軽口ばかりの魔術師が、私を救う白銀の守護獣だったなんて〜婚約破棄された聖女は、死に戻りの果て、人外の彼に溺愛される〜   作:鈍色シロップ

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「私にも……メルディアを封じることが、できる……?」

 

「……封じられるかどうかまでは、まだ言い切れない。それでも、もし初代の力だけで殺しきれなかった時のために、試しておく価値はある」

 

フェルは再び、懐から初代の髪飾りを取り出す。

 

「封印の力は、共鳴し合う。僕の魔力を通して、初代の力を君の力に触れさせれば……眠っている力を、呼び起こせるかもしれない」

 

そう言うと、手にした髪飾りを私の耳の後ろへそっと近づけた。

 

(まだろくに整えてもいない髪のそばに、飾るみたいに寄せられるのは……少し、恥ずかしいわね)

 

前にこの髪飾りを着けられた時は、まだ初代のものだと知らなかった。

いまは、フェルにとっても大事なものだとわかったからか、変に意識してしまう。

 

少しして、耳の後ろがじわりと温かくなった。

一拍遅れて、澄んだ水のような流れが、頭から首筋にかけてゆるやかに巡っていく。

やがてそれは胸の奥まで届き、私のなかで眠っていたなにかに、そっと触れる。

 

どくん、と。

強い鼓動がひとつ、内側から返ってきた。

 

「……っ」

 

思わずぎゅっと目をつむる。

自分のなかで、なにかが目を覚ました気がした。

苦しいわけではないのに、身体の芯が押し広げられるようで落ち着かない。

 

(なんだか……変な感じね)

 

ゆっくりと、深呼吸をしてみる。

それでも、妙な違和感は消えなかった。

 

「どうだい? エステア」

 

フェルに呼びかけられ、薄く目を開く。

 

「ん……よくわからないわ。確かに、さっきまでは感じなかった()()()が、自分のなかにある気はするのだけれど……」

 

「……眠っていた力は、確かに表に出てきている。でも、思いどおりに使えるとか、そういうわけではないみたいだね」

 

そのまま、髪飾りを耳元から離して自分の懐に戻す。

 

「その力を、どうすれば扱えるようになるか……僕にもわからない。未知の力に頼るよりは、当初の狙いどおり――鏡から移した初代の力で、メルディアを殺しきれるか試そう」

 

「試すって……どうするつもり?」

 

フェルはゆっくりと立ち上がる。

 

「できれば、定例の儀が始まるよりも前になんとかしたい。追い詰めすぎると、彼女は災いの病を振り撒くからね。幸い、この時間ならひとりで王城の離れにいる。――そこを狙う」

 

「王城の……離れ……」

 

第二王子の婚約者とはいえ、私が王城に行くことは滅多にない。

王族の私的な離れなら、なおさらだ。

そんな場所に彼女が――災いが入り込んでいたことに、動揺を隠せなかった。

 

「マルクが出ている打ち合わせが終わると、王子様が離れにやってくる。いまならまだ間に合うから、一度行ってみようか」

 

「行ってみようか、って……」

 

言葉どおり、ちょっと行ってみるくらいの軽い言いかたに、嫌な汗が出てくる。

最悪、自分から死にに行くようなものだ。

心の準備なんて、全然できていない。

 

(でも、ここで立ち止まっていても……仕方がないものね)

 

私は小さく息を吸って、頷いた。

 

「……わかったわ。支度するから、少し待ってちょうだい」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

大神殿を出て門を抜け、王城のほうへ向かう。

フェルのように気配を消して忍び込むことは、私にはできない。

だから、聖女であり第二王子の婚約者でもある立場を使って、正面から王城の敷地へ入ることにした。

 

定例の儀の前に、セオドリク殿下へ直接確認したいことがある。

大神殿にいなかったので、王城に戻っているかもしれないと聞いたのだと、門番の兵たちには説明した。

 

フェルを連れていたせいもあってか、兵たちには訝しげな目を向けられた。

それでもどうにか王城の門をくぐり、少し進んだところで、すぐそばのフェルが小さく言った。

 

「メルディアのいる離れは、こっちだよ。奥のほうにある」

 

彼に導かれるまま進むと、やがて人気の少ない庭園に出た。

普段の私なら、足を踏み入れることもない場所だ。

 

少し先には、白い壁の小さな建物があった。

蔦が絡み、窓辺では薄い布が揺れている。

一見すると、ただ誰かが休むための穏やかな場所に思えた。

 

けれど、あのなかにいるのは――大いなる災いの一部、メルディアだ。

そう考えた途端、背筋に冷たいものが走った。

 

「あの離れには、結界が張られている。そのまま入ろうとしても、弾かれるんだ」

 

「……じゃあ、入れないの?」

 

答える代わりに、フェルは懐から初代の髪飾りを取り出した。

 

「メルディアがこの髪飾りに反応した後……朝に一度、これを持ってここに来たんだ。思ったとおり、初代の力で結界は解けた」

 

朝に一度――その言葉で、フェルが部屋の外にいなかった時のことを思い出す。

まだ彼が私を助けてくれていたことを知らなかったから、あの時はずいぶん怪しんで探し回ったっけ。

 

「結界を解いたこと自体は気づかれなかったみたいでね。扉を少し開けて、なかも覗いた。……人の形を解いた彼女の、本来の姿を見たよ。隙がなくて、その場ではとても手を出せそうになかった。髪飾りに残っていた力だけじゃ、心許なくてさ」

 

フェルは、手のなかの髪飾りをくるりと回す。

 

「でもいまは、鏡から移した力もある。まずは不意打ちから試してみよう。僕が気配を消して近づいてみる。もし上手くいかなくて、巻き戻ったら……また髪飾りを取ってきてから、君の部屋を訪ねるよ」

 

「待って、フェル。不意打ちなら……封印の力が使えなくても、私がメルディアの気を引くほうがいいんじゃないかしら? 私に触られるの、嫌みたいだし」

 

「うーん……それは次の手にしよう。後回しにするぶん、君には苦しい思いをさせてしまうけれど……まずは、僕だけでどこまでやれるか見ておきたいんだ」

 

「……わかったわ。今回は、大人しくしておく」

 

フェルが離れへ向かって歩き出し、私は少し遅れてその後を追った。

近づくにつれ、空気がわずかに重くなっていく。

 

(これがメルディアの結界……なのかしら)

 

先に離れの扉へたどり着いたフェルは、手にした髪飾りを扉の前へかざしていた。

少しして、ぴしり、と薄いガラスにひびが入るような音がする。

空気がふっと、軽くなった。

 

「これで入れる。……君はここにいて」

 

フェルは離れの扉に手をかけ、わずかに開く。

隙間から、なかの様子が少しだけ見えた。

最初に目に入ったのは、褪せた金の髪と、乳白色の衣をまとった肩だった。

それだけなら、確かにメルディアだと思えた。

 

けれど、その身体は人のものではなかった。

底のない穴みたいに真っ黒いものが、かろうじて人の輪郭を保つようにうごめいていた。

 

「っ……!」

 

とっさに口元を押さえた。

悲鳴をあげなかったのは、奇跡みたいなものだった。

 

その時、前にいたはずのフェルの姿が、いつのまにか消えていることに気づく。

慌てて離れのなかへ視線を戻すと、彼はもうメルディアのすぐ背後にいた。

手にした髪飾りの細い銀の軸を、その背中へ勢いよく突き立てる。

 

「――ァ」

 

耳障りな音がした。

悲鳴のような、ガラスや金属が擦れた時のような、聞いただけで頭の奥が痛くなる音だった。

 

褪せた金の髪がずるりと剥がれ落ち、乳白色の衣の下で黒い身体が大きく震える。

軸が突き立った場所から、銀白の光がじわりと広がった。

 

(効いている……!)

 

定例の儀の時とは明らかに違う。

あの時は、傷口から黒いもやがにじんだだけだった。

銀白の光に焼かれるように、黒い輪郭が崩れていく。

 

このまま、いけるんじゃないか。

そう思った――次の瞬間だった。

 

崩れかけていた黒がぶわりと膨れ上がり、フェルの腕へ絡みつく。

彼は構わず、髪飾りの軸をさらに深く押し込もうとする。

けれど、腕にまとわりついた黒は、肩から胸元へ一気に広がっていった。

 

「フェル!」

 

突き立てた軸を抜くことも、手を離すことももうできなくなっているのだろう。

彼の顔が、みるみる苦痛に歪んでいく。

 

気づいた時には、扉を押し開けて離れのなかに入っていた。

助けられるはずもないのに、足が勝手に動いていた。

見ているだけなんて、できなかった。

 

(私のなかにある、封印の力……お願いだから、動いてよ……っ!)

 

さっき確かに、自分のなかで目覚めたはずのものへ、必死に意識を向ける。

それでも、なにも起こらなかった。

 

「エステア! 来るな!」

 

フェルが叫ぶ。

彼に絡みついていた黒が、私めがけて一気に伸びた。

 

「……きゃあっ!?」

 

胸の奥に、焼けるような痛みが走る。

息が詰まり、足がもつれて床に転がった。

倒れ込んだまま、激しく咳き込む。

 

(また……災いの病……)

 

どうせ死ぬなら、せめてフェルを助けられればよかったのに。

そんなことを思っても、巻き戻るのだからなにも意味はないのだけれど。

なぜだか、彼のことになると冷静に考えられなくなる。

 

(恩とか、申し訳なさとか……そういうものなのかしら)

 

答えの出ないまま、私の意識は途切れた。

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