軽口ばかりの魔術師が、私を救う白銀の守護獣だったなんて〜婚約破棄された聖女は、死に戻りの果て、人外の彼に溺愛される〜   作:鈍色シロップ

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「それで……鏡の力は、髪飾りに移せたの?」

 

自室にフェルを連れて戻るなり、単刀直入にそう聞く。

彼は口元を緩めた。

 

「うん、思ったより時間がかかったみたいだけれどね。僕が気づいた時には、もう巻き戻っていたから……また自分で小瓶を飲んだんだろう?」

 

どうやらフェルは本当に、セオドリクたちが封印庫まで来ていたことにも気づいていないようだった。

 

「そのあたりのことは、あとで話すわ。……でも、ちゃんと移せたのならよかった。そうなると……改めて、段取りを考えなくてはならないわね」

 

「段取り?」

 

「ええ……初代の力を移すのに時間がかかるなら、朝一番に冊子を取りに行って、マルクから鍵を借りるのがいいでしょうし……けれど彼をそのまま放っておくと、セオドリクに告げ口されてしまうし……」

 

額に指を当てて考え込んでいると、フェルが「ああ、そういうこと」と軽い調子で言った。

 

「それはもう、気にしないで大丈夫だよ。移した力は、そのまま残っているみたいだから」

 

「――えっ?」

 

すぐには意味が飲み込めず、眉をひそめてフェルを見つめる。

彼は懐から、初代の髪飾りを取り出した。

 

「巻き戻ってすぐ、部屋まで取りに行ってさ。触れた時に、気づいたんだ。もしかしたら、僕の魔力を通して力を移したからかもね。僕たちの記憶だってずっと残っているし、似たようなものなのかも」

 

「それはそうだけど……残ったままだなんて、本当にわかるの?」

 

フェルがわかると言うならそうなんだろうけれど、いまいち信じきれなくて……確認のつもりでそう尋ねる。

彼はふっと、遠い目をした。

 

「……わかるよ」

 

微笑むでもなく、懐かしむでもなく――どこか寂しげなその表情に、なぜだか胸が痛んだ。

 

(薄々気づいてはいたけれど……フェルは、初代にまつわる話になると、時折こんな顔をする。まるで――初代本人を知っているみたいに)

 

何百年も昔の人と、そんな関わりがあるはずがない。

私の考えが、突拍子もないだけかもしれない。

それでも……直接確かめずにはいられなかった。

 

「ねぇ、フェル……あなたは、何者なの? その髪飾りもそうだけれど、初代となにか関係があるの?」

 

「……」

 

フェルは手のなかの髪飾りを懐に戻し、小さく息を吐いた。

 

「やっぱり……まだ、僕のこと信じられない?」

 

「そっ……そうじゃないの! そうじゃなくて、ただ――」

 

その先が続かない。言葉がうまく出てこない。

フェルのことは、もちろん信じている。

話したくないのなら、無理に聞き出すべきじゃないって、わかってはいる。

 

それなのに……先ほどの彼の表情が、妙に頭から離れなくて。

胸の奥が、締めつけられるように苦しくて。

思わず、彼のローブの袖を強く摘んだ。

 

「エステア……」

 

私の名を呟いたその顔が見られなくて、目を伏せる。

自分がどんな顔をしているのかもわからない。

短い沈黙が落ちる。先に口を開いたのは――フェルだった。

 

「……意地悪するつもりはなかったんだ。ただ――どう受け取られるか、わからなくて」

 

フェルは私の両肩に手をかけると、寝台の端に座るように促してきた。

彼の袖から指先を離す。なぜだか少し、名残惜しかった。

向かいの椅子に腰かけたフェルは、軽く腕を組む。

 

「誰にも言うつもりはなかった。封印さえ保てれば……彼女との()()さえ守れれば、それでよかった」

 

彼の目は、ひどく穏やかだった。

大事な話だから姿勢を正すべきなのに、なぜだかその顔に見入ってしまった。

 

「僕は……人間じゃない。もちろん魔術師でもないし、彼女――初代は、勝手にこう呼んでいたよ。『守護獣』……とね」

 

「守護……獣……?」

 

聞きなれない言葉に、つい繰り返す。

 

(守護する、獣……ってことかしら)

 

獣。その言葉に、ある光景が蘇る。

巻き戻りに気づく前、最初に見たあの夢。

狼にも獅子にも見える大きな獣が、長い髪の女性のそばにいた。

 

「……あ」

 

もしかして、あれは……フェルと初代聖女だったのだろうか。

なぜそんな夢を見たのかは、わからないけれど。

私は黙って、話の続きを聞いた。

 

「その前は、人間たちから『魔獣』と呼ばれていたらしいけれど……あまり興味はなくてね。気がつけばこの世界にいて、周囲の魔素(マナ)を取り込みながら気楽に生きていたよ。いまより少し縄張り意識が強くて、通りかかる人間を追い払ってはいたけれどね」

 

あはは、と軽く笑いながら語る姿が、その物騒な内容と結びつかなくて。

どうしても、いま目の前にいるフェルの話とは思えなかった。

 

「人間たちにとっては、それがずいぶん迷惑だったらしくてね。ある日突然、初代が僕のもとへやって来たのさ。『人を襲うのはいけませんよ』ってね」

 

「初代が……? 最初から聖女だった、ってわけじゃないのよね?」

 

「まあ、変わった力を持った人間……って感じだったかな。僕をなんとかできないか、頼まれたみたい。当時はそれがうっとうしくてね。無視したり、威嚇して脅したり……最後は、大怪我をさせて殺しかけた」

 

「えっ……」

 

「でも結局、返り討ちさ。初代は、そこで初めて本気で僕を封じにきた。身体ごと縛られて、さすがに終わったと思ったよ。……なのに、途中でやめたんだ。人を襲わないこと、縄張りを狭めること――代わりに、あなたが退屈しないよう私が遊びに来ますから、ってね」

 

「……」

 

初代の首元の傷は、大いなる災いを封じた時に負ったものだと伝えられていた。

でも、本当は違った。

それは……フェルが残した傷だったのだ。

 

「それから、色々あった。良くも悪くもしつこかったからね、初代は。……まあ、嫌いじゃなかったよ」

 

そこで、わずかに顔つきが険しくなる。

 

「やがて……この国の人間たちが、謎の病に倒れるようになった。その病をもたらした黒き存在は――いつしか『大いなる災い』と呼ばれるようになった」

 

「大いなる災いは……病で、この地を苦しめていたのね」

 

「初代は、そいつを封じようとした。僕も一緒に行って、どうにか押さえた。なんとか封印はできたんだけれど……彼女は、そのまま命を落とした」

 

フェルの話は、ほとんど夢のとおりの内容だった。

長い髪の女性――初代は、黒く鋭い棘のようなものに身体を貫かれた。

 

「それで、最期に約束したんだ。彼女が遺した封印と、その意志を継いだラグレイン家は、僕が見守るって。だから、代々の聖女も……エステア。君のこともね」

 

遥か遠い過去を見ていたフェルの目が、ふいに私へ向けられて……息が詰まった。

どうして彼が、ずっと私を助けようとしてくれていたのか、ようやく腑に落ちた。

初代との最期の約束……それが彼にとってどんなに重かったのか、考えるだけでやりきれなくなる。

 

「僕の話は、これで終わり。こうして人の姿をとっているのも、魔術師として振る舞っていたのも、なるべく怪しまれずにラグレイン家のすぐそばにいたかったから」

 

そこでフェルは、肩をすくめる。

 

「まっ、最初から無理のある話だから……自分でも胡散臭いだろうなとは思っていたけれどね。君にまで、怪しいって言われたし」

 

「そんなこと……言ったけれど……」

 

私の返事に、フェルは真剣な顔から一転、今度はけらけらと声をあげて笑った。

それはまるで、長いこと胸につかえていたものが、ようやく落ちたようにも見えた。

その時ふと、ひとつ疑問が浮かぶ。

 

「待って……そういえば、前に言ってたわよね。私の務めにも意味はある、って。あれは結局、どういうことなの?」

 

私の務め――代々の聖女が、大神殿の封印の間で続けてきた祈り。

けれど、石扉の紋様が光るだけで……それが本当に封印を保てていたのか、誰にもわからなかった。

フェルは再び、表情を引き締める。

 

「それは……実は、封印そのものは僕が魔力を流し込んで保ってるんだ。けれど、それだけじゃ維持しきれないから、聖女の祈りで補っている……そんな感じかな」

 

「祈りで……補っていた……」

 

聖女の祈りだけで封印を保っていたわけではなかった――その事実は、やっぱり少しショックだった。

それでも、私の務めにも……ちゃんと意味があったのだとわかって、ほっとした。

 

「初代だけ、たまたま飛び抜けて強く出たんだろうね。ラグレイン家の血そのものに、封印の力があるのは間違いない。だから石扉も光る。そもそも、あの仕組みを用意したのは神殿側だし……メルディアも、それをわかったうえで嘘をついていたわけさ」

 

「メルディア……」

 

ふと、あることに思い至る。

 

「ねぇ、フェル……あなたが鏡の力を髪飾りに移していた時なんだけど――」

 

私は前回、封印庫で起きたことをフェルに話した。

 

「そうか……また苦しい思いをさせちゃったみたいだね。ごめんね、エステア」

 

「……いいのよ」

 

フェルは、「私が死んでも、いまさらなんとも思わない」みたいなことを言っていたくせに。

こんなふうに、何気なく「ごめんね」なんて口にするから、調子が狂う。

そういうところで、私を気にかけてくれているのだと伝わってきて、頬が少し熱くなった。

 

(……って、いまはそんなこと、どうでもよくて)

 

「それで、私がメルディアの手を掴んだ時……少し様子がおかしかったの。触れた途端に手を震わせて……慌てたみたいに、私の手を振り払おうとしたのよ。もしかして、それも私の封印の力に反応したってことなのかしら?」

 

「メルディアが、そんな反応を……?」

 

フェルは私の顔をじっと見た。

なにかを確かめるみたいな目に落ち着かなくなって、思わず視線を逸らす。

 

「ど……どうしたの?」

 

「エステア……少し、触ってみてもいい?」

 

「さっ、さわッ……!?」

 

反射的に顔を上げると、フェルの真剣な眼差しが飛び込んできた。

ふざけているわけではなさそうだった。

 

「な、なんで、急に……触るなんて……ど、どこを……?」

 

「確かめたいことがあって……エステアが嫌なら、無理にとは言わない」

 

「い……嫌じゃ、ないけど……」

 

「ありがとう」

 

フェルは椅子から立ち上がると、私の前までそっと歩み寄った。

寝台に腰かけた私に目線を合わせるように、静かに膝を折る。

背筋が勝手に伸びた。

 

「下を向かないで」

 

顎先にそっと指を添えられ、顔を上げさせられる。

低く落ち着いた声に頷くと、ひやりとした手のひらが額に触れた。

そこから指先がこめかみをかすめ、輪郭をなぞるように耳の下へ滑っていく。

 

「っ……」

 

たったそれだけのことなのに、鼓動ばかりが落ち着かない。

フェルは構わず、指先に意識を集中するように目を細めた。

やがて、耳の下に触れていた指がぴたりと止まる。

 

「……そういうことか」

 

「な、なにが……?」

 

フェルは私から手を離す。

 

「君のなかの封印の力は……まだ眠っている。ほとんど表に出てきていないだけだ」

 

「眠っているって……本当なの? 信じられないわ……」

 

わずかに目を見開く。

だって、そんなこと……考えたこともなかった。

 

「無理もないよ。僕だって、こんなふうに確かめるつもりで『聖女』に触れたのは初めてだったから……気づけなかった。メルディアも、君に初めて直接触れたことで、力の存在を感じ取ったんだろう」

 

ごくりと唾を飲み込む。

もし、それが事実なら――

 

「私にも……メルディアを封じることが、できる……?」

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