灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉 作:青羽 イオ
第80話 鋼鉄の誇り、爆沈
東の空で、“巨大構造物”が灰の雲を割って浮上した――その直後。
グラウバッハ重工・本社ビル最上階、第2会議室。壁一面のホログラムに灰色の地図が浮かび、赤い点が工業都市、青い線が白帯を示していた。東端には、異様な輪郭のシルエットが固定表示されている。
呼び名は定まっていなかった。アストレイアは「灰の黒鳥」、カルディアは「巨大構造物」。グラウバッハは「巨大構造物」で統一する。名を決める前に、対処を決める必要があった。
「アストレイアの鉱山は、完全に沈黙したな」
白髪混じりの重役が顎に手を当て、襟元の旧式戦艦ピンズを光らせた。
「対ドローン戦闘ログは?」
「アストレイア側残存ログより抽出済みです」
技術部長が画面を操作する。灰原に点在する熱源マーカーが、数値つきで拡大された。
「高機動地上ドローン。高度200〜300メートルを旋回する空中ドローン。いずれも小型で高機動だが装甲は薄い。リッターとエレファントなら、十分に殲滅可能と判断します」
「ふむ」
会議卓の上に、バイエルン級陸上戦艦の立体モデルが呼び出された。灰原の上を滑る巨艦のシミュレーションが再生される。
「前衛にRF-18G《リッター》。後衛に肩部240ミリ砲装備のエレファント砲撃部隊を配置する」
「対空自走砲は?」
「工業都市圏内の屋上・高台に分散配置済みです。艦の副砲・近接防空火器と合わせ、多層防空を組みます。電子攪乱を想定し、旧式のアナログ照準も併用する」
年配の役員が笑った。
「結局、戦場を制するのは重装備だ。重RFと大口径砲、そして装甲だ。それが戦場を支配する」
議長席の男が立ち上がる。背後に巨大な艦影のホログラムが広がった。
「その象徴が、バイエルン級陸上戦艦だ。8番艦〈オルデンブルグ〉を旗艦として前線に出す」
会議室がざわめく。
「オルデンブルグを、ですか」
「出すのか」
「過剰戦力では?」
「過剰で結構だ」
議長は言い切った。
「灰から現れた得体の知れん相手に、半端な力は見せられん。ここでわが社の力を示す。リッター、エレファント、そしてバイエルン級。その名を世界に刻みつける」
ホログラムの艦影が、白帯の上を前進し始める。
「防衛戦を開始せよ。この工業都市は、わが社の重要拠点だ。我々の手で守る」
*
灰の空の下、工業都市を取り巻く防衛線はすでに整っていた。
前へ突き出した高炉群と煙突。その足元を縫って白帯が南北に伸び、外周沿いにRF-18G《リッター》が列を作る。従来機より細身でも、胸部と脚部は厚い装甲が重なり、膝下には追加アーマー。140ミリキャノンを構え、灰の地表へ線を引くように立っていた。
背後の高台、工場跡地にはエレファントが肩を並べる。両肩の240ミリ砲塔が仰角を変え、油圧の唸りが鉄骨に伝わった。第二世代機の角ばったフレームに、新しい塗装がところどころ残っている。
ビルの屋上ごとに、対空自走砲の砲塔が頭を出していた。照準手たちは煙の切れ目から空を覗き込み、合図を待つ。
後方から、灰原を踏み分けて進む巨大な艦影。バイエルン級陸上戦艦〈オルデンブルグ〉。
上甲板には51センチ三連装砲塔が二基、段違いに並ぶ。艦尾側にも同型砲塔が二基、左右へ大きく旋回して射界を確保していた。厚い装甲に覆われた艦体が、灰原の上を重く進んでいく。
艦底近くには、踏み固められた灰の帯が細く走っていた。前方で灰が押し固められて硬い筋になり、そこへ履帯が食い込んで鋼鉄の城塞が進む。
側面ハッチには予備のリッターとエレファントが固定され、上甲板には8.8センチ副砲と3センチ機銃座、対空ミサイルランチャーが整列していた。
「主砲、対地射撃用意。副砲・機銃は対空警戒。行軍モードから待機へ移行、出力固定」
ブリッジで艦長が短く命じる。
「ドローンの接近は?」
「レーダーは先のEMPの影響で完全ではありません。光学監視は異常なし。前方哨戒もいまのところ動きはありません」
「いまのところは、か」
艦長は双眼鏡を持ち上げ、外周へ視線を走らせた。
*
最初に異変を捉えたのは、都市南側のリッター中隊だった。
「灰雲の中にかすかな影。高さ6メートル前後、四脚。複数反応、距離600。数は100、いや200以上」
「ドローンだな」
隊長機のパイロットが即答する。
「前衛全機、構え。140ミリ、初弾は徹甲。機動しすぎるな。ラインを守れ」
灰の帳の向こうで打撃音が増す。四脚が地表を蹴るたび、灰と破片が舞い上がった。
「距離300、200。来るぞ!」
最初の一体が煙を割って飛び出した。頑強な胴体にしなる金属脚。頭部には複眼カメラと機関砲。背には不釣り合いなほど大きなコンデンサブロックが載っている。
「撃て!」
リッターの140ミリキャノンが一斉に火を噴いた。重い砲声が重なる。
装甲が割れ火花と油煙が噴いた。
「やれる!」
横合いから回り込んだ一体が、リッターの膝関節に跳びついた。四本の脚が食い込み、内側で炸薬が起爆した。
「脚――っ!」
片膝を折った機体の頭上を、黒い影がかすめた。コウモリのような空中ドローンが旋回し、機銃とロケット弾を浴びせる。弾丸が肩アーマーを叩き、装甲片が灰に散った。
「対空、撃て!」
都市の屋上から対空自走砲が一斉射。曳光が曇天を裂き、火を吹いた機体が落ちた。
生き残りは急角度で火線を外し、ビル影へ潜り込んだ。壁面すれすれに滑り、再び高度を取りながら工場地帯の頭上へ散っていく。
「エレファント、前方扇状に榴弾、撃て!」
高台の砲撃陣地が震えた。240ミリ砲が左右交互に火を噴き、地表を削るように爆炎が走る。数体が吹き飛び、脚が転がり、胴体が灰へ沈んだ。
「命中多数! まだ来るぞ! 減らない!」
灰の中から、燃え残ったフレームごと突っ込んでくる個体が出た。
「前衛、持ちこたえろ! エレファント、発射間隔を詰め――」
通信がノイズで埋まった。“対象”周辺で観測されている電子攪乱が強まっていく。
「目視で照準しろ! 古いやり方だが、できる!」
砲撃指揮所で、声の太い下士官が怒鳴った。
*
オルデンブルグのブリッジに、報告が途切れ途切れに入った。
「リッター前衛、すでに3割損耗!」
「ドローン、一部が都市内部に侵入!」
「エレファントの砲撃陣地にも敵が接近しています!」
「主砲、支援砲撃用意。市街地直近まで許可する。地上ドローンを優先して吹き飛ばせ」
「しかし被害が――」
「ここで抜かれれば、被害が拡大する」
艦長は切って捨てた。
主砲塔が低く唸って旋回する。艦体は工業都市へわずかに斜めを向け、左右の砲塔が側方へ砲身を揃えた。
「主砲一番・二番、照準完了!」
「撃て!」
衝撃音が連続し51センチ砲弾が地表に叩きつけられる。ドローンごと工場の廃躯を吹き飛ばし、残存のリッターが爆炎の隙間を使って後退した。
「砲撃命中しました。しかし数が多すぎます! 敵の進行、止められません!」
戦況表示の赤いマーカーが減らないまま広がっていく。
「空中ドローン、艦に接近。距離500、300!」
「対空砲、全周で迎撃! 副砲も対空優先!」
甲板上の8.8センチ副砲と3センチ機銃座が火を噴く。火花が散り、空中ドローンが尾を引いて落ちた。
それでもいくつかは弾幕の合間を抜けて迫る。
「一番主砲塔上空に機影。複数!」
警告が終わる前に機体が主砲塔の根元へ叩きつけられた。白い閃光、艦体を揺さぶる衝撃。
「一番砲塔、沈黙! 前甲板装甲、局所破断!」
続けざまに対空砲座にも突入が相次ぎ、爆炎と破片が灰色の空へ吹き上がった。
ブリッジの床が傾く。艦長は手すりを掴み外へ目を向けたまま言う。
「このまま止まれば、履帯が抜けなくなる。艦体が沈み込みます」
艦底の「灰の帯」が欠け路面にひび割れが走った。重い艦体が軋みわずかに沈む。
「これ以上は無理だ」
艦長の視界の中で都市の輪郭がドローンと爆炎に飲み込まれていく。リッターの残骸が膝から折れ灰の中に沈んだ。
艦長がかすれた声で命じた。
「記録を本社へ送れ」
オルデンブルグの艦体が内部から歪み、艦首側で白い閃光がふくらむ。次の瞬間、弾薬庫ごと黒い火柱が艦を貫いて噴き上がった。
ひしゃげた装甲板と砲塔が空中にばらまかれた。砕けた艦体は片側へ倒れ込み、地表へ叩きつけられていく。遅れて爆音と衝撃波が押し寄せ、工業都市の外縁まで地面を揺らしていった。
*
「バイエルン級8番艦〈オルデンブルグ〉、爆沈」
本社第2会議室。通信士官の報告が終わるとホログラムの艦影が消えた。
しばらく誰も口を開かない。
技術部の老主任が机上のバイエルン級模型に指を伸ばした。
「あれは、我が社が30年かけて磨き上げた傑作だぞ」
隣の役員が目頭を押さえる。
「主砲の口径も装甲配置も、最後まで妥協しなかったのに」
議長は椅子に沈んで天井を見上げた。頬から血の気が引いていた。
「あれほどの艦を、一戦も勝利に使えんとは」
声が続いた。
「ドローンの群れごときに、バイエルン級を失うとは」
「“群れごとき”ではなかった、ということだ」
別の役員が返した。
「だが、あの艦は我が社の誇りだった。大艦巨砲主義の集大成だぞ」
会議室の空気が重くなる。戦果より、失われた一隻の艦の話が増えていった。
灰の向こうではまだ爆炎がくすぶっている。工業都市を覆っていた防衛線は、ほとんど形を残していなかった。それでも重役たちの視界には、燃え裂ける巨艦の姿だけが残っていた。
――次回、第81話「ルールを変える」へ続く