軽口ばかりの魔術師が、私を救う白銀の守護獣だったなんて〜婚約破棄された聖女は、死に戻りの果て、人外の彼に溺愛される〜   作:鈍色シロップ

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「……そのようなものは、知りませんな」

 

広間脇の控室にいたマルクに、小部屋で見つけた薄い冊子を突きつけても、彼は顔色ひとつ変えなかった。

中身は、品名とも数ともつかない短い書き込みが、走るような字で並んでいるだけだ。

なにを示しているのか、ひと目でわかるはずもない――そう高をくくっているのだろう。

実際、そのとおりなのだけれど。

 

(わざわざ隠していたから怪しい、ってだけなのよね……)

 

せめて少しくらいは反応してくれるかも、と思っていた私は、次にどう言おうか迷ってしまう。

すると、フェルが一歩進み出た。

 

「澄ました顔をしているけれど……いいのかい? 僕たちは、これが『なにを意味するのか』知ったうえで、わざわざ君に見せている」

 

そんな大胆なことを、さらりと言ってのけた。

マルクの片眉が吊り上がる。

 

(もちろん、意味なんてなにも知らないのだけれど……詳しく聞かれたら、どうするつもりなのかしら)

 

フェルはたたみかける。

 

「君がしらを切るなら、それでも構わない。そのまま神殿長にでも見せるだけさ。誰がなんのために、こんなものを残したのか……きちんと説明しながらね」

 

「……」

 

目を細めたマルクは、こちらを睨んでいるというより、なにかを計るように黙り込んでいた。

やがて、表情を崩さないまま口を開く。

 

「好きにするがよかろう。神殿長が取り合うはずもありませんからな。……とはいえ、わざわざ私に見せに来た理由ぐらいは、お聞かせいただいても?」

 

(……やっぱり。気にしている時点で、無関係なはずがないわ)

 

フェルがどう返すのか、固唾を飲んで見守る。

彼は、軽く腕を組んだ。

 

「そんなに構える話じゃないよ。君の管理する封印庫の鍵を、少し借りたいだけさ。……初代聖女にまつわる古い品を見たいんだ」

 

「……初代聖女だと?」

 

マルクが低く返す。

 

「確かに、封印庫には初代聖女ゆかりの品もございますが……そんなもの、ラグレイン家にも残っておりましょう。立ち入る理由にはなりませんな」

 

ゆっくりと首を横に振る。

その返しに、フェルが小さく笑った。

 

「なにか理由があったから、そのゆかりの品は神殿で保管されることになったんじゃないかな。……それに、君が認めるかどうかは、もう関係ないんだよ」

 

そう言って、私の持つ冊子を指先で示す。

 

「君、祭具や消耗品も取りまとめているんだって? おおかた……横流しで、小遣い稼ぎでもしていたってところかな。この冊子が、その証拠だ。他の神官たちも、薄々おかしいと思っていたみたいだね」

 

「ふん、でたらめを。愚鈍な連中に見抜けるわけが――」

 

はっとしたように、マルクが口をつぐむ。

もちろん、横流しの話も他の神官たちの話も、ただのかまかけだ。

 

(でも……図星だったようね)

 

短い沈黙が落ちる。マルクは目を伏せ、何かを飲み込むように唇を引き結んだ。

それから腰のあたりを探り、じゃらりと鍵束を取り出す。

 

「突然、初代聖女についてなど……なんの気まぐれか知りませぬが、定例の儀まで時間がないことは――おわかりのうえでしょうな?」

 

マルクが鍵束に手をかざすと、鍵がひとつだけ淡く輝く。光は、すぐにほどけるように消えた。

それを金属の輪から外すと、こちらに差し出す。

 

「わかってるよ。少し見たらすぐ戻るから……余計な心配をかけないように、このことは内緒にしておいてね。……僕たちもちゃんと、君のことは黙っておくから」

 

鍵を受け取ったフェルが、「急ごう、エステア」と私を促す。

 

「ええ。……感謝いたしますわ、マルク様」

 

一礼して、踵を返す。

最後に見たマルクの顔は、さっきまでの苦い色を消して、妙に落ち着いていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

書庫の神官に、急ぎで確かめなければならないことがあると伝えて、奥書庫の鍵を開けてもらう。

なかに入り、壁に掛けられた覆い付きの灯りを手に取ると、すぐに封印庫へ続く扉へと向かった。

 

「へえ、こんなところに保管していたなんてね」

 

フェルは感心したように漏らす。

 

「あんまり神殿には興味なかったからなぁ。いったい、初代のなにが収められているんだか」

 

その扉の鍵を開けると、すぐ目の前に下へ降りる階段があった。

念のため、扉を閉めて鍵をかけ直す。

それから、灯りを手にしたフェルが先に進み、私もあとに続いた。

 

階段は思ったより長く、灯りの届く先にはしばらく石壁しか見えなかった。

やがて、下りきった先に部屋らしい空間が現れた。

フェルの灯りが揺れるたび、壁際に並ぶ古い箱や棚がぼんやり浮かび上がる。

祭祀や儀礼で使う品々が保管されているとは聞いていたけれど、棚には見覚えのある道具もいくつか並んでいた。

 

(これが封印庫……)

 

ふいに、前を行くフェルが足を止める。

なんだろう、と脇から覗き込む。

部屋のいちばん奥、灯りの先には石の台座があり、その上になにかが置かれていた。

もしかしてこれが、初代の遺品なのだろうか。

そう思って、彼の顔を見上げると――灯りに照らされた表情からは、いつもの軽さが一切消えていた。

 

「……そうか。ここにあったんだね」

 

フェルは小さく呟く。まるで、懐かしむような声で。

そのまま腕を伸ばし、台座を照らすように灯りを掲げた。

 

「ここにあるのは、初代が封印の力の依代として使っていた――鏡だよ」

 

台座まで一緒に近づく。

灯りのなかで浮かび上がったのは、銀の縁取りを施された円い鏡だった。

下部には小さな輪がひとつあり、日用品というより、儀式に用いる祭具めいて見える。

 

「初代が鏡を使っていたなんて、聞いたこともないし……記録にも見当たらなかったわ」

 

「鏡自体が特別だったわけじゃないからね。わざわざ記録に残す必要はないと思ったのかも。でも――」

 

フェルは空いた手で懐を探ると、初代の髪飾りを取り出す。

すると、呼応するように……髪飾りと鏡が、淡く白い光を帯びはじめた。

 

「本当に……初代の遺品なのね」

 

ごくりと喉が鳴る。

記録にすら残っていなかった初代にまつわることが、少しずつ明らかになっていく。

しかも、そのたびに傍らにいるフェルの存在まで、いっそう謎めいていく気がした。

 

(初代の髪飾りを持っていたのもそうだけれど……この鏡のことも、知っているような反応だったわ)

 

けれど、いまここでその理由を聞くことはできない。

時間がないことはもちろんだけれど、それよりも。

 

――『いまは、僕を信じてほしい』

 

彼はあの時、私にまっすぐそう言った。

だから、自分から話してくれるまで待つしかなかった。

 

フェルは台座の端に灯りを置く。

揺れていた光が落ち着き、鏡の縁をぼんやりと照らした。

 

「エステア」

 

フェルは鏡から目を逸らさず、声をかけてきた。

 

「この鏡には、まだ初代の封印の力が残っている。髪飾りより、ずっと強い力がね。いまから――それをすべて、髪飾りに移す」

 

「移すって……そんなこと、できるの?」

 

「できる。ただ、少し時間が必要だから……ちょっと待っててね」

 

それだけ言うともかく、フェルはそれきり口を開かなかった。

力を移すのに集中しているのだろう。

終わったらすぐ巻き戻れるよう、懐の中の小瓶の感触を確かめておく。

 

(鍵はかけてきたから、見張りの必要もないし……もう、私にできることはないわね)

 

なんとなく、鏡のほうに目をやる。

少し回り込んで裏側を覗き込むと、淡い光と灯りの逆光のなかに、中央の大きな花と、それを囲むような小さな花の銀細工が浮かび上がった。

髪飾りによく似た意匠だった。

 

フェルが手にしている髪飾りを身につけ、この鏡を使っていたという初代聖女。

大いなる災いを封じるため、若くして命を落としたという。

だからいまのラグレイン家も、その人の直系というわけではない。

残されているのは簡単な絵ばかりで……それでもなぜだか、どんな人だったのか朧げに思い描ける気がした。

 

そのまま、ちらりとフェルの顔のほうを見てみる。

真剣そのものな表情は、さっきまでの彼とは別人みたいで……灯りに照らされた顔立ちまで妙に綺麗に見えて、不覚にもどきりとしてしまった。

思わず目を逸らす。

 

(私ったら、こんな時になにを考えているのよ……だいたい、本当はこの人かなりの年上で、いまじゃ正体すらも怪しいし……)

 

頭を軽く振って、雑念を追い払う。

もともと目を引く容姿をしているのだから、つい一瞬そう思ってしまっただけだ。

大人しく、フェルの後ろへ戻る。

 

なんとなく、上はいまごろどうなっているか気になった。

封印の間にも現れず、定例の儀の直前になっても私の姿が見当たらないと、多少の騒ぎにはなっているかもしれない。

マルクは私たちが封印庫に行ったことを黙っているとは思うけれど、神殿内を手当たり次第探していれば、いずれはここも見つかるだろう。

 

(できれば、その前に巻き戻りたいところだわ……フェルはいつまでかかるのかしら)

 

――そんなことを考えていた時だった。

ふいに、上のほうで鈍い音がした。

鍵をかけたはずの、重い扉が開いた音だ。

はっと顔を上げ、振り返る。

 

次の瞬間、階段を駆け降りてくる足音が響いた。

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