰かを呼び寄せることも、決して軽い決断ではなかった。その重さを心の奥で受け止めながら、セーブルは回線がつながるのを待った。

 

 やがて接続を示す軽い音が響き、通信士が小さく頷いた。

 

「クレイヴ・アクト契約窓口、応答あり。暗号認証、通りました」

 

 セーブルはヘッドセットをつけ、声を整えた。

 

「こちらUDFレゾナンス臨時防衛軍、前線指揮所。担当はセーブル少佐。クレイヴ・アクト契約窓口で間違いないか」

 

 端末の向こうから、落ち着いた女の声が返ってきた。

 

「こちらクレイヴ・アクト契約窓口。陸上戦艦〈グレイランス〉です。暗号認証は完了しています。回線は、現時点では安全域です。要件をどうぞ」

 

 現場を知らない事務員の声ではない。危険な依頼が来ることにも、金額と死傷率が同じ画面に並ぶことにも慣れている声だった。

 

 セーブルは余計な前置きを捨てた。

 

「傭兵部隊の増援を要請したい。レゾナンス臨時防衛軍の前線へ、そちらのRF部隊を出してもらいたい」

 

 相手は黙って聞いている。

 

 セーブルは続けた。

 

「条件は通常の傭兵契約に、危険度A相当の加算。報酬は全額、UDF側で負担する。正式書類は追って送るが、現時点では前線司令部の緊急権限で依頼を出す」

 

「緊急権限、ですか」

 

 窓口の女は、少しだけ間を置いた。

 

「現在の戦況を教えてください。こちらでも遠距離からの観測はしていますが、現場の数字とはずれることがあります」

 

 セーブルはモニターを見上げた。

 

 正直に言うべきだ。

 

 傭兵を呼ぶ以上、都合の悪い数字を隠しても意味がない。来たあとで崩れた前線を見せるより、最初から伝えた方がいい。

 

「UDF単独では、いずれ押し切られる」

 

 コンテナの中で、誰も動かなかった。

 

 セーブルの声だけが続く。

 

「カルディアは、コムネノス級旗艦〈パレオロゴス〉を中心に、レムノス級陸上巡洋艦四隻を展開している。主力はRF-17K〈エクイテス〉とRF-07K〈リミネタイ〉を中核にしたRF二個大隊。それにAH-15K〈アロゴ〉攻撃ヘリ中隊がついている」

 

 通信の向こうで、何かを入力する音がした。

 

 セーブルは、自軍の数字も隠さなかった。

 

「こちらはRF-06〈バッファロー〉、ST-09〈スケルトン〉、M6A1〈ライオン〉、RF-21〈ファルコン〉をかき集めて防衛線を維持している。だが、限界に近い。歩兵とスケルトンの損耗が大きすぎる」

 

 そこで、ベルナドットがマイクへ身を寄せた。

 

「こちら、UDFレゾナンス臨時防衛軍、前線統合司令部。司令官、ベルナドット准将だ。これは正式な傭兵契約要請として送っている」

 

 短い沈黙のあと、窓口の女が応じる。

 

「確認しました。UDFレゾナンス臨時防衛軍、司令官ベルナドット准将ですね」

 

「ああ。司令官として保証する。これは正式な依頼だ。支払いも公的に処理する。書類が間に合わん分は、私が責任を負う」

 

「ずいぶんと、追い詰められているようですね、准将」

 

「追い詰められているとも」

 

 ベルナドットは、あっさり認めた。

 

「だから傭兵を呼んでいる。格好をつけている余裕はない。ここまでしてでも、守らなきゃならん施設だ」

 

「施設の詳細は」

 

「現時点では出せない」

 

「それで、こちらに命を張れと?」

 

「その通りだ。だが、危険なものだということは言える。カルディアが艦隊を出してまで取りに来ている。UDFが歩兵をすり潰してでも止めようとしている。これで足りなければ、君たちの団長にこう伝えてくれ。白帯にも、いずれ火の粉が飛ぶ可能性がある」

 

「……その一文は、こちらでそのまま上げます」

 

「そうしてくれ」

 

 セーブルは、ベルナドットの横顔を見た。

 

 施設の中身を、彼も知らない。知らされているのは、ごく限られた者だけだ。

 

 それでも、防衛線が折れた先で何が起きるかは想像できた。カルディアが手に入れた技術を、自分たちだけで大人しく保管するとは思えない。

 

「依頼内容は受領しました。艦内で協議の上、折り返します。回線は一度閉じますが、こちらから再接続します」

 

「頼む」

 

