灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉 作:青羽 イオ
灰の地平線で、巨大な影が何度もぶつかり合っていた。
レゾナンス防衛線。
UDFのバッファローと戦車ライオンが守る防衛線の前方へ、クレイヴ・アクトのVOLK隊が張り出している。
形は、楔だった。
先端にアキヒトのストレイ・カスタムと、ヒロのヴァルケンストーム。左右にゴーシュのブルロアーと、ガンモのバッド・バンカー。少し後ろの高所にリュウのレイヴン・アイ、さらに低い地形の陰にポチのブレイン・モール。
前の二機が受け、左右が支え、後方が狙撃と電子戦で敵の動きを乱す。
たった六機だった。
だが、その六機が前に出ただけで、UDFの前線は息を吹き返しはじめていた。
カルディアのリミネタイが、列を崩さず突っ込んでくる。その間に、ひと回り細いエクイテスが混じっていた。背中のスラスターが低く唸り、腰のブレードが留め具ごと揺れている。
カルディア側の回線にも、VOLKの存在はすぐに伝わっていた。
「前線、反応確認。楔の先にVOLK。前にRF-17系二機、左右に重装、後方に狙撃と電子戦」
「来たか。あいつらは傭兵だ、UDF相手のつもりで突っ込むな」
ヒロの声が、VOLK回線に流れる。
「前衛、受けるぞ。来る」
ヴァルケンストームが盾を半身に構え、ストレイ・カスタムと肩を並べる。
アキヒトは一歩目で姿勢を沈め、二歩目で前へ出た。補助スラスターが短く噴き、灰が後ろへ流れる。
突っ込んできたリミネタイの膝関節へ、ブレードが斜めに入った。脚を削られた敵機が崩れ、そこへUDFの戦車砲が飛び込む。胸部装甲が裂け、巨体が灰の上へ沈んだ。
「一機」
隣では、ヒロが盾の角度を変えながら敵弾を逸らしていた。正面で受け止めず、弾を逃がし、味方の射線だけを残す。ヴァルケンストームの背後から、塹壕の歩兵が対RFロケットを撃ち、リミネタイの足元で爆炎が上がった。
「歩兵が当てたな。位置もばれたけどな」
ポチの声が低く入る。
直後、カルディア側の胸部機銃が塹壕の縁を掃いた。土と砂と破片が舞い、さっきまでいた兵士が姿勢を崩して倒れる。
ヒロがVOLK隊に指示を飛ばす。
「ここは下がれない。俺たちが退けば、後ろの塹壕がもたない」
「了解!」
アキヒトは次の敵へ向き直った。
左側では、ガンモのバッド・バンカーが盾を突き立ててエクイテスの斬撃を受けていた。右では、ゴーシュが短い砲撃で敵の足を止める。高所のリュウは、前列の動きを合わせている機体を狙って撃ち抜いた。
一機、また一機と、敵の前進が鈍る。
倒した数だけなら、戦場全体から見ればわずかなものだった。
それでも、前線の空気は変わっていた。
UDFのバッファローが、VOLKの盾の後ろから撃ち返しはじめる。ライオン戦車が砲塔を振り直し、歩兵が壕から次のロケットを構える。
さっきまでただ削られていた防衛線が、もう一度、敵を押し止める形を取り戻していく。
カルディア側も、それに気づいていた。
「UDFが撃ち返し始めている。傭兵が前で受けた分、後ろの火力が戻ったな」
「無理に距離を詰めるな。焦って突っ込めば、こっちが欠ける。間隔を保て」
敵の動きは、簡単には乱れなかった。損害を出しても、隊列を崩さない。
カルディアの前衛は、そういう戦い方に慣れていた。
ヒロは、モニターの端に映るUDF防衛線を見た。横倒しになったバッファロー、胴体を砕かれたスケルトン、まだくすぶる戦車。補給車両と搬送車が走り、負傷者を後ろへ下げている。
「こっちは前を止めてる。だが、UDF側の損耗が激しすぎる」
ゴーシュが返す。
「俺らの装甲ならまだ行ける。けど、量産機でこの相手はきついな」
ポチも続けた。
「カルディアの前衛、エクイテスが多い。UDFのファルコンと同格の機体を、向こうは数で出してる。真正面で撃ち合えば、先に崩れるのはUDF側だ」
「だから、俺たちが前に出てる」
アキヒトは、敵の列から目を離さずに言った。
「UDFとの臨時契約だ。防衛線の前を埋める。そういう条件で来た」
全員、分かっていた。VOLKは、この戦場を勝たせるために来たわけではない。
崩れかけた防衛線を、今日一日だけでも持たせるために来たのだ。
灰の上で、またエクイテスが前へ出る。
ヒロの盾が、その進路を塞いだ。
「アキヒト、右」
「見えてる」
ストレイ・カスタムが二度踏みで前へ出る。敵のブレードを外し、胸部装甲の継ぎ目へ刃を差し込む。完全には倒せない。だが、足は止まる。
そこへ、リュウの狙撃が入った。
エクイテスの頭部が弾け、機体は力を失って膝をつく。
「次、指揮機らしきやつを探す」
「頼む」
ヒロは短く返し、盾を構え直した。
その背後で、UDFのバッファローが砲身を立て直す。
VOLKが前に出たことで、防衛線の傷が消えたわけではない。
ただ、穴が開いた瞬間に誰かが食い止める場所ができた。
その差だけで、UDFはまだ戦えていた。
*
太陽が傾き、灰の地面に影が伸びていく。
砲声とミサイルの光は少しずつ間隔を空けはじめていたが、戦闘が終わったわけではない。互いに態勢を整え、次の押し込みに備える短い間だけが、戦場を満たしていた。
ストレイ・カスタムの警告灯が点滅する。
弾薬残量も、バッテリー残量も、余裕がない。温度表示は黄色から赤へ近づき、背部の冷却フィンから抜ける熱が白く揺れていた。
ポチの声が入る。
「アキヒト、ストレイが赤に入りかけてる」
リュウも続けた。
「こっちも残弾が心細い」
視界の先で、カルディアのリミネタイとエクイテスがじりじり位置を変えている。
アキヒトは、自機の表示を見た。
「限界だな。一度補給に戻る」
「了解。ゴーシュ、ガンモ。前面、維持できるか」
「盾と残った装甲でなんとかする。早く戻れ」
「こっちも了解! なんとかするさ」
薄い煙幕が、楔の先端から補給帯へ伸びる退路を覆った。
*
補給帯の灯りは、夕方の灰空の下で白く浮いていた。
コンテナと搬送車が寄せ集めに並び、地面にはケーブルが這っている。整備兵が走り、弾薬箱の蓋が開き、油と冷却剤の匂いが混じっていた。
「ストレイ、戻った! 背中が焼けてる、先に主電パックを外せ!」
「残量一パーセントだ。よく帰ってきたな」
背面にクレーンのフックがかかり、ロックが外れる。バッテリーパックが少し浮いた瞬間、熱で空気が揺れた。
「触るな、火傷するぞ。交換パック、押し込め!」
新しいパックが搬送車から滑り出し、ガイドレールに沿って背中へ入る。鈍い音がして固定され、通電表示が戻った。
隣では、ブレードの根元が交換されていた。焼けた金属の匂いに冷却剤が重なる。
ヒロの声が、回線に割り込む。
「来るぞ。撤退前に、もう一度だけ押し込んでくる。ゴーシュ右、ガンモ左。俺の前だけは空けるな」
「分かってる!」
「うるせぇ、盾がもたねぇんだよ!」
「指揮機、また出た。落とす」
遠くで砲が鳴り、遅れて地面が揺れた。途切れかけた砲声が、また詰まり始める。
整備兵が叫ぶ。
「通電、冷却、弾薬、全部戻った。行けるぞ!」
アキヒトは操縦桿を握り直した。
「戻る」
ストレイ・カスタムが立ち上がる。背中から抜ける熱が、白い尾を引いた。
*
ヴァルケンストームは、まだ楔の先にいる。盾の縁は焼け、装甲の弾痕も増えていた。
「遅いぞ」
ヒロが言う。
「必要だった」
「分かってる。今度はお前が前に出ろ。俺は一段下がる」
「了解」
ストレイ・カスタムが前へ出て、ヴァルケンストームが盾で守っていた位置に入る。ヒロは半歩下がり、その隙間でUDFのバッファローが砲身を立て直した。
ヘリの機首が一瞬こちらを向き、ミサイルの光が上空を切る。盾に破片が叩きつけられ、灰の地面が薄く跳ねた。リミネタイとエクイテスが、残った距離を詰めようとする。
だが、前線は割れなかった。
アキヒトとヒロが交代しながら楔の先端を残し、ゴーシュとガンモが左右を塞ぐ。リュウが前列の動きを合わせる機体を狙い、ポチが偽装熱源と通信妨害で敵の判断を遅らせる。
UDFのバッファローとライオンが、その背後から撃ち、歩兵は、塹壕の底からロケットを撃った。
*
さらに時間が落ち、灰空が沈んでいく。
ポチの声が入る。
「カルディア、引き始めた。これは本当に下がる」
アキヒトは、退いていく敵の影を追った。
「向こうも余力がないはずだ」
カルディア側の回線でも、撤退命令が流れていた。
「引くぞ。今日はここまでだ。あの傭兵どもが前にいる限り、こちらの損害が増えるだけだ」
ヒロは全機へ告げる。
「VOLK、撤退用回線に切り替える。交代じゃない。全機、後ろへ下がる」
「後退路、監視中。味方後方へ回り込む影はなし」
「通信帯域は生きてる。UDF主力に回線をつなぐ」
VOLKが、じわりと下がる。
盾を前に残したまま後退し、後方のバッファローの列に重なる位置へ移る。背中のスラスターが短く噴き、夕方の灰空へ白い霧が溶けた。
戦線が一斉に緩む。
追い打ちをかける余力は、どちらにも残っていなかった。
砲声が減り、ミサイルの光が消えていく。その代わりに、黒煙と排気の匂いだけがしばらく残った。
その日も、勝ち負けという言葉からは遠い終わり方だった。
ただ、VOLKが前に出たことで、防衛線は崩れなかった。
冷却しきらない機体と、動かない人間だけが、灰の上にまた少し増えていた。