灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉 作:青羽 イオ
灰霧で遠景はほとんど潰れていた。見えるのは、撃っている方向で瞬く火線と、着弾のたびに白く浮かぶ灰だけだった。
目で追える距離ではない。距離表示と、ポチがドローンから落とす表示を重ねて、ようやく前線の形が分かる。
ヒロは回線で隊を押さえていた。
「来るぞ、削れ!」
合図とともに、VOLKの六機が白帯の境界線近くで広がった。
前に出たのは二機。アキヒトのストレイ・カスタムと、ヒロのヴァルケンストームだった。
ストレイ・カスタムは、踏み込んでくるキーテラの脚をブレードで払う。。
その横で、ヴァルケンストームが半歩遅れて入る。RF用格闘トンファーを短く打ち込み、姿勢の崩れた個体を白帯側から引きはがしていく。二機は並んで突っ込むのではなく、片方が崩し、片方が閉じる。その繰り返しで、白い道へ向かう隙間を潰していた。
左右では、ゴーシュのブルロアーが重い火線を重ねた。百四十ミリキャノンの着弾が灰を跳ね上げ、群れの厚いところを割っていく。
ガンモのバッド・バンカーは、その割れ目に盾を置いた。盾で群れの向きを変えるためではない。突っ込んでくる個体に食いつかせる。
「了解了解。つまり、俺が前で噛まれろってことだな」
ガンモの声には軽さが残っていたが、機体は動かなかった。重盾の縁にキーテラの脚がぶつかり、甲殻の削れる音が回線の奥で濁る。
高所に陣取ったリュウのレイヴン・アイは、戦場のすべてを捉えていた。狙いは二つ。群れの先頭を走る個体と、白帯の側へ抜けようとする個体だけだ。
無駄弾は使わない。一発で倒れなければ、即座に二発目を叩き込む。銃声が響くたび、先頭のキーテラが倒れ、後続がその巨体に乗り上げた。群れの進撃は止まらない。それでも、防衛線へ向かう速度は確実に落ち始めていた。
後方の〈ブレイン・モール〉からは、ポチのドローンが灰霧の中を低く走っている。通信の通り、瓦礫の影、薄くなりそうな隊列の線。必要な場所にだけ表示が浮かび、すぐに消えた。
「右が薄い。三秒後、抜けるかも」
ポチの警告に、ヒロがすぐ返す。
「見えてる。ゴーシュ、右を止めろ。白帯側へ出すな」
「了解。足元を崩す」
ブルロアーの火線が右へ流れ、走り出しかけたキーテラの脚を叩いた。
黒い群れは削られていく。
だが、減ったからといって止まるわけではなかった。脚を飛ばされた個体が、腹を引きずってなお前へ寄る。頭を割られたはずの影が、別の個体に踏まれながら白帯側へ転がる。
頭上では、グレイランスの砲列が灰霧の向こうへ砲撃を続けていた。発射のたびに細い火線が走り、遠くの着弾が灰を一瞬だけ白く照らす。
その光が消えかけた時だった。
砕けた甲殻と砂煙の陰を縫うように、低く這う影がひとつ、グレイランスの方へ滑り出した。
機体の合成音声が、距離だけを告げる。
〔敵一体、接近。距離四十。三十〕
火線の壁がわずかに裂けていた。そこをすり抜けるように、キーテラが爆煙の下を走る。
狙いは子ども区画の方向だった。
食うためなのか、流れを止めるためなのかは分からない。ただ、その先には子どもたちがいる。
ヒロが回線を開いた。
「こっちで取る。アキヒト、前を空けるな」
返事を待たず、ヴァルケンストームがグレイランス側へ出た。
一度目の踏み込みで距離を削る。灰が機体の膝下で跳ね、姿勢制御の噴射が短く鳴った。
二度目はもっと浅い。十三メートルの機体が横へ滑り込み、子ども区画とキーテラの間に立つ。白帯の前に打ち込まれた杭のように、そこで止まった。
キーテラは長い前脚を伸ばし、正面からヴァルケンストームへ食いつく。
ヒロは半盾の縁で前脚を受け、力を横へ逃がす。機体の肩がわずかに沈み、足裏が灰の地面に深く沈んだ。
右腕が動いた。
トンファーの短打が、甲殻の継ぎ目へ入る。斜めに一つ。横に一つ。角度を変えて、もう一つ。火花が散るたび、キーテラの脚がわずかに泳いだ。
「落とす!」
ヴァルケンストームの左腕がキーテラの頭部を押さえ、右手の四十ミリライフルが頸の継ぎ目へ押し当てられる。
短い発砲音。
甲殻の内側で衝撃が膨らみ、キーテラの上体が折れた。胸から肩へ伝わっていた動きが途切れ、長い脚が砂を掻いたまま止まりかける。
それでも、まだ前脚が動いた。
ヒロはトンファーを持ち替え、上から叩き落とした。
先端が頭部装甲に沈み、黒い線が一筋走る。内部の何かが潰れる鈍い音が、機体越しに返ってきた。 同時に、ヴァルケンストームの肩口から排熱が強く噴いた。白い熱が灰を揺らし、薄い煙がすぐに消える。
キーテラの巨体は膝から崩れた。
砂がふっと舞い、すぐに落ち着く。
ラインガード側の観測員が、少し遅れて報告を入れた。
「抜け個体、沈黙。白帯は維持。……今の、かなり近かったな」
「しっかり見てろ」
ヒロの返答は硬かった。
ビーコンの短い光跡が消え、場の輪郭がひと呼吸ぶんだけ静かになる。だが、それは終わりの静けさではない。火線はまだ前で続いている。灰霧の向こうでは、残った群れが別の隙間を探していた。
ヒロは機体を子ども区画の観測窓へ向け直した。
前面のビーコンを二度、短く点滅させる。続けて右手を上げ、二本指を揃えて頭部の横へ軽く添えた。VOLKの挨拶だ。
子どもたちがこちらを見ているかどうかも、確かめない。
すぐに腕を下ろし、ライフルを構え直す。ヴァルケンストームは上体をわずかに戻し、また灰霧の奥へ向かった。
*
ガラスの内側で、サキは窓に押しつけていた指をそっと離した。
自分の手が震えている。
それに気づいて、小さく息を吐く。曇ったパネルを袖で拭うと、外にVOLK‐6の機影が見えた。すぐそこにいる。装甲の輪郭は灰で汚れ、肩口から細い排熱が流れていた。
目が合った、ような気がした。
サキはどうしていいか分からず、ぎこちなく頷いた。外のヒロも、ほんの少しだけ顎を引いた。
すぐに、ヒロの声が回線へ入る。
「全機、引き続きキーテラを殲滅しろ」
最後に残った大型個体は、白帯の外側で何度も姿勢を立て直そうとしていた。
リュウの狙撃が脚の関節を砕く。動きが鈍ったところへ、ゴーシュの火線が甲殻を削った。ガンモの機体が盾を前に出し、突っ込んでくる巨体を正面で受け止める。
その一瞬に、アキヒトが横へ回り込んだ。
刃が胴の継ぎ目に入る。
大型個体は大きく傾き、脚をばらばらに動かしたまま、灰の地面へ沈んだ。しばらく甲殻が震えていたが、やがて動きは止まった。
ヒロが少し間を置いてから言った。
「周囲、敵影なし。全機、白帯を確認しながら帰投する。気を抜くな。終わったと決めるのは、戻ってからだ」
砲声が途切れる。
爆炎の残り火が荒野を照らし、長く伸びていたRFの影も、灰霧の中で少しずつ薄れていった。モニターの向こうに、もう動く敵影は見えない。
各機はひどい状態だった。
装甲には焦げ跡が残り、腕や脚の外装は何枚も剥がれている。ブースターの排熱音は大きく、ところどころで白い蒸気が漏れていた。通信にはまだ雑音が混じり、弾薬残量の警告が赤く点滅している。
RFたちがグレイランスへ戻り、格納庫で灰を洗い落とされるころ、艦内の騒ぎも少しずつ小さくなっていった。泣いていた子どもは、まだ肩を震わせている。別の子は毛布を握りしめたまま、何度も鼻をすすっていた。
サキはその間を回り、声を落として一人ずつ見ていった。
「大丈夫。怖かったね」
大きな泣き声は、やがて細い嗚咽に変わっていく。
静かになったわけではないが、、誰かの声が届くくらいには、艦内が落ち着きはじめていた。
*
食堂に入ると、帰艦直後の張りつめた空気が少しだけ遠のいた。
明るい灯りの下で、湯気が上がっている。温かいスープの匂いが、まだ服や髪に残っている焦げと油の匂いを、ゆっくり薄めていった。
「はい、立ち話はそこまで。座る。まず食べる。話はそれからでいいよ」
割烹着のはるゑが、お玉を鍋の縁に軽く当てた。カン、という音が食堂に響き、あちこちのざわめきが少しほどける。
ヒロは椀を受け取り、一口すすった。熱が喉を通って、胃のあたりへ落ちていく。
「……染みるな」
「そうだろ。生きて帰った人間には、これくらい濃いほうがいいんだよ」
はるゑはそう言いながら、大鍋から次々とスープをよそっていく。卓の上には、温かい椀と、ちぎりやすいように切られたパンが並んだ。
ココロがゴーシュの隣に立ち、椅子の背にそっと手をかける。
「ここ、いい?」
「いいぞ。ただし、パンは半分こな。全部はやらん」
「半分なら、いいよ」
「そこは迷わず取るんだな」
ゴーシュがパンを割ると、焼きたての匂いがふわりと広がった。
向かいの列で、スプーンを両手で握ったままの男の子が、大人たちの方をちらちら見ていた。言いたいことがあるのに、どこまで言っていいのか分からない顔だった。
サキが小さく頷いて見せると、男の子は急に胸の前で両腕を広げた。
「さっきの、いちばん前のロボット。ずっと、どかなかった。あんなに、ばーって来てたのに」
重い盾の形をまねているのだと、すぐに分かった。
卓が一瞬だけ静かになった。誰も、その言葉を笑わなかった。すぐ隣の子が、スプーンを持ったまま続ける。
「灰、すごかった。見えなくなったのに、まだそこにいた」
「細いのが、びゅって飛んでったやつも見た」
「うしろのロボットも、ちゃんとついてきてた。遅れなかった」
言葉はばらばらだった。順番も違う。見ていたものも、たぶんそれぞれ少しずつ違っている。
それでも、子どもたちは真剣だった。
サキは一つずつ頷いた。ココロは少しだけ胸を張る。ヒロは椀に視線を落としたまま、口元だけをわずかにゆるめていた。
ガンモが耳の後ろをかきながら言う。
「それはたぶん、俺だな。ずっとどかなかったやつ」
「うん。大きかった」
「だろ。大きいだけが取り柄だからな」
「大きいの、だいじ」
「お、分かってるな」
小さな笑いが起きた。
けれど、その輪に混ざれない子もいた。サキの椅子の脇にぴったりくっつき、袖をつまんだまま顔を押しつけている。
「……こわかった」
声は小さかった。
サキはすぐに返事をしなかった。大丈夫、と言えば済むものではない気がした。代わりに、空いている手をその子の頭に置く。髪の間に、まだ灰の匂いが残っていた。
「うん。怖かったね」
それだけ言うと、子どもは袖をつまむ指に少し力を入れた。
もうひとり、VOLKの卓から少し離れた席に座っている子がいた。椀の縁をじっと見つめ、笑い声が上がるたびに肩を小さくすくめている。
サキは子どもたちの輪と、その子のあいだに腰を下ろした。椀を配りながら、片手でそっと小さな手を包む。
指先が、ほんの少しだけ動いた。
しばらくして、その子の視線がゆっくりVOLKの卓へ向いた。
「ロボット、みんな、かっこよかった」
ぽつりと落ちた一言に、ヒロの手が椀の上で止まる。
ガンモが、間をつなぐように肩をすくめた。
「ロボットがかっこいいんだよ。中にいるのは、ただの疲れた大人だ」
「疲れた大人も、パン食べる?」
「食べる。すごく食べる」
今度は、はっきり笑いが起きた。卓の空気がもう一段やわらぐ。
けれど、さっきの子はまだヒロの方を見ていた。
「中にいる人も、こわくなかったの?」
おずおずとした問いだった。
ヒロはすぐには答えなかった。椀を置き、子どもたちを一度見渡す。言葉を選んでいるようだった。
「怖いさ」
子どもたちが黙る。
ヒロは少しだけ息を吐いてから、続けた。
「ただ、怖いからって下がったら、帰る場所がなくなる。だから前に立つ。……まあ、そういう仕事だ」
言い終えると、照れを隠すようにスープをもう一口すすった。
椀を抱えた子が、誰に向けたとも分からない声でつぶやく。
「……ありがとう」
VOLKの面々は、少しだけ手を止めた。
けれど誰も、大げさには答えなかった。ゴーシュはパンを口に押し込み、ガンモはスープをすすり、リュウは視線を落としたまま椀を持ち直す。
「はいはい、礼を言うなら食べてからにしな。冷めるよ。よく食べて、ちゃんと寝る。今日はそれが仕事だよ」
はるゑの声に、また笑いが重なった。
食堂は、少しずつ日常の形を取り戻していく。誰かがパンを分け、誰かがスープをこぼし、誰かが毛布を引き寄せる。まだ泣き止めない子もいる。けれど、その泣き声はもう、誰にも責められていなかった。
外では、灰の荒野に残った導光が淡く明滅していた。
格納庫の方から、冷却水の落ちる音が聞こえる。ぽた、ぽた、と床を叩く小さな音。戻ってきたRFの装甲から、灰と熱がゆっくり洗い流されている。
サキは子どもの手を握ったまま、食堂のざわめきを聞いていた。