 通信が切れ、暗号回線のランプが黄色へと戻る。通信士は不安を隠せない様子でセーブルを見上げた。

 

「少佐」

 

「何だ」

 

「本当に、来てくれると思いますか」

 

 セーブルは、モニターに並ぶ灰色の味方マーカーを見た。

 

「来てもらうしかない」

 

 損耗グラフの赤い線が、視界の端で静かに更新され続けていた。

 

     *

 

 同じ頃。

 

 陸上戦艦グレイランスの作戦室にも、同じ戦場が映っていた。

 

 スクリーンには、カルディア艦隊の配置、UDF防衛線、そして問題のレゾナンス施設を示すマーカーが並んでいる。外周には、グレイランスの現在位置が小さく表示されていた。

 

 ジルがタブレットを机に置き、集まった顔ぶれを見渡す。

 

「UDFから正式依頼が来た」

 

「レゾナンス臨時防衛軍前線への増援要請。条件は通常契約に危険加算つき。報酬はUDF負担。ベルナドット准将が、書類が遅れた分も自分の責任で保証すると明言している」

 

 アークが、スクリーンの施設マーカーを見た。

 

「UDFがそこまでして守る施設に、カルディアが艦隊を投じて取りに来ている。偶然見つかった古い研究施設、で済む話ではなさそうですね」

 

 ヴァイスは椅子の背にもたれかかったまま、広げられた地図をじっと眺めていた。

 

 カルディア艦隊の現在地、UDF防衛線の陣形、そして点在する各施設――。

 

 それらを順に追っていった彼の視線は、最後に、施設の少し後ろへと伸びる一本の白い帯――その支線の上でピタリと止まった。

 

「UDFからは、施設の詳細は出せないと言われている」

 

 ジルが言う。

 

「ただし、ベルナドット准将から伝言があった。白帯にも、いずれ火の粉が飛ぶ可能性がある、と」

 

「上手い言い方だな。こっちが無視しにくい場所を突いてくる」

 

「嘘だと思いますか」

 

 アークが尋ねると、ヴァイスは首を横に振った。

 

「嘘なら、もっと飾る。あの言い方は、全部は出せないが危ないのは本当、という時の言い方だ」

 

 ジルが確認する。

 

「艦としては、どう見ますか」

 

 ヴァイスは、少しだけ考えた。

 

 UDFを全面的に信用しているわけではない。あの組織もまた、自分たちの都合で情報を隠し、人を動かす。いま目の前で歩兵とスケルトンをすり潰しているのも、UDFの防衛線だ。

 

 だが、カルディアは別だ。

 

 手に入れたものを、必ず自分たちの色に塗り直す。

 

 レゾナンス関連の施設を奪ったあと、それが白帯や避難路にとって毒になる可能性を、彼らがどこまで気にするか。考えるまでもなかった。

 

「これは、どちらの味方をしたいかという話じゃない。カルディアに渡したあとで、こっちの守る場所に何が飛んでくるか。その方が問題だ」

 

 アークが頷く。

 

「UDF側につく方が、長期的な被害は小さいと見ます」

 

「俺も同じだ」

 

 ジルが、タブレットに指を置いた。

 

「契約を受けますか」

 

「受けるしかあるまい。施設をカルディアに渡したあとの方が厄介だ。UDFも信用はできないが、少なくとも今は白を維持する側にいる。カルディアよりは、まだましだ」

 

「契約内容は、危険度A相当で処理します」

 

「いい。金の話は後で詰めろ。前線に出る機体の方が先だ」

 

 ジルが頷く。

 

 ヴァイスは艦内通話の端末を取った。

 

「こちらヴァイス。RF各機、出撃準備に入れ。契約先はUDF。任務は、レゾナンス防衛線への増援だ」

 

 スピーカーから、短い返答がいくつも重なった。

 

 整備デッキでは、警告灯が切り替わる。

 

 RF用ハンガーのロックが順に解除され、機体の電源系統が立ち上がっていく。モニター上のアイコンが、灰色から青へ変わった。

 

「ジル、配置案を出せ。アークはカルディア側の動きをもう一度洗え。向こうが傭兵投入を読んでいないとは限らない」

 

「了解」

 

「施設の正体は後回しだ。今は、ここでカルディアを止める」

 

 そこで一度言葉を切り、ヴァイスはスクリーンを見た。

 

「それが、今回の仕事だ」

 

 スクリーンの上で、グレイランス所属のRFアイコンが順に点灯していく。

 

 灰の外周にいた傭兵団は、UDF側に肩を貸すことを選んだ。

 

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