灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

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第十四章 曇りの輪郭
第73話 それしか道がない


 グレイランス戦術室。

 

 中央のテーブル・スクリーンには巨大構造物を中心にした同心円が描かれている。

 半径数百km圏内の都市や町が赤と黄色の点滅となって瞬いていた。

 

「……UDFの地上戦力はレゾナンス防衛戦でほぼ壊滅状態だ」

 

 ヴァイスが低い声で告げた。

 

「残っているのは後方部隊だけ。避難任務に回せる戦力はゼロだ」

 

 壁面の別モニタにはFDCの共通チャンネルが映し出されている。

 各地の避難指示、通信途絶、救難要請、意味をなさない怒鳴り声——表示しきれないログが下から上へ流れていく。

 

「企業のほうは?」

 

 ヒロが確認した。

 

 声は出た。だが胸に何かが貼りついたような重さは消えない。

 ポートランス。UDF司令部。そしてセーブル。

 瓦礫の向こうで途切れた通信と戦闘ログが止まった瞬間がまだ目の奥に焼き付いている。

 

「まともに動けているのはグラウバッハだけだ」

 

 戦術長アークが別レイヤーを呼び出した。

 

 別モニタにグラウバッハ社ロゴの付いた通信ウインドウが開く。

 

 年配の男が映っていた。

 

 軍服ではなく皺ひとつないスーツ姿。ネクタイはきちんと結ばれているのに目だけが"現場の時間"を刻んでいる。顔つきに甘さはない。

 

 ヒロはその目を見た。

 ――この人はもう決めている。

 

〈グラウバッハ代表〉『クレイブアクト《グレイランス》、そしてVOLK隊』

 

 間がある。

 

〈グラウバッハ代表〉『こちらの工業地帯から南側の避難都市まで白帯ルートで避難民を出す。護衛を頼みたい』

 

 戦術室の空気がわずかに止まった。

 

「白帯……」

 

 ヒロの喉が小さく鳴った。

 

 B3区画。

 白い導光ラインが空中でちぎれる。

 橋が落ちていく。

 その上にいた――。

 

 ヒロはわずかに目を閉じた。

 

〈グラウバッハ代表〉『東側の工業地帯はうちの心臓部だ。働いている人間も多い。あそこを丸ごと見捨てるわけにはいかない』

 

 男は言葉を選びながら続ける。

 

〈グラウバッハ代表〉『うちの警備RFと装甲車も出す。ただ巨大構造物のドローン相手に正面からやり合える戦力はない。そちらに白帯護衛の経験と実績があると聞いた』

 

「経験と実績、ね」

 

 アークが皮肉ともつかない声を漏らした。

 ヴァイスは短く首を振る。

 

「条件面は後で調整しよう。今は人間を動かすほうが先だ」

 

 彼の視線がテーブル越しにヒロへ向けられる。

 

「VOLK隊。任務はグラウバッハ工業地帯から南側避難都市までの白帯区間護衛。想定される敵は巨大構造物から展開された地上ドローンと空中ドローン。UDF地上軍の支援は当てにできない。事実上、お前たちが盾だ」

 

 ヒロはしばらく黙って表示を見つめていた。

 

 白い導光ラインが灰の平原を南北に貫いている。

 その上に人型アイコンとトラックの列が予定ルートとして重ねられていた。

 

「……避難対象は」

 

「第一波で5,000人前後」

 

 アークが即答する。

 

 5,000。

 

 ヒロはその数字を頭の中で反芻した。

 守れる数字か。守れない数字か。

 

 ――わからない。

 

「ドローンの数と動きは?」

 

 声は妙に平坦だった。

 感情を消さなければ質問が続けられない。

 

「正確な数は分からん」

 

 ポチが腕を組んだまま答える。

 

「巨大構造物周辺は電子的に死んでる。残ってるのは光学と音響だけ。鉱山のログを見る限り地上型が十数機、空中型がその倍以上。白帯は導光で目立つ。狙われる可能性は高い」

 

「——隊長」

 

 アキヒトが横からヒロを見た。

 

 肩の力がいつもと違う。

 それでも質問は続いている。

 ――まだ立っている。

 

 アキヒトはわずかに姿勢を正した。

 自分も立たなければ。

 

「白帯を出すのか、出さないのか」

 

 ヒロはヴァイスに視線を戻す。

 

「避難を止めるという選択肢もあるはずだ」

 

「止めればあの工業地帯ごと死ぬ」

 

 ヴァイスはあっさりと言った。

 

「巨大構造物の動きは読めんが実際アストレイアの鉱山はもう喰われた。グラウバッハの判断は妥当だろう」

 

 少し間を置いて続ける。

 

「白帯は逃がすための道だ。折れたこともある。奪われかけたこともある」

 

 ヴァイスは一度だけ視線を落とす。

 

「だが——今はそれしかない」

 

 誰も何も言わなかった。

 

 ヒロは目を閉じた。

 

 セーブルが言った「引きどころ」の話が耳の奥でかすかに蘇る。

 どこまで守るか。どこで切るか。誰のために動くか。

 

 守れなかった名がいくつも浮かんでは沈んでいく。

 

「……分かった」

 

 かすかに息を吐いてヒロは言った。

 

「VOLK隊、出る。白帯は俺たちが守る」

 

 ――まだ整理はついていない。

 それでも口に出さなければ隊は動かない。

 

 一拍の沈黙。

 

 アキヒトが最初に応えた。

 

「了解」

 

 短く、力強く。

 

 リュウもポチもゴーシュもガンモもそれぞれの持ち場で同じように応えた。

 

 ヴァイスはわずかに口元を引き締める。

 

「いいだろう。VOLKは第1護衛隊として白帯に先行。《グレイランス》は避難都市側で受け入れ支援と後方火力を担当する」

 

 戦術室の灯りが少しだけ落ちた。

 ブリーフィング用の表示が消え、代わりに出撃準備のチェックリストが浮かび上がる。

 

「各員、出撃準備にかかれ」

 

 ヴァイスの声が落ち、部屋に椅子の軋みと足音が広がった。

 

 ヒロは立ち上がるタイミングを半拍だけ遅らせた。

 

 足が重い。

 それでも向かう先は決まっている。

 

 ――白帯へ。

 

 もう一度。

 

 

――次回、第74話「白帯を止めるな」へ続く

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