灰の傭兵と光の園 Ⅰ 〈RF各機、メカイラストあり〉 作:青羽 イオ
――来る。
ジルはモニタを見たまま、肩だけ固くした。輪郭はまだ拾えていない。それでも、表示の並びが崩れ始めている。外周の雑音の奥で、点が増えていく。
〈センサー班〉『灰濃度、七八。レーダー精度低下。外周雑音に埋もれてました。補正、入れ直します』
セイナの指がコンソールを叩く。クリック音が一定になっていく。声が速い。
〈センサー班〉『補正反映。方位〇三〇、レンジ一九キロ。数、二千前後。種別――キーテラ。後方に大型反応、複数』
一拍。ブリッジの音が細くなる。
〈ブリッジ〉『接近判定遅延を確認。全艦、Condition Red。戦闘配置即時移行』
赤灯が回り、低いサイレンが艦内に広がる。椅子の軋みが消える。全員の手が、やるべき場所へ戻る。
〈LG‐CMD〉『白帯外周、盾列展開。射線分割。迎撃準備』
〈整備〉『弾薬路クリア。消火系スタンバイ。医療班、第一待機』
回線が重なり、すぐ整理される。民間帯域は監視に落ちる。子ども区画の標識灯が点き、出入口に見張りが立つ。
ジルは格納庫回線を開いた。
〈ブリッジ〉『VOLK隊、応答を』
〈ヒロ〉『聞こえている』
短い返答で、ジルの呼吸が一度だけ整う。
〈ブリッジ〉『前方キーテラ群、レンジ一五キロを切る。白帯外で迎撃に加われ。全機、発進準備。ROE変更なし』
〈ヒロ〉『了解。全機、出撃準備』
〈アキヒト〉『了解』
ジルはモニタへ戻る。緑の点が、今度は隠れない。
同じころ、生活区の食堂では警報と同時に動きが止まりかけた。ヒロは椅子を引いて立ち、背もたれに掛けていた上着を掴むと、周囲の大人へ言葉を一つだけ残す。
「子どもたちを、この区画から出すな」
看護師やクルーがうなずき、出入口へ身体を寄せる。警報から発艦許可まで一〇分もかからなかった。VOLKの面々もほぼ同時に椅子を離れ、食器を端へ寄せ、立ち上がった。
ポチだけが椅子をテーブルの下へ戻し、子どもたちへ一度だけ視線を置く。気づいた男の子が胴の前で拳を握ると、ポチは口の端をわずかに上げて背を向けた。
「行くぞ」
ヒロの声に「了解」が重なる。扉が開き、甲板側の冷えた空気とオイルの匂いが流れ込む。導光ラインに沿ってブーツの音が揃い、格納区へ吸い込まれていった。
取り残された席の輪を見回し、サキは子どもたちの前へ身をかがめる。笑顔は作るが、難しい言葉は使わない。
「大丈夫だよ。ここで一緒に待っていようね。みんな、ちゃんと戻ってくるから」
扉の向こうで足音が小さくなり、食堂からは遠ざかる足音だけを聞く静けさになる。
*
格納庫では、RFの足元を整備員が走り回り、冷却ラインやケーブルを手早く外していた。安全装置のランプが次々に色を変える。緑が揃うまで、誰も笑わない。
短い掛け声が飛ぶ。復唱が返る。手順だけが先に進む。
その映像がジルのモニターに並ぶ。番号ごとに窓が分かれ、各機の状態が一列に揃う。ヴァイスは隣で腕を組み、確認だけ済ませて前を向いた。視線が一点に止まる。迷いの入る余地を消す目だ。
「よし、RFを発艦させろ!」
ジルの視線は、格納庫映像ではなく右上の小さな欄に張りついていた。接近まで、一四分。数字は一秒ごとに落ちていく。ヴァイスはそれを見ない。代わりに、ジルの指先だけを見ていた。
白帯の光を挟んで、敵は外側から押し寄せてくる。グレイランスは白帯の外側を並走し、ここを抜かれれば避難民のいる区画まで届く。それだけで十分だった。
〈VOLK1(アキヒト)〉『搭乗完了。武装クリア』
〈VOLK2(ゴーシュ)〉『搭乗完了。システム、オールグリーン』
〈VOLK3(リュウ)〉『起動完了。索敵系オンライン』
〈VOLK4(ガンモ)〉『起動準備。いつでも行ける』
〈VOLK5(ポチ)〉『最終チェック完了。リンク良好』
〈VOLK6(ヒロ)〉『発進準備よし。……手順通りで行く』
ヒロの最後の一言で、格納庫の音が少しだけ減る。余計な冗談が引っ込む。
〈整備〉『ストレイ・カスタム、ブレード固定よし。パイル機構よし。ブルロアー、BZ‐95〈オックスホーン〉装填よし。バッド・バンカー、盾固定よし。ブレイン・モール、ドローン応答よし』
〈甲板〉『右舷、左舷カタパルト、発進台スタンバイ。VOLK、移動開始』
〈ヒロ〉『VOLK隊、カタパルト前まで移動。遅れるな』
〈発艦管制〉『RF各機、カタパルトへ。これより射出手順に入る』
誘導員が腕を振る。黄色ラインに沿ってRFが進む。歩幅が揃い、鉄骨の床が規則的に鳴る。カタパルト前で止まり、待機姿勢に入った。固定が入ると、機体の小さな揺れまで止まる。
〈発艦管制〉『サイドハッチ開放。カタパルト展開』
ジルは電力バーの揺れを見た。供給は足りている。足りているうちに出す。残り、九分。ヴァイスが腕を組み直した。小さな動作が、艦内の全員に同じ命令になる。
側面扉が横に割れ、夜気と灰の風が艦内へ流れ込む。外の匂いが混じるだけで、肺が勝手に浅くなる。両側面から発進レールがせり出した。
コクピットでヒロはハーネスの締まりを確かめ、足元のロックで踵が落ち着くのを感じる。LSLがつながり、機体の重さが体に重なる。音が遠のき、代わりに振動だけが増える。
〈発艦管制〉『固定良し。安全ピン解除。右舷カタパルト、待機』
〈ブリッジ〉『RF各機に告ぐ。前方にキーテラ集団接近。灰濃。近距離突撃に注意。白帯を越えるな』
〈発艦管制〉『電力、カタパルト優先。各区画、負荷制限を維持』
艦底がわずかに震え、エンジン音が一段深くなる。モニターのバーが上がっていく。九八。九九。百。数字が揃うと、次は人間が戻らない。
数字が揃った瞬間、ジルの視線は別の欄へ移る。射出順序、六機。間隔二五秒。そこだけは机上の計算通りに動かせる。残り、七分。
〈発艦管制〉『右舷、数値良好』
〈ブリッジ〉『VOLK6、先行。VOLK2、後続』
〈ヒロ〉『了解』
〈発艦管制〉『左舷カタパルト、オールグリーン。発艦を許可する』
〈HUD〉[主一〇〇パーセント/副一〇〇パーセント/冷却余力〇・九二]
「目標は白帯の防衛だ。全機、出撃」
〈艦内放送〉『カタパルト、カウントダウン開始――三、二、一』
床が震える。鋼の継ぎ目が開く。整備員がいっせいに退避し、最後の確認の声が重なる。返答は短い。走る足音が途切れ、格納庫の空間だけが空く。
「帰ってこいよ!」
〈ヒロ〉『ヴァルケンストーム、出る』
カタパルトが押し出し、ヒロの機体が灰の外気へ抜けていく。外へ出た瞬間、音の圧が変わる。艦内の響きが消え、風と噴射の成分だけが残る。
ジルは格納庫映像を見ない。艦外センサーの点列を見ていた。さっきより、太い。残り、六分。ヴァイスの視線が初めてモニターへ落ちた。数字ではなく、点の密度だ。そこでしか、敵の意思は読めない。
〈ゴーシュ〉『ブルロアー、出る』
〈リュウ〉『レイヴン・アイ、出る』
〈ガンモ〉『バッド・バンカー、出る』
〈ポチ〉『ブレイン・モール、出る』
続けて射出されるたび、格納庫の空気が軽くなる。最後に残ったのは、ストレイ・カスタムだった。
赤灯の回転の下で灰色装甲の輪郭が浮き、肩の後ろで薄い翼板がわずかに起きる。内側に収めた刃の形が影からのぞく。
〈ブリッジ〉『風、東。風速三。白帯、封鎖維持』
〈発艦管制〉『右舷、発進系良好』
〈発艦管制〉『右舷カタパルト進路クリア、オールグリーン。VOLK1、発艦せよ』
アキヒトはそこで一度だけ呼吸を止めた。止めたのは怖さじゃない。余計な揺れを切るためだ。
〈アキヒト〉『ストレイ・カスタム、出る』
拘束が解け、視界が一気に開ける。レール終端で機体がわずかに起き、グレイランスの艦影がモニターの下へ流れる。メイン噴射が点火した。
細身のストレイ・カスタムが灰の空間へ飛び出す。照準はぶれない。狙うのは脚。順番だけが、火線の軌跡になる。
窓越しの子どもたちは、黙って見上げていた。
闇を裂くように、RFの噴射光が伸びていく。小さな手が隣の手を探し、見つけると握り直される。
それが、自分たちを守る壁になることを、まだ言葉にできないままでも分かっていた。