灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

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第8話 総員戦闘配置!

 ――来る。

 

 ジルは正面モニターを見たまま、肩だけを固くした。

 

 輪郭はまだ拾えていない。だが、表示の並びが崩れ始めている。外周ノイズの奥で、点が増えていた。規則性のない雑音ではない。薄い灰の向こうで、何かがまとまって動いている。

 

「灰濃度、七八。レーダー精度、落ちています。外周ノイズに埋もれていました。補正、入れ直します」

 

 セイナの声が速くなる。指先がコンソールを叩き、クリック音が一定のリズムを取り始めた。

 

 数秒後、乱れていた点列がひとつの帯にまとまった。

 

「補正反映。方位〇三〇、距離十九キロ。数、二千前後。種別はキーテラ。後方に大型反応、複数」

 

 二千。

 

 昼に撃ち払った数より多い。しかも、後方に大型がいる。偶然流れてきた群れではない。押し込むための形だ。

 

 ジルは艦内警戒の権限を開き、全艦通達へ切り替えた。

 

「接近判定の遅れを確認。全艦、赤色警戒。戦闘配置へ即時移行」

 

 赤灯が回り、低いサイレンが艦内へ広がった。ラインガードから、外周の状況が入る。

 

「白帯外周、盾列を展開。射線分割。迎撃準備に入る」

 

 続いて整備区画からも報告が来た。

 

「弾薬路、クリア。消火系スタンバイ。医療班、第一待機」

 

 重なりかけた回線はすぐ整理された。民間帯域は監視へ落ち、避難区画の標識灯が点灯する。子ども区画の出入口には、すでに見張りが立っていた。

 

 ジルはVOLK隊への回線を開く。

 

「VOLK隊、応答を」

 

 すぐにヒロの声が返った。

 

「聞こえている」

 

 短い返答だった。

 

 それだけで、ジルの呼吸が一度だけ整う。あの男が聞こえているなら、次の段取りは動く。

 

「前方キーテラ群、距離十五キロを切ります。白帯外で迎撃に加わってください。全機、発進準備。交戦規定の変更はありません」

 

「了解。全機、出撃準備」

 

 ヒロの声に続いて、アキヒトも短く返した。

 

「了解。すぐ出る」

 

 ジルはモニターへ視線を戻した。灰の奥で、群れは確実に近づいていた。

 

 *

 

 ヒロは椅子を引いて立ち、背もたれに掛けていた上着を掴んだ。周囲の大人たちへ、短く言葉を置く。

 

「子どもたちを、この区画から出すな」

 

 看護師とクルーがうなずき、出入口へ体を寄せた。

 

 発艦許可まで、十分もかからないだろう。

 

 VOLKの面々も、ほぼ同時に椅子を離れた。食器を端へ寄せ、通路を空ける。ガンモは腰を上げながら、まだ皿に残っていたパンを見て一瞬だけ顔をしかめた。

 

「戻ったら食う。誰も捨てんなよ」

 

「命令の粒度が低いな、兄貴」

 

 ポチはそう言いながら、椅子をテーブルの下へ戻した。その動きに気づいた男の子が、青い区画灯の内側で拳を握った。声は出さない。ただ、胴の前でぎゅっと握る。

 

 ポチはその子を一度だけ見て、口の端をわずかに上げた。

 

「留守番、頼んだぞ」

 

 男の子は返事をしなかった。

 

 それでも拳は、ほどかなかった。

 

「行くぞ」

 

 ヒロの声に、短い返事が重なる。

 

 扉が開く。甲板側の冷えた空気と、オイルの匂いが食堂へ流れ込んだ。導光ラインに沿ってブーツの音が揃い、彼らは格納区へ向かっていく。

 

 扉が閉まると、食堂に残ったのは、遠ざかる足音だけだった。

 

 取り残された席の輪を見回し、サキは子どもたちの前へ身をかがめた。

 

 笑顔は作る。けれど、大丈夫とだけ言うのは早い気がした。何が起きているのか、子どもたちにも少しは伝わっている。嘘の明るさは、たぶん余計に怖がらせる。

 

「ここで待っていようね」

 

 できるだけ、いつもの声に近づける。

 

「青い灯りの中にいればいい。立たなくていいよ。大人たちが、ちゃんと見てるから」

 

 子どもの一人が、膝の上で紙椀を抱え直した。別の子は扉のほうを見たまま、瞬きを繰り返している。

 

 サキは少しだけ声を落とした。

 

「みんな、戻ってくる。だから今は、ここで待とう」

 

 扉の向こうで、足音がさらに小さくなる。

 

 

 格納庫では、RFの足元を整備員たちが走り回っていた。

 

 冷却ラインが外され、ケーブルが抜かれ、安全装置のランプが順に色を変えていく。赤。黄。緑。緑が揃うまで、誰も笑わない。

 

「冷却ライン、解除」

 

「解除確認。次、右脚ロック」

 

「右脚、抜くぞ。手ぇ出すな」

 

 短い掛け声に、短い復唱が返る。

 その映像が、ブリッジのジルのモニターに並んでいた。番号ごとに窓が分かれ、各機の状態が一列に揃っている。ヴァイスは隣で腕を組み、確認だけを済ませると正面へ向き直った。

 

「よし。RFを発艦させろ」

 

 ジルの視線は、格納庫映像ではなく、右上の小さな欄に張りついていた。

 

 接近まで十四分。

 

 数字は一秒ごとに落ちていく。ヴァイスはその数字を見ない。代わりに、ジルの指先だけを見ていた。どの回線を開き、どこを切るか。それで、艦内の優先順位が決まる。

 

 白帯の光を挟んで、敵は外側から押し寄せてくる。

 

 グレイランスは白帯の外を並走している。ここを抜かれれば、避難民のいる区画まで届く。それだけ分かっていれば、今は十分だった。

 

 格納庫から、各機の報告が入る。

 

 アキヒトは搭乗完了。ストレイ・カスタム、武装クリア。

 

 ゴーシュのブルロアーは、システム全系統が緑。

 

 リュウのレイヴン・アイは、索敵系オンライン。

 

 ガンモのバッド・バンカーは起動準備完了。ポチのブレイン・モールは、リンク状態良好。

 

 最後に、ヒロの声が入った。

 

「ヴァルケンストーム、発進準備よし。……手順通りで行く。焦るな。焦っても、射出は早くならない」

 

 その一言で、格納庫の余計な軽口が引っ込む。

 

「ストレイ・カスタム、ブレード固定よし」

 

 整備班から報告が続く。

 

「ブルロアー、BZ‐95オックスホーン装填よし。バッド・バンカー、盾固定よし。ブレイン・モール、ドローン応答よし」

 

 甲板側からも声が入った。

 

「右舷、左舷カタパルト、発進台スタンバイ。VOLK、移動開始」

 

 格納庫の誘導員が腕を振る。

 

 黄色いラインに沿って、RFが進み始めた。歩幅が揃うたび、鉄骨の床が規則正しく鳴る。カタパルト前で止まり、待機姿勢に入る。固定が入ると、機体の小さな揺れまで止まった。

 

「サイドハッチ開放。カタパルト展開」

 

 ジルは電力バーの揺れを見る。

 

 供給は足りている。

 

 残り九分。

 

 ヴァイスが腕を組み直した。小さな動作だったが、ブリッジの空気がそれに合わせて締まる。

 

 側面扉が横に割れた。

 

 格納庫の映像に、夜気と灰の風が流れ込む。外の匂いまではブリッジに届かない。それでも、画面の中で整備員の服がはためくだけで、そこに冷えた空気があると分かった。

 

 両側面から発進レールがせり出す。

 

 ヒロはコクピットの中で、ハーネスの締まりを確かめていた。足元のロックが踵を押さえ、身体の位置が機体に合わせられていく。LSLがつながると、ヴァルケンストームの重さが体の奥へ重なった。

 

 音が遠くなる。

 

 代わりに、振動だけが増えた。

 

 発艦管制の声が淡々と流れる。

 

「固定良し。安全ピン解除。右舷カタパルト、待機」

 

 続いて、ブリッジから全機へ指示が入った。

 

「RF各機に告ぐ。前方にキーテラ集団接近。灰は濃い。近距離突撃に注意」

 

 ヒロが短く返す。

 

「了解」

 

 発艦管制が、電力配分を切り替えた。

 

「電力、カタパルト優先。各区画、負荷制限を維持」

 

 艦底がわずかに震え、エンジン音が一段深くなる。ジルのモニターで、カタパルト出力のバーが上がっていった。

 

 九八。

 

 九九。

 

 百。

 

 数字が揃う。

 

 ジルはすぐ別の欄へ視線を移した。射出順序、六機。間隔二十五秒。そこだけは机上の計算通りに動かせる。

 

 残り七分。

 

「右舷、数値良好」

 

「VOLK-6、先行。VOLK-2、後続」

 

「了解」

 

 ヒロの返答に迷いはなかった。

 

「左舷カタパルト、オールグリーン。発艦を許可する」

 

 コクピットのHUDに、機体状態が並ぶ。

 

 主電一〇〇パーセント。

 

 副系統一〇〇パーセント。

 

 冷却余力〇・九二。

 

 ヒロはそれを確認し、回線を開いた。

 

「全機、出撃!」

 

 艦内放送が、カタパルトのカウントを始める。

 

「三、二、一」

 

 床が震えた。

 

 鋼の継ぎ目が開き、整備員たちが一斉に退避する。最後の確認の声が重なった。返答は短い。走る足音が途切れ、格納庫の空間だけが空く。

 

「帰ってこいよ!」

 

 誰かが叫んだ。

 

 ヒロは前を見たまま、わずかに息を吐く。

 

「ヴァルケンストーム、出る」

 

 カタパルトが機体を押し出した。

 

 ヴァルケンストームが灰の外気へ抜ける。艦内の響きが途切れ、風と噴射の音だけが残った。

 

 ジルは格納庫映像を追わなかった。

 

 艦外センサーの点列を見る。さっきより太い。密度が上がっている。残り六分。

 

 ヴァイスの視線が、初めてモニターへ落ちた。見ているのは数字ではない。点の密度だ。そこにしか、敵の押し方は出ない。

 

 続いてゴーシュの声が入る。

 

「ブルロアー、出る」

 

 次にリュウ。

 

「レイヴン・アイ、出る」

 

 ガンモは少しだけ息を弾ませていた。

 

「バッド・バンカー、出る。……戻ったら飯だ、飯」

 

 ポチが続く。

 

「ブレイン・モール、出る。兄貴の皿、誰か守っといてくれ」

 

 軽口は短い。

 

 それでも、あるだけで違った。格納庫に残る整備員たちの肩が、ほんの少しだけ下がる。

 

 射出されるたび、格納庫の空気が軽くなっていく。

 

 最後に残ったのは、アキヒトのストレイ・カスタムだった。

 

 赤灯の回転の下で、灰色の装甲が浮かび上がっている。肩の後ろでは、薄い翼板がわずかに起きていた。内側に収めた刃の形が、影の奥からのぞく。

 

 風向き、東。風速三。

 

 白帯、封鎖維持。

 

 右舷カタパルト、進路クリア。

 

 発艦管制の声が来る。

 

「VOLK-1、発艦せよ」

 

 アキヒトは、その瞬間だけ呼吸を止めた。

 

 怖さを消すためではない。

 

 余計な揺れを切るためだ。

 

 LSLの接続が、機体の重心を体の内側へ通している。ストレイ・カスタムの足裏がレールに固定され、背中の推進器が熱を持つ。白帯の位置は、すでにHUDの左下に固定してあった。

 

「ストレイ・カスタム、出る」

 

 拘束が解けた。

 

 視界が一気に開ける。レールの終端で機体がわずかに起き、グレイランスの艦影がモニターの下へ流れた。メイン噴射が点火する。

 

 細身のストレイ・カスタムが、灰の空間へ飛び出す。

 

 照準はぶれない。

 

 敵は前方。

 

 白帯の外側から、グレイランスへ向かってくる。

 

 なら、切る。

 

 考えることは一つでいい。

 

 アキヒトは前方の灰を見据えた。

 

 *

 

 食堂の窓越しに、子どもたちは噴射光を見上げていた。

 

 誰も大きな声を出さない。

 

 闇を裂くように、RFの光が灰の中へ伸びていく。小さな手が、隣の手を探した。見つけると、強く握り直される。

 

 言葉にはならない。

 

 けれど、その手はしばらく離れなかった。

 

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