灰の傭兵と光の園 〈RF各機、メカイラストあり〉   作:青羽 イオ

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第9話 杭になる

 灰霧で遠景はほとんど潰れていた。見えるのは、撃っている方向で瞬く火線と、着弾のたびに白く浮かぶ灰だけだった。

 

 目で追える距離ではない。距離表示と、ポチがドローンから落とす表示を重ねて、ようやく前線の形が分かる。

 

 ヒロは回線で隊を押さえていた。

 

「来るぞ、削れ!」

 

 合図とともに、VOLKの六機が白帯の境界線近くで広がった。

 

 前に出たのは二機。アキヒトのストレイ・カスタムと、ヒロのヴァルケンストームだった。

 

 ストレイ・カスタムは、踏み込んでくるキーテラの脚をブレードで払う。。

 

 その横で、ヴァルケンストームが半歩遅れて入る。RF用格闘トンファーを短く打ち込み、姿勢の崩れた個体を白帯側から引きはがしていく。二機は並んで突っ込むのではなく、片方が崩し、片方が閉じる。その繰り返しで、白い道へ向かう隙間を潰していた。

 

 左右では、ゴーシュのブルロアーが重い火線を重ねた。百四十ミリキャノンの着弾が灰を跳ね上げ、群れの厚いところを割っていく。

 

 ガンモのバッド・バンカーは、その割れ目に盾を置いた。盾で群れの向きを変えるためではない。突っ込んでくる個体に食いつかせる。

 

「了解了解。つまり、俺が前で噛まれろってことだな」

 

 ガンモの声には軽さが残っていたが、機体は動かなかった。重盾の縁にキーテラの脚がぶつかり、甲殻の削れる音が回線の奥で濁る。

 

 高所に陣取ったリュウのレイヴン・アイは、戦場のすべてを捉えていた。狙いは二つ。群れの先頭を走る個体と、白帯の側へ抜けようとする個体だけだ。

 

 無駄弾は使わない。一発で倒れなければ、即座に二発目を叩き込む。銃声が響くたび、先頭のキーテラが倒れ、後続がその巨体に乗り上げた。群れの進撃は止まらない。それでも、防衛線へ向かう速度は確実に落ち始めていた。

 

 後方の〈ブレイン・モール〉からは、ポチのドローンが灰霧の中を低く走っている。通信の通り、瓦礫の影、薄くなりそうな隊列の線。必要な場所にだけ表示が浮かび、すぐに消えた。

 

「右が薄い。三秒後、抜けるかも」

 

 ポチの警告に、ヒロがすぐ返す。

 

「見えてる。ゴーシュ、右を止めろ。白帯側へ出すな」

 

「了解。足元を崩す」

 

 ブルロアーの火線が右へ流れ、走り出しかけたキーテラの脚を叩いた。

 

 黒い群れは削られていく。

 

 だが、減ったからといって止まるわけではなかった。脚を飛ばされた個体が、腹を引きずってなお前へ寄る。頭を割られたはずの影が、別の個体に踏まれながら白帯側へ転がる。

 

 頭上では、グレイランスの砲列が灰霧の向こうへ砲撃を続けていた。発射のたびに細い火線が走り、遠くの着弾が灰を一瞬だけ白く照らす。

 

 その光が消えかけた時だった。

 

 砕けた甲殻と砂煙の陰を縫うように、低く這う影がひとつ、グレイランスの方へ滑り出した。

 

 機体の合成音声が、距離だけを告げる。

 

〔敵一体、接近。距離四十。三十〕

 

 火線の壁がわずかに裂けていた。そこをすり抜けるように、キーテラが爆煙の下を走る。

 

 狙いは子ども区画の方向だった。

 

 食うためなのか、流れを止めるためなのかは分からない。ただ、その先には子どもたちがいる。

 

 ヒロが回線を開いた。

 

「こっちで取る。アキヒト、前を空けるな」

 

 返事を待たず、ヴァルケンストームがグレイランス側へ出た。

 

 一度目の踏み込みで距離を削る。灰が機体の膝下で跳ね、姿勢制御の噴射が短く鳴った。

 

 二度目はもっと浅い。十三メートルの機体が横へ滑り込み、子ども区画とキーテラの間に立つ。白帯の前に打ち込まれた杭のように、そこで止まった。

 

 キーテラは長い前脚を伸ばし、正面からヴァルケンストームへ食いつく。

 

 ヒロは半盾の縁で前脚を受け、力を横へ逃がす。機体の肩がわずかに沈み、足裏が灰の地面に深く沈んだ。

 

 右腕が動いた。

 

 トンファーの短打が、甲殻の継ぎ目へ入る。斜めに一つ。横に一つ。角度を変えて、もう一つ。火花が散るたび、キーテラの脚がわずかに泳いだ。

 

「落とす!」

 

 ヴァルケンストームの左腕がキーテラの頭部を押さえ、右手の四十ミリライフルが頸の継ぎ目へ押し当てられる。

 

 短い発砲音。

 

 甲殻の内側で衝撃が膨らみ、キーテラの上体が折れた。胸から肩へ伝わっていた動きが途切れ、長い脚が砂を掻いたまま止まりかける。

 

 それでも、まだ前脚が動いた。

 

 ヒロはトンファーを持ち替え、上から叩き落とした。

 

 先端が頭部装甲に沈み、黒い線が一筋走る。内部の何かが潰れる鈍い音が、機体越しに返ってきた。 同時に、ヴァルケンストームの肩口から排熱が強く噴いた。白い熱が灰を揺らし、薄い煙がすぐに消える。

 

 キーテラの巨体は膝から崩れた。

 

 砂がふっと舞い、すぐに落ち着く。

 

 ラインガード側の観測員が、少し遅れて報告を入れた。

 

「抜け個体、沈黙。白帯は維持。……今の、かなり近かったな」

 

「しっかり見てろ」

 

 ヒロの返答は硬かった。

 

 ビーコンの短い光跡が消え、場の輪郭がひと呼吸ぶんだけ静かになる。だが、それは終わりの静けさではない。火線はまだ前で続いている。灰霧の向こうでは、残った群れが別の隙間を探していた。

 

 ヒロは機体を子ども区画の観測窓へ向け直した。

 

 前面のビーコンを二度、短く点滅させる。続けて右手を上げ、二本指を揃えて頭部の横へ軽く添えた。VOLKの挨拶だ。

 

 子どもたちがこちらを見ているかどうかも、確かめない。

 

 すぐに腕を下ろし、ライフルを構え直す。ヴァルケンストームは上体をわずかに戻し、また灰霧の奥へ向かった。

 

 

 *

 

 ガラスの内側で、サキは窓に押しつけていた指をそっと離した。

 

 自分の手が震えている。

 

 それに気づいて、小さく息を吐く。曇ったパネルを袖で拭うと、外にVOLK‐6の機影が見えた。すぐそこにいる。装甲の輪郭は灰で汚れ、肩口から細い排熱が流れていた。

 

 目が合った、ような気がした。

 

 サキはどうしていいか分からず、ぎこちなく頷いた。外のヒロも、ほんの少しだけ顎を引いた。

 

 すぐに、ヒロの声が回線へ入る。

 

「全機、引き続きキーテラを殲滅しろ」

 

 最後に残った大型個体は、白帯の外側で何度も姿勢を立て直そうとしていた。

 

 リュウの狙撃が脚の関節を砕く。動きが鈍ったところへ、ゴーシュの火線が甲殻を削った。ガンモの機体が盾を前に出し、突っ込んでくる巨体を正面で受け止める。

 

 その一瞬に、アキヒトが横へ回り込んだ。

 

 刃が胴の継ぎ目に入る。

 

 大型個体は大きく傾き、脚をばらばらに動かしたまま、灰の地面へ沈んだ。しばらく甲殻が震えていたが、やがて動きは止まった。

 

 ヒロが少し間を置いてから言った。

 

「周囲、敵影なし。全機、白帯を確認しながら帰投する。気を抜くな。終わったと決めるのは、戻ってからだ」

 

 砲声が途切れる。

 

 爆炎の残り火が荒野を照らし、長く伸びていたRFの影も、灰霧の中で少しずつ薄れていった。モニターの向こうに、もう動く敵影は見えない。

 

 各機はひどい状態だった。

 

 装甲には焦げ跡が残り、腕や脚の外装は何枚も剥がれている。ブースターの排熱音は大きく、ところどころで白い蒸気が漏れていた。通信にはまだ雑音が混じり、弾薬残量の警告が赤く点滅している。

 

 RFたちがグレイランスへ戻り、格納庫で灰を洗い落とされるころ、艦内の騒ぎも少しずつ小さくなっていった。泣いていた子どもは、まだ肩を震わせている。別の子は毛布を握りしめたまま、何度も鼻をすすっていた。

 

 サキはその間を回り、声を落として一人ずつ見ていった。

 

「大丈夫。怖かったね」

 

 大きな泣き声は、やがて細い嗚咽に変わっていく。

 

 静かになったわけではないが、、誰かの声が届くくらいには、艦内が落ち着きはじめていた。

 

 

 *

 

 食堂に入ると、帰艦直後の張りつめた空気が少しだけ遠のいた。

 

 明るい灯りの下で、湯気が上がっている。温かいスープの匂いが、まだ服や髪に残っている焦げと油の匂いを、ゆっくり薄めていった。

 

「はい、立ち話はそこまで。座る。まず食べる。話はそれからでいいよ」

 

 割烹着のはるゑが、お玉を鍋の縁に軽く当てた。カン、という音が食堂に響き、あちこちのざわめきが少しほどける。

 

 ヒロは椀を受け取り、一口すすった。熱が喉を通って、胃のあたりへ落ちていく。

 

「……染みるな」

 

「そうだろ。生きて帰った人間には、これくらい濃いほうがいいんだよ」

 

 はるゑはそう言いながら、大鍋から次々とスープをよそっていく。卓の上には、温かい椀と、ちぎりやすいように切られたパンが並んだ。

 

 ココロがゴーシュの隣に立ち、椅子の背にそっと手をかける。

 

「ここ、いい?」

 

「いいぞ。ただし、パンは半分こな。全部はやらん」

 

「半分なら、いいよ」

 

「そこは迷わず取るんだな」

 

 ゴーシュがパンを割ると、焼きたての匂いがふわりと広がった。

 

 向かいの列で、スプーンを両手で握ったままの男の子が、大人たちの方をちらちら見ていた。言いたいことがあるのに、どこまで言っていいのか分からない顔だった。

 

 サキが小さく頷いて見せると、男の子は急に胸の前で両腕を広げた。

 

「さっきの、いちばん前のロボット。ずっと、どかなかった。あんなに、ばーって来てたのに」

 

 重い盾の形をまねているのだと、すぐに分かった。

 

 卓が一瞬だけ静かになった。誰も、その言葉を笑わなかった。すぐ隣の子が、スプーンを持ったまま続ける。

 

「灰、すごかった。見えなくなったのに、まだそこにいた」

 

「細いのが、びゅって飛んでったやつも見た」

 

「うしろのロボットも、ちゃんとついてきてた。遅れなかった」

 

 言葉はばらばらだった。順番も違う。見ていたものも、たぶんそれぞれ少しずつ違っている。

 

 それでも、子どもたちは真剣だった。

 

 サキは一つずつ頷いた。ココロは少しだけ胸を張る。ヒロは椀に視線を落としたまま、口元だけをわずかにゆるめていた。

 

 ガンモが耳の後ろをかきながら言う。

 

「それはたぶん、俺だな。ずっとどかなかったやつ」

 

「うん。大きかった」

 

「だろ。大きいだけが取り柄だからな」

 

「大きいの、だいじ」

 

「お、分かってるな」

 

 小さな笑いが起きた。

 

 けれど、その輪に混ざれない子もいた。サキの椅子の脇にぴったりくっつき、袖をつまんだまま顔を押しつけている。

 

「……こわかった」

 

 声は小さかった。

 

 サキはすぐに返事をしなかった。大丈夫、と言えば済むものではない気がした。代わりに、空いている手をその子の頭に置く。髪の間に、まだ灰の匂いが残っていた。

 

「うん。怖かったね」

 

 それだけ言うと、子どもは袖をつまむ指に少し力を入れた。

 

 もうひとり、VOLKの卓から少し離れた席に座っている子がいた。椀の縁をじっと見つめ、笑い声が上がるたびに肩を小さくすくめている。

 

 サキは子どもたちの輪と、その子のあいだに腰を下ろした。椀を配りながら、片手でそっと小さな手を包む。

 

 指先が、ほんの少しだけ動いた。

 

 しばらくして、その子の視線がゆっくりVOLKの卓へ向いた。

 

「ロボット、みんな、かっこよかった」

 

 ぽつりと落ちた一言に、ヒロの手が椀の上で止まる。

 

 ガンモが、間をつなぐように肩をすくめた。

 

「ロボットがかっこいいんだよ。中にいるのは、ただの疲れた大人だ」

 

「疲れた大人も、パン食べる?」

 

「食べる。すごく食べる」

 

 今度は、はっきり笑いが起きた。卓の空気がもう一段やわらぐ。

 

 けれど、さっきの子はまだヒロの方を見ていた。

 

「中にいる人も、こわくなかったの?」

 

 おずおずとした問いだった。

 

 ヒロはすぐには答えなかった。椀を置き、子どもたちを一度見渡す。言葉を選んでいるようだった。

 

「怖いさ」

 

 子どもたちが黙る。

 

 ヒロは少しだけ息を吐いてから、続けた。

 

「ただ、怖いからって下がったら、帰る場所がなくなる。だから前に立つ。……まあ、そういう仕事だ」

 

 言い終えると、照れを隠すようにスープをもう一口すすった。

 

 椀を抱えた子が、誰に向けたとも分からない声でつぶやく。

 

「……ありがとう」

 

 VOLKの面々は、少しだけ手を止めた。

 

 けれど誰も、大げさには答えなかった。ゴーシュはパンを口に押し込み、ガンモはスープをすすり、リュウは視線を落としたまま椀を持ち直す。

 

「はいはい、礼を言うなら食べてからにしな。冷めるよ。よく食べて、ちゃんと寝る。今日はそれが仕事だよ」

 

 はるゑの声に、また笑いが重なった。

 

 食堂は、少しずつ日常の形を取り戻していく。誰かがパンを分け、誰かがスープをこぼし、誰かが毛布を引き寄せる。まだ泣き止めない子もいる。けれど、その泣き声はもう、誰にも責められていなかった。

 

 外では、灰の荒野に残った導光が淡く明滅していた。

 

 格納庫の方から、冷却水の落ちる音が聞こえる。ぽた、ぽた、と床を叩く小さな音。戻ってきたRFの装甲から、灰と熱がゆっくり洗い流されている。

 

 サキは子どもの手を握ったまま、食堂のざわめきを聞いていた。

 

 

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