灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉 作:青羽 イオ
グレイランスのブリッジでは各席の端末が低く鳴り、通信ログが流れ、昼に使い切った弾薬と損傷箇所の一覧が、正面モニターの下段に並んでいる。
ジルの視線が、その端で止まった。
緑の光点が、規則的だった並びを崩している。
「セイナ、あれ拡大して」
センサー席のセイナが、短く返事をして指先を動かした。遠距離レーダーと赤外線の表示が重なり、灰の霧の向こうに、地面に沿って細長く伸びる帯の反応が浮かび上がる。
最初は、ただのノイズにも見えた。
だが動きが揃っている。灰霧に紛れているだけで、散ってはいない。
「熱源、細長く並列。密度、上がっています。前列は標準キーテラ。推定、千以上」
セイナの声に、ブリッジの空気が少しだけ硬くなった。
ジルは正面モニターへ表示を送らせる。赤外線の像が戦術図の上に重なり、薄い灰色の地形に、赤い粒の帯が広がっていった。
「小型から中型の群れが、横方向に広い塊になっています。その後ろに――」
セイナが言いかけたところで、別ウィンドウが自動で開いた。質量グラフが立ち上がる。通常よりはるかに大きい反応が、二つ、ほぼ並行して近づいていた。
「後列に大型反応。質量から見て、指揮個体クラスが少なくとも二体。どちらもキーテラで間違いありません」
キーボードのクリック音だけが、短く響いた。
昼に撃ち払った残骸地帯のさらに奥で、別の群れがまとまって動き出している。ジルは舌の奥に、古い金属のような味を覚えた。疲れている時ほど、悪い情報は形を整えて来る。
「距離は?」
「白帯から三十キロ。到達予測、十五分」
十五分。
ジルは通信回線のリストを呼び出しながら、昼の戦闘で爆発が途絶えた第一地雷帯の位置を頭の中でなぞり直した。白帯正面に敷かれていた地雷は、ほとんど昼に使い切っている。爆発で路面は砕け、残骸が積もり、かえって足場ができた場所もある。
ここで止め損ねたら、白帯までそのまま来る。
姿勢を正したところで、ブリッジの扉が音もなく開いた。
濃紺のロングコートの裾が揺れ、金のボタンと肩章が灯りを拾う。背の高い男が、端正な軍服に、きちんとした印象をまとって入ってきた。
ヴァイス艦長だった。
入室した瞬間、セイナの背筋が一瞬だけ伸びる。すぐにモニターへ戻ったが、その一拍で、ブリッジ全体の意識が変わった。
「艦長。敵接近を確認。詳細を――」
ジルが報告を始める前に、ヴァイスは艦長席の脇で立ち止まった。窓の外を一度だけ見る。白帯の光と、その外側に点々と残る黒い痕を確認してから、視線を戻した。
「状況は?」
ジルはモニターから目を離さないまま、要点だけをまとめた。
「昼のキーテラ戦で、第一地雷帯はほぼ使い切りました。爆散した残骸地帯が、そのまま敵の通り道になっています」
「あの残骸の上を、また群れが来るのか」
ヴァイスは正面モニターの反応を見つめ、短く息を吐いた。
「数は?」
「標準個体、正面で千以上。後方に指揮個体クラス、二体確認」
戦術長のアークがコンソールに両肘をつき、眉間に皺を寄せて画面を睨む。
「昼とは別の群れです。別個体群と見ていいでしょう」
ヴァイスは一度だけうなずいた。
「ログの要約を出せ。UDFのラインガードにも回してやれ。向こうも、もう見えているかもしれんが、こちらの方が整理は早い」
「はい。状況を整理して、全回線に流します」
アークは通信士に合図し、現場向けの言葉に切り替えた。
「グレイランス戦術長より、キーテラ接近状況を共有する。前列は標準サイズのキーテラ群。昼に交戦した個体と同型だが、数が増えている」
そこで一度切り、必要な補足だけを続ける。
「第一帯の地雷で路面が砕け、荒れた地形に群れが集まりつつある。砕けた路面と残骸を足場に、白帯へ出るルートを取ろうとしている。放置すれば、白帯の縁が塞がる」
ジルはアークの言葉を聞きながら、画面の赤い帯を追った。説明としては足りている。だが、聞いた側がどう受け取るかは別だ。白帯の縁が塞がる、という言葉の向こうに、避難列の足が止まる光景が見えてしまう。
ヴァイスがこちらを見る。
「ラインガード隊長につなげ」
「つなぎます」
ジルは通信パネルに指を滑らせ、第六中隊ラインガードの指揮回線を呼び出した。
返事まで、二秒、三秒。
短いノイズのあと、音質が少し落ち着いた。風の音と、遠い機関砲の連射音が混じっている。
「こちら第六ラインガード中隊、指揮。風向きが変わった。視界不良は継続中。こちらは確認射撃中だ」
声は落ち着いていた。落ち着かせている、とも聞こえた。
ヴァイスが回線へ出る。
「グレイランス、ヴァイスだ。情報を共有したい。昼のキーテラ戦のあと、第一帯の地雷残量と、そちらの戦力状況は?」
少し間が空く。向こうで誰かが短く叫び、低い爆音がひとつ重なった。
「昼の時点で、第一帯はほぼ使い切った。残っているのは第二帯に少しだけだ。前衛はST‐09〈スケルトン〉とRF‐06系。後方には増援を回してある」
ラインガード隊長の声は、途中で細かく乱れた。それでも言葉は崩れない。
「このまま正面突破を許せば、白帯へ真っ直ぐ突っ込まれる。正面の防衛線を抜かれたら、避難ルートが持たん」
「了解した。グレイランスは砲戦距離を確保し、側面から叩く。白帯につながる正面の防衛線は、そちらに任せたい」
一拍の沈黙。
通信の向こうで、風の音だけが残る。
「了解。その間に、敵を潰し切れるか?」
ヴァイスは即答した。
「潰し切れる形にする」
言葉は断定だった。だが、気休めではない。ヴァイスはそのままアークへ目だけで合図した。
「聞いたな、アーク」
「ええ。側面火力を合わせられれば、白帯は切らずに済みます。……切らずに済ませます」
その一言で、ブリッジの空気が戦闘配置へ切り替わった。
直後、艦内に二度目の警報音が広がる。
ジルは艦内放送の文面を確認し、必要最低限の情報だけを流した。
「全艦通達。艦外センサー帯に異常反応。灰の霧の中に、キーテラ多数を確認」
短い間を置く。
「灰の濃度上昇により、レーダー精度が低下。接近の察知が遅れています。避難区画の民間人は、その場を動かないでください」
さらに別回線へ、外周監視中の機体への指示を送る。
「VOLK-3、外周監視を継続。逸れ個体を優先マーク。交戦規定の変更なし」
外周に出しているのはリュウだ。
ジルは一瞬だけその表示を確認し、すぐモニターへ視線を戻した。
別区画の人々が頭をよぎる。食堂の子どもたち。簡易ベッドに並ぶ避難民。さっきまで、紙椀を抱えて座っていた小さい背中。
考えるな、と自分に言う。緑の点列から目を離せば、白帯へ近づく赤い帯を見落とす。ジルは表示を見据え直し、次の指示に備えた。