灰の傭兵と光の園 Ⅰ 〈RF各機、メカイラストあり〉 作:青羽 イオ
灰霧で遠景が潰れ、撃っている方向だけが光で分かる。目視が効かないぶん、ノルンの距離表示とポチのマーキングが頼りだった。
ヒロの指示は短く明確で、迷いを持ち込ませない。
合図とともにVOLKの六機が白帯の境界線付近で展開し、前に出るのはRF‐17SC〈ストレイ・カスタム〉(アキヒト機)とRF‐17C〈ヴァルケンストーム〉(ヒロ機)だった。ストレイ・カスタムが刃で脚を払って流れを止め、ヴァルケンストームはトンファーの短打で姿勢をずらし、白帯から引きはがす。
左右ではゴーシュ機が火線を重ね、バッド・バンカー(ガンモ機)が重盾で角を作って押さえる。高所のレイヴン・アイ(リュウ機)が頭を出して全体を見下ろし、背後ではブレイン・モール(ポチ機)のドローンが地形と通信の通りをなぞって、隊列が薄くなりそうな場所を先回りで示していった。
黒い波は切られ、刻まれ、面ごと削がれていき、白帯へ向かう厚みは目に見えて減っていく。頭上ではグレイランスの砲列が灰霧の向こうへ砲撃を続け、発射のたびに細い火線が走って、着弾の閃光が遠くの灰を一瞬だけ白く照らした。
それでも、砕けた甲殻と砂煙の陰を縫うように、低く這う影がひとつ、白い道の方角へ滑り出す。
〈ノルン〉『抜け個体、接近。距離、四〇、三〇』
火の壁がわずかに裂け、その隙間をすり抜けるようにキーテラが爆煙の下を走る。狙いは子ども区画の方向だった。
〈ヒロ〉「俺が取る」
ヴァルケンストームが子ども区画と敵のあいだに割り込む。
一度、踏み込む。腰の姿勢噴射が短く鳴り、機体の輪郭が一瞬だけ滲んだ。
二度目はさらに短い。尾が細く跳ね、衝撃が脚へ返る前に十三メートルの巨体が前へ滑り込み、白帯の前に打ち込まれた杭のように止まった。
キーテラが正面から一直線に突っ込んでくる。
突きは肩で受け流し、前腕が開く。トンファーが伸び、棍の縁に青白い火が走った。斜め、横、角度を変えた一打を続けて叩き込み、火花が散るたびに継ぎ目の内側へ細い電気の筋が走る。輪郭がぶれて関節のランプが点滅し、足もとが一度だけ泳いだ。
パイルバンカーが低くうなり、芯棒が射出位置までせり上がる。ヒロは間合いを詰める。頸の隙へ押し当て、一気に突き立てた
内側で白い光がはじけ、胸から肩までの駆動音がぶつりと途切れる。
「ここで終わりだ」
上から叩き落とす。トンファーの先端が沈み、頭部装甲が内側へ押しつぶされた。黒い焦げ線が一筋走る。同時に、ヴァルケンストームの排熱が一段跳ねた。肩口の排熱孔が白く揺れ、熱が灰を舐める。乾いた粒が瞬間だけ浮き、薄い煙が短くほどけて消えた。
巨体は膝から崩れ、砂がふっと舞ってすぐに落ち着く。
〈LG観測〉『抜け個体、沈黙。白帯安定』
ビーコンの短い光跡が消え、場の輪郭がひと呼吸ぶんだけ静かになる。
ヒロは機体を子ども区画の観測窓へ向け直し、前面のビーコンを二度、短く点滅させた。続けて右手を上げ、二本指を揃えて頭部の横へ軽く添える――VOLK式の挨拶だ。すぐに腕を下ろし、武装を収め、上体をわずかに傾けてから火線のほうへ戻った。
*
ガラスの内側で、サキは窓に押しつけていた指をそっと離し、震えている自分の手を見て小さく息を吐いた。曇ったパネルを袖で拭うと、VOLK‐6の影がすぐそこにある。
目が合った――気がして、サキはぎこちなく頷いた。外のヒロも、わずかに顎を引く。
〈ヒロ〉「任務は一つ。白帯を守れ。続行」
短い号令が回線に走り、機体はまた火の影へ戻っていく。グレイランスの戦況表示でも、敵影を示す赤い点が目に見えて減っていた。
最後の大型個体は、リュウの狙撃で脚を砕かれ、ゴーシュの火線に削られ、ガンモの盾で押し潰され、アキヒトの刃で胴を断たれる。動きを止め、静かに沈黙するのを見届けて、ヒロの声が落ちた。
〈ヒロ〉『周囲クリア。全機、白帯を守って帰投する』
爆炎が荒野を照らして影が伸び、やがて砲声も途切れて静けさが戻る。灰霧の向こうに敵影はもうない。
各機は装甲に焦げ跡を残し、腕や脚の外装は剥げ落ち、ブースターは唸りを上げながら力なく燻っていた。通信には雑音が混じり、弾薬残量の警告が赤く点滅する。それでも白帯は守られている。
RFたちがグレイランスへ戻り、格納庫で灰を洗い落としたころ、艦内の空気はようやく人の温度へ寄っていった。子どもの泣き声も、サキの落ち着いた声に合わせるように、やがて細い嗚咽へ変わっていく。
*
食堂は、帰艦直後の緊張が嘘のように明るかった。温かいスープの匂いが、焦げと油の匂いをやわらげていく。
「立ち話は終わり! 座って、まずは特製スープだよ!」
割烹着のはるゑがお玉をカンと鳴らし、ざわめきがほどけた。
ヒロは椀を受け取り、一口すすって目を細める。
「……染みる」
「そりゃそうさ。生きて帰った舌には、一番のごちそうだよ」
はるゑは大鍋から次々と盛り付け、卓の上に温かい皿が並んでいく。
ココロがゴーシュの隣に腰を下ろした。
「ここ、いい?」
「いいさ。ただし、半分こだ」
パンがちぎられ、焼きたての匂いがふわりと広がる。
向かいの列で、スプーンを両手で握ったままの男の子が、ちらちらと大人たちのほうを見ていた。
「さっきの、いちばん前のロボット。ずうっと、どかなかった! すごかった」
胸の前で両腕をぐっと広げる。重い盾の形だと、誰の目にも分かる。卓が一瞬静かになって、すぐに笑いが戻った。
ヒロは箸を止め、言葉を一つだけ選ぶ。
「そりゃ、どかないさ。任務だからな」
女の子も続ける。
「灰、ばーってなってたのに……あそこで止まっててくれた」
あちこちから声が上がる。
「細いのが、びゅって飛んでったやつも」
「いちばんうしろのロボットも、ちゃんとついてきてた」
拙いのに真剣な報告に、サキは頷き、ココロは少しだけ胸を張る。ヒロは椀のほうへ視線を落としたまま、口元だけがわずかにゆるんでいた。
一方で、騒ぎに混ざれない小さな背中がある。サキの椅子の脇にぴったりくっつき、袖をつまんだまま顔を押しつけていた。
「……こわかった」
声は小さく、サキだけが気づいて、言葉を返さず頭に手を置く。
もうひとりの子はVOLKの卓から少し離れた席にぽつんと座り、椀のふちをじっと見つめていた。笑い声が上がるたび、肩がかすかにすくむ。サキは子どもたちの輪とその子のあいだに腰を下ろし、器を配りながら片手で小さな手をやさしく握った。
小さな指先がほんの少しだけ動き、やがて視線がゆっくりVOLKの卓のほうへ向く。
「ロボット、みんな、かっこよかった」
ぽつりと落ちた一言に、ヒロの手が椀の上でわずかに止まる。
間をつなぐように、ガンモが耳のうしろをかきながらぼそりとつぶやいた。
「……ロボットがかっこいいんだよ。中身は、ただの働き者さ」
くすくす笑いが伝染し、卓の空気がもう一段やわらぐ。
「でも、中にいるひとも、こわくなかったの?」
おずおずと向けられた問いに、ヒロは子どもたちを見渡し、短く答える。
「こわかったさ。でも、ちゃんと帰ってくるために、前に立つ」
言い終えると、照れを隠すようにスープをもう一口すすった。
椀を抱えた子が、誰に向けたとも知れない声でこぼす。
「……ありがとう」
VOLKの面々は顔を上げず、静かに食事を進めていた。言葉にしないままでも、ここへ戻ってきたことだけで十分だと知っているみたいに。
「よく食べて、生きて帰んな!」
はるゑの口癖に笑いが重なり、食堂はいつの間にか日常の色へ戻っていった。
外では、灰の荒野に浮かぶ導光が一度だけ淡く明滅する。冷却水がぽたぽたと落ち、床に小さな輪をいくつも描いていた。
ざわめきは少しずつ遠のき、今は毛布のこすれる音だけが静かに残る。
道は持ち、杭は折れずに立っている。それだけで、今日は十分だった。