軽口ばかりの魔術師が、私を救う白銀の守護獣だったなんて〜婚約破棄された聖女は、死に戻りの果て、人外の彼に溺愛される〜   作:鈍色シロップ

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八回目の朝。

目覚めてすぐ、最低限の支度を始めた。

もう、頭痛や咳が残っていないか、いちいち確かめることもしなかった。

 

(災いの病で死ぬのは二回目だけれど、慣れって怖いわね……)

 

夜着から着替え、髪を整える。

すると、扉を叩く音が響いた。

 

「どうぞ」

 

声をかけると、すぐに扉が開いた。

 

「おはよう、エステア」

 

いつもどおりの挨拶とともに現れたフェルの姿に安心する。

それと同時に……気まずい気持ちになった。

 

「おはよう、フェル。その、前回は……余計なことをしてしまったわね、私」

 

「余計なこと?」

 

「……離れのなかに、勝手に入ったことよ。あなたが殺されると思ったら、つい……それで結局、私のほうが先に殺されてしまって」

ぽつりぽつりと言い訳をすると、フェルがなんでもなさそうに笑った。

 

「僕を助けようとしてくれたんだろう? できれば、あまり無茶はしてほしくないけれど……それもエステアらしいよね」

 

「私らしい、って……なんだか、はぐらかされているみたいだわ」

 

「違うよ」

 

フェルは、少しだけ声を落とした。

 

「助けようとしてくれたことは嬉しかった。ありがとう、エステア」

 

そんなふうに言われて、ますます申し訳なくなる。

それなのに、心臓が一度、変に跳ねた。

 

(……いま、どうして)

 

彼に責められなかったから、安心しただけ。

きっと、それだけのはずだ。

そう思おうとしたのに、なぜかフェルの顔をまっすぐ見ていられなかった。

 

「さて、僕だけの不意打ちは失敗したことだし……次の作戦を考えようか」

 

彼の声に軽さが戻る。

けれど、次は私もただ見ているわけにはいかない。

メルディアの気を引くために、またあのおぞましい姿と対峙することになる。

 

(私のなかの封印の力は当てにならないし、上手くできるかもわからない……でも、やるしかない。これ以上、フェルだけに負担をかけたくない)

 

それから、離れのメルディアを相手にどう動くかを、フェルと話し合った。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

結果から言うと、定例の儀の前にメルディアを殺すことはできなかった。

 

私が気を引いたり、正面から挑んだり、いっそセオドリクが来るのを待ってみたり……もう十回以上は試した。

それでも、どうしてもあと一歩届かなかった。

 

そのたびに私は殺される。

慣れることのない痛みと苦しみの記憶だけが積み重なり、そのぶん、心が少しずつ削られていくようだった。

 

ついに、朝起きてすぐ夜着から着替える気力すらなくなった。

私の部屋に来たフェルは、寝台に座り込んだままの私を見て、珍しく少しだけ眉を寄せる。

 

「……大丈夫?」

 

「大丈夫ではないけれど……これ以上どうしたらいいのか、さっぱり思いつかないわ」

 

何度試しても足りないもの。

すぐに思いつくのは、私のなかにあるはずの封印の力だった。

それさえ使えれば――でも、使えない。

その理由まで、自分のせいのような気がしてきた。

 

(私の、なにが悪いのかしら……)

 

思わず、両手で顔を覆う。

そんなことをしたってなにも進まないのに、もう限界だった。

考えれば考えるほど、頭のなかがぐちゃぐちゃに絡まっていく。

 

「うう……」

 

目の前にフェルがいることすら忘れて、低く唸る。

――ふいに、ぽんと軽く、肩に手が置かれた。

 

「エステア」

 

いつのまにか、私のそばまで来ていたらしい。

顔も向けずに聞き返す。

 

「……なに?」

 

「いいこと思いついた」

 

その言葉に、私は勢いよく顔を上げた。

 

「なに!?」

 

「とりあえず、部屋を出ようか」

 

「……えっ?」

 

フェルはそのまま、扉へ向かう。

 

「ちょっと待って。いいことって、作戦の話じゃないの?」

 

「まあ、ある意味では」

 

「ある意味ってなによ……ちゃんと説明して」

 

「いいから。考え込んでる時に部屋に閉じこもってても、ろくな案は出ないよ」

 

そう言いながら、フェルは扉を開けた。

 

「まっ、待ってよ! 私まだ、着替えてもいないのだけれど……!?」

 

「大丈夫。誰にも見られないようにするから」

 

「そういう問題かしら……?」

 

戸惑いながらも、結局私は夜着のまま彼のあとを追った。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

連れていかれた先は、屋敷の裏庭だった。

巻き戻りが始まる前、フェルはいつもここの古い大木の上で昼寝をしていた。

 

「ここに来るのも、体感でいつぶりかねぇ」

 

大木のそばでそんなことを言うと、フェルは軽く地面を蹴った。

白いローブがふわりと揺れたかと思うと、彼の身体はもう太い枝の上にあった。

葉の隙間から差し込む朝の光が、枝の上のフェルを淡く照らしていた。

 

「……って、突然連れてきておいて、ひとりで勝手に登っちゃうってどういうことなの!?」

 

あまりに予想外で、ついツッコむ。

 

「君もおいでよ。手を貸すから」

 

枝の上から、手が差し出される。

 

「……」

 

どうやら、登るしかないようだった。

渋々その手を取ると、途端にふわりと身体が浮く。

気づけば、太い枝の上に引き上げられていた。

 

「ど……どうやったの?」

 

「さてね」

 

そのままフェルは、私を支えながら、大木をもう少し上へと登っていった。

彼は人ではないにせよ、それでもローブを着たまま器用に登るものだな、と思った。

 

「ここがお気に入りなんだよね」

 

彼が示したのは、幹から横へ大きく張り出した太い枝だった。

その付け根に近いあたりは、人が座ってもびくともしなさそうに見えた。

 

「ほら、座って」

 

「ここに……?」

 

「もし落ちたら、拾うからさ」

 

「落ちないようにしてよ……」

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