灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉 作:青羽 イオ
第63話 灰を裂く第三の影
翌日も、レゾナンス施設の前で同じことが繰り返されている。灰でかすんだ空の下、砲声と爆発光だけが時間の境目を曖昧にする。
塹壕と掩体壕と車体壕で引かれた防衛線の手前では、RFと戦車が混じった列が押し返されかけながら踏ん張り、最前でVOLKのRFが刃を振るっている。
カルディア側も損耗はしているが、第三世代機の列は数を減らしながら射程を詰め、両軍ともこれ以上下がれない位置で噛み合っていた。
*
「新しい反応」
そのころ、グレイランスのブリッジでセンサー席の声が上ずった。
「距離80km。灰霧の外側。RF群と思われる反応が接近中。数は20機以上」
ジルが端末に身を乗り出し、表示を切り替える。
「IFF不明」
「はい。カルディア、UDFともに照合なし」
灰の向こう、細かな光点が列を作って進む。速度は速く、地表ぎりぎりをなぞる軌跡だった。
「進路」
「戦場中央へ直進。このままだと両軍の交戦正面に割り込みます」
艦長席のヴァイスが肘掛けに組んだ手で顎をなぞる。
「映像を出せ」
ジルがすぐに拡大映像を開いた。灰霧で輪郭は揺れていたが、機体の色と姿勢は見えた。深緑と黒。低い姿勢で走り、脚部スラスターを短く噴かす独特の機動。
ブリッジの誰かが、息を呑むように言った。
「ヘルマーチ……」
ヴァイスの目が細くなる。
「ああ。あの動きは見間違えようがない」
「UDF前線司令部に照会を」
「もう飛ばしてる」
通信士官が短く答え、すぐ続けた。
「返答あり。増援の予定はない。こちらの部隊ではない。接近中の機影はヘルマーチと推定、とのことです」
一拍置いて、士官は別のパネルへ視線を移す。
「カルディア側の傍受回線も入りました。あちらも認識しています。ヘルマーチ接近、右側面警戒、と騒いでいます」
ヴァイスが肩をすくめる。
「よりによってあいつらか」
*
同じ頃。
カルディア艦隊旗艦、コムネノス級陸上戦艦パレオロゴスの戦術表示にも、同じ光点が浮かんでいた。
センサー席から、RF群が南西から接近中との報告が入る。推定数は20。IFF反応はない。
艦隊司令部がすぐに映像照合を命じた。
拡大された灰霧の中に、深緑と黒の機影が浮かぶ。低い姿勢で地表を走り、脚部スラスターを短く噴かして速度を保っている。
作戦幕僚が、表示を見たまま言った。
「深緑と黒の塗装。脚部スラスター配置、RF-21H系。ヘル・ファルコンです」
指揮官が低く吐き捨てる。
「ヘルマーチ……!」
*
灰色の地平線を、低い姿勢の影がいくつも駆けていた。
深緑と黒で塗り分けられたRF-21H〈ヘル・ファルコン〉の群れが、背中に大型バズーカを抱えたまま灰を蹴り、脚部スラスターを短く噴かして滑り込むように突き進む。
頭上ではカルディア艦隊の砲弾とミサイルが、UDF防衛線へ飛び交っていた。ヘル・ファルコンたちは弾幕の下を鮮やかに抜ける。
進路は両軍の正面ではない。カルディア陸上艦隊の側面へ回り込むように、大きく曲がっていく。
「目標、右側の陸上巡洋艦列」
列がさらに速度を上げた。
*
カルディア陸上巡洋艦、レムノス級5番艦プラサはいつも通り砲撃戦を続けていた。上部構造物に並んだ中口径砲がリズムよく火を吹き、砲塔が旋回して装填完了灯が緑へ変わるたび、火線が伸びる。
砲術長が、前方バッファロー列の右から3番区画へ目標を変えるよう命じた。
航海士は進路を維持し、このまま支援コースを取ると報告しかける。
その時、灰霧の下から別の火線が走った。
ヘル・ファルコンの1機が灰の帳を突き破るように跳び上がる。脚部スラスター全開で地表から斜め上へ飛び出し、跳躍の頂点で機体が半回転した。肩越しに担いだバズーカが、ちょうどプラサの側面を捉える角度に収まる。
引き金。
重い弾頭が灰を裂いて一直線に飛び、レムノス級の側面装甲に突き刺さって外装と内部区画をまとめて貫通した。遅れて艦体側面から火柱が吹き出し、艦橋の床が揺れる。
艦橋で悲鳴に近い報告が上がった。
「側面命中! 火災発生、2番区画!」
プラサの通信士が、艦隊司令部へ叫ぶ。
「こちらプラサ! ヘルマーチから攻撃を受けている! 繰り返す、ヘルマーチが側面に――」
報告の途中で、艦内警報が無線の向こうに混じる。
艦隊司令部は、すでに状況を把握していた。
「分かっている。右側面の艦は距離を取れ。対RF火器を回せ」
「間に合いません! 敵機、再上昇――っ!」
ノイズが走る。艦橋の天井から火花が散り、誰かの声が警報にかき消された。
ヘル・ファルコンは反動で崩しかけた姿勢をスラスターで立て直し、照準を上げる。狙いはプラサ主砲塔の付け根。
発射。
弾頭が砲塔基部に命中した瞬間、主砲塔が根元から持ち上がる。内部の装薬と弾が誘爆し、火柱が砲塔ごと空へ吹き上がった。火は近くの弾薬庫にも食いつき、艦橋ブロックの窓から赤い光が一気に溢れた。
次の瞬間、プラサ全体が内側から破れ目を作るように爆発する。砲塔が横倒しになって甲板を転がり、上部構造物の一部が空へ投げ出された。巨大な艦体が灰の地平線でぐらりと傾き、そのまま動きを止める。
その閃光は、前線で戦っていたVOLKのコクピットからも見えた。
リュウが、今の爆発はカルディアの艦か、と回線で言った。
上空映像を追っていたレイヴン・アイの視界に、炎と黒煙を上げる艦影が映る。
ポチが続ける。
「レムノス級1隻、完全に沈黙。撃ったのは、あれだな。深緑と黒。ヘルマーチだ」
灰の下を滑るように走る深緑と黒の影が、別の方向へ進路を変えていた。
ヒロが低く言う。
「間違っても、UDFの援護じゃないな」
アキヒトも動きから目を離さなかった。
「どっちにしても、ろくな連中じゃない」
*
カルディア艦隊の回線では、プラサへの呼びかけが途切れかけていた。
プラサからの応答はない。映像も途絶している。
艦隊司令部が損害判定を求めると、偵察からすぐに報告が返った。
「5番艦プラサ、大規模爆発を確認。砲塔と艦橋ブロックを喪失。沈黙しました」
報告の間にも、ヘル・ファルコンの影は次の標的へ走り出す。灰を蹴る脚、低い姿勢のまま滑るような加速。
その動きはUDFでもカルディアでもなかった